蒼い青春 二話 「事態は深刻に」

蒼い青春 二話 「事態は深刻に」

◆主な登場人物
・長澤博子☞この物語の主人公。 17歳で対人恐怖症を患っている。 その克服のため父の大学を訪れ、爆破事故に巻き込まれ、傷だらけになったところを、剛に助け出さたうえ、彼の輸血で一命を取り留める。 剛にひそかな恋心を抱いているが、血液検査で不治の新型白血病であることが発覚する。
・河内剛☞大学内で事故に巻き込まれた博子を助けた23歳の若手刑事。 博子と同じボンベイ型の血液の持ち主で、彼女の命を二度救い、恋に落ちる。
・長澤五郎☞博子の父。 大学内の研究所で心理についての研究をする傍ら、教授でもある。 娘の病気を知り、彼女に隠し続ける決心をする。
・小野寺史朗☞五郎の上司。 勝手に博子の血液を調べ、五郎に彼女の白血病であることをいい事に、彼の立場を危うくしようとたくらむ。
・園田康雄☞27歳、剛の先輩で警部補。 手荒な捜査で有名で、「横須賀のハリー・キャラハン」の異名をとる。

前篇

前篇

「24時間以内に輸血ができなければ、娘さんの命が危険です。」 「しかし、私はA型です。 周りにもそのような人間は・・・。」 希少血液が24時間以内に必要な今、輸血の協力を求めている時間は無いのだ。 「なら、僕の血を使ってください。」 後ろの方から声がして、医師と五郎がそちらを向く。 そこに立っていたのは、博子を助け出したあの青年だった。 「お宅はどちらさまで?」 医師が尋ねる。 「僕は横須賀警察署の河内と言うものです。」 そう言って青年が、「河内剛」と書かれた警察手帳を見せる。 「刑事さんですか、分かりました。 急いでください。」 医師は急いで輸血の準備をすると、ベッドに横たわった博子の隣のベッドに剛を寝かせる。 剛の腕の血管から、管を通じて博子へと輸血がなされる。 「おとうさん、助けて、水が、水が・・・」 ベッドで眠る博子が、ふとそんなうわごとをつぶやく。 そんな博子を、剛は心配するように見つめる。 「ああ、水が、水が私を!」 一瞬、博子のうわごとが大きくなり、またゆっくりと眠り始めた。 「河内さん、もう大丈夫ですよ。 彼女、助かりました。」 数分後、剛が見たのは、そう言ってにこやかに笑う看護婦の顔だった。 
「博子さんの状態も安定しています。」 「はあ、そうですか。」 剛がワイシャツのボタンを閉めながら返事をする。 ちょうどその時、誰一人気付かなかったが、白衣姿の小野寺が治療室に入り込み、「患者 H 血液」と書かれた血液の入った瓶を持ち出したのだった。 
数日後、博子も無事退院したため、五郎は安心してまた大学へと出かけた。 大学に入り、いつものように受付嬢に、「おはよう」と笑顔であいさつすると、彼女が顔を曇らせて言った。 「小野寺教授から呼び出しがかかってますよ。」 「おいおい、呼び出しだなんて、小学生じゃないんだし。」 五郎はそう笑い飛ばして、小野寺の部屋へ向かった。
「入りなさい。」 五郎がドアをノックする音を聞いて、小野寺が言う。 「失礼します。」 小野寺は体の大きな男で、煙草をふかしてずっしりと椅子におさまっている様子は、大きな象を想像させるほどだ。 しかし色眼鏡の向こうからのぞく二つの目は、獲物を逃がさぬカメレオンの様な目だ。 「まあ、掛けたまえ。 君、これ何の紙だかわかるかね?」 小野寺が席に着いた五郎に一枚のデータの書かれた紙を差し出す。 「さあ、私にはさっぱり・・・。」 そう言い終わらない内に、小野寺が言った。 「君のお嬢さん、博子さんの血液の結果だよ。」 「え、博子の?」 「そうだ、その数値、赤血球も白血球も、全て正常状態を大幅に下回っている。 これは白血病の症状とよく似ているんだよ。 もっとも、精密に検査してみないと、こればかりは何とも言えないがね。」 そう言って小野寺は煙草の火を消す。 「その原因がね、あの爆破事故じゃないかと思うんだよ。」 「爆破事故?」 「そうだ、自爆テロが構内に紛れ込んで、話によると君の研究資料を狙って紛れ込んで、あんな事態を引き起こした事件だよ。 君の研究資料が目的なら、君の管理が行き届いていなかったということになるから、これが上に知れたら大変だね。」 小野寺は意地悪く言うと、今度は五郎をぐっと睨んで、低い声でこう言った。 「しかしこの事故で被害者が出たことが世間に知れると、この大学も危ない。 どうだね、今回のことは君に一切の責任を追及しない代わりに、君もこの話を絶対に外部に漏らしてはいけないということにする。 もちろん、娘さんにもだぞ。」 「娘にも、ですか?」 「そうだ、娘さんの口から洩れないか、君も補償はできんだろ? どうなんだね?」 「わかりました。」 「そうだ、君はやっぱり物分かりがいい。」 「失礼します。」 悔しい気持ちと信じられない気持で、五郎は部屋を後にした。

後篇

後篇

翌日、いつものように早起きな博子は、父親の起きるころにはもう彼の分の朝食の用意もして、自分はせっせと白米を頬張っていた。 「おい、博子。 そんな喰い方しちゃあ、女らしくないぞ。」 「あらやだ、お父さんったら、私二日もご飯食べてないのよ。」博子が 「ははは、そうかそうか。」 そう言って五郎も席について、朝食を食べ始めた。 「ああ、そう。 私食べ終わったら、散歩がてら公園の方まで歩いてくるから、お父さん今日休みでしょ?」 博子が茶碗片手に言う。 「ああ、そうだよ。 なら、気をつけて行っておいで。」 五郎も、箸で器用に鯖の骨を取りながら答える。 「やめてよ、小学生じゃないんだし。 ごちそうさま。」 朝食を食べ終え、外へ出掛けて行く健康的な娘を見送る五郎の心の内は、葛藤しているのだった。
博子は公園の近くを走っていた。 秋口には市内の陸上競技会があり、その選手として博子は選出されていたのだ。 「やあ、君はあの時の。」 ふと、後ろから声が聞こえて、博子がそちらを振り向く。 声の主は河内刑事だった。 「ああ、あなたは。」 博子の顔がぱっと明るくなる。 「まだお互いに名前も教えてなかったね。 俺は河内剛。」 「私、長澤博子。」 「へえ、こんな早くから走っているなんて、感心するよ。」と剛。 「ええ、私秋の陸上競技会の選手だから。」 「ほう、それにしても、あの日は災難だったね。 まあ、座ろうよ。」 そう言って剛が博子をベンチに座らせ、自分も座る。 「あなたが私を助けてくれたんでしょ?」 「助けただなんて、たまたま居合わせただけの話だよ。」 「ううん、私ね、実は対人恐怖症っていう精神の病気でね、あの日、お父さんとはぐれてパニックになってた時、たまたまあなたを見掛けて、あなたに着いていけば心配無いような気がして、つい。」 「へえ、なんか照れるな。」 そう言って剛が頭を掻く。 「あら、刑事さんにも可愛い所があるのね。」 そう言って博子が笑う。 つられて剛も笑う。 「あら、博子さん。 楽しそうね。」 二人の前に一人の中年女性が現れた。 歳の割には細身で、なかなか綺麗な女性だ。 「あ、斎藤先生。」 そう、彼女こそ、以前にも説明したカリスマ・カウンセラー、斎藤素子である。 「博子ちゃん、隣の方は?」 「ああ、この人、男友達。」 「まあ、ボーイフレンドだなんて、前進したのね。 あっ。」
素子がそう言い終わらない内に、博子が前のめりに倒れそうになったのだ。 あわてて彼女を支える二人。 「大丈夫かい?」 剛が尋ねる。 「ええ、ちょっとめまいがしただけ。」 そう言って笑う博子だったが、それはこれから始まる悪夢のほんの一部に過ぎなかった。                 つづく

蒼い青春 二話 「事態は深刻に」

蒼い青春 二話 「事態は深刻に」

救急搬送された博子は、輸血が必要になるが、彼女の血液は希少血液のボンベイ型だった。 24時間以内に輸血をしないと命が危ない。 医師達が頭を抱えていたその時、一人の青年が名乗り出る。 彼こそ博子を救った若き刑事・河内 剛だった。 剛の輸血により一命を取り留めた博子は、彼にほのかな恋心を抱き、同じく剛も彼女に惹かれるが、博子の体はもっと深刻な状況に陥っていたのだった・・・ 病気と愛の発端を描きだした青春の純愛物語、第二話登場!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-17

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  1. 前篇
  2. 後篇