忘却

家の中で居なくなる姉弟。
忘れられた空き地。
思い出せないのは、忘れてしまったのは、どうして?

あなたは何が思い出せますか?

①弟
俺ん家の姉ちゃんさ、何か変なんだよ。家の中で、突然居なくなるんだ。ちょっと目を離した隙に居なくなってさ、またふと見たらそこに座ってるんだ。気味が悪いよ。
この間もさ、姉ちゃんが部屋に入ってったから俺、携帯取りに後ついてったんだ。だって姉ちゃん、勉強中に部屋入ってくるなって怒るんだぜ。同じ部屋使ってるのによ。ああ、それで部屋入ったらさ、姉ちゃんが居ないんだよ。俺、ちゃんと姉ちゃんが部屋に入ってくの見てたんだぜ。部屋にはさ、窓があるけど閉まってたし鍵もかかっててさ、それ以外あと隠れられる場所なんて無いんだ。壁にコートとか服はかけてあるけど普通、人が隠れてたら膨らむからわかるだろ?でも姉ちゃんはどこにも居ないんだ。
俺たちの部屋以外には居間と風呂とトイレしか無い。それに俺たちの部屋には居間からしか行けない。だから見間違うわけ無いんだ。
でも、居ないものは居ないから俺とりあえず携帯取って部屋出たんだよ。それでしばらく居間で携帯いじってさ、それから宿題あったの思い出して部屋のドア開けたんだ。そしたらさ、姉ちゃんが机で勉強してたんだよ。しかも、「勉強してんだから部屋入ってくんな」って言うんだぜ。だから俺は、「姉ちゃんいつから居るんだよ、さっき居なかったじゃねえか」って言ったんだ。姉ちゃん何て返事したと思う?「何言ってんの。ずっと居たわよ」だってよ。おかしいだろ。俺は部屋に姉ちゃんが居ないのを確認して居間に戻って、それからずっと居間に居たんだぜ。いくら携帯いじってたからって部屋に姉ちゃん入って行ったら気づくだろ。どうなってんだよ。

②姉
わたしの弟さ、何か変なんだよね。家の中で突然居なくなっちゃうの。ちょっと目を離した隙に居なくなって、またふと見たらそこに居るのよ。気味が悪いわ。
この間もね、わたしが部屋に勉強しに行ったら後からついてきたのよ。弟には勉強中部屋に入ってこないでねって言ってあるから慌てて携帯取りに来たのね。
それでわたしが先に部屋に入ったんだけど、その後弟が来ないのよ。おかしいなと思ったけど、そのままほっといたの。それでふと見たらいつも机の上にあるはずの弟の携帯が無いのよ。それで、ああ携帯はもともと持っていたのね。と思ったわ。それから少しして喉が渇いたから何か飲もうと部屋を出たらね、弟がどこにも居ないの。居間にも、お風呂にも、トイレにも。玄関の鍵もかかったままで、外にも家から出た足跡はうっすら積もった雪の上には無かったわ。それに弟はわたしが部屋に居る時はいつも居間で携帯いじってるのよ。
まぁでも、居ないものは居ないし、わたしも勉強しなきゃならないから水を飲んでから部屋に戻ったわ。それでまたしばらくして親にお米洗っておいてって頼まれていたのを思い出したから部屋のドアを開けたの。そしたらね、弟が居間で携帯いじってたのよ。しかもね、「お米洗っといたぜ」って言うのよ。だからわたしは、「あんたいつから居るのよ。さっき居なかったじゃない」って言ったの。弟は何て返事したと思う?「何言ってんだよ、さっき携帯部屋に取りに行ってからずっと居るぜ」ですって。おかしいじゃない。わたしさっき居間に来たのよ。家の中だって探したし。いくならんでも気がつくはずじゃない。どうなってるのよ。

③近所の人
あら奥さん、こんにちは。何だか最近うちの主人おかしいのよ。あそこに空き地があるでしょ。この頃あの空き地に家が建ったって言って夜帰ってくるのよ。わたし見に行ったけど家なんて建っていなかったのよ。そのことを主人に話したら、確かにあったはずだなんて言っていたけど、次の日真っ青な顔で家が無かったなんて言って帰ってきたわ。
え、あそこの空き地、昔家が建っていたの?いつ更地になったのかしら。あら、けっこう最近じゃない。わたしどうして覚えていないのかしら。あら、奥さんも今思い出したって?嫌ねぇそんなこと…。それで、どういった方が住んでらしたの?あぁ、そうだわ。4人家族で。思い出してきたわ。あら嫌だ、本当。確かお姉ちゃんと弟さんだったかしら。あぁ、そうだったわ。ご両親が突然居なくなってしまって…。それからどうなったのかしら。あら、あの姉弟はどうなったんでしたっけ。そういえば見かけなかったわね。でも変ね。今はすっかり空き地だなんて。それに全然思い出せないわ。あら奥さんもなの。嫌ね。どうなっているのかしら。


ごめんね。ふたりとも。わたし達、逃げ出してしまったの。あなた達を置いて。こうするしか無かったと言っては言い訳になるわね。でも…ごめんなさい。わたし達、あの時ああしてから、怖くなってしまったの。ああ、どうしてあんなことをしたのか思い出せないわ。でも、本当に怖くなってしまったの。ああ、わたし達なんてことを。
わたし達、もう何も思い出せないわ。あなた達の名前も、あの家の場所も、そして自分たちの名前でさえ。ここはどこなのかしら。本当にごめんなさい。もう、何に謝っているのかさえわからなくなってきたわ。ああ、わたし達を許してちょうだい。
だめね。もう何もわからないわ。本当に、どうなってしまったのかしら。

忘却

お読み頂き、ありがとうございます。
忘れる、忘れられるということは、人間にとっての最も身近な恐怖のような気がします。
少しでも、何か感じていただければ幸いです。

忘却

何かが、おかしい。 この違和感は、何?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-27

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