珊瑚礁

珊瑚礁

夜空の底を見たことがあるかと、一羽の梟が私に訪ねてきた。それは宇宙の果てか、と私が問うと、梟はそうだと頷いた。
そんなものが俺の肉眼に見えるものか、と私は笑った。ではお前に見えるのか、と反問すると、梟はほぅと鳴いて、両の翼を動かした。それがいかにも自慢気に見えたので、ではそれはどんな風なのだ、と訊くと、梟は両の眼を真ん丸に見開いたっきり答えない。
それ見ろ、ほんとは果てなんて、見たことないんじゃないか、やい、と、私が囃すと、
梟はぐっと私を睨み据えてきた。その鉤のような嘴の鋭さに、私は今更になって気付いた。
梟の丁度頭上には、薄紫の色に輝る満月が浮かんでいる。そよぐ風が木々の梢をぶらぶら揺らし、生い茂る葉がさらさらさざめいている。梟は不意に翼を、勢い良く左右へ開いた。その羽根の裏側は孔雀の如き緑色をなし、やはり青い眼玉の模様を数多あしらっている。
俺は海の底を知っていると、梟は言った。何故と私が問うと、夜空の底は海の底へ通じているからだと、梟は答えた。天と海が通じているなど馬鹿馬鹿しい、と私が言うと、ではお前は海底を見たことがあるのかと、梟は尋ねてきた。私はそりゃあ知ってるさ、と言うと、梟は身体を小刻みに震わせてほっほっほっと、まるで笑うかのように鳴いた。
私はかっとなって、なにがおかしいんだ、やい、と怒鳴ると、梟はまたしても、眼を真ん丸に見開いた。
さてはからかってやがるな、といよいよ腹が立った私は、背中に担いだ猟銃を引き抜いて、梟目掛けてずどんとぶっ放した。梟は断末魔の鳴き声を立てて地面に墜落した。ざまぁみろといい気になった私は、息も絶え絶えな梟に、じゃあ地面はどこへ通じているんだい、とからかった。梟は何を言うより前に絶命した。
そうさ、地面は天へと通じているのさ、と口走ったとき、私は梟の言わんとしたことを即座に閃いた。
仰向けに横たわる梟の死骸、その地面に広がる翼は最早、孔雀の模様ではなかった。それは青い星々の瞬く緑の宇宙である。かっと見開かれた儘の両の眼を覗くと、その水々しい真っ黒な瞳は遙けき天を一杯に映している。そしてその中を、白銀に輝く梟の魂が、双翼を優雅に羽ばたかせて飛び去ってゆく。それは紫の月を越した彼方を目掛けて遠ざかり、その深淵へと沈んでゆく。しかしその輝きは、どこまで離れようともはっきり見えた。
輝く梟の魂は瞳の底で、いつしか星となった。ふと頭上を見上げると、銀色の星が一つ、羽ばたくように瞬いている。その周りには、数多の青い星が、翼を模しているかのように並んでいた。

珊瑚礁

珊瑚礁

ひたすら気儘に書いたので深い意味は無い。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-24

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