マヌケな国家体制

マヌケな国家体制

「次のもの、入りたまえ」
 だだっ広い会議室。ずらりと偉そうな男たちが10人、椅子に座って並ぶ。緊張感が漂う。そこにノックして、ひ弱そうな男が入ってきた。
「8番です。しょ、将軍様の声まねをします。『えへん、我々の国家の繁栄のためにはー、国民の諸君のー、協力が必要であるからしてー』」

「もういい」
 10人のうちの真ん中あたりの、最も偉そうな男がさえぎる。すると、隣のチョビ髭をたくわえた男が、反論する。
「おれはもうちょっと聞きたかったなぁ。将軍様と声はそっくりだ。生き返ったみたいだよぅ」

 モービビ人民共和国では、12月17日、「将軍様」と呼ばれてきた最高指導者ゴルド・グドサンが、急逝した。70歳。父親から国を引き継ぎ、20年もの独裁体制を維持し続けた男だ。電車で移動中、持病の心臓病が急に悪化したとみられている。
 リーダーが不在となり、慌てたのはグドサンのもとで国を動かしてきた人民会議のメンバーだ。10人が緊急に集まり、今後の対応を協議した。
「将軍様がいなくなっては、国民が暴動を起こし、国が転覆するかもしれない。なんとかしなければ」
「うーん」
 メンバーたちは、腕組みをして黙りこんでしまった。正直に国民に知らせるしか、方法はないのか。誰もがあきらめかけた、その時だった。ナイン・ビレジ大佐が提案した。彼は、人民会議のトップで、国家体制の実質No.2だ。
「将軍様がいなくても、将軍様が生きていると国民に思わせたらいいんだろ。どうだ?」
 ほかの9人がポカンとした顔で、ビレジ大佐に視線を注ぐ。
「ど、どういうこと?」
 1人が疑問を投げかける。
「要は、将軍様が生きていると、国民が錯覚すればいいんだよ。目で見て、耳で聞いて」
 ポカンとした9人は、ポカンとしたままだった。
 ビレジ大佐は、急いでポスターを作った。時間はない。手書きだ。

将軍様のそっくりさん、募集
顔そっくり 声まね 何でもOK
1番そっくりな人は将軍様の前で披露!

 もちろん、3行目はうそだ。グドサンが死んだことは、人民会議のメンバーと専門医しか知らない、トップシークレットだ。
 その「将軍様そっくりさんコンテスト」は、翌日の開催にも関わらず、100人もの応募があった。そりゃぁ、そうだろう。優勝すれば、あこがれの将軍様に会えるのだから。

 1番目は、顔そっくりさんの男だった。
 ボサボサの頭はそっくりだが、目がパッチリ二重。これでは、ダメだ。将軍様は、三日月のような一重の細目である。
 2番目、3番目・・・。その後も続々と、声まね、顔のそっくりさん、しぐさのそっくりさんまで、みんな必死にアピールした。
 そして、100人目。これまでの99人には、声がそれなりに似ている人はいたが、外見はイマイチ。最後に期待が寄せられる中、ドアが開くと、人民会議のメンバー全員の歓声が上がった。
「うぉおお、将軍様!」
 感極まり、うるうるしているメンバーもいた。ボサボサの頭。切れ長の目。決して痩せてはいない中年体型。もう、この人しかいない。だれもがそう思った。ビレジ大佐が恐る恐る、口を開く。
「われは、ゴルド・グドサンであぁる、とゆってみろ、さぁ」

「われは、ゴルド・グドサンであぁる」

 10人全員が、椅子からズッコケた。ヘリウムを吸ってはいた時のような、頭のてっぺんから出るような、甲高い声だったからだ。
「くっそー」
「でも、町を歩いていると、よく将軍様に間違われたんですよ」
 キンキンした声の言い訳が続く。
「もういい!」
 チョビ髭が、さえぎる。
「いや、ちょっと待て」
 今度は、ビレジ大佐が、チョビ髭の声をさえぎる。
「なんとかなるかも知れない。おい貴様、待合室で待ちたまえ」
「は、はい」
 
 10人が車座になって、話をする。中心は、ビレジ大佐。みんな興味津々だ。
「ほうほう」「それで」「なーるほど」
 結論が出たようだ。

 次の日。今年最後の将軍様のテレビ放映に、国民はいつも以上に注目していた。「将軍様が体調を崩されているのでは」といううわさが流れていたからだ。
「えへん、我々の国家の繁栄のためにはー、国民の諸君のー、協力が必要であるからしてー。(中略)また来年もー、いい年になりますようにー。ごきげんよう」

