矮小

私は今年で、大学の五回生を迎える。学費は既に支払った。この先一年間の生活の目処は立っている。大人しく質素に暮らしていく以上は、金に困ることはあるまい。
私は都会の下宿に住んでいる。勿論大学に近い位置である。風呂も厠もない、四畳半のみすぼらしいぼろ下宿なので、家賃は相応に安い。
去年、私の両親が殺されたのだ。その保険金やら何やらが、私の留年資金の出処である。生前は就職しろ就職しろと喧しくて、うっとおしい連中だったが、いなくなってみるとやや寂しい心持ちである。
私と同年の友人連中はそれぞれ無事に就職なり何なりを果たし、私を一人残して皆卒業していった。連中は私をあからさまに憐れんだ。私はそういう同情を被るのが大の苦手である。平生においては平静でいられる筈が、そういう憐憫を向けられると忽ち非道く動揺する。それがどうも、動揺するよう強制されるような気がするから嫌いなのである。私は連中と接する上で涙こそ流さなかったが、眉が八文字に強ばってしまうのはどうしようもなかった。
両親を手にかけた犯人とは、他ならぬ私である。社会へ出る意気地がなく、留年をする上で経済上の迷惑をかけることへの罪悪感、いややりきれなさから、両親を事故に見せかけて殺害したのだ。
今の私の私生活は頗る静かである。前までは毎日ゲームばかりに明け暮れていたものだが、電気代やらの事を鑑みると、最早そうはいかない。照明も碌々点けない自室の真ん中で、図書館で借りてきた本を読みふけって一日を過ごすようになった。楽しくはないが、つまらなくもない。週に一度は学校へ行き、去年留年の為に故意に落とした単位を取るべく講義に出る。
両親は、私の事など碌に知らなかったろう。二人とも、昔から仕事にかまけて夜まで家に帰らず、私が何をしていて、何を思い、何を考えているのか、まるで無頓着だった。それが、大学卒業の間際になって、私が将来を定めないことを詰りだしたとあっては、普段温厚な私とて、何とももどかしい怒りに震えたものだ。
お前はもう子供じゃないんだ、という父の叱責に、私は凄まじい反感を覚えたものの、それを認めるのはこの上ない屈辱に思えたので、堪えるよりなかった。
お前には常識が備わっていないのかい、という母の嘆息に、私の全身の血が煮えくり返ったが、やはり恥辱の念が自身を押し止めた。
今にして思えば、羞恥の念、あるいは分不相応の自尊心こそが諸悪の根元だったのかもしれないと、思わないこともない。私は敢えて全てを自分の落ち度とみなして抑えていたが、あまり長くはもたなかった。
私の日常は頗る平和である。誰も私の愚を窘めない。誰も私を叱らない。誰も私を辱めない。しかしこれは考えて見れば、昔からそうだった気がしないでもない。
私の涙は、自身を憐れむためにだけ流れる。誰かの為の涙だと主張したところで、その本質は変わらない。

ディティルは考慮していない。