“のー”と言ってみろ
児玉鳴海は若きエリート社長である。
彼は主人公か、世界を救った英雄か、それとも、宝を食い潰す悪魔か……。
何が間違っているのか、誰が正しいのか。答えはどこにあるのだろう。
プロローグ
むかしむかし、あるところに、悪魔にすべてを奪われ、支配された、小さな王国がありました。
悪魔は炎を操り、大きな尾で国の兵士を薙ぎ倒し、縦に裂けた口で王国の女性を食べてしまいます。
誰も悪魔に勝つことはできず、小さな王国の王様は、生きる希望をなくしてしまいます。
そんな時でした。
ひとりの若い騎士様が、小さな王国に現れたのです。
騎士様は銀の鎧を身に纏い、雷を纏う馬に跨がり、手に持つその光の剣を振り上げ、悪魔にひとり向かっていきました。
悪魔との戦いは、三日三晩続きました。
そしてついに、騎士様は悪魔を討つことに成功したのです。
小さな王国は、騎士様を英雄として称え、王様は国のあらゆる金銀財宝を、礼として与えました。
騎士様はそれらを受け取ると、どういうわけか、王様の住む館にとじ込もってしまったのです。
王様はとても驚きましたが、恩があるため、咎めることはしませんでした。
国民は館の外から、騎士様に跪き、感謝の言葉を投げ掛けました。
しかし、騎士様は声援には応えず、顔を見せることはありません。
いくつ時が流れたでしょう。
騎士様は、ついに一度も館から出てきませんでした。
騎士様がどうなったのか、国の金銀財宝はどうなったのか、それを知るものはいません。
王様の住んでいた館は、そのまま、騎士様が眠る棺として、語り継がれることになったのです。
(騎士様の棺)
1.【児玉 鳴海】
「駄目だ、まとめ直してくれ」
「は、はい!わかりました……」
「ふむ、何がわかったのか、言ってみろ」
「えっ?えっと……」
朝。天気などすでに気にも止めない、忙しさと喧騒が溢れる、日常的な朝だった。日本の中心にある、とあるオフィスビル、その社長室では毎日のように、鳴海と、彼の部下のコミュニケーションが執り行われる。鳴海が部下を叱咤する、という形ではあるが。今日も、鳴海はため息混じりで、それをした。
「いいか、これから私達は、これまでの電化業界だけではなく、発電工業にも進出するのだ。今までと同じ報告書では、発電工業を押さえることはできない。そちらを中心にまとめ、電化方面は別の形で提出しろ」
鳴海より二回りは年を重ねている部下は、深々と頭を下げ、きびきびとした足取りで部屋を出ていった。
「使えんな……」
会社では、鳴海社長の愚痴、噂話なので溢れていた。しかし、若くして前社長から会社を引き継ぎ、数年のうちに、日本屈指の電気会社に仕上げたのは鳴海である。その手腕は誰もが認めていた。
しかし、鮮やかすぎる手口に、社員は逆に、気味の悪さを覚え始めていた。
「鳴海社長、中小企業を脅して潰し回って、陳列独占したらしいわよ」
「うそっ、私は暴力団と手を組んでいるなんて聞いたけれどっ」
「なんにしても、黒い噂が絶えないなぁ、社長は、さ」
「しかも今回は発電工業に手を出すってよ?ワケわからないぜ」
昼食を取る、同期と思われる人達の、話が聞こえる。そのうち一人は、手帳にせっせと、なにかをこしらえていた。
「おい、何書いてんだよ?」
「んー?これこれ」
そういい、手帳を開く。
絵だった。上手い。鳴海社長である。
しかし、その鳴海社長は、角と尻尾を生やしていた。口からは、炎の片鱗が覗いている。背景には、御丁寧に、尻尾で薙がれたと思われる人が、吹き飛ぶ様まで描かれていた。
まるで鬼か、悪魔のようだ。
手帳を見た社員は、皆吹き出した。
鳴海は、社員が話す噂を、すべて知っていた。故に、それが事実無根であることも知っていた。少なくとも、鳴海の仕業ではない。
鳴海は、社長室のソファで、悪魔の自分を想像する。大きな体、長い尾、赤い瞳。自分は悪魔か、問うた。
……「ノー」とは言いきれない。
これから先が、本当の戦いだ。
鳴海はスーツの襟を正し、静かにソファを離れた。
2.【世間】
大手電気会社、「K社」の介入により、発電工業は新たな発展を迎えた。これまでの火力、原子力発電に加え、新しく提案されたのは、波力発電であった。
