氷の華
月影が美しい。
水面の中でゆらゆらと不安定に光る月の光をただ見つめる。
一体、いつからこんな風に月を見つめてきたのだろうか。
気がついたときには、時とは無縁のこの空間の中で満ち欠けする月の光をただ見ていた。月は、いつも水面の向こう側から優しく笑う。その光はこんなに届くのに、手を触れることは出来ない。
ひらひらと白いものが舞落ちる。
「雪、か。」
真っ白な妖精達は、静かに舞い落ちて、その度に湖を揺らぐ波を押しとどめるように静かに凍らせていく。
静かなダンスはしかし着々と進められて、湖のキャンパスには美しい華がいくつも咲いた。その中で、やはり淡い光を放ち続ける月に、私はいつになったら手が届く?
冷たい氷の上に、小舟から降り立つ。
裸足の足に刺す冷たさなど、私に取っては小さなこと。
氷という窓は、嫌に厚く、さらに私を遠ざけた。
人差し指でなぞる。その月の姿。
その指の先から始まる氷の華の開花。氷の華は天へ向けて上へ上へと華を咲かせ枝を伸ばす。いつの間にか、それは一つの木のように天へと枝を伸ばし、花を咲かせる。その枝についた花びらの間からは、白い雪がこぼれ落ちる。
その雪が氷へと舞い落ちると、またそこから芽が顔をのぞかせてみるみるうちに太く、長く美しくうねって伸びて行く。どこまでも続きそうで、私はその美しさと圧倒的な力に目を大きくして見つめていることしか出来ない。
氷は七色に光、その幻想的な光を私へと、空へと、湖へと投げかける。いつの間にか、私の足下からも芽吹き、氷の木は私を乗せたままぐんぐんと成長を続ける。
強く、そして消えやすい危うい氷の華の上で、私は今まで見たことの無い光景を旅している。足下の冷たい痛みが、なんとか私を現実だと伝える。けれども、氷の上から見る世界はいつの間にかどんどんと小さくなって、そして、何か懐かしいものへと私を誘った。
優しい光。
柔らかく揺らぐその光。
手を伸ばした。何度も。そして届かなかったその姿が、大きくなって私に迫り来る。いつの間にかそのまんまるの大きな月に、伸ばした指先が触れる。
それは、時の始まり。
そして、今までの世界の崩壊。
けれど、後悔などできようか。
あと戻りなどできようか。
氷の華がまた一輪、私の隣で花開いた。
氷の華
お付き合いいただきましてありがとうございました。