みあちゃんの石ころ 1
愛の石ころ
みあちゃんの趣味は石ころ集めです。
保育園の花壇の周りにはかわいい石がたくさんあるのです。
毎日、みあちゃんは帰りのスクールバスを待つ間、「今日のお気に入り」をひとつ探します。
とびきりすてきな石が見つかる日もあれば、ぜんぜんだめな日もあります。
みあちゃんのママは
「また拾ってきたのね。もう止めなさいね。机の中が石だらけじゃないの」
と、顔をしかめます。
でも、みあちゃんは止める気はありません。
こっそりポケットに入れて、ママの見ていないすきに宝箱にしのばせます。
さて、みあちゃんの家のすぐそばに、小さな教会がありました。
みあちゃんはときどき、教会の周りでも石をさがします。
教会の神父さんは白いひげの外国人のおじいさんです。
みあちゃんが屈んで、石をかき回してる姿を、いつもにこにこ見ていました。
ある日、教会の前のベンチに若いカップルがしょんぼりうなだれて座っていました。
二人は結婚の約束をしていました。そして今日、この教会で婚約するつもりでした。
和くんは一生懸命働いたお金で、さっちゃんに指輪を贈る事になっていました。
ちょっと有名なジュエリーショップで、二人が選んだのは小さなサファイアの指輪です。
さっちゃんは9月生まれで、サファイアが誕生石です。この店で、一番安い指輪でしたが、さっちゃんは一目で気に入ってしまいました。
この、小さな青い石がまるで運命のように感じたのです。
その後、いくつか店を回りましたが、さっちゃんは最初の店のサファイアに心を奪われていたので、他のものは目に入りません。
そして、今日、二人は和くんの貯金を全部おろして、そのお店に向かいました。
「どうしたの? どっか痛いの?」
みあちゃんが心配そうにのぞきこみました。
さっちゃんが泣いてるように見えたのです。
実際、さっちゃんの目は泣き腫らして真っ赤でした。
隣で、和くんが途方にくれています。
「無かったんだ…」
「なにが?」
「指輪・・・他の人に買われちゃったんだ」
「指輪なら、お店にいっぱい売ってるよ! また買えばいいじゃん」
「あれじゃなきゃいやなの!」
さっちゃんが声を震わせて叫びました。
「しょうがないよ。他のにしようよ。少し高くなってもいいからさ」
「いやよ」
「じゃあどうするのさ」
「指輪はいらない・・・」
「・・・結婚、やめるってこと?」
「そんなこと、言ってない!」
さっちゃんはまた手で顔を覆って泣き出しました。
「どんな指輪だったの?」
みあちゃんが聞くと、さっちゃんは最初にその宝石と出会った時の感動を熱く語りました。相手がまだ小さい子どもだということも忘れて真剣に話したのです。時々、和くんに
「ね、そうよね!」って、同意を求めますが、和くんは
「うん・・・」と力なく答えるだけです。
和くんは宝石なんてなんでも良かったのです。ただ、さっちゃんの事をとても愛していたので、さっちゃんの欲しかった指輪を買えなかった自分を責めていました。
「ちょっと、待ってて! どこへも行かないでね」
みあちゃんがそう言い残して駆け出しました。
(きれいな石なら、たくさん持ってる!)
みあちゃんは家にとんで帰り、宝石箱を床にばらまきました。
あの時、見つけたあの石!今まで集めた中で、一番きれいな石!みあちゃんの一番の宝物!
「あった!」
それは、小指ほどのまあるい石で、真ん中に白い筋が一本入っています。
「これだ」
みあちゃんは石をつまんで高く掲げ、うっとりと見つめました。
みあちゃんは台所に駆け込んで、ラップを細長く切ると、真ん中に石を置いてくるくる包みました。
ママは、みあちゃんが、あまりにも真剣なので、その迫力に負けて、小言を言うタイミングが見つかりません。
「できた!」
教会のベンチで、二人は、今日の婚約式はキャンセルしようと話し合っていました。
お客さんを招待したわけでもないし、二人だけでするつもりだったので、神父さんに訳を話して、許してもらおうという事にしました。
その時、さっきの小さな子がすごい勢いで走ってきて、息を切らして言いました。
「ほら! あったよ!」
「なにそれ? ただの石ころじゃないか」
「石ころじゃない! 指輪だよ!ほら、指輪!あげる!みあの宝物だよ!」
みあちゃんは、強引にさっちゃんの指にラップで包んだ石を巻きつけました。
「ほら!すてき!」
みあちゃんは、目を輝かせて二人を見ました
「これはね、石ころだよ。僕たちが欲しいのは本物の宝石の指輪なんだ」
さっちゃんも、不機嫌そうにまゆをしかめて、それでも、言葉は優しく言いました。
「ありがとう。きれいな石ね。でも、もういいの。今日はもうやめたのよ」
「やめたの?」
さっちゃんは指から石を外してみあちゃんの手に握らせて
「宝物でしょ?大事にしてね」と、さみしそうにいいました。
みあちゃんは、長い間、ほんとに長い間、手のひらを眺めてから、ぐっと握りしめると、ゆっくりと歩きだしました。
みあちゃんの歩みがほんとにゆっくりなので、まるで立ち止まっているかのようでした。
いままで、黙って見ていた神父さんが、扉の外へ出て来ると、みあちゃんの後姿を見ながら、つぶやくように言いました。
「あの子は愛がどんなに大切なものか、ちゃんと知ってます。だから、あなたたちの愛に匹敵するものは、自分が一番大切にしているあの石だと思ったんだね。ほら、あの風見鶏をごらんなさい」
教会の屋根に天使がハートを持った形の風見鶏がありました。
「あの天使の持っているハートはアルミに色を塗ったものだよ。だからって、神があの天使をないがしろにしていると思いますか?
愛はものじゃない。指輪は無くてもいいんです。必要なのは本物の愛だけです。
婚約式は指輪を贈る日じゃありません。二人の愛の証を神に示す日です。
さあ、婚約式を始めましょう。二人の愛が本物なら、きっと神は祝福してくれますよ」
「神は、それをあなたたちに知ってもらうために、あの子をよこしたのかもしれませんね」
一瞬、二人はお互いに見つめあいました。
次の瞬間、和くんは、もう見えなくなりそうな、みあちゃんの背中目指して、一気に駆け出していきました。
みあちゃんの石ころ 1