碑文谷の苦笑い

寡婦男の日常話。

──たどり着いたら

 淀みきった泥沼の水門が開くようにカーテンから光が差し込む。
 俺は夢想していた高い塔が何本も建つ街を思い出そうと難儀するが諦めた。眠りはいつも浅い短い夢がショートムービーのように続く。鳩の羽ばたく音。ムクリと起き上がり、ベットサイドの飲み差しの気の抜けたビールを飲み干し。部屋を見回す。10畳程度の部屋。まあ、スッキリ清潔。ものも整っている、本やらDVDがかなり充実。俺みたいなものがいうのもアレだがセンスもいいのではないだろうか。携帯電話の時間を見ると午後16時。
 ふと見やったテーブルの上には2千円。いつもの事だ。もう少しまどろみたいが散歩にでも行こうか。
 この家は、というかハイツというのだろうか。有名な公園の目の前に立っていて、学生も多く住んでいる。駅前には商店街もありなかなか賑わっている。そんな健全な世界を三十路のボサボサ頭の変な古着を着たオッサンが歩いているのはよろしくないよなぁ、とも我ながら思うがしかたなし。テーブルの2千円をポケットにねじ込んで、とりあえず、商店街へと足を向ける。惣菜屋やら八百屋やら主婦たちや放課後の学生たちで賑わっている。まあ、俺にはあまり関係ないが。健全な街健全な生活これ幸いなりき。
 しばらく商店街をダラダラ歩き馴染みの酒場に滑りこむ。
「お、今日は早いね」
カウンター8席にテーブル2席の煤けた酒場だ。今日もすでにいい塩梅に酔ってる客が2人位いる。
大将に梅割りを頼む。甲類焼酎に梅シロップを垂らしただけのきつい酒だ、こいつをクイッと飲る。
のれんの外では学生やら主婦やらサラリーマンやらが歩いている。そして俺はここで酩酊してゆく。
「そういや、今日九州の方でひき逃げで3人女の娘が死んじゃったらしいね」
「酔っ払いだったらしいじゃねえかよ、轢いたやつ」
常連もオカンムリだ。確かにひどい話ではある。
 ビールやらレモンハイやらメニューにはあるのだけれど、どうしても俺はこの梅割りに落ち着く。度数が強いってのもあるんだが、純粋に美味い。
 大将と常連さんらとなんだかんだと話したりしながら飲んでいると、携帯にメールが。
『あと20分で改札つくね』
おっと、お姫様のお呼び出しだ。
 会計1200円を済ませ、商店街を駅へと向かう。途中気になる店があったので少し覗いてみたりする。
 丁度20分経った頃、駅についた。ポンと肩を叩かれる。
「待った?」
首を振る。
「また飲んでたでしょ?」
天を仰ぐ。
「じゃ帰ろうか、買い物してく?」
ポンと手に紙袋を渡す。
「なにこれ?」
「だって、今日お前誕生日じゃないか。ケーキくらい買わせろよ」
「……もう」
 夕暮れの街角、二人の影が寄り添って消えてゆく。いつか終わる恋なのかもしれないけれど、この瞬間は嘘ではないのだと信じていたい。 

碑文谷の苦笑い

ホントはもっと擦れた話にする予定がほのぼのした話になりました。

碑文谷の苦笑い

ホッとするショートストーリー。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-17

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