 将軍様が右手を軽く挙げると、テレビを見ていた国民はみな、拍手を繰り返した。「将軍様、お元気だ。良かったぁ」と安心して、涙をこぼす人もいた。

「やぁやぁ、おつかれさん。ぴったりだったよ」
 ビレジ大佐が、2人の肩をたたいてねぎらう。2人とも照れ笑いを浮かべる。
「これで、わが国家も安泰だ。めでたし、めでたし」
 大佐が肩をたたいた1人は、100人目の将軍様の顔そっくりさん。もう1人は、声まねのそっくりさん(8人目)である。2人は昨晩、徹夜だった。顔そっくりさんの口パクに合わせて、声まねそっくりさんがセリフをいう。たった1分のセリフだったが、完璧にそろえるには、相当の努力が必要だった。テレビ放映を終えた2人は、そろって大あくびをした。
 2人はこれからずっと、好きな物を好きな時に食べられる。それと引き換えに、国家機密を知らされ「ダミーの将軍様」として生きていく道を選んだ。2人の体には、こっそり盗聴器が仕掛けられた。もし、秘密を漏らせば・・・。この先はいうまでもないだろう。
「まぁ、仕方ない。昨日の今日でこんな大仕事をしたんだ。おつかれさん。これからも、頼むよ」
 ビレジ大佐が2人を励ますと、ドアをノックする音が聞こえた。チョビ髭が顔をのぞかせる。

「大佐。やばいよ。お客さんだ」
「だれだ」
 ビレジ大佐の顔から、血の気が引く。
「ジャパンだ」
「え?ジャパンのだれだ?」
「野口総理だ」
「え?ミスターノグチ!!!」
 日本の総理大臣はこの前、菅山から野口に変わったところだ。でも、アポなしで訪問するとは、さすがに無礼だ。しかも、対面での会話なんて、まだ練習していない。ビレジ大佐は、冷静沈着に答えた。
「アポなしは失礼だろ。今回はお引き取り願え」
 しかし、チョビ髭の顔はひきつっている。
「大佐。ちがうんだ。事務局はアポ受けてるんだよぅ。報告を忘れてたって、土下座しに来たんだよぅ」
「・・・」
 大佐は窮地に追い込まれた。しかし、百戦錬磨の大佐だ。こんな緊急事態もあろうかと、秘策を準備していた。
「よし、わかった。2人よ、もう一仕事だ。準備してくれ」
「は、はい」

「はじめまして、野口です。よろしく」
「はじめまして、ゴルド・グドサンです。よろしく」
 モービビ人民共和国と、日本の久々のトップ会談。2人を取り囲む大勢のマスコミ。2人が握手すると、多くのフラッシュがたかれる。
 会談会場の裏にある部屋。監視カメラからの映像を映し出すモニター画面を前に、ビレジ大佐は全神経を集中させる。わきには、将軍様の声まねそっくりさんがいる。
 実は、将軍様の顔そっくりさんのあごの下には、超薄型スピーカーがはりつけられている。隣の部屋にいる、声まねそっくりさんの声が、ワイヤレスでそのスピーカーから流れるようになっているのだ。セリフは、ビレジ大佐があらかじめ想定していた。日本が今、もっとも関心を寄せているのは、拉致問題。10年前の、大泉総理の時からの懸案事項だ。
 通訳は万全を期して、聞き取り役と、将軍様の言葉を伝える役の2人を付き添わせた。
 案の定、野口総理はいきなり切り出した。聞き取り役の通訳が「拉」の文字をホワイトボードに殴り書きしているのがモニター画面に映った。
 声まねそっくりさんはマイクに口を近づけ、用意されたセリフをていねいに読み上げた。
「その件に関しては、こちらも慎重に調査しております。詳しいことがわかり次第、改めて報告しますので、しばらくお待ちください」
 それに合わせ、顔そっくりさんが口をパクパクさせる。何とかごまかせそうだ。よし。
 あれ?同時通訳の声を聞いていた野口総理の表情が、みるみるうちに雲っていく。そして、怒ったようなジェスチャーで立ち上がり、その場を立ち去った。会場は騒然となった。
 聞き取り役の通訳が、慌てた様子でホワイトボードに書いた漢字2文字を監視カメラの方に向けていた。 

「拉麺」


 実は野口総理、その場の雰囲気を和らげようと「好きなラーメン(拉麺)は何ですか?」と聞いたのだ。それに対し、ダミーの将軍様が「その件に関しましては、こちらも慎重に・・・」なんて答えてしまったものだから。野口総理が怒るのも、無理はない。

 ビレジ大佐は限界を悟った。
「テレビ放映はいけるが、生での対談は無理だ」
 これが結論だった。再び、人民会議を開いた。全会一致で、将軍様が亡くなったことを正直に国民に知らせることが、決まった。
将軍様が亡くなってから、2日がたっていた。
 

マヌケな国家体制

マヌケな国家体制

「マヌケな総理大臣」に続く、「マヌケ」シリーズ2作目。この物語はフィクションです。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-27

Copyrighted
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