狩小川西高校の怪談 ~霞の中の瞳~
序章
この物語は僕の浅い友人である、一人のクラスメイトの「死」から始まる。
彼――小東秀行君の死因は癌。診断が下された余命よりも二ヶ月も長く闘病し、ある意味でそれは奇跡の様なものだったのかもしれないと、両親も医師も喜んでいたらしい。
けれど、僕は知っている。
彼の本当の「死」の理由を……
しかし、別にそれは小東君が誰かに殺されたとか、そんな意味ではない。
彼は癌で亡くなったというのは揺るぎない事実であるし、僕もはっきりと同意せざるを得ない。
だが、彼を覆っていた「死」の影が、果たしてそれだけだったのだろうか。
彼が戦い、そして死へと誘っていったモノの正体――その事について、少しばかり話をしたいと思う。
第1章 一学期の終わりに
(1)
まず初めに話すべきは、僕と小東君との関係だろう。
とは言っても特筆すべきことはない、高校二年生の僕は小東君のクラスメイトだった。
仲が良い訳でもなければ、悪い訳でもない――プレーンな間柄と言えば聞こえが良くなるだろうか。僕らの関係にレッテルを張るならば、まさしく「クラスメイト」なのだ。親友でも何でもない位の間柄だった。
しかし、それもまぁ仕方ないと言えば仕方ないのだ。
何せ僕と彼が同じ教室で時と共にしたのはわずか二・三ヶ月程度……六月の暮れに、彼の癌が発覚し、入院生活を強いられたからだ。
それに彼はそんなに口数が多い方でもなかったと思う。
教室でもどこのグループに属するわけでもなく、行きあたりばったり――そう、その日暮らし的に生活を送っている様に見えたから。
けれど、その分勉強は素晴らしかったようだ。
学年が変わってすぐの実力テストで、彼は学年一桁に入っていた。
物静かな佇まいの裏に見えた彼の秀才な一面だったように思う。
そう、彼にとっては勉学が一番の身近な存在だったのかもしれない。
そんな彼と僕は、クラスでも別に話すことなく過ごしていった。
僕は彼の事を特に気に留めていなかったし、おそらく彼も同じだっただろう……僕の事など眼中にも無かったはずだ。
ゴールデン・ウィークを過ぎた辺りから休みがちになり、六月に入るとほとんど学校に姿を見せなくなっていた。
みんな最初は色々と心配をしたり、また噂をしていたけれど――もちろんそのどれもが下らないものばかりだった――今となっては、そんな無責任かつ邪悪な事を、よくできていたな、と自分ながらにも思う。
そう、僕らは人の「痛み」に無関心すぎたのだ。
その分、クラスルームで彼の癌の発覚と、入院――それも末期に入りつつある――ことが担任の口から告げられた時は、教室中が異様な空気に包まれていたのをはっきりと思い出せるし、情景を甦らせる事も出来る。
驚きの声を上げる人。
言葉を失う人。
涙を流す人。
窓側の席に座っていた僕は、ジメジメとした澱みの中、空いた小東君の椅子をずっと見つめていた。
その席には、もうすでに人の気配はなく、そこだけが湿気や空気を感じさせない程に無機質に浮かんでいた。
(2)
そんな小東君のお見舞いに行こう、と言う話になったのは、彼の入院から一月余りたった七月の半ば……期末テストが終わった日の事だった。
担任がクラスルームで提案し、夏休みの間、一人ずつが準転で彼の病室を訪ねる――そうすれば、四十日間の長期休暇中、誰かが必ず毎日彼の顔を見る事になる。
そうすればきっと精神衛生的にも良いだろう、との判断だった。
「柊 優一」――これが僕の名前だが、出席番号十四番の僕が担当となったのは、八月の頭、そう、八月七日。
正直、その日まで彼の命はあるのだろうか、何ていう常識外れな問いが頭にふと浮かんだが、間違っても口には出せないのでぐっと喉の奥に押し込んだ。
しかし、これで分かる様にそれほどまでに僕と小東君の間は疎遠なモノだったのだ。
そして夏休みが始まった。
狩小川西高校の怪談 ~霞の中の瞳~