朔良

初投稿です。
主人公の幻想的な思い出を振り返る話です。
よろしくお願い致します。

 僕は桜を一生忘れない。
                                                                                                                                                                                           


 小学校に入る少し前、僕は両親に連れられ、祖父母の家を訪れた。
 手入れが行き届いた庭。典型的な日本家屋。
 祖父母が出迎えてくれた。
 両親が挨拶している横を通り、裏庭へと続く縁側に出る。
 ひらひらと桜の花弁が落ちる。
 目の前には小高い丘。
 その先にあるのは満開の桜。
 温かい風が吹き、花弁が舞う。
 近くで、ずっと舞い落ちる花弁を見る。
 首が痛くなり、正面を向くと、幹に寄り添うように僕と同じ年くらいの少女がいた。
 足元まである桜と同じ色の髪。幹と同じ色の瞳。
 黒髪短髪、黒の瞳の僕とは違う。
 僕は少女に尋ねる。
 「きみはだあれ?」
 幹に手を当て、どこか悲しげな顔で舞い落ちる花弁を見る少女。
 「私は朔良(さくら)」
 「さくら。ぼく、ちはる」
 無邪気に自己紹介をする。”さくら”に問う。
 「どこからきたの?」
 優しい微笑みを浮かべて。
 「私はずっとここにいる。朔(はじめ)の桜だから。あなたの名に込められた意味を教えて」
 きょとんとする。
 「わからないよ。でも、わかったら、ぜったいにおしえるね!」
 色々な事を話した。両親や祖父母の事。幼稚園の事。
 僕が話をして、”さくら”は聞いてくれた。
 不思議で楽しい一時。

 両親や祖父母に”さくら”の話をした。
 誰も知らなかった。
 “さくら”はいた。桜の木の側で僕と話したのに。


 突然、別れが訪れる。
 家に帰る事になったのだ。
 悲しかった。
 僕は両親に泣きついて”帰りたくない”と言った。
 けれど、願いは叶わず、”さくら”にあの事を言えずに帰ってしまった。
                                                                                                                                                                                           


 そして、現在(いま)。
 来月、僕は高校に入学する。
 あの時と同じ時期に祖父母の家を訪れる。
 真新しい学ランを着て。温かく出迎えてくれた祖父母。
 挨拶もそこそこに。僕は桜の木へ。”朔良(さくら)”に会いに。
 小高い丘を登った先にあるはずの桜はもうない。
 切株となっていた。”朔良(さくら)”はもういない。
 去年、雷が落ちて燃えたと祖母が教えてくれた。
 でも、僕はあの事を伝える為に呼び掛ける。
 「僕は”千”の”春”と書いて、”千春(ちはる)”というんだ。”朔良(さくら)”にちなんで付けられた名なんだ」
 樹齢千年の桜。千年の春を見守ってきた桜。
 切株に背を向け、歩く。
 僕は忘れない。朔良(さくら)、君がここにいた事を。


 ありがとう


 朔良(さくら)の声が聞こえた気がして、振り返る。
 見えたのは切株ではなく、満開の桜と”朔良(さくら)”。
 そこには変わらぬ姿の朔良(さくら)がいた。
 あの時と同じ優しい微笑みを浮かべて。
 すっと朔良(さくら)は風景に溶け込むように消える。
 満開の桜も消え、そこには切株が残る。


 僕は朔良(さくら)を一生忘れない。

朔良

読んで頂き、有り難うございました。
如何だったでしょうか。
千春と朔良の不思議な思い出に浸れたら、幸いです。

朔良

主人公は幼き日、桜の側で不思議な少女・朔良に出会う。突然、別れが訪れ、あの事を教える事ができなかった。成長して会いに行く。果たして朔良に会えるのだろうか。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-27

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