すばらしき宇宙生活(3)

阿門 遊

三 地上の探検

 それは、僕たちが、近所の空中公園で、野球をしていた時のことだ。僕は外野で、ボールが飛んで来るのを待っていた。カーン。ボールはバットの真芯に当たり、空高く打ち上がった。
「それ」
 僕は掛け声を上げると、空飛ぶ靴で、ボールの落下地点を追った。
だけど、ボールのスピードの方が早かった。ボールはグラブの遥か彼方を飛んでいき、空中公園のフェンスの上を飛び越すと、真っ逆さまに地上に落ちていった。僕は一度、昔の地面に行ったことがある。お父さんやお母さん、学校の先生からは、決して近づかないように、と注意されていたんだけれど。

「うわー。ボールが公園から出たよ」
「取りに行こうか」
「地上には降りちゃいけないんだ」
「仕方がないな」
「まだ、他のボールがあるよ。さあ、野球を続けよう」
 友だちたちは引き続き、野球を始めたけれど、僕はボールを探すことをあきらめきれなかった。それに、一度、地上に降りてみたかったからだ。
「ちょっとボールを探してくる」
僕は友だちに言い残して、空飛ぶ靴のジェットを噴射させた。
「おい、待てよ」
「危ないぞ」
「早く帰って来いよ」
「先生に見つかってもしらないぞ」
「気をつけろよ」
 友だちからの応援やら忠告やら、様々な言葉が僕の背中から聞こえてきたけれど、空飛ぶ靴はその声よりも速かった。

「さあ、ボールはどこかな」
 初めて訪れた地上の世界。そこには、家から捨てられた新聞や雑誌、お菓子のビニール袋や食べ残された生ごみが至る所にちらばっていた。
「ひどい」
 これが僕の第一位印象だ。ゴミは小さな物だけではない。冷蔵庫や洗濯機。自転車や自動車だってある。
家庭内から出された物だけではない。工場から排出された製品のくずや壊れて使用できなくなった機械もある。スーパーから出された段ボールや食品トレイなどもある。
 とてもじゃないけれど、このゴミの山の中から、ボールを見つけるのは難しい。臭いも強烈なので、鼻をつままないとその場にいられない。先生が言っていたように、有毒ガスが噴出されているのかもしれない。長いは無用だ。早く探さないと。このままだと、僕までがゴミとなってしまう。
 僕は、ボールが落下したと思われる周辺に向かった。そこは十回建ての家が建ち並んでいた。昔の人が住んでいた廃墟だ。一棟だけでない。何十棟も建っている。多分、住宅団地だったんだろう。そこの団地の建物の屋根やベランダに降りたり、ガラスが割れている部屋の中にも入ったりしてみた。だけど、ボールは見つからない。
ボールを探して団地内の家をうろうろしていると、どこかで見た家があった。どこで見たのだろう?テレビかな?映画かな?いや、違う。僕の家で、だ。
 家のどこ?仏壇だ。仏壇の側にある先祖の遺影の片隅に小さく貼ってあった写真と同じだ。その遺影は、おじいさんの、おじいさんの写真だった。
 一度、おじいさんに尋ねたことがある。
「この人、誰?」
 おじいさんは懐かしそうに答えた。
「おじいさんの、おじいさんだよ」
「おじいさんの、おじいさん?」
「じゃあ、今から何年前なの」
「そうだな、だいたい百年前になるのかなあ」
「それじゃあ、この片隅の家は?」
「地上にあったときの家だよ」
「おじいさんも住んでいたの」
「いや。わしはもう、地上から百メートル以上の空に住んでいた。だが、一度だけ、家を訪問したことがある。その時に撮った写真だ。それを見せると、おじいさんが大変喜んでくれてな。それ以来、おじいさんは自分の財布の中にしまっていたんだ。おじいさんが亡くなった後、財布から写真が見つかったので、おじいさんの遺影の隅に張り付けることにしたんだ。今も、おじいさんは、あの世でその家に住んでいるよ」
「そう」
 僕は、長い間、その写真を見つめていた。だから、直ぐに、目の前の家が、おじいさんの、おじいさんの家だとわかった。それじゃあ、その家は、僕の家だ。
 僕は、試しにドアをノックした。もちろん、返事はない。ドアには鍵がかかっていなかった。玄関から入る。廊下を通り、居間に行く。そして、和室の部屋を覗き、食堂兼居間から台所を見て回った。部屋の中は何もなかった。がらんどうだった。
電気製品や家具などは、空中の家に運んだので何もないのは当たり前だ。押し入れの中も覗いてみた。やはり、何もない。不思議な事にゴミもなかった。ゴミは家の外に全て掃き出したのだろうか。
 二階に、実際は十階に行ってみる。階段を上る時、ギシギシと音がしたけれど、百年以上が立っているにも関わらず、家は丈夫だった。少しだけ、家が揺れた。
 部屋は四つあった。寝室と子ども部屋が二つと書斎だった。全部の部屋を見て回った。自分が住んだ家ではなかったけれど、何だか懐かしかった。家で見た写真の影響があるのかもしれない。最後に見たのが一番奥にある子ども部屋だった。
「あった」
 そこには、バットとボールが部屋の片隅に置いてあった。でも、空から落ちたボールがガラスも割れていないのに部屋の中にあるのは不思議だ。それに、バットまでもある。この謎は、有名な探偵でも解けないだろう。
 僕はゆっくりと近づき、バットとボールを手に取った。そこには、「ツバサ」という名前が描かれていた。誰だろう?思い出した。僕のおじいさんの、おじいさんの名前だ。おじいさんの、おじいさんは二人兄弟の長男で、弟に「ハヤテ」がいた。家の写真の下に名前が書いてある。
 でも、そこに何故、バットとボールだけが置いてあるんだろう。持っていくのを忘れたのだろうか。いや、違う。おじいさんの、おじいさんの頃は、空中に住むようになって、まだ、間がなかったため、空中公園もなく、空飛ぶ靴もないため、外で、野球ができなかったんだ。そのため、おじいさんの、おじいさんは、記念に、家にバットとボールを置いてきたんだろう。もちろん、野球ができなくなったという話は、おじいさんから聞いたものだ。
 僕は、バットとボールを持って家に帰ろうとした。でも、それは、おじいさんの、おじいさんの思い出の品。空の世界に持っていけない。このまま置いておこう。おじいさんの、おじいさんもそれを望んでいるはずだ。
 僕は、家を出て、屋根に上がった。外の空気は息苦しい。鼻をつまむ。ここにいるのは、もう限界だ。ボール探しはあきらめて帰ろうとすると、雨どいに何か白いものが見えた。近づいてみる。野球のボールだ。今度こそ、僕たちが使っていたボールだ。
「何だ、こんなところにあったのか」
 探し物は、見つけにくい所じゃなくて、目の先の足元にあるものなんだ。これは、君たち先祖からの教えでもある。遠慮なく、使わせてもらうよ。ひょっとしたら、おじいさんの、おじいさんが引き寄せてくれたのかも知れない。僕は屋根の上から、バットとボールがある部屋に一礼し、雨どいのボールを掴むと空飛ぶ靴からジェットを噴射させ、友だちの待つ空中公園に向かった。

すばらしき宇宙生活(3)

すばらしき宇宙生活(3)

三 地上の探検

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-12

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