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百二十九





 一段下がって窪みには,森に住んでいる栗鼠が軽々と飛び込む。その間の栗鼠の視点に立って見れば前方の高低,おそらく,枝を伝い幹を直角に降りてきて,またはその跳躍を駆使して何処かに向かって弱めない勢いの中では一歩,二歩と済ませる地面に変わりないほんのちょっとの高低をさっさと済ませ,その先の樹の根の盛り上がりも下るように駆け抜け,隙間抜ける陽光より頭上で重なる葉の下で時間の多くを過ごし,また走り始めて小さいその身を遠く離していく。この時期,餌集めよりは目的が多岐にわたり,より冒険しようとするものも,幅広く,地中に生きているものを探り当てようと耳を動かし,目を凝らすものも等しく見受けられ,じっと止まっているものはそんなにいないというのが実感である。岩場で休み,荷物をほどき,パンなどの食べ切れるものを頬張りながら口を開けた水筒を傾け,ハンカチに水を浸しながら,枝から枝へとわたる栗鼠が残していく音や落としていく欠片に,細かく揺れる葉陰が降って来る。あまり吹かない風は森の出入口で針路を変え,冷たさは額や首もとにあててじんわりと消えていくうちに腰を下ろしているこの岩場も,かの栗鼠の硬い路となっていき,小さい鳴き声も太い幹にぶつかって丸く転がる。拾っては片付け,片付けては並べる,忙しい時間。ー茂みに阻まれ,見えない上空では鳥が適当な距離を保ちながら旋回し,樹の高いところから顔を出したものを狙っていると聞いてはいるものの,見切れる姿はもっと高く,次には消える。幹を登る栗鼠を見かければハンカチを離して,腰かけている岩に乗せ,水筒を開けて喉を潤し,木の実を思い浮かべて,上手く入り込めたとばかりにそよぐ風と,さらさらと割れた陽に晒す。その日続いた,と頭から綴りたくなるほどの長い長い涼しさのあとで,戻って来た深い緑の覆いと驚くほどの跳躍力に,着地と同時に小さくなる,窪みと冒険心。そういえばまだ,穴を掘るところをこの目にしていないと気付き,勢い,上半身を岩から剥がすように起こしてみればひとつと額に当たる。服にもどこにも,その地にも,二度目から当たった音がしないから,滴か何かかと思う。
この時期の栗鼠としては。冒険心が。
 立ち止まっているものにも出会わないわけでない。安定して見える根っこの瘤のところで(栗鼠にしてみれば,おそらく他の場所とそう変わらない,そこで),上半身を持ち上げている。すぐそこの別の根っこの窪んだ箇所の様子を探っているようで,また随分と高い幹がそびえる先を見据えているようにも見える。試しにパンなどの端を慎重に巻き,手に取るか,口にするかと考えてみたがすぐに顔を上げ,奥へ奥へと,意識を向ける。
 勿論気付けば。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-20

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