alone in the sky

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その夏は、ひどく快適だった。



その日、[犯行予告、7/26]と題された動画がフリー投稿サイトにアップされた。映るのは中性的な体つきをした、ヘリウム声の狐面。



<<おはようございます。こんにちは。こんばんは。あぁでも、夜に見てたら手遅れだね。わたしの名前はシノ。テロリストです。以後よろしく。

突然ですが、クイズです。わたしは何故、こんな古典的な犯行予告なんて動画をアップしたのでしょう。
止めてほしいから?その答えはノー。気づいてほしいから?その答えは惜しいね、でも、完全じゃあない。ノーだ。

それでは、解答がてら、予告をしようか。
本日午後8時。第7隔壁を崩壊させます。周辺住民の皆さんは退去しましょうね。怪我したく、……まして、死にたくなんてありませんよね。

ではまたいつか、この時間に。
願わくは、一人の怪我人も出ませんように。>>



けらけらというヘリウム声の笑いを残してぶつりと切れたその映像は数時間にして再生回数500万を突破し、どうせイタズラだというものや、念のため退去するという住民のそれまで、様々な声を集めた。

そしてその日の午後8時。
立ち上る白煙。粉塵。轟音。悲鳴。
第7隔壁が崩壊し、鷹が街に放された。

民警の避難誘導、および、半数ほどの住民が既に退去していたという状況のお陰か。幸いにして、死傷者はなし。民警のトップであった榎本氏には、名誉勲章が授与された。
一方、国警へと非難が集中すると、当時の対テロ組織が事実上解散、人事を一新し、トップには30代ほどの容姿、若手らしき江本氏を据えて再編されるという大がかりなパフォーマンスが行われ、事態は集束をみせつつあった。

過去に起こった"被害者のいないテロ"よりも、現在不安の種を撒き散らす"鷹"へと世間の関心が移りつつあったその頃、再び、ヘリウム声の狐面が現れた。


[犯行予告、8/26]
<<おはようございます。こんにちは。こんばんは。この間は楽しんでいただけたようで、しかも死傷者は無事にゼロ人だったようで、何よりです。拍手!
市民の皆さんには公開されているでしょうか。わたし、隔壁にサインしてから崩したんですよ?公開されてます?国警のみなさーん、公開なさってます?情報共有は大切ですよー?

はい、まぁ思い出話はここまでにしておきまして。
何より大切なのは未来ですよね、皆さん。
そこで再び、あなたの命を守る、シノの気づかい溢れる犯行予告ですよ。

今回は、少々国警の皆さんにダイエットをしていただこうと思います。というわけで、何時に、というのは敢えて言わないことにしました。
場所はこの都市の肝臓。そうだなぁ、どこか半分にしましょうか。そのくらいなら、都市機能もそんなに麻痺しないでしょう。うん、名案。

ではではー、国警の皆さん、期待していますよ。
今回も民警に任せっきりだと宜しくないですしね。
それではまたいつかこの時間に。
願わくは、一人の怪我人も出ませんように。>>



――――



シノとかいうヘリウム狐面テロリストのせいで、国警、特にアンチテロリズム特別対策本部、なんてご大層な名前のついた俺の部署はてんやわんやだった。

とりあえず、この国の肝臓といえば食糧倉庫か国立情報統合センターかのどちらかだろう。最も肥え太った、という意味では議員居住区かもしれないが、どうせ奴さんらのことだから、こちらが言うまでもなく"自主退去"してくだすっていることだろう。

食糧倉庫の構造は単純だから、たとえば爆破の場合、半分のみを倒壊させ中身も、ということは逆に難しい、のではないか。爆弾に詳しくはないから分からないが、食糧に火がついて、半分どころか全てオシャカな気がする。人員の配備は総数の5分の1に決定。

議員居住区は電話1本楽々クリア。案の定、ほとんどが"自主退去"済みだった。仕事が早くて助かるよ、まったく。

残るは国立情報統合センター、名前が長い。
就業人数は多くはないが、揃いも揃ってアホだ。自分の命と仕事―つまり他人の生体情報を安全に保管すること―とを天秤に乗せて、後者に傾く奴の多いこと。退去させるには一苦労。加えて、敷地は広大。そのぶん周辺の退去指示区域も広大。避難誘導にほぼすべての人員を割いた。


「じゃ、そういうことで。」
「え、ちょっと、主任!どこ行くんですかこんな時に!しゅーにーんーっ!」

「うっせえ騒ぐな、タバコ吸いに行くんだよ。」


部下の……、名前はなんていったか。
犬みたくきゃんきゃんとうるさいからポチでいいか。
ポチに「お前、先に現場行ってろ。あとから追っかけるから」と手を降り、きゃんきゃん吠えるのに構わず歩く。


