めめちゃん

めめちゃん

午後7時半。
車をいつものようにガレージにバックで入れる。
今日も1日終わった。
ほっと一息つく。
毎日毎日、本当に疲れる。
世の中で一番疲れているのは
間違いなく俺じゃないけど、
俺も結構、疲れてる。
玄関の扉を自分の鍵で開ける。
「ただいまー」
家の中に声を掛ける。
タタタタタと廊下を走ってくる音がする。
「めめちゃー!」
2歳半になる息子だ。
「ただいま」
「ただいまぁ」
「そこはおかえりでしょ。おかえり」
「おかえりぃ」
そう言ってにこっと俺に向けて笑いかけてくる。
ああ、もうほんと、
可愛すぎるんですけど。
「今日は何して遊んだの?」
「ぶっぶとねーぽっぽとねー」
「車と電車で遊んだんだね」
「みてみてーみてーみてみてー」
「なになに。お、レゴじゃん。なに、買ってやったの?」
「パパが買ってくれたのよ。昼間イオンに行ってたの」
「みてーみてーみてみてー」
そう言って息子はレゴで作られたよくわからない物体を俺に見せてくる。
「かっこいいねぇかっこいいねぇ」
「うん、格好いいね」
「めめちゃー」
「なに、今度はなによ?ん?おお、車か。うまいねー上手だねー」
「えへへぇ」
息子がにこにこと笑いかけてくる。
「ケーキちゃん」
「は?」
「ケーキ買ってきたのよ。
あなたが帰ってくるの2人で待ってたの」
「珍しいじゃん」
「ママが買ってくれたのよ」
「ふーん」
「ケーキちゃん!ケーキちゃん!
まっま、ケーキちゃん!」
「はいはい。おてて洗ってきてそれからね」
「俺着替えてくるわ」
「めめちゃ!やっ」
そう言って息子は気に入りのおもちゃを床に投げつける。
「こらー!そんなことしちゃぶっぶさん痛い痛いって泣いちゃうよ?」
妻が息子をたしなめる。
「ケーキちゃん!」
「はいはい、ケーキちゃんは手を洗ってからね」
「やなのーやなのーケーキちゃん!」
そう言って息子はおもちゃ箱から
手当たり次第おもちゃを取り出し床に投げつけていく。
「こら!優!めっでしょ!」
「ケーキちゃん!」
「めっ!」
「ケーキちゃん!」
「優太!」
少し大きな声で怒鳴りつける。
見る見る間に優太の顔がゆがみ、
大粒の涙が溢れてくる。
「もう俺着替えてくるから、頼むね」
「もーいっつもそうじゃん!」
そう言う妻の声を背中で受け止めて2階の寝室へ入る。
ふぅ。
多分。ケーキが食べたくて食べたくて、
ずっと俺が帰ってくるまで我慢して、
だけど手を洗えっていわれたから
癇癪起こしたんだな。
自分の頭で整理してみる。
ただでさえ仕事が今大変な時なのに、
家に帰ってもああだから困る。
ピロリン。
LINEの通知が届く。
「明日会える?」
「会えないよ。もう会わない」
すぐに返事を打つ。
俺は決めたんだ。
真面目に仕事をして
もう二度と浮気をしない、
真面目な男になるって。
「エッチだけでいいからさ」
ふぅ。
これだから馬鹿な女は困る。
もうお前には用はないんだよ。
「ごめん、お前に興味もうないから」
打った後すぐにブロックボタンを選択する。
俺は決めたんだ。
優太のために、
強く強く生きる事を。
1階に降りる。
さっきまでの泣き顔が嘘のように優太は
ご機嫌でケーキを食べている。
「おいしい?」
優しく聞いてみる。
「おいし!ケーキちゃん!ケーキちゃん!」
「優ちゃん静かに食べなさい」
「ケーキちゃん!めめちゃ、ケーキちゃん!」
「はいはい、俺も食べますよ」
「いちごちゃんちょーだい」
キラキラした瞳で優太がこちらを見てくる。
「はいはい、あーんして」
そう言って俺は半分に切られた苺を僕はゆっくりと
優太の口に入れてやる。



めめちゃん

めめちゃん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-26

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND