君の手を 第2章
「――っんは!!」
何だ、今のは?
……夢、か?
いや、どうだろう。よくわからない。目を開いていたが、僕の目はまだ何も見ていなかった。頭の中で、さっきまで見ていた映像が壊れたプレーヤーで再生したみたいにデタラメな順番で流れていた。夢にしてはやけに細かいところまで覚えている。でも、今こうしていると、その光景は夢だとしか思えなかった。
「やっと目が覚めたな」
突然、声がして、ギョっとそちらを見た。男がいた。見知らぬ男だ。
ボサボサに伸びた黒い髪。癖があるのか、わずかにウェーブしている。日本人というよりは欧米よりの顔。目つきは良いとは言い難い。無精髭。服装はこのクソ暑いのに黒のスーツ。白いシャツの胸元にネクタイは無く、だらしなくはだけている。クールビズとかじゃなく単純にだらしない。身長は180くらいか? どこかのロックバンドのボーカルって感じ。まあ、カッコいい部類だろう。でも、そんなことより何より――。
浮いている。
やれやれ、とアメリカのコメディなんかでよく見る、両手を肩の少し下あたりまで上げて首を軽く振っる仕草をした後、
「正直、待ちくたびれたわ」
そして今度は唇の端を吊り上げて、ニヤリ、と笑った。
「キスでもしないとダメなのかと思った」
でも、僕のほうはそんな冗談に反応できるような状態じゃなかった。ただポカン、と口を開けて男を見ることしかできない。何の反応も見せない僕に男は少し不満げな表情を見せた。
「なんだ? 寝ぼけてんのか?」
「あの――」
「あ?」
僕はとりあえず、真っ先に浮かんだ疑問を口にした。
「誰、ですか?」
「誰だと思う?」
ほらね。これだよ。
僕は、質問を質問で返すような奴は嫌いだ。こういう奴は、大抵相手の質問にはまともに答える気が無く、適当にはぐらかして流してしまう。簡単には本心を明かさない信用できないタイプだ。
あからさまに不信感を表に出して僕は男を見た。嫌悪といってもいい。それなのに、まだニヤニヤ笑っている。僕は急速に冷めていった。相手にするだけ損だ。こんな奴の正体なんてどうでもいい。知らなくても、別にいいよ。
「さあ」
適当に相槌を返し、周囲を見回してみた。でも、ここがどこなのかよくわからない。どこかの建物の屋上だとは思うけど。
「死神だよ」
ほら。そんなこと言って。僕は男を見た。男は意外にも真面目な顔をしていた。でも、そうやって相手に信じさせようって魂胆かもしれない。騙して楽しむ気だ。そうに違いない。
「なぜ俺がお前の前に現れたか、わかるか?」
また質問だ。なぜ? なぜって、何が? 別にいいよ。どうだって。
男が僕を見ているのはわかった。でも僕は相手にするつもりは無かった。そんな僕を男は無表情に眺めていた。息を吸い、吐き出す音を聞いた。
「死んだからだよ」
……ほら、また。そんな適当なこと言って。
「お前は死んだんだよ」
どうせ、すぐに「冗談だ」なんて言うんだろ?
そうだろ? そうなんだろ?
からかって、バカにして、楽しんでるだけなんだろ?
でも、男はそれ以上何も言わず、笑ってもいなかった。感情の無い顔でただ見つめてくる。
……待て。
待ってくれ。
もしかして、マジで言ってる?
この男は死神で、僕は死んだ?
……。
ふっ。
なんだそれ。冗談にしては、笑えない。
全然、おもしろくない。
……あれ? なんでだ? 全然笑えない。笑い飛ばすことが、できない。
「うまく理解できないみたいだな」
理解? 何を?
「悪いがこれは夢でも冗談でも無い」
夢でも冗談でも無い?
……ああ、そうか。
これは夢じゃないかな。うん、夢だよ。それなら、このわけのわからない状況も納得できる。起きたように見えて、まだ夢の中だという夢。そうか。なるほど。そういうことか。
「思い出せるか?」
またか。今度は、なんだよ。
「目が覚める前のことを」
目が覚める、前? そんなの、もちろん――。
……なんだっけ?
僕はむっつりと考え込んだ。目が覚める前のことを思い出そうとした。夢なのに、そんなことしてなんになるって、さっきまでの僕が言っていた。でも、確かに僕は夢を見ていた。これが夢だとしても、その中で僕は夢を見ていた。夢のようなものを。それに、夢だ、といくら言い聞かせても、僕のどこかがそれを否定している。その結論はどうにもスッキリしない。どこか、腑に落ちないんだ。テストでうろ覚えの答えを書いたときみたいに、しっくりこない。
なんだっけなー。マジで。
あっ。
……そうか。
その瞬間、僕の胸にあった感情の名はなんと呼ぶのだろう。
「なに、笑ってるんだよ」
「いや――」
思い出したんだ。そのときのこと。目が覚める前のこと。
――事故った時のこと。
車に乗ってた奴ら、すごい顔してた。「マジでっ!?」みたいな。
そういうのを思い出して、思い出したら、苦笑い、出てきた。今までの、しっくりこなかったこと、納得できなかったことが全部が腑に落ちて、苦笑い。苦笑しか出てこない。
気でも狂ったか、という疑いの眼差しでこちらを見ている死神に僕は告げた。
「思い出したんですよ」
池にゆっくりと波紋が広がっていくのを見るような眼差しで、体育座りをしたつま先の先に視線を落とした。そこが本当に池のほとりだったら、間違いなくそこらにある石を拾って投げ入れただろう。そうしてできた波紋を、いつまでも眺めていただろう。
僕は死神が何か言うんじゃないかと思って待っていたんだけど、予想に反して何も返ってこなかった。だからその先をつぶやいた。
「僕が、どうなったのか」
沈黙。死神が何か言う気配は無い。ふっ、と笑みがこぼれた。自嘲の笑い。僕は何を待っているんだろう。
鼻からスーッと息を吸い込み、それをゆっくり口から吐き出して、挑むように死神を見た。
「僕は、死んだんですね」
死神の表情は変わらない。無表情に近い顔。僕はその顔を、目をしっかりと見据えた。死神はまだ何も言わない。まだ何も言わない。まだ何も言わない。
焦れて、僕が何か言いかけたとき、ようやく目の前の口が動いた。
「そうだ」
そう、だ……。
「突発事故だと、なかなか自覚できない奴が多いんだがな」
そして少し笑って「お前、案外頭いい?」なんてつぶやいた。
……そういうことじゃ、ねーだろ。
もっと、他に言うことはねーのかよっ!
僕の、そういう視線に気づいて、
「どうした?」
それに対し、僕。
「……別に」
ため息がでた。死神は、所詮死神ということなのかもしれない。たとえ、人間と大差ないように見えても。
「自分がどうなったのか理解したところで、」
人間の、細かな感情の変化を捉え、それによって対応を変化させる、なんてことはしないんだ。たぶん、そんなこと気にもしてない。
「これからのことだが」
所詮死神。人間とは違う。優しさとか、そういう類の感情なんてきっと無い。だから、今僕がどんな心境なのか、とか、どうでもいいんだ。人間の魂を狩り、死へと誘う。死神とはたぶん、そういう存在だ。そんな存在に、この繊細な僕の心を理解なんてできるはずも――
「おいっ」
「うわっ」
あまりに近くで声がして、僕は思わず仰け反った。5センチも離れていないところに死神の顔がある。
「話し聞いてんのかよ」
話? いや、悪いけど全然聞いてなかった。きょとん、としてみせると死神は舌打ちをして、「浸ってんじゃねーよ」とつぶやいた。
……浸ってる?
「これからのことだよ。これからっ」
これから? これからって、あれでしょ? どうせ天国だか――地獄だかに連れて行かれるんでしょ?
死神は僕の前にあぐらをかいて座った。なんだか、竹本に小言を言われる前みたいな感じがして落ちつかない。
「お前は、もう少しここで過ごすことになる」
……は? どういうこと?
