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百三十




 かえって影を利用しながら,女性はアスファルトに屈んで物を探しているのが落としたものかは分からない。小さいものであろうということは塊のような自身の影で覆える範囲をじっくりと検分し,重複も兼ねてあまり動かないから,そうなのだろう。割れたりするものであったら大変だと,向きを違えて往き来する人たちは声を掛けては彼女の言葉に従い,何となしに励ましの返事を置いて去ることを選んでいるらしい様子も窺える。あるいは影を多くして,探索可能な範囲を広げようと試みた人もいた。長い時間,と思えたほどに過ごした時間をじっと動かず,じっくりと動いて,しかし物は見つからず,腕時計を挟んで彼女に別れを告げたその人に上目遣いのお礼を早々に返して,彼女はそのまま晴れ空を見上げた。そこに太陽は居ない。それでも目を覆ったのか,それとも額に浮いた汗を拭ったのか,邪魔にならないように。本当にそこに落としたのか,途中のバスのシートの間に捕まっている絵を思い浮かべては,コマ割りされた降車後の出来事に望みをかけ,一時停止ののちに頷きを被せる。束ねられた髪を統率する金の髪留めは,反射ののちに鋭く刺す。安く作られたのでなく,古くなった電話ボックスのガラスはいとも容易くそれを通す。素直なのでない,偏屈とも言えないが,と受話器の向こうに答える男性はそれを持ち替えてボックスの一面に背中を付け,すぐに離れて懐を探る。次にズボンのポケット,横も後ろも,それからジャケットの胸ポケット,もう一度懐をと探り出して硬貨を指で摘まみ出す。随分と奥にあったらしいそれを,男性は電話ボックスの上に乗せる。
 押して開ける電話ボックスのドアは爪先によって抑えられ,風は下の隙間からも抜けていく。すぐの街路樹,内容がやや古い自動販売機,かつての駐車場から抜け出て海が見えるという公園への近道となる道,立ち並ぶ灯りが休んでいるそこを通る女の子は口笛の練習に夢中になって,持っていた風船を手放す。赤い別の自動販売機が飲み物を取り口に出し,父親が手を突っ込めば傾斜して取りやすくなった。泣き声は聞こえない。代わりに,公共施設のイベントを知らせる声が遠くから届く。センテンスの間に入り込んで,汽笛が鳴く。鳴らされる。
 チラシを二つに畳んでお爺さんは立ち上がり,椅子も床も傷付けないように慎重にした動作で店内の一席を元に戻していく。女性の店員が気付くまでに,それを終えるために,カップはほぼからとなって机の真ん中に置かれ,カタカタいわない。チラシに載っていた,白い陶器の大特価セールにお爺さんが心を動かされたとは言えないけれど,白い物は思うより多い店内だったのだ。そうとも言えない,と隣の席の男性が別件で対面する別の相手を,ゆっくりと説得しにかかっても。
 お会計の次いでに籠の中のクッキーが,また一つと買われても。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-22

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