蒼い青春 五話 「恋が愛に変わる時」
◆主な登場人物
・長澤博子☞白血病に犯されてしまった17歳。 若手刑事・剛に恋心を寄せており、だんだんと具体化していく。
・河内剛☞23歳の若手刑事。 正義心の強い熱血漢であり、常に博子のことを気にかけているが、少しずつその気持ちは未知の世界へと踏み出そうとしている。
・長澤五郎☞博子の父親で、大学教授。 娘の病気について口止めされていたが、素子とたか子に全てを打ち明けてしまった。
・園田康雄☞剛の先輩で警部補。また現場での相棒でもある。「横須賀のハリー・キャラハン」と呼ばれるほど、その捜査の手口は手荒である。
・野村たか子☞長澤家にやって来た家政婦。 その正体は博子の母親であった。
◆五話の登場人物
・ヒットラー☞本名不明の謎の男。 剛と博子の情事の瞬間を収めた写真をネタに、剛に強請を掛ける
前篇
夜な夜な聞こえる話声に、眠りの浅い博子が起きてしまったのも無理もない。 どうやら話声は居間の方から聞こえるらしく、下からかすかに光が漏れている。 博子はそっと部屋を出ると、ゆっくりと忍者のように階段を降り、居間の前まで来た。 話しているのは父と家政婦のたか子らしい。
それから数分後、博子は心臓を握りつぶされるような衝撃を覚えた。 どうやらそんな博子にたか子が気付いたようだ。 父が博子の方へやって来る。
「博子っ。」 五郎はガラリと戸を開けたが、そこには真っ暗やみの廊下が広がっているだけで、人影は無かった。 「ほら、博子なんていないよ。」 五郎が駆け寄って来たたか子に言う。 「そんなはずないわ。 私、部屋を見て来る。」 用心深いたか子は階段を駆け上がり、博子の部屋へ行った。 しかしあんまりにも彼女が降りてこないので、五郎も少しは心配になったようで、ゆっくりと階段を上がって行った。 五郎が階段を上るのを見計らって、トイレから博子が出てきた。 目からあふれる涙を拭くと、彼女は勝手口からそっと外に出た。
「どうしたんだ、遅いじゃないか?」 階段を上がって来た五郎は、たか子の一言で凍りついた。 「大変よ、博子が居ないの。」
博子は人通りの少ない道を歩いていた。 ただでさえ人通りが少ないのに、真夜中となると30分に一度、車が通るか通らないかくらいだ。 その上、しとしとと小雨が降っていて、パジャマのまま裸足で家を飛び出した博子の体を濡らしていく。 ふと博子は何かを思い出したように、雨の中を走りだすのだった。
「居たか?」 「居ないわ。」 二人は家の付近を捜索していたが、博子を探し出すことはできなかった。 「やっぱり警察に相談した方がいいわ。 今頃あの子、怖い目にあってるんじゃないかしら?」 「いや、もう少し俺たちだけで探してみよう。」
博子の家出騒動の真っ只中、家に居た剛の携帯電話に、博子からメールが入った。 「こんな遅くにどうしたんだろう。」 明日は休みで、遅くまでTVを観ていた剛は、あいにく起きていたのだ。 見るとこんな文面があった。「剛さん、この間の掘立小屋に来てください。 誰にも知らせずに。そこで待ってます。」 短い文面に何かしらの意味を感じ取った剛は、傘をひっつかむと、雨の中を博子の待つ掘立小屋目指して走り出した。
雨の中、息を切らしてやっとのことで小屋に着いた剛は、窓からかすかに漏れる光で中に博子が居ることを確認すると、中へ入って行った。
後篇
「あっ。」 中に入り込んだ剛はそこに立っていた博子の姿を見て、思わず声を上げた。 焚き火の炎に揺れる様に映った博子は、まるで「潮騒」のように全裸の体を大きな白いタオルで隠すように立っていた。 「君、なにを・・・やっているんだい?」 恐る恐る、剛が博子に尋ねる。 しかし博子は黙ったままだ。 「さあ、服を着て。 家に帰ろう。」 そう言って博子に近づこうとする剛に、彼女はゆっくりと首を横に振った。 「分かってるわ。」 博子の声に、剛が尋ねる。 「分かってる?」 「剛さん、本当は私のタオルの下の、この身体が見たいんでしょ?」 博子に心の内を見ごとにあてられた剛は、ハッとして黙り込んだ。 「いいのよ、私、剛さんを愛しているの。 あの時ここで、私の着替えを見た時も、今も、同じ気持ちなんでしょう? 私たち、もう子供じゃないのよ。 もし剛さんが私を愛しているなら、お互いに、全てをむき出しにして、その愛を確かめ合ってもいいと思うの。」 博子の静かな言葉に、剛は小さくうなずくと、上着から衣服を脱ぎだした。 剛がついにパンツだけを残し、他はすべて裸になった時、博子は剛の愛を認め、タオルを取って、彼にそのすべてを見せた。 彼女の真の姿を見た剛は、自らも羞恥心を捨て、博子への愛のためにそのパンツを脱ぎ棄てた。
外で雨がごうごうと強くなるなか、剛の健康的に焼けた身体が博子に近づき、その真っ白な神秘的な身体を抱いた。 その時剛は、博子の膨らんだ乳房の中を流れる、血液の激しい鼓動の中に、彼女が剛にささげる、今までも、そしてこれからも感じることのないだろう、愛の暖かみを感じた。
やがて博子がじっと目をつぶると、剛も目をつぶり、お互いに、何もかもむき出しな熱い口づけを交わしたのだった。
その時二人は気付いていなかったが、大雨の降る外から、透明のレインコートを着た男が、大きな一眼レフのカメラを構え、何枚も何枚も、二人の絡み合う姿を写真に収めていたのだった。
それから数時間後、掘立小屋からは、博子のことを抱きかかえて剛が出てきて、彼女の家を目指して歩きだしていた。
二人の情事から二日後のある日、家のポストの中をチェックした剛は、差出人不明の封筒が入っているのに気付いた。 中へ入って封を開けた剛は、思わず言葉を失った。 そこには裏に口座番号が書かれた、あの時の掘立小屋での裸の二人の写真と、ヒットラーを名乗る人物からの字で、写真をばらまかれたくなければ、現金10万円を記載の口座に振り込めという文書が入っていたのだった。 つづく
蒼い青春 五話 「恋が愛に変わる時」