水の桜

水の桜

「このことが世間様にばれたらお前どうなるかわかってんだろうな!」
深夜1時。
男の言葉に辺りは静まりかえる。
「お前桜を1人で外に出すとかぬかしよったな。
どういうことになるか、ちょっと説明してもらおか」
静かに煙草に火を点けながら男が言う。
周りの人間は何も言わない。
いや、言えないのだ。
「加藤、ちょっとこいや」
加藤と呼ばれた男の身体がびくっと動き、
ぎこちなくその男の前に立つ。
「桜をここまで育てたんはわしや。ちゃうか?」
「そ、その通りです」
「あいつには各方面からご協力いただいて、
色々教え込んできた。違うか?」
「はい・・・・」
「無戸籍でここまできた以上、桜が死ぬまでそれは通さんとあかん、違うか?」
「はい・・・・」
「なんや、なんか不服そうな顔してんな。
お前まさか桜とできてるとか言うなよ?」
男の眼が鋭く光る。
「それは絶対にないです。誓えます」
「ならええんじゃ」
男が灰皿に煙草を押しつける。
「最近桜はふわふわしとるようやけど、なんでじゃ」
「え・・・いや・・・それは・・・・」
「それはなんなんじゃ!言うてみい!」
「おやっさん、私から意見してもよろしいでしょうか」
「後藤か。珍しいな」
辺りは一層静まりかえる。
ただ虫の音が静かに響き渡る。
「おじょうさんももう今年で18です。
世間でいえば高校を卒業して大学か
働きにでるお年です。
そのおじょうさんをこのままにして
いいと私は思えません」
男のがぎろりと後藤の目を睨む。
「男ならお前らが相手したってるやろ」
「それはおやっさんのご想像にお任せします。
ただ私が言いたいのはこれ以上桜さんを1人にしておいては・・・」
ごっ。
鈍い音と共に後藤がその場に崩れる。
頭からは血がしたたり落ちる。
「誰にもの言うとるんじゃわれぇ!
わしの娘や!わしの好きにしてええんちゃうんか!
世間に出たらやくざの娘やなんやと
叩かれるのは目に見えてることやろ!違うんか!」
「でも桜お嬢さんは外に出たがってます・・・」
今度は倒れた後藤の腹に男の蹴りが入る。
「もうこのままにしておいては駄目です・・・」
もう1発。2発。
「お前それ以上口聞いたらどうなるかわかってるやろな」
後藤の髪の毛を鷲づかみにして男が顔を近づけて言う。
「桜は、あの女の娘や。
わしの娘や。
わしの好きにする。
それでええんや。
好きなものはなんでも買うてきた。
望むことはなんでもしてきた。
それが親やさかいな。
違うか。
最後や後藤、選べ」
「・・・・・」
「選べ!」
「そ・・・その・・・通りやと思います」
再び鈍い音がして後藤の頭は床に打ち付けられる。
「わかってるんやったらええ。
それでええんや」
午後2時。
虫の音が静かに家全体を包み込む。
テレビの中では若いお笑い芸人が馬鹿笑いをしておどけている。



水の桜

水の桜

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-23

CC BY-NC-ND
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