全く予想外のことを言われると人間って理解できないんだよね。この時の僕がまさにそう。
「お前、この世に未練とかあるか?」
未練? 未練ねえ……。確かに、普通ならあってもいい状況なんだろうけど……。
僕は記憶を締め付け果汁を絞るように考えてみる。未練。うーん。頭に浮かんでくることは、未練、と言うにはいささか重要度の低いものばかりだった。少なくとも、これだけはどうしてもやっておきたい!! なんて意気込みのものは一つも思いつかない。
「……別に、無いです」
それを聞いて、死神は渋い顔をした。さらにため息まで吐いた。なんだよ。なんか文句でもあるのかよ。
「多いんだよな、最近。お前みたいな奴。不慮の事故なのに、何も無いって奴」
その言い方は、「近頃の若い奴は」って言って文句を垂れるオヤジそのものだった。
「まあ、普通はあるんだよ、未練。心残りな。そういうのがあるとなかなか成仏しにくいっていうことで、不慮の事故の場合、猶予期間が設けられてるんだ。未練を少しでもなくすために」
なるほど。わからない話ではない。そんなことを考慮してもらえるなんて意外だけど。
でもなぁ。
「僕は、いいです」
死神の眉が跳ねた。
「さっきも言ったけど、未練とかないんで」
そして、また顔をしかめる。なんだよ。いいだろ、別に。
「ホントに無いのか?」
僕は即答した。
「無いです」
「最後に、会っておきたい人とか、いるだろ? 家族とか、友達とか、好きな人とか」
家族。友達。好きな、人? ……いないな。そこまでして、会っておきたい人は、いない。
「別に、いいです」
死神が、ジーっと僕を見てきた。なんだよ。見るなよ。だから、言いたいことがあるなら言えばいいだろっ!
「別に、いいです。か」
そういうと死神は立ち上がった。
「ま、それならそれで、別に俺はかまわないんだけどな」
それなら、なんでそんなに意味あり気に僕を見るんだよっ。ちっ。
「……じゃあ、さっさと連れて行ってくださいよ」
「それはできない」
「はぁっ?」
未練の解消が目的なら、僕には猶予期間は必要ないはずだ。それなのに、それはできないって、どういうことだ?
「何でですか?」
「規則だからさ」
規則。きそくぅ? 不条理の塊みたいな存在のくせに、規則だって?
「そんなもの、あるんですか?」
「ある」
「別に、ちょっとくらい融通利かないんですか?」
「利かないね。お前らのとこのお役所と同じくらい利かない」
……そりゃあ、1ミリだって利かなそうだ。
規則。法律。ルール。嫌な言葉だ。いつも誰かの決めたことに従わされるだけで、そこに僕らの希望は絶対に反映されない。なのに消費税は払わされる。バカな話だ。
「例外は?」
「まあ、無くは無い。でも、それはお前には適用されない」
「なんで?」
「犯罪者にしか適用されないからさ。それも、殺人以上の凶悪犯罪者」
「……なぜ?」
「そいつらは、即地獄行きだからさ。未練とか、心残りとか、知ったことか」
なるほど。犯罪者にも人権はある、なんて主張はここでは通用しないらしい。でも、確かにそれだと僕には適用されない。僕だって何の罪も犯したことのない無垢な人間ってわけじゃないけど、それでもせいぜいイタズラの域を超えるか超えないかって程度のものだ。たぶん。
それにしても――。
「やっぱ、地獄とか、あるんですか」
それを聞いた瞬間、死神の顔が輝いた、ような気がした。満面に広がった不気味な笑みが気持ち悪い。
「あるぞ、地獄。それもお前が想像しているような地獄だ」
僕の想像通り? じゃあ天国のようなところですね。なんて返してやればよかった。でも、僕の頭の中にあったのはあの地獄で、だとすれば、血の池だとか針の山だとかが実際にあるってことか? 鬼がいたり?