「主任、喫煙所そっちじゃないっすよ!」


……うっせえ。外で吸うんだよ。

bad humor



とんとん、と、ドアをノックする音。
ドアモニタを見れば、宅配業者の制服。男か。しかし見慣れない顔。笑顔のひとつもない。
念のためにと思い、ドアホンのスイッチを入れる。


「どちら様ですか。」

「見りゃ分かんだろ、宅配業者だよ。」


およそ信用ならない口調で言ったその男は、ドアモニタのカメラに黒い手帳を映した。そしてようやくの笑顔。空恐ろしい、笑顔。


「入れてくれるよな?シノハラさん。」


こいつは、阿呆なのか。
ふと、何の前触れもなく、そう思った。


「で、どういったご用件で。」

「へぇ、ここがテロリストの家か。俺ぁもっと雑然としてるもんだとばっかり思ってたね。……たとえば爆薬とか、電子回路組み立てセットとか。」


こちらの質問に応えも答えもせず、まじまじと部屋を眺める江本とかいう刑事。どこかで見たことがあると思ったら、そうだ、新しい対テロ組織のトップだ。
お世辞にも爽やかとはいえない長めの髪は癖毛なのかぼさぼさなのか。忙しくとも風呂には入るのだろう、脂っぽくはない。はっきりした目鼻立ちだが、浮腫んでいるせいか寝不足のせいか、瞼は半分ほどしか開いていないし、目元にくま。髭は薄い。きちんと整えればテレビ映りも良かろうが、それでは国警の職務怠慢を疑われるのだろう。


「あんた、阿呆か。」

「ンだよその口。今すぐお手てがくっつくぞ?」

「テロリストだって思ってんなら、なんでそんな奴の家にノコノコ一人で上がり込むんだよ。殺されたいのか?」

「そりゃァお前さんがいちばんよく分かっとろうが。……お前さん、ヒト殺せねぇンだろ?それどころかケガさせんのもダメだろ?

――お前見てっとな、無性にイライラするんだよ。」


意味が分からない。
「壊すンなら壊せよ。殺すンなら殺せよ。」
意味が、分からない。
「お前見てっとな、無性にイライラするんだよ。」
意味が。
……今、何て言った。


「だから、俺がお前を壊してやるよ。」

そうして、とびっきりの笑顔を置いて、ひらひらと手を振って、大きな音を立ててドアを閉めて、江本は出ていった。

good humor


タバコに火をつけ、くわえながら、第5隔壁近くの木造一戸建てへ向かう。ぎゃあぎゃあと五月蝿いカラスに石でも投げつけたいのをぐっと堪え、忙しなく足下を駆けずりまわるネズミを蹴飛ばしたいのもぐっと堪え、歩く。

存外に小さな家だった。
六畳二間くらいか。

木造に不似合いなドアモニタとドアホンらしきセットを見つけ、その前に立ち、ドアをノックする。

「入れてくれるよな?シノハラさん。」



通された家の中はこれまた存外こざっぱりしていて、つい癖で、じろじろと細部にまで目が行く。厭な癖だ。

面をしていないシノハラは当然ながら初めて見たが、やはり中性的で、だがその目は鋭く暗く、恐らくは常日頃だろうが、諦めと疑念の色が濃い。寒そうな薄い唇。身長は俺より低い。が、考えていたほどではない。


「あんた、阿呆か。」
ひどい言いようだ。

「ンだよその口。今すぐお手てがくっつくぞ?」

「テロリストだって思ってんなら、なんでそんな奴の家にノコノコ一人で上がり込むんだよ。殺されたいのか?」
仕方がないので、お言葉に甘えることにした。
俺からも好きなように言わせてもらおう。

「そりゃァお前さんがいちばんよく分かっとろうが。……ヒト殺せねぇンだろ?それどころかケガさせんのもダメだろ?

――お前見てっとな、無性にイライラするんだよ。
壊すンなら壊せよ。殺すンなら殺せよ。
お前見てっとな、無性にイライラするんだよ。

鳩豆顔のシノハラ。
なんだかいい気味だ、という気になる。
自然と口許が歪み、目許も緩み、最近いちばんイイ顔してる自信があるぞ、俺。――だからな。


「だから、俺がお前を壊してやるよ。」


どうせ鳩豆なシノハラの顔も見ず、これからも、末永く、よろしく。なんて意味を込めて、手を振る。そして扉を閉めて、着ていた制服を脱ぎ捨てて、いつものスーツに。若干よれてるが気にしない。

やっぱり、俺は今とてつもなく機嫌がイイ。
最近ナニやっても晴れなかった気分がウソみたいに。



「主任、遅いっすよ!何本吸ってたんですか、もう避難誘導終わりましたよ!?」

「おーおー、優秀じゃねぇか、わんころ。
俺が遅かったンじゃなく、お前らが速かったんだよ。」

「わんこ……、じゃなくて!
なんで主任そんな機嫌いいんすか?」

「うっせえほっとけ。

さぁ、気ィ張れよ!もういつ来てもおかしくねェンだからな!」

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-26

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