ハンカチ

 今まで恋としてきたものが、本当に恋なのか、私には分からない。本当に好きだったのかと問われたとして、頷くことは出来ない。小学校のころの「好き」なんて信用ならないし、中学校のときのことも、大して好きじゃなかった気がする。それはどちらも男の子。性格の悪い子だった。今は嫌いでも好きでもない。何とも思わない。高校一年の時にすきだったのは女の子。ショートカットの、ボーイッシュな子だった。控え目で、損する性格。優しいのだろうけど、気を遣いすぎ。頭はほどほどに良くって、運動は出来た。私の大嫌いなドッヂボールも楽しそうにしていた。あれは理解出来ない。告白して、振られた。悲しくはなかった。分かり切っていたから。でも、本当に悲しくなかったから、そんなに好きでもなかったのかもしれない。今となっては、あの時の気持ちは自分でもわからない。今の私は、女の子しか好きになれない。男の子と付き合うことなんて、考えられない。もし、小学校と中学校の時の恋が本物なら、私はバイ・セクシャルなのだろうし、そうでないなら、私はレズビアンかもしれない。男の子とセックスしたいと思ったことはない。それどころか、セックスなんて、気持ち悪くって、考えたくもない。官能小説も読むし、映画のセックスシーンも平気だし、下ネタだって「下品だな」と思うけど平気。自分がセックスするというのが無理なのだ。気持ち悪い。もしかしたら、私は一生ヴァージンかも。どっちだっていいけど。長生きはしたくない。
 私には今好きな人がいる。死ぬほど好き。彼女が死んだらきっと死んでしまうわ、ってくらい。彼女と一緒に居られるのが私の幸せ。ずっと一緒に居られたら良いのにといつも思う。いつだって無意識に、彼女のことを考えているし、彼女が他の子と仲良くしているのを見るとすごく嫉妬する。男の子が話しかけようものなら、その汚らわしい口を縫って、、窓から突き落としてやろうかと思う。彼女は美人で、静かで、ちょっと個性的。色白で、顔がとっても小さくて、体も細い。それに、貧乳。私は大きな胸が好きじゃない。彼女の名前は貴楊子。人見知りだけど、クラスの行事には積極的だし、人付き合いはいい。目立つような子じゃないから、美人なのは一見わからない。私はよく、貴楊子と付き合ったらと考える。私は彼女のためなら何だってする。貴楊子の欲しいものは何でも買ってあげる。もし一緒に住めたら、働きたくないっていうなら私が彼女の分も働くし、家事もしたくないなら家事だって私がする。子供が欲しいなら、私は子供は欲しくないけど、養子でも貰ってくる。彼女と居られるなら奴隷のだってなるだろう。私は彼女が大好きなのだから。
 私が一番怖いのは、貴楊子に彼氏が出来ること。彼氏さえ出来なければ、私は友逹のままでもいい。でも、それじゃあ男に、クズみたいな男共に彼女をとられてしまうかもしれない。そんなの許せない。そんなことが起きれば、私はショックのあまりキャサリンみたいに病気になって死ぬだろう。考えただけで悲しくなって、涙が出てくる。まるで自分が一番不幸な人間のような惨めな気分になって、もし貴楊子に愛されないなら生きている意味なんて」ないんじゃないかとさえ思う。今までのものが恋かははっきりいえないけれど、貴楊子のことを本当に愛していると自信を持って言える。これが恋じゃなくって何が恋なのだろう。誰にも偉そうなことは言わせない。きっと愛や恋の基準は自分が決めるものなのだろう。
 私はもうすぐ遠くへ引っ越してしまう。大学はこちらに戻ってくるつもりだけれど、しばらく東北の親戚の所に行くことになっている。父の仕事の都合らしい。私は貴楊子と離れたくない。その間に、貴楊子に私よりも仲のいい子や、彼氏が出来たら、耐えられない。死んだほうがマシ。けれど、そんなこと本人には言えない。言ってしまって、友達ですらなくなったら、私は貴楊子のそばに居られなくなる。うまくいけば、ぐっと距離が縮まり、彼女は私のものになるけれど、そんなリスクは冒せない。取り敢えず、今のところは。
 いつか、いつか区切りをつけなくてはならないのは自分が一番分かっている。でも、まだそんな決心はつかない。まだ、友達としてそばに居たい。彼女が将来の話をする度、私は暗い気持ちになる。やっぱり叶わないんだわ。だって彼女は普通の女の子だから。そう思ってしまう。彼女の将来の話には、いつも結婚のことが入っているから。
 私はきっと長生きしない。将来のこと、と言うより、自分が歳をとっとぃくことはあまり考えられない。考えてみれば昔から、きっと自分は早くに死ぬだろうという漠然とした認識があった。自分が結婚して、子供が生まれ、孫が生まれ、家族に囲まれながら死ぬなんて、ありえない。ゾッとする。そんなことを、私は幸せだと思えない。一人でいたいわけではない。大好きな人と寄り添って静かに生きて、彼女が死ぬ前に死んでしまいたい。老い前に。幸せなうちに。それが私の理想なのだ。
 彼女は私の気持ちになんて気付かない。分かっている。気付いてほしいとも思うし、気付いてほしくないとも思う。彼女がバイ・セクシャルでもレズビアンでもないことは分かり切っているので、望は薄い。希望はないわけでもない。心の底では、その希望は現実になることを、信じ切っていることも分かっている。全く、振られてしまうほうが当然なのに。そして、そんな無茶な望は、大抵叶わないことも、それなのに今回だけはきっと、と都合よく考えていることも、知っている。
 彼女からもらったものは何だって宝物。彼女とお揃いのものも。そして、彼女がいつまでも私の贈ったものを持っていること、それを見る度私を思い出すことも願っている。だから、私は出発する前に、彼女に贈り物をすることにした。悩んだ末、ハンカチを贈ることにした。花の刺繍のハンカチ。花に興味なんてない貴女は知らないだろう、貴女に贈るそのハンカチの花が私の誕生花で、揃いで買った私の分のハンカチの刺繍は、貴女の誕生花であることを。私はお店で彼女の分のハンカチに貴女の名前の刺繍を「Kiyoko」と、私の分には「Ai」と入れてもらった。私の名前は藍。漢字が好きだから漢字で入れてもらいたかったけど、それじゃダサいし、お店もローマ字しか入れられないと言っていたので、ローマ字にした。ハンカチなら、きっと長い間使ってくれる。お揃いだと知らせれば、そのハンカチを使う度、きっと私のことを考えてくれる。私はハンカチに、貴女の誕生花の押し花を挟んで、箱に入れた。これは明日渡そうと思う。喜んでくれるだろうか。きっと喜んでくれるだろう。
 早く明日になればいいのに。貴楊子に会えない日は寂しい。

ハンカチ

ハンカチ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-15

Copyrighted
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