果てしない空の下で
いじめって、いつになっても終わることはないですよね。
今頃は小学生のいじめも酷いものになってきています。
このおはなしの主人公みたいにいじめられてるひとが、少しでも楽になってくれたらなと思います。
第1話 優しさ
いつもの教室に笑い声が響く。
「こいつ、つまんねぇなー、嫌がんねぇし、泣かねぇし。」
「ちょっw山田ウケるw」
笑いながら頭からバケツの水を俺に掛ける。
黙ってみてるクラスメート。黙ってこらえてる自分。
全部嫌いだ。
早乙女 優人(さおとめ ゆうと) 高校1年生。
いじめのターゲットになってから、もうすぐ1ヶ月になる。このいじめが始まったのは高校に入学してすぐだった。最初はからかうくらいのいじめだったが、だんだんとエスカレートしてきて今に至る。今までのターゲットは全員転校したり、自殺したりして、うちの学校は、かなりの問題校になっていた。それでもいじめは終わらなかった。
「いっ…た…っ…。」
頭を思いっきり蹴られて、思わず声がでた。それを面白がって蹴りまくってくる。俺の心も身体も、もう限界って言ってもいいほど痛い。
ガラッ
もう駄目だって思ったとき、教室のドアが開いた。みんなの視線が一気にドアの方にいく。
「邪魔よ。」
静まり返った教室に彼女の綺麗な声だけが響いた。彼女は、俺たちを完全に無視するように教室に入ってきた。
「永野こっわっ!」
「本当!睨まれたんだけどっ」
みんなが教室から逃げていく。彼女はそんな陰口なんか聞こえていないかのように、席について本を読み始めた。
教室に取り残された俺は黙って立ち上がり、ジャージを取りに行った。
…放課後。
山田達に理科室に呼び出されて、派手にやられた。ジャージまで濡れて、制服もまだ乾いてなかった。俺は諦めて教室に戻った。
教室に戻ると、永野さんがひとりで本を読んでいた。俺に気づいた永野さんは、俺の方に視線を向ける。一瞬、目があったけどびしょ濡れの自分が恥ずかしくてすぐ下を向いた。
何だかその場にいるのが嫌で、リュックに教科書を強引に詰め込んで、少し早歩きで教室のドアに向かった。
「…ねぇ。」
「え…?」
声が聞こえて後ろを振り返ろうとしたとき、手首を掴まれた。
「…あなた、まさかそのまま帰るの?」
「え…?ぁ、…うん…」
俺は消え入りそうな声で返事した。今にも涙がこぼれそうで、こらえるのに必死だった。
しばらくして、永野さんが口を開いた。
「私のジャージ…貸すから…着替えて帰って。」
その言葉に少し驚いた。
「い、いいよっ…俺は平気だから…」
「今何月だと思ってるの?2月よ?こんな寒い中、濡れたままだと風邪引くから。着替えて?」
俺は返す言葉もなく、黙ってジャージを受け取った。
「ありがとう…。」
「私がそのまま帰らせたくなかっただけよ。気にしないで。」
久しぶりに人の優しさを感じた。人ってこんなにあったかかったんだ。
「ちょっと…何泣いてるのよ…?」
「え…?」
永野さんにいわれて気づいた。俺は泣いてた。
何でだろう…。どんだけいじめられても泣かなかったのに、今は泣いてる。 ただ、こらえきれない涙が溢れて止まらない。
「あれ…?何で俺泣いて…」
「あなた、我慢のしすぎよ。あれだけ酷いことされても泣かないんだもの。」
永野さんは、そういってハンカチを差し出す。
俺はただ泣いた。かっこ悪い。恥ずかしいとわかっていても、涙は止まってくれなかった。
永野さんはそんな俺の隣で、俺が泣き止むまでずっと待っててくれた。
こんな気持ち始めてだった。
第2話 解剖(性的いじめを含みます。苦手な方は注意して下さい。)
「あぁーっ!何であんなとこで号泣したの?俺!」
昨日の事を思い出して、今更恥ずかしくなる。
どうしよう!絶対変な人だと思われた!
