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百三十二





 マルコは木箱に立っていた。まだ急には伸びてくれない身長に足すために。木箱の上の足下を見れば,細長い隙間から木箱の内側にある真昼のぼんやりとした暗闇と,小石が混じるいつもの路面は見える。片足だけ乗せて体重を掛けたときから木箱の底に不安定さが無い。釘の打ち方が良かったんだよと,マルコの大事な熊の縫いぐるみを預かるミッコが路地裏の響きを気にしないで言う。使われている板が厚く,傷んでいないのがいいんだとマルコは思った。踵でちょっと強く叩いても,木箱は音を返してくれる。健康そうな,丈夫そうな,新しさだけがない空き瓶とくっ付く合図。チーズとねずみはそこに居るんじゃないかと,両側に並ぶお店の壁と路面が接する角をずっと気にして,ミッコは木箱とマルコの側を離れない。水たまりに浮かぶ空を眺めては,不安そうに熊の身体の向きを変える。さっきは背中が見えていた。いまはミッコがそれを隠している。熊の顔にある黒い瞳はミッコが触っても変わらない。頬のあたりで目立つソースは伸ばされて,いたずらしたあとより元気に見える。カールしたミッコの髪も,建物に区切られて押し込まれたように明るい路地裏の日向も,その他の深い日陰も。木箱と一度,踵でする合図はゆっくりと起こす決まりみたいに輝く。薄目を開けた毛布の側で,ベッドの側をきしませる出入口からの影の真似のようにと,マルコは唱える。風通しをよくする通気口のところから,料理の匂いが出て行く。横に開く小さい窓からは,お店の中の喧騒が外に連れ出される。パスタ,パスタ,パスタと,小気味良く注文を確認する様子をマルコは窺えない。 
 さっき食べ終わって口の中で消えたお菓子の甘い味を思い出し,二人で口を開かない。人差し指で塞ぐのも,銀の包み紙とその数々に,分けようと思ってポケットに仕舞い,溶けずにある。大通りを渡って角を曲がり,並ぶ街路樹を見つけて向かいから来る自転車を避ける。元の道に戻って帽子屋さんのとなり,開ければ鈴の音がする。ペパーミントの壁に籠いっぱいの種類に驚けば,閉じてもう一度鈴が音を鳴らす。
 冷めない飲み物への注意のように。
 マルコが上を向けずにいれば,ミッコが熊をぎゅっと抱きしめて,女の子が顔を覗かせるけど何も言わない。人差し指をお店の誰かに向けて,振り返って二人を認めても,振り返って足下の台を建物の壁に近づけても。それから窓枠の縁に気を付けながら,身を乗り出して視線を上げる。空と建物以外,それと二人以外。
 狭い路地裏に日差しが押し寄せて,それぐらい。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-26

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