悖る

中上 真依

暑い。ものすごく暑い。耐えられない。
クーラーがきいているはずのリビングも、寝室と大して変わらない…


ソファーに一人座った男の額から、汗が流れる。


「もういい。すまなかった。一緒にシャワーを浴びないか。」
まだ寝室にいるはずの彼女に問いかけるが、返事はない。
「ちっ」


俺は風呂場に飛び込んだ。冷たいシャワーを浴びたい。頭から勢いよく浴びて、この熱を早く流し去ってしまいたい。
シャワーの音が開きっ放しのドアから漏れる。だだっ広い家に響く。それでも彼女は来ない。


「くそっ」
俺は許してやろうと思ったのに。無視か。勝手にするがいいさ。
そもそもなぜお前が怒っているんだ。浮気したのはお前だろ。俺が構ってくれないからだと?俺が話を聴いてくれないからだと?すべて俺のせいだと言うのか。そんなはずないだろ。俺が構ってくれないなら、話を聴いていないと思うなら、そう言えばよかっただろ。浮気という選択をしたのはお前だろ。なら責められて当然だろ。なぜ俺が責められる?おかしな話だ。
大体、お前がいつもする話なんて人に聴かせるようなものじゃないだろ。あのブランドがどうとか、流行がどうとか、どうでもいいんだよ。勝手に話してればいいだろ。どうせお前のおともだちだって、誰も本気で聴いちゃいないさ。

俺も俺だ。浮気なんて、もっと早く気付けただろ。働いてもいないのに、俺が仕事の日には殆ど部屋にいなかったし、電話にも出なかったんだぞ。あんな女の嘘を信じるなんて、どうかしてるな。俺はあいつの親父に認められようと必死だったっていうのに。その間、あいつはあの野郎とお楽しみ中だったわけか。ふざけやがって。この二年、必死で働いて、しかもその金も全部あいつにつぎ込んで、馬鹿みたいじゃないか。馬鹿な俺には馬鹿な女がお似合いだってことか。ははは。笑える。


心地よい冷たさが俺の身体に染み渡る。俺から熱を奪っていく。
彼女はまだ来ない。


…そうだ。彼女が来るはずがないじゃないか。もうここにはいないんだ。返事もあるはずがない。

やってしまった…
だが俺は悪くない。悪くないはずだ。俺はあいつを愛していた。たとえどんなに喧嘩をしても、愛していたんだ。その気持ちを踏み躙られたんだ。それで怒らないやつがどこにいると言うんだ。だから俺は悪くない。悪くないんだ。
あれでよかったんだ。あんな女、いなくなって清々したじゃないか。確かに一度は愛したが、あいつの心は俺から離れたんだ。今までにもそんな女、大勢いたじゃないか。何度となく同じような別れを迎えたじゃないか。今までと何も変わらないさ。また小さなアパートで一人暮らしを満喫する、寂しい男に戻るだけさ。
それに、よく考えてみろ。金持ちのお嬢様で女王様気取り、浪費家でその上浮気までするような女と、もう少しで結婚するところだったんだぞ。もしそんな女と結婚なんてしたら、それこそ本当に人生の墓場だ。そもそもなんであんな女を好きになったのかもわからないくらいだ。悔やんでなんかいないさ。むしろ俺は十分前の俺に感謝すべきだ。あれが一番良い選択だったんだよ。


彼女と過ごした日々が走馬灯のように蘇る。そしてシャワーの水と共に、流されていく。俺の二年間のすべてが、流されていく。そんな気がした。虚しい。別れの後はいつもそうだ。
彼女とも、いろいろな所へ行きいろいろなことをした。不思議と、辛い思い出は出てこないものだ。数は圧倒的に多いはずなのに。なぜだろうか。

…彼女もこれを、見たのだろうか。


熱い雫が顎から滴り落ちる。


静かにシャワーを止める。
もう終わりにしよう。これでいい。どこか静かなところへでも行きたい。


俺は睡眠薬を喉に流し込み、寝室へと足を運ぶ。


今日は本当に疲れた。まさか彼女とあんなに大きな喧嘩をすることになるとはな。そしてこんな別れ方をするとはな。考えたこともなかった。とにかく、平凡な今までの日々とは違った、ものすごい一日だった。


大きなベッドの端に俺も寝転ぶ。そしてゆっくりと、目を閉じた。

悖る

読んで下さってありがとうございました。

この話、あなたにはどう読めましたか?
このあと男と彼女は、どうなったと思いますか?
いくつか解釈があるかもしれません。わたしの解釈はタイトルに込めてみました。言語を変えて、その上でアナグラムにしたのできっとわかる方はいないと思いますが。まあでも、そのままの意味でも解釈の一つになり得ますね。

こういう部類の小説を初めて書いたので、少しおかしな点もあるかもしれません。(気付き次第修正していきます。)
これから時間をかけて慣れていければと思います。
よろしければ、見守って下さると幸いです。

悖る

小説は、読み手によって内容が変わる。この話、あなたにはどう読めますか?この話のジャンルを決めるのも、彼らの運命を決めるのも、あなたです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-14

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