すばらしき宇宙生活(5)

五 シャベラ―完成

「つ、ついに。で、できたぞ」
 博士は、ソファーに体全身で座りこんだ。ソファーが黙って暖かく迎えてくれた。長い時間の研究の結果、薬の開発に見事に成功したのだ。本当なら、飛び上がらんばかりに喜びの声を上げるべきなのだが、全神経、全体力を使い果たしたため、倒れこんでしまった。
 ちょうど、その時に、僕は、博士の家を訪れた。倒れこんでいる博士を見つけ、僕は慌てて、駆け寄った。
「博士、大丈夫ですか」
「ああ、君か。よく、来てくれた。長い間、研究してきた薬が、ついにできたんだ。名づけて「シャベラ―」だ」
「「シャベラ―」ですか?」
「そうだ。物がしゃべるから、「シャベラ―」だ。しゃべって欲しい願望も込めての「シャベラ―」だ」
「それは、よかったですね」
僕は、博士を抱き起こそうと手を差し出した。
「ありがとう。だが、こんなことしている場合ではないぞ」
 博士は、自分で立ち上がると、手の中に握りしめていたガラス瓶を持って、研究室から外に走り出た。僕も、博士の後に着いて行く。
博士は、まずは、居間に飛び込んだ。そして、テレビに「シャベラ―」を振り掛けた。
僕は、博士の後ろから声を掛けた。
「どうなるんですか?」
 博士は、振り返って、まあ見ていなさいという顔で、僕の顔を見てにやりと笑った。
間もなく、スイッチも押していないのに、テレビが
「博士、おはようございます。最初のニュースをお伝えします。まずは、博士が、長い間、研究を積み重ねてきた物がしゃべる「シャベラ―」の薬の開発がついに完成しました。私がしゃべっている通り、薬には素晴らしい効果があります。これは、世界的な発明です。ノーベル賞はもちろんのこと、世界中のあらゆる科学賞が博士に授与されるでしょう。それだけではありません。この「シャベラ―」のおかげで、これまで一人暮らしの方が、今後、孤独から解放されます。博士、本当におめでとうございます。そして、私に言葉をくれて、本当にありがとうございます」
いきなり、テレビが、原稿もないのに博士の薬の成果について語り始めた。テレビなんて、番組を放映するただの機械だと思っていたけれど、意思を持ってしゃべりだしたので僕はびっくりした。横に立つ博士を見ると、博士は当然だと言うような顔でにこにことうなずいている。テレビが、また、しゃべりだした。
「次は、天気予報です。今日の天気は、一日中、雲もなく晴れ渡り、気温は三十度近くなるでしょう。降水確率はゼロパーセントです。洗濯物も良く乾くでしょう。博士!研究に専念しすぎたために、洗濯物がたまっています。今日、全て洗って干しておいてください。また、紫外線は、少し強いですので、外に出るときは、必ず帽子をかぶりましょう。博士!今まで、研究室に閉じこもっていたので、たまには、外に出て、日光に当たって、体を動かしてください。そうしないと、病気になりますよ」
と、博士の健康の事まで心配してくれる。なんてやさしいんだ。でも、少し、おせっかいのような気もする。
 ようやく博士が口を開いた。
「やった。大成功だ。だが、テレビから音が出るのは当たり前だ。他の物はないかな」
 博士は部屋の中をキョロキョロ見回している。
「すごいですね。びっくりで、言葉が出ません。僕にも、「シャベラ―」を振り掛けてください」
僕は感嘆の声とジョークを口にしたが、博士は自分の研究の成果を確かめることに夢中で、返事がなかった。僕は、ただ、ただ、博士の後を追い掛けた。
博士の足と視点が止まった。人間が生きるために切っても切れないのは食事。その源の、冷蔵庫に薬を振り掛けた。すると
「博士。こんにちは。ようやく、お話しができて光栄です。ですが、冷蔵室の中には何も食べ物がありません。飲みかけの牛乳が半分残っているだけです。それも、今は、腐ってチーズ状態です。残念ですが、博士の期待に何も応えられません」
と、小さな声ですまなそうに呟く。
「うーん、そうか。研究に専念しすぎて、食料品の買い出しするのを忘れていた。確かに、お腹がぺちゃんこだ」
 博士のお腹からは、薬をかけていないのにも関わらず、「くーくーくー」という音が鳴っている。
それでも、博士はその音を気にしないで、今まで話す相手がいなくて寂しかったせいか、物がしゃべるなんてこんなに楽しいことはないと、家中のありとあらゆるところに薬を振り掛け続けた。
おかげで家中、廊下から階段、天井にいたるまで、次々と物がしゃべり始めた。
「博士、おはようございます」
「博士、今日もいい天気ですね」
「博士、どこかへお出かけですか」
「博士、たまには掃除してくださいよ」
「博士、家の中の空気が淀んでいます。喚起が必要です」
など、様々だ。
博士は、これに対して「やあ、おはよう」「いい天気だね」「ピクニックでも行くか」「いやあ、悪かった。研究に専念したもので。早速、掃除するか」「そうだな。窓を開けよう」など、次々と話し掛けてくる相手への返事に追われて、寂しさなんて感じる暇がなくなった。
「くーくーく」
 再び、博士のお腹が鳴った。
「おや、何かがしゃべっているぞ。そうか、私のお腹が鳴っているのか」
博士は、自分のお腹をさすりながら、ようやくお腹がすいたことに気がついた。
「君も一緒に食べるか」
 博士は僕に振り返った。
「はい。ありがとうございます」
二人は、キッチンに入った。先ほど、冷蔵庫からは食べ物がないと言われていたので、何か食べられる物がないかと、戸棚の奥や床下収納庫などを隅から隅まで探した。
「博士。ありました」
 僕はインスタントラーメンとさんまの缶詰、デザートの桃の缶詰を見つけた。
「よくやった。これだけあれば、当座はしのげるぞ。後で、ゆっくりとスーパーに買い出しに行こう」
博士は、おしゃべりしながら楽しく料理を作ろうと思ったのか、キッチンにも薬を振り掛けた。キッチンも勢いよくしゃべりだす。
「博士。こんにちは。今から料理ですか。そうそう、最近、洗い場をあまり使っていないので少し汚れています。作る前にちょっときれいにしてくれませんか」
博士は、キッチンの言うことはもっともだと思い、スポンジに洗剤をつけ、キッチンを洗うことにした。その時、キッチンの台の上に置いた「シャべラー」の薬瓶に左肘が当たった。薬瓶はシンクに転がった。ドクドクと排水口に流れ出す「シャべラー」。
「しまった。薬が流れ出てしまったぞ」
博士は、慌てて瓶を掴んだが、薬はほとんどが残っていなかった。僕も、博士と一緒に、キッチンの流し口をじっと見つめた。

すばらしき宇宙生活(5)

すばらしき宇宙生活(5)

五 シャベラ―完成

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-26

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