ひまわり

ひまわり

もう私は、処女を捨ててしまっていいだろうか。
有輝が死んで5年。
頑なに守ってきたけど、
なんだか最近どうでもいい。



男の子なんて簡単だ。
上野こころは校庭を走りながらそう思う。
今の時代、髪の色抜いただけでマラソンとか
まじないし。
汗がこめかみをつたう。
前を走っているのは昨日駄菓子屋で万引きが
見つかった鈴木貴之。
2人でグランド20周なんてほんと、ふざけてる。
靴紐がほどけた振りをして休む。
男なんて、簡単だ。
黄色い靴紐を見ながらこころはもう一度そう思う。
痩せて綺麗になったら手のひらを返したように
ちやほやされる。
ったく。
雲一つない青空を見上げる。
なんなんだ。
なんなのだ。
いじきで万引きが見つかった鈴木はいいとして、
なんで私まで。
夏休み前にちょっとはじけただけじゃないか。
こころはよいしょと立ち上がる。
「上野ーお前まだ14周だぞ?わかってんのかー!」
指導室の南出がそう叫んでくる。
隣では南出の腰巾着である全海が仁王立ちをして立っている。
くそっ。
くそ、くそ、くそっ。
金髪くらいいいじゃん別に、
スカートの校章のとこ切ったって、別にいいじゃん。
もうほんと、やんなるくらい厳しい。
「ここちゃんファイトー」
ソフトボール部の奈津子が声を掛けてくれる。
「なっちゃん・・・もう地獄なんですけど」
「あはは。そのきんぱはないべ」
野球部の堀江も声をかけてくる。
「頑張れ金髪豚野郎」
「うっさいはげ。あっちいけ」
「ははっ。お前がいけ」
太股が張ってる。
ぴーんと筋肉が張って、息が苦しくて、汗も気持ち悪いし
全海のあのジャージも気持ち悪い。
こんなこと、もう終わらせてしまいたい。
「こころーお前おれと5周遅れだぞ?
頑張れよ!俺あとちょっとー」
「死ね」
「死にませんー」
颯爽と鈴木が走り去っていく。
背をぴんとまっすぐにして軽快な足取りで。
南出と全海のいるところにたどり着く。
「せんせ、私もうだめ、これ以上走れない。
なんか頭ふらふらするし気持ち悪いしもう無理。
お願い、もういいにして」
「お前のたるんだその精神が問題だからとにかく走れ」
・・・意味わかんね。
なんだよたるんだ精神て。
物乞いを諦めてもう一度走り始める。
左、右、左、右。
息をひっひって鼻で吸ってふっふって口で吐くといいって
小学校の時の用務員のおっさんに教わったからそうしてみる。
・・・・嘘じゃねぇか。野口。
さっきより余計疲れたかもしれない。
汗が背中に張り付いて気持ちが悪い。
別のことを考えよう。
そう、男の子の話だ。
先週図書館で同じ高校の制服を着た男の子に
ナンパされた。
知らない顔だった。
先々週道を歩いてるとすれ違いざまに
ナンパされた。
断った。
だって怖いから。
でももういいかもしんない。
乱れる呼吸と暑い太陽と、照り返す地面と、もう
なにがなんだかわかんないけど、
もういいかもしんない。
死んだ好きな人を思って処女守ってきたけど、
もう、なんかもう、いいかもしんない。
好きな人はいない。
でもお気に入りの人なら何人かいる。
それは近所のあいつだったり、
同じクラスのあいつだったり、
手の届かないあの人だったり、
近所の猫だったり犬だったり。
あ、人じゃない。
やばい。
思考回路がやばい。
「鈴木あと一周ー」
いつのまにか全海の隣に同じ指導室の
宮後がいる。
ああ。今日も頭が眩しい。
目がくらみそう。
ほんと、くらくらしそう。
来週海でナンパしてきてくれた男の子と
やってみよう。
絶対絶対、
やってみよう。
17で処女ってなんか恥ずかしいし。
もういいや、有輝のことは。
今後私が痩せようが綺麗になろうが
芸能人になろうがデベ夫人になろうが
会えはしないのだから。
どんなにどんなに好きだって、
会えはしないのだから。
また、夏が来た。
大好きな有輝が死んだ夏。
もう何万回泣いたかわからない
16歳の私
15歳の私
14歳の私
13歳の私
12歳の私
太陽が肌をじりじりと焦がす。
暑い。
17歳の私。
もう一度立ち止まる。
全海がこちらへ向かってくる。
なんか、もう全てを投げ出したい気分。
「お前、まだなんだぞ。
もうこんな時間になってるからこれで許してやる」
そう言うと全海はおもむろに私の腕を掴み
私の視界が一回り、廻った。




ひまわり

ひまわり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-15

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND