東京前夜

東京前夜

どうしよう。
わくわくが抑えきれない。
鏡を何度もチェックしながら
早瀬冬子はそう思う。
ピロリン
ラインの通知が届く。
阪口梢からだ。
-ちょ、ほんまに楽しみなんですけど!
-私も!
-なんでそのスタンプやねんw
-なんとなくw
-あ、ご飯や。ほなね。
-はーい(´・ω・)ノ
冬子はもう一度鏡の中の自分をのぞき込む。
午後7時半。
もうご飯は食べたしお風呂にも入った。
自分の制服を意味があるように2回パンパンとはたく。
・・・スカートの丈が気になる。
ふくらはぎの丁度真ん中にあるそれに
なぜか今日は違和感がある。
「なぁお姉ちゃん」
2段ベッドの上で漫画を読んでいる姉の春子に声を掛ける。
「んあー?」
間の抜けたような返事がかかってくる。
「このスカートの長さ、おかしない?」
「おかしないよ別に」
漫画から目を離さないで春子が答える。
「ちょっと長い気がすんねんけど・・・」
「そんなことないて」
「でも、なぁ、ちゃんと見てや」
「うっさいなぁなによ」
そう言って春子は2段ベッドのはしごをゆっくりとおりて冬子を
頭から足のつま先までまじまじと見つめる。
「うん、おかしない!どっからどう見ても
田舎のもっさい中学生や」
「ひどい!」
「別にひどないよ。そうやなぁ・・・スカートの丈、
短かしたろか?」
「ええの?」
冬子の顔がぱっと明るくなる。
「折るには限界あるやろ。思い切って膝にしよや」
「お父さんとお母さん怒らへんかなぁ」
「大丈夫やて。そこはお姉ちゃんなんとかしたるさかい」
「どうやって短くするん?」
「え、切るだけやけど・・・切ってまつるだけ」
「そんなんできんの!?」
目を大きく見開いて冬子は春子に尋ねる。
「お姉ちゃんの出た学校知らんのかいな。
そんなん余裕でできるわ」
「やった!」
「はいはい。お父さんに見つからん内にさっさとやろ」
「わぁい!」
冬子ははしゃぐ。
そんな冬子の姿を目を細めながら春子は微笑する。
大きなって。ほんま。
裁ちばさみで冬子の紺のスカートを切りながら
春子はそう思う。
この前までよちよち歩きしてたのになぁ。
人気アイドル歌手の音楽が流れる部屋に
じょきん、じょきんとはさみの音が響く。
「ちょーそんな顔近づけんといて。やりにくい」
「あ、ごめんごめん」
「行きたいとことか全部行くん?」
「ううん。お台場には行くけどスカイツリーにはうちの
班はいかんことにした」
机の上のイチゴをつまみながら冬子が答える。
「そうなん?なんで?」
「だって高いだけやん。別に興味ない」
「ふーん」
「でもメッキーに会うのはめっちゃ楽しみ!
どうしよ、会えるかなぁ?」
目をキラキラさせながら冬子が尋ねてくる。
「まあタイミングよかったら会えるんちゃう」
「やたー!!!!」
「ちょー、下に響くから飛び上がらんとってよ」
「はぁい」
そう言って冬子は舌をちろっと出す。
「かわいないし」
「かわいいもん!」
「いや、かわいない」
「かわいいもん!」
「もうええし」
「はーい」
「なぁお姉ちゃん、お姉ちゃんも制服切ったことあんの?」
「あるよー私は中1ん時やったよ」
「はや!」
「先生にも先輩にも目ぇつけられて大変やったけど、
それもまあ今にして思えばええ思い出や」
「ふーん」
「思い出いっぱい作りや。
旅行だけやなくて
毎日色々あるそういうことが
あとから全部きらきらした思い出になるからな」
「?」
「まぁいま青春してるあんたに言うてもわからん思うけど。
自分の思うことをまっすぐやったらええ思うよ。はい、できた。履いてみ?
あとでまつったるわ」
「うーわ!うーわ!こんな短かしてええん?
絶対親呼び出しやわ」
「もう切っちゃったし買い換えるしかないよな」
「どうしよ・・・似合う?」
「似合う似合う」
そう言って春子は鏡の中の冬子のすらりと伸びた脚を
目を細めながら眺める。



東京前夜

東京前夜

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-17

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND