蒼い青春 四話 「揺れる心と心」
◆主な登場人物
・長澤博子☞不慮の事故により白血病に犯された17歳。 二度命を助けられた若手刑事・河内剛と恋仲になる。
・長澤五郎☞博子の父で、大学の精神学を研究する教授。 博子に白血病のことを話せずにいる。
・河内剛☞23歳の若手刑事で、博子の恋人。 正義感の強い熱血刑事。
・斎藤素子☞博子の専属カウンセラー。 また雑誌にも引っ張りだこのカリスマ。
・野村たか子☞長澤家にやって来た家政婦。 その正体は博子の実の母。
「急に家政婦さんなんて、どうしたの?」 父と家政婦と一緒に食卓を囲んだ博子が、ふと五郎に尋ねた。 「ああ、実はね、今日分かった事なんだがね、お前はちょっとした病気らしいんだ。 まあ大したことない病気なんだがね。」 「病気? 何のこと?」 「ああ、この前輸血をしたときに、父さんの友達がお前の血を調べて、血液性の小さな病気だって、今日教えてくれたんだ。 症状は大したことないんだが、少し治るのに時間がかかるから、その間家政婦さんを雇うことにしてね。 だから、これから何かおかしなことがあったら、すぐに父さんに知らせるんだよ。 いいね。」 「はーい。」 その後せっせと夕食を食べ始めたが、たか子と五郎は、意味ありげに顔を見合わせるのだった。
翌日、また博子は昼ごろに剛と出かけると言って家を出た。 すると家の女が出発してから数分後、入れ違いのようにカウンセラーの斎藤素子が長澤家にやって来た。 「やあ、先生。 お久しぶりです。 どうぞ中へ。」 五郎は素子を居間に通すと、お茶を入れ、煙草に火をつけた。 「あの、少し申し上げにくいんですが。」 素子の顔は少し曇っている。 「どうなさったんです?」と五郎。 「いえ、実は博子さんのことで、二日前に、たまたま男の子と居る博子さんを見かけて。」 「そのことですか、いや心配には及びません。 彼はいい青年ですし・・・」 「その事は私も大いに結構なことだと思っておりますが、その時に、博子さん、ちょっとめまいがしたっておっしゃって、その時私、見たんです。」 「何を、ですか?」 「彼女の腕に、小さな、ホントに小さな紫色の斑点があって、それが、白血病の物とよく似ていたもんですから、ちょっと考えすぎでしょうか?」 その言葉を聞いて、五郎はハッとすると同時に、素子に隠し続けるのは難しいと感じた。 「斎藤先生、今から言うことは、ここだけの話にすると、約束していただけますか?」 五郎は重く、ゆっくりと言った。 「はい、わかりました。 約束しましょう。」 素子も頷く。 「実は博子、白血病なんです。」 「えっ? 白血病?」 「ええ、それもまだ治療法もない、新型の、性質の悪いやつです。 しかしね、僕は信じてるんです。 博子はきっと良くなる。 きっと助かる。 だからあいつにも、病気のことは話してないんです。 先生も、黙っていていただけますね?」 五郎の強い言葉に押され、素子も「はい。」と返事をした。
その頃、今度はハイキングに出掛けていた。 「やっぱり天気のいい日は外に出るのが一番だね。」 「なんか暑っくって汗かいちゃった。 ちょっとそこで着替えて来るから、待っててね。」 そう言って博子は、木陰にある掘立小屋の中に駆けていった。 剛はそんな後姿を見送っていたが、やがて彼女が姿を見せなくなってから少し経つと、今度は博子に対して、今までとは少し違った感情を抱いていることが、自分にも分った。 その気持ちはますます膨らみ、ついに剛は無意識に足が動きだし、掘立小屋の方へ近づいていた。
「きゃっ」 小屋の中で服を脱ごうとしていた博子は、小さな窓に現れた剛の顔を見て、思わず叫び声を上げた。 それを聞いて我に返った剛は、自分のやっていることに気付くと、「ごめん。」と一言謝って、逃げるように去って行った。 しかし、着替えているところを覗かれた博子は、剛を軽蔑する気持ちは全くなく、むしろ彼に対して、今までよりも強い感情を抱くのだった。
その晩、博子が寝た頃を伺って、五郎はたか子を今に呼びつけた。 「たか子、今さら戻ってきて、何のつもりなんだ。」 五郎がうつむき加減でたか子に言う。 「あなた、当時のこと覚えてる。」 「ああ、俺をあの大学の教授にするために、お前が小野寺に多大な借金をつくった。 それを返すために、お前は生まれたばかりの博子を置いていった。」 「そうよ、でももうあの借金はきれいさっぱり返し終わったの。 だから、これからは家族三人水入らずで過ごそうと思ってね。」 「バカ言え、博子はお前が母親だってことも知らないし、病気なんだぞ。」 「いいのよ、私は家政婦さんでも、あの子のそばに居るだけでいいの。」 しかしこの時、二人は博子が寝ているとばかり思っていたが、もう一人その話に聞き耳を立てる人間が居た。 その人物こそ、娘の博子だったのだ・・・ つづく
蒼い青春 四話 「揺れる心と心」