口カラデマカセ
夜遅くに、子供を殺しました、と交番に通報が入った。
応対した新入りの警官は狼狽え、主任の中田巡査部長に助けを求めた。
「あ、いつもの事だから。大丈夫」
中田巡査部長は大きなアクビをして、私が行って来るから、と冷静だった。
「だって主任、殺人事件ですよ?」新入りの警官はまだ狼狽えていた。
「その人、時々電話してくるんだよね。ただのデマカセ。ちょっと精神的に…」
中田巡査部長はそう言って、自転車に跨がり電話のあった通報先へと向かった。
通報先の女のマンションを中田巡査部長は良く知っていた。何度駆け付けたか分からない。
初めて電話があってからもう三年位になるだろうか?
女は定期的に電話をしてきた。子供を殺しました、と…
初めて通報があった時の事を中田巡査部長は良く覚えていた。
慌てふためき現場に駆け付けたが、それがデマカセだと分かった時には激怒した。しかし、通報した女は悪戯のつもりで通報してきた訳では無かったと知った時には中田巡査部長は女を気の毒に思った。
駆け付けたマンションの一室からは女の夫が出て来た。妻が悪戯電話をして申し訳ありません、そう言って深々と夫は頭を下げた。
どういう事なのか状況が分からない中田巡査部長に夫は説明した。
妻である通報して来た女は最近子供を流産しており、それが自分の責任だと自分自身を責め、罪の意識から子供を殺しました、と警察に電話しているらしかった。
もちろん中田巡査部長は部屋を隅々調べたが、子供の死体は疎か、子供が存在していたであろう形跡さえその部屋には無かった。当たり前だ。この夫婦には子供など産まれていないのだから…
それからは度々こうして通報があった。中田巡査部長は子供を流産し、精神を病んでいる女を哀れに思っていた。だからこうして女のデマカセにも付き合ってやっていた。
今夜もマンションのインターホンを押すと、女の夫が現れた。
「妻がまたご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、パトロールのついでですよ」中田巡査部長は夫に笑って見せた。
「奥さん、大丈夫ですよ。あなたが殺した訳ではありませんからね」玄関から見える女の背中にそう優しく声を掛ける。女がこの罪の意識から解放されるのはいつだろうか?もしかして永遠にその罪の意識を背負い続けるのかもしれないと思うと中田巡査部長はゾッとした。
「殺したのに」中田巡査部長が帰った部屋で女は夫に呟いた。
「殺したくせに」
「もう、止めろ!」夫は喚き散らした。
「お前が流産したのに、浮気相手の女が妊娠した子供を産ませてやれる訳が無いだろう!お前の為に堕ろさせたんだよ!お前の為に!」
オマエノタメニ、口カラデマカセー
口カラデマカセ