ひとりでぐるぐる考えながら校門をくぐった。
「あれ…?」
靴箱には上履きがなくて、変わりに沢山の生ゴミが入っていた。
「はぁ…また山田達か…」
そう思いながら靴箱に入っている生ゴミをゴミ箱に捨てて、上履きを探し出して教室に向かった。
何か今日は嫌な予感しかしない。いや、いつもそうなんだけど。
入りたくないと思いつつ、仕方なく教室に入った。
教室には、まだ誰も居なかった。今日は早くきたからまだ誰もきてないんだ。少しほっとしながら席についた。
ガラッ
教科書を出していると、ドアが開く音がして、びっくりして後ずさりをした。
「おはよう」
「なんだ、永野さんか…」
びっくりしたー。って、ん?あれ?
…なにいってんの俺!!なんだ、永野さんか…じゃないじゃん!どうしよう、恥ずかしい!
「早乙女君?何やってるの?」
「えっ!」
「顔が赤いけど熱でもあるの?昨日濡れてたし…」
「だっ、大丈夫大丈夫!」
「そう?」
そういえば…ジャージ返してない…
「永野さ…」
そのとき、丁度教室のドアが開いた。
「あれ?早乙女じゃん!ってか上履きもう見つけちゃった?つまんねぇなー。」
山田だった。一瞬寒気がして、身体が動かなかった。何も言い返せない自分が情けない。
そんなとき、永野さんがものすごく山田を睨んでいた事に気づいて少しびっくりした。
でも、永野さんならこれくらいやるだろうなとも思った。
「あ?何だよ永野。こぇーなw」
「あなた、いつまでいじめを続けるつもりなの?さっさとやめた方がいいんじゃない?後々大変な事になるわよ。」
「は?生意気だな。お前。別にお前をターゲットに変えてもいいんだぜ?あ、でもお前最初っから嫌われてるからターゲットにしても面白くねぇか!」
そういって笑い出した。俺は怖くて震えることしかできなかった。
そんな俺の横で永野さんは山田を睨みつけていた。
「何か最近つまんねぇんだよな。あ、そーだ。早乙女!お前こっちこい。」
「え…。でももう授業はじま…」
「いいからこい。」
俺の言葉を完全に無視で、山田は無理矢理俺の手を引っ張った。
「いたっ…!」
すごい痛みが身体中はしった。昨日蹴られたとこがまだなおってないからか…
…俺が連れてこられたのは空き教室だった。
「ここって…っ!?」
いきなり後ろから押されて床に倒れた。そして山田に馬乗りされた。
「…?!な、何っ…」
「決まってんだろ。解剖だよ。」
「解剖…!?」
わけがわからなかった。
でも、すぐわかった。山田が俺の制服を脱がしはじめたから。
「なっ…!?ゃっ…やだっ!」
「やだじゃねぇよ。やめるわけねぇじゃん。俺はお前が一番嫌いなんだよ!」
そんなこといわれてるうちにもすでに涙目の俺はとにかく早く逃げたかった。
「お願い…!!はなして!!」
必死に抵抗する俺を無視して山田は俺の制服を脱がす。俺はチビだから力では勝てない。
「やだぁぁっ…!やめて!!お願い…!!」
最後の最後では、泣きじゃくって必死に叫んだ。もう、プライドとか捨てて泣き叫んだ。だってまさかここまでされるとは思わなかったんだ。
もう何でもいいからやめてほしかった。
「早乙女君っ!?」
空き教室の廊下から永野さんの声がして、空き教室のドアが開いた。
「!!?っ?…何してるの!?」
「…チッ、鍵かけんの忘れた…」
永野さん…救世主だよ…
「授業終わっても帰ってこないからまた酷いことされてるんじゃないかと思って…って泣いてるの!?」
「おい!永野!邪魔するんじゃねぇよ!」
「何が邪魔よ!もうはなしなさい!」
俺は永野さんによって救出された。
「早乙女君、大丈夫?」
「…う、うん!ヘーキ!」
俺は制服をなおしながら答えた。
でも本当に怖かった…
まだ涙目の俺。
二度も助けられた、永野さんに。やっぱり、永野さんは怖い人でも冷たい人でもない。
それより俺何か忘れてるような…?