「鬼とかは?」
「さすがにそれはいないが、それに近いものはいるな」
それに近いもの。看守みたいなものか? よく、わからないな。現実味が無い。
「じゃあ、天国は?」
あー、と死神は唸って頭を掻いた。
「まー、あるにはあるな。でも、こっちはお前の思っているようなやつじゃないな」
「じゃあ、どういう……」
「しいて言うなら、役所だな」
役所? 市役所とか見たいな? 僕の頭に、どこか薄暗く、陰気な待合所と、窓口にいる黒髪七三のメガネ姿の人物が浮かんだ。腕にはあの黒い用途不明のカバーが付いている。
「市役所とか、役場とか、そういうところだよ」
僕の思案顔が困惑に見えたのか、そう付け加えた。わかってるよ。そんなこと。
「間違っても、極楽浄土なんてものじゃない。もっと陰気で無愛想で融通が利かないところだよ」
死神の言葉には嫌悪が混じっているような気がした。だとしたら、さっきの「お役所仕事」ってのは比喩じゃなくて嫌味か?
……どうでもいいか。そんなこと。僕はどうやら地獄行きではないらしいし、天国が楽園じゃなくても別に残念じゃない。
「とにかく、僕はまだここにいなくちゃいけないんですね」
「そうだ」
はあ、とため息を吐いた。死神が眉間にしわを寄せる。
「そんなに嫌か?」
「……嫌ですね」
「何で?」
何でって、そりゃあ――
「何も、やることが無いですもん」
会いたい人も、やりたいことも無い。そんな状態で何をすればいいっていうんだ?
「もう少しって、どれくらいですか?」
「それは俺にもわからない」
ちっ。使えねーな。マジで。 ……いつになるかもわからないなんて。
「もし、本当に何もすることが無いっていうなら、葬式にでも行ってみればいい」
ぼんやりと顔を上げ、死神を見た。
「葬式? 誰の?」
「お前のに決まってるだろ」
それを聞いた瞬間の僕は、過去最高に間の抜けた顔をしていたと思う。目を軽く見開いて、口はだらしなく開いて。青天の霹靂? メガネを探していて、「お前の頭にあるのはなんなんだ」って言われたときの気持ち。それは、こんな感じかもしれない。
「何をそんなに驚いているんだ?」
死神にそう言われて、僕は反射的に「驚いてなんかいない」って言おうとした。でも、僕の態度は誰がどう見たって驚いてるようにしか見えないことは自覚していたから、
「――別にっ」
ぶっきらぼうにそう答えた。僕は冷静に死を受け入れている。死ぬのなんてどうでもいい。さして怖くもない。本当だ。今だって恐怖は無い。でも、そんなことにすら気が付けてなかった。失態だ。当然死神にからかわれると思った。こいつがそういうのを見逃すはずが無い。でも、僕が身構えているのに、いつまでも何も無くて、顔を上げたら死神は腕を組んで何か考え込んでいるみたいだった。
「なんですか?」
思わず、声をかけると、チラッとこちらを見て「いや、別に」とニヤリと笑った。
「で、どうするんだ? 行くのか?」
その態度にはどこか釈然としないものを感じたが、追求するほどの興味は無かった。それよりも、これからどうするかのほうが問題だった。
葬式、か……。
正直、気乗りはしない。当然だろ? 自分の葬式をぜひ見たいっ、なんて奴はナルシストかよほどの自信家か、それともバカか。いずれにせよ、まともな神経の持ち主じゃない。
想像したことはある。別に僕だけじゃないはずだ。誰だって自分が死んだら、って考えることはあると思う。寿命ではなく、別の要因で、突発的に。
そうなったとき、悲しんでくれる人はいるだろうか? 泣いてくれる人は? 葬式には誰が来る? どれくらい来る? 僕が死んだことでどんな影響がある? いつまで悲しんでくれる? いつまで覚えていてくれる? もし、誰も悲しんでくれなかったら。「死んでくれて清々した」なんて、言われて、笑ってる奴がいたら――?
僕は、別に、それでもかまわない。誰からも好かれているなんて思っていないし、いなくなってくれたほうがいい、て思っている奴がいたって驚かない。別に悲しくも無い。誰も泣いていなくても、悲しんでいなくてもいい。どうせすぐに忘れられる。それでもいい。そのほうがいい。僕のことをいつまでも引きずっていたって、覚えていたってしかたない。僕は僕がいなくなったってちゃんと世界が回ることを知っている。
ただ、リアルな想像をすれば、たぶん家族は泣く。特に母さんと姉ちゃん。姉ちゃんなんか、きっとヒドイ。じゅるじゅる鼻水流して。……父さんも、泣くのかな?