波力発電はその名の通り、海の波を利用した発電機である。以前は風力発電と並んで、エコロジーの面でも、環境保護の面でも、注目されていたシステムだ。しかし、波の力で発電し、それを生活に反映することには、かなりの無理があった。生まれる電力が小さいこと、設置できる場所が海辺に限られることなどが、主な原因である。
ところが、K社により開発された波力発電のシステムは、安定した電力供給量を誇った。理論はわからないが、結果、波力発電は日本に限らず、全国に普及し始めた。波力発電システムは、ギリシャ神話上の神、ポセイドンを乗せたという生き物から、「海馬(シーホース)」と名付けられた。
K社の社長の名は、児玉鳴海(25)。有名国立大学を卒業し、すぐに社長に就任した、若きエリートである。K社は彼の父親である児玉拓海氏により立ち上げられた。K社を受け継いだ鳴海氏は、すぐにその手腕を発揮し、会社をさらに大きく、日本を代表する会社へとさせた。そして波力発電システム、「海馬」を発表するに至ったのである。
K社の社員に話を伺った。
「はじめはどうなるかと思っていたが、社長を信じて付いてきてよかった」、「仕事を生き甲斐にしている、尊敬すべき人だ」と社員は、口を揃えて、鳴海氏を称えた。
世界では、電力問題に苦しむ国が多数ある。鳴海氏は、そのような国にも「海馬」を無償で設置し、問題解決に取り組んでいる。今のところ、反発などは起きていない。
鳴海氏は、世界では「海の馬を操る英雄」とまで呼ばれている。彼は、我が国を代表する、英雄的人物となった。
実は、鳴海氏は、「海馬」の発表以来、一度も世間に顔を出していない。会社にも顔を出していないという。理由は、一切不明だ。取材班も、彼に接触することはできなかった。「新しい何かを企画するため、自宅に籠っているのでは」、と社員。
鳴海氏は、娯楽より仕事を愛し、一身を投じてきた。そんな彼が自宅で何をしているのか、全く想像がつかない。
K社の前社長、児玉鳴海が世間から姿を消して、はや半年……。「海馬」はさらに進化を重ね、まだ稼働を続けている。
日本には毎年、多くの外国人が訪れる。「児玉鳴海に一言お礼を言いたい」と涙ながらに語る外国人も多い。
鳴海氏がどうなってしまったのか、知るものはいない。彼の父親でもある、K社の元社長 児玉拓海氏も、鳴海氏の“籠城”については口を閉ざしている。
彼の自宅には、いつしか、花束が置かれるようになった。
そこが彼の棺でないことを、筆者は祈るばかりだ。
(ポセイドンの棺)
3.【児玉 拓海】
「もう1年になる。鳴海、どうして外へ出ない」
児玉拓海は、息子である鳴海に強い口調で言った。
児玉邸は都内の一等地にある。そこで鳴海は、一人で暮らしていた。鳴海が、買い手のつかないほどの豪邸を手に入れたのは、「海馬」が世に出てすぐだった。実家を離れ仕事に打ち込む鳴海を、拓海を含む児玉家は全員、自慢に思っていた。
思っていたのだが……。
鳴海は今、豪邸に閉じ籠り、自由気ままに暮らしている。
「会社を継ぎたいと言ってきたお前は、こんな怠慢ではなかったはずだ」
パリッとしたグレーのスーツで、拓海に引き継ぎを求めた鳴海は、勇者のように堂々としていた。
いつから、変わってしまったのか……。
「いい加減に、会社へ行け。仕事をするのが、お前の生き甲斐だったはすだ」
父の言葉にも、鳴海は返事をしない。
ただ、買ったばかりだという絵画を眺めていた。
「鳴海っ!」
ついに、拓海は怒鳴り声を上げる。
すると、やっと、鳴海は父を見据えた。目は、入社当時のように澄んでいた。
「仕事なんて、必要ないんだよ、父さん」
「なんだと……」
「働く必要なんて、ないんだ。僕はね、こうして立って、例えばこの、お気に入りの絵を眺めるだけで、何億という金が手に入る。"海馬"は立派に、僕の駿馬を務めているんだ。社員も使えないなりに、頑張っているようだし」
鳴海はそういい、絵画をまた眺める。
「いい絵だろう?"騎士様の棺"っていうんだ」
拓海から見れば、その絵は、不気味だった。棺桶が描かれているのだ。金の装飾が成された、立派な棺だ。しかし、わずかに開いた上蓋の隙間からは、黒く鋭い爪と、尾先のようなものが覗いている。化け物だ。だというのに、その棺桶は、一杯の花束で埋め尽くされている。
ただ、不気味だった。
「金に溺れたのか。くだらないっ!」