教室に戻ると、みんな居なかった。
「次、科学室だけど…いく?」
「ぁ、うん…!」
放課後…
やっぱり、何か忘れてるような…
と、思いながら帰る準備をしていた。
ふと、鞄をあけると、中に永野さんのジャージがあった。
「あっ!永野さん!」
「?何?」
「ジャージ、ありがとう。」
「あぁ、うん、どういたしまして。」
そういって、優しく微笑んだ。
俺は永野さんの笑った顔を始めてみた。
普段の冷静さはない、優しい笑顔に少しどきどきした。
第3話 希望
帰り道。山田に「解剖」されたことが頭から離れなかった。今まで色んないじめをされてきたけど、ここまで酷いことをされたのは始めてだった。
「…もう学校行きたくなぃ…」
そう小さくつぶやいた。
家について、家のドアを開けた。
「ただい…」
「優人…?」
玄関には母親がたってた。なんとなく察した。
「これ何?」
案の定、母親が持っていたのは山田達に落書きされたノートだった。
…バレた。完全にバレた。
終わったな、俺。
「…っ。」
俺は黙ってうつむいた。
「これ、優人の字じゃないわよね?」
「……っ!」
「!!ちょっと!?優人!待ちなさい!」
俺は耐えきれなくなって部屋に逃げた。今母親に話せば全部バレる。俺の母親はすぐ学校にクレームつけにいくから山田達のいじめが激しくなりかねない。そしたら俺は何をされるかわからない。
考えるだけでも恐ろしい。
「優人!出てきなさい!あなたまさか、いじめられてるの!?」
ドアの向こうから母親の大声が聞こえる。俺はただ耳を押さえて声を殺して泣き続けた。
もうやだ。もう学校に行きたくない。本当はずっと前からそういう思いでいっぱいだった。我慢するのも限界だよ…。ねぇ、もう本当に誰でもいいから…たすけて…
俺はそのままいつの間にか寝ていた。
…
気がつくと朝だった。
ゆっくり身体を起こして、時計をみた。AM7:00。
家を出る時間まで後20分。
…どうしよう…
行きたくない…
でも…
…
『早乙女君、大丈夫?』
何故かそのとき永野さんの言葉が頭をよぎった。
永野さんは俺を助けてくれた…何度も。
山田に怯えもせずに言い返してくれた…
そう思うと不思議と不安が溶けていくようだった。
「嫌だけど…でも…っ…行こう」
俺は勇気を出して家をでた。
登校中は悪寒しかしなかった。何度も家に戻ろうかと思ったけど、なんとか頑張って学校まで行った。校門をくぐったときにはさすがに震えが止まらなかった。
「早乙女君?」
そのとき、後ろから呼ばれて相当驚いた俺は思わず後ずさりをした。
「…永野さん…」
「どうしたの…?そんなにびっくりした?」
「うん…ちょっと…」
永野さんと話して、なんだか安心してる。不思議だな…さっきまで恐怖しかなかったのに。
「教室いく?」
「うん…!」
俺は永野さんと一緒に教室へ向かった。
…昼休み、今日はまだ山田達に何もされてない。
俺は不思議に思った。
嫌な予感はする。できればひとりになりたくなかったけど、永野さんは委員会でいないから、俺はできるだけ山田達に会わないように願っていた。
「あーっ!早乙女発見!」
後ろから聞こえた声に寒気がした。身体が動かない。怖い。
「探したぜ?まぁ、俺からは逃げられないけどな。」
「山田ぁー、早くしてー」
気がつくと、山田の後ろには3人、同じクラスのクラスメートがたってた。いつも山田と一緒に俺をいじめてる奴らだった。
山田は俺を無理矢理引っ張った。もう何されるかは予想がついていた。
「…ぃ、やだっ…」
俺は昨日と同じ場所につれてこられた。
昨日みたいなことをされると思うと、かってに涙がでてきた。
「うわ、早乙女が泣いてる!超レアじゃんw」
昼休みが終わる頃には、俺はめちゃくちゃだった。
散々泣いたあと、俺は教室に戻った。
「早乙女君!」
教室では、永野さんが待ってた。授業が終わって、皆は教室にいなかった。とうとう授業さぼっちゃったよ。俺。
「どうしたの?なんか顔色悪いわよ?」
「…何でもないよ…平気…」
「全然平気そうに見えないんだけど。」
「…」
俺は黙った。だって全く平気じゃない。辛い。
「また、山田達に何かされたの?」
「…」
俺はためらいながらも、黙って頷いた。今声を出したら、泣いてしまいそうだったから。
俺は教科書をリュックに詰め込むと、急いで教室を出ようとした。
「待って」
永野さんは俺の手を掴んだ。
「あなたこのままでいいの?やられるがままで悔しくないの」
永野さんは少し口調を変えて言った。
「…いいんです…俺は…」
何故か敬語で答えた。
永野さんは黙って俺の手をはなすと、教室を出て行った。
何やってるんだろう…俺…最低だ。
そんなことをおもっていると、永野さんが戻ってきた。俺はびっくりした。
「メールアドレス…教えて…」
「えっ?」
よく見ると、永野さんは片手にケータイを握っていた。俺は永野さんとメアドを交換した。
「早乙女君、直接だと本当のこと言ってくれないでしょ?メールだったら言ってくれるかと思って。」
嘘がばれてた。俺は嘘をつくのが下手くそだ。
「いつでもメールしていいよ。じゃあね。」
永野さんはそういうと、鞄をもって教室を出て行った。
永野さんの気持ちが、俺は心底嬉しかった。
第4話 ターゲット
俺が家につくと、すぐ永野さんからメールがきた。
メールをみる気になんてなれなかったけど、俺はしぶしぶケータイを開いた。
[今日本当に何されたの?いつもより顔が酷かったよ?いえたらでいいから教えてくれる?]
はなそうかな…。でも…話すの?「解剖」のことを…?
思い出すだけで気持ち悪くなる。
記憶している今日の事が頭の中をまわる。
『…やだっ…!止めて…!』
『止めてっていわれて止める奴なんかいないしw』
『…っ!?やだぁあ!止めて!!やめて…!』
どんどんまともじゃなくなっていく自分の声。笑い声。嫌なほど頭に残って離れない。
『ウケるw早乙女wまぁ、ここまでされて泣かない方が変だけど…ね!』
『…?!やだっ、やだぁっ!』
痛い。痛い痛い痛いやだやだやだ気持ち悪い!
誰か助けて
「っ…ぅっ…」
酷い頭痛が俺を襲った。涙が止まらない。
もうこれ以上思い出したくない!…そう思っても記憶は勝手に流れてくる。
ブブッ
携帯がなった。多分、永野さんからだ。携帯を開くと、俺が泣いてるのを知ってるかのような言葉が飛び込んできた。
[大丈夫?無理しないで。お休み。]
それだけだったのに、心が軽くなった。安心した。
…永野さん…
ありがとう…
俺は心から感謝した。
…次の日、いつもと同じような朝がきた。
永野さんは無理しないでって言ってくれたけど、今日だけ頑張ろうと、思い切って学校に行った。
「…おはよぅ…」
俺は語尾が小さくなりながら、永野さんに声をかけた。
「あ、早乙女君。おはよう」
永野さんは、ちょっと笑って返事した。
「あの…さ、昨日のメール…」
「…ごめん。」
「えっ?」
「昨日メールでなにされたかなんてきいたでしょ?」
「うん…あのね、話してもいいかな…」
「え…、大丈夫なの?」
「うん」
俺ははなした。「解剖」のことも、されたことも。
「…早乙女君、それだけ?」
「えっと…その……っ…
…写メ撮られた……」
「写真…!?」
永野さんは、驚いてた。
「ありえない…。だからあんなに叫んでたのね…」
「えっ!?」
「一昨日、早乙女君探しに行ったとき、叫び声で分かったもの。」
そうだったの…!?やばいよ…俺…!かっこ悪いよ…恥ずかしいよ…
顔を真っ赤にしてる俺をみて、永野さんは不思議そうな顔をしていた。
教室に入ると、目の前の光景に驚いて、わけがわからなかった。
「あ、早乙女。」
山田は俺をみて言った。
「な…に、してるの…?」
俺は本当にわけがわからなかった。
「ぁー、ターゲット、変えた。今日からお前じゃなくなったんだよ。」
は…?
果てしない空の下で