中野、サッカー部の連中はどうだろう。あいつらはさすがに泣きはしないか。他にも、誰かいるかな。泣くひと。
そういう事を、確かめてみたい、見てみたい気もする。でも――こういうのはやっぱり大体想像よりも事実の方が、それがどれだけリアルに、不確定要素も踏まえて最低のラインで想像したとしても、それよりもさらに少し悪いんだ。そして、そりゃ、ちょっとは、落ち込んでしまう。それならばいっそ、知らないほうがいい。
考え込む僕を見て死神が「まあ、別に行きたくないならいく必要はないけど」なんて言う。何だそれ。自分で言い出しておいて。
「幽霊ってのも案外楽しいぞ。空を飛べるし何でもすり抜けられるし誰からも見えないし声も聞こえないから――」
そこでニヤリと笑った。目じりが下がって鼻の下が伸びている気がした。何を考えているのかすぐにわかった。
「覗き放題だぞ」
わざわざ近くまで寄って来てそんなことをささやく。ダメだコイツ。
「なんだよ、その目は。お前だって興味あるだろ? 男子中学生の成分の99%はエロだろ?」
それはお前の成分だろ。そう思った。でも、口には出さない。代わりに、
「別に」
侮蔑を込めて言ってやった。男子中学生の誰もが下ネタに喰い付くと思ったら大間違いだぞ。
死神が、未知の生命体を見つけたような目で僕を見てきた。
「何それ。お前、もしかして下ネタ嫌いとか言っちゃうタイプ?」
……違う。僕自身は下ネタが嫌いってわけじゃない。ただ、本当に苦手な人もいるかもしれないのに、そんな奴いないって決め付けて話してくる奴が嫌いなだけだ。それも、最高に面白いジョークを言ってるみたいな顔で。でも、そんなことをコイツに説明したところで理解してもらえるとは思えない。こういうのは本人に言っても無駄なんだ。だから僕は黙っていた。黙っている僕を見て、死神は「ああ」と意味深につぶやいたかと思ったら、可哀想な奴を見つけたような顔をして、
「ゴメンな。童貞にはちょっと刺激が強すぎる話題だったな」
「――っ!」
……そうだけど。そうだけどっ! それは関係ないだろ!!
「?」
僕の態度に、どうしたんだ? というように首をかしげる。嘘だ。絶対にわかっててわざとやってる。だから、それに付き合ったら、負けだ。
僕は吸い込んだ息を吐き出し、肩の力を抜いた。
「単に、見たい人がいないだけですよ」
本当だ。好きな芸能人とかいないし、学校にも気になる娘は、いない。死神は「ふーん」と呟いて胡散臭そうな目を向けた。僕だってそれを信じてもらえるとは思っていない。だから別にいい。コイツにどう思われようがかまわないし。
「ま、どうでもいいけど」
そう言うと死神はふわりと浮かび上がった。地面から1mくらいのところで止まり、僕を見下ろす。
「じゃあ、俺もう行くわ。後は好き勝手にすりゃーいい」
えっ? ちょ、ちょっと。
「じゃあな」
「まっ――」
てよ。そう言い終えるまもなく死神は姿を消した。一瞬で、煙が風に飛ばされるように唐突にいなくなった。僕はしばらく呆然と死神のいた空間を見つめていたが、やがて開いていた口を閉じ、軽く舌打ちをした。
まったく、こっちはまだ聞きたいことが山ほどあったっていうのに。勝手に出てきて、勝手に消えて。いいのかそれで。職務怠慢なんじゃないのか? 仮にも死神だろ? 僕を導く役目があるんじゃないのか? いいのか? ほんとに好き勝手しても。凶悪な地縛霊とかになって無差別に呪ったりしちゃうぞ? それに何より、好きにしろって言ったって――。
「どこなんだよ、ここは……」
君の手を 第2章
≪第2章 完≫