「その言葉は、金を持たない人間が、持つ人間を羨望して口にする言葉だ。そんな人生を送る父さんの方が、僕にはくだらないね。愚かしい」
「なに!?あの会社は、もともと私の物だぞっ!私の城だっ!そこで金を得ただけで、一丁前に稼いだ気でいるんじゃないぞっ!!この、怠け者の大馬鹿者がっ!!」
鳴海が、拓海を見る。
先程とは違い、どこか、哀れみのようなものを含んでいた。
「僕は、あの会社を救った。世界を救った。父さんは知ってるか?会社はね、僕が引き継ぐ直前、役員に売買されかかっていた。父さんの無理な商法が、認められないって、僕に相談しにきた」
「なっ……」
「暴力団に媚を売ったり、陳列独占したり、ずいぶんな仕事ぶりだな父さん」
哀れみではないことが、やっと拓海にはわかった。
あの目は、見下す目だ。
蔑む目だ。
嘲笑っている目だ。
「黙れ……」
鳴海は、悪魔だ。
会社を継ぎたいと突然に現れ、救った気になり、私の城を奪い取った。私の宝を、踏みにじった――。
「僕は自分の力で、会社と世界を救った。だから、金も会社も、僕の物だ。違うというのなら、"ノー"と言ってみろ」
「黙れ……」
拓海の手が、近くにあった馬の置物に触れた。
「英雄が休んで何が悪い。安定を得たのなら、無理に働く必要なんてない。僕は」
「黙れっ!!」
悪魔、悪魔悪魔、悪魔悪魔悪魔っ!
悪魔――。
お前の言葉などあり得ない。
すべて、すべてに、"ノー"と言ってやる。
4.【世間】
昨日、児玉拓海容疑者(56)が、彼の息子で、「K社」の元社長、児玉鳴海さん(当時25)の殺人容疑で逮捕された。近所の住人が「異臭がする」と警察に通報したところ、今回の事件が発覚した。
児玉鳴海さんは波力発電システム「海馬」を開発し、世界中で支持されていたため、今回の審議には多くの人間が参加すると見込まれている。
児玉拓海容疑者は、容疑を否認し続けているという。
エピローグ
エピローグ
むかしむかし、あるところに、"ミロ"という小さな王国がありました。
国は貧しいということもなく、争いもなく、民は平和に暮らしていました。
ある日、国は、悪鬼に襲われました。
悪鬼は強大で、とても国の兵力では太刀打ちできません。
王様も国民も、みな希望をなくしていました。
そんな時でした。
一人の若い勇者様が、国を訪れました。
王様と民が、勇者様に国を救ってくれるように頼むと、勇者様は一人、悪鬼に向かっていきました。
勇者様の持つ剣は光を放ち、王国を照らすようだったと言います。
勇者様と悪鬼の戦いは三日三晩続きました。
そしてついに、悪鬼を討ち取ったのです。
王様はとても喜び、お礼として、勇者様に国中の宝を与えました。
ところが勇者様は、宝を受け取るとと、王様の住む館に閉じ籠ってしまったのです。
しかし、恩を感じた王様は、勇者様を咎めることほありませんでした。
それからしばらくたった、ある日のこと。
とうとう頭にきた王様は、一人、勇者様の閉じ籠る館に入りました。
どうして外へ出ないのか、と王様が問いかけます。
勇者様は、命を掛けて戦うよりも、この館で暮らす方がずっといい、と答えました。
勇者様がどうしても館を出ていこうとしないので、王様はついに、勇者様を隠し持っていた短刀で刺してしまいました。
それに怒った勇者様は、なんと、悪魔へと変貌してしまいました。
王様は、勇者様だった悪魔に、ペロリと、食べられてしまいました。
その後、"ミロ"の国は、悪魔に支配され、光の届かない国になってしまったそうです。
次の勇者様が来るまで、国民は祈りました。
そこへ、雷を纏う馬に跨がった騎士様が現れ――。
(Not It, Mirro)
“のー”と言ってみろ
「“のー”と言ってみろ」を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
短編に挑戦した結果、こんな摩訶不思議な話が完成しました。
本当はちゃんと煮詰めた上で投稿すべきなのでしょうが、不安定さをそのまま伝えていこうと思い、原本をそのまま投稿させて頂きました。読みづらい部分もあったかと思いますが、ご容赦ください。
自分なりに、「ノー」と言える部分を見付けてみて頂きたいと思っています。
少しでも楽しい時間を持って頂けたなら幸いです。
ありがとうございました。