蒼い青春 一話 「悲劇」
◆シリーズの主な登場人物
・長澤 博子☞本シリーズの主人公。 研究員の父と二人で暮らす17歳。 対人恐怖症と言う精神病を抱えていて、専属のカリスマカウンセラー・斎藤素子のカウンセリングを受けている。
・長澤 五郎☞博子の父。 東京の某大学で心理学の研究をする傍ら、教授でもある。 娘の病気を克服させようと大学に連れて行く。
・斎藤 素子☞雑誌等で有名な「カリスマカウンセラー」で、今は博子の専属カウンセラー。 一話では名だけの存在。
・小野寺 史朗☞五郎の上司。 数々の学歴を持つが、業績を上げつつある五郎を敵視し始める。
◆一話の登場人物
・河上 剛☞23歳の若手刑事。 自爆テロを追いかけ大学に潜入し、事故にあった博子を発見する。
・園田 康雄☞剛の4つ上の先輩で警部補。 口数が少なく、やり方も手荒なため、「横須賀のハーリー・キャラハン」の異名をとる。 愛銃はスミス&ウェッソンM29 4インチ。
「ただいま。 ってだれもいないか・・・」 あすから夏休みに入る長澤博子は、誰もいない家にいつものように帰って来た。 暑い外から帰って来る娘を思って、父親がつけておいてくれたクーラーの風に、セーラー服のスカートがひらりと揺れ、健康的な裸足の足がひんやりと冷える。 「あ~あっ。 明日は斎藤先生のカウンセリングか。」 斎藤先生とは今日、週刊誌を開けばその顔が乗っていない事は無いと言うほどのカリスマ・カウンセラー、斎藤素子のことである。 博子は本棚から雑誌を取って、パラパラと読み始める。
「今、帰ったぞ。」 夜を7時くらい回ったころ、父の五郎が帰って来た。 「お父さん、おかえりなさい。」 ピンクのエプロンを下げ、夕食の準備をし終えた博子が笑顔で出迎える。 父の鞄を下げるところなどは、まさに本当の妻のようだ。
「はい、ビール。 私ね、明日から夏休みなの。」 いつも通りの二人きりの食卓を囲み、博子がビールを注ぐ。 「そうか、じゃあ明後日にでも、父さんの大学に行くか?」 五郎は明るく言ったが、博子はそうではなかった。 「お前の病気の克服のためでもあるんだ。」 博子は対人恐怖症と言う一種の精神病を患っていて、素子のカウンセリングもその治療のためだった。 「分かったわ。」 博子は渋々納得するのだった。
当日、車に乗った博子は白い大人しめのワンピースに大人っぽいパンプスを履いて、背広の父の隣に座り大学を目指していた。 緊張のためか口数が少ない博子。 「さあ、着いたぞ。」 大学の駐車場に着いた博子は、どことなく体が震えていた。 そんな彼女の肩を、父はそっと抱いて、「大丈夫だ。 深呼吸をするんだ。 いつも通りに。」と言う。 その通りに博子が大きく深呼吸をした時、誰かが博子にぶつかった。 「ああ、すみません。」 ぶつかって来たのは20代前半くらいの、好印象の青年だ。 青年がそっと介抱しようとすると、博子はいつものように一歩退いて身構えてしまう。 あっと驚く青年の後ろから、一緒に来ていた青年よりも少し年上ぐらいの男が彼の手をどける。 男はその青年とは少し違って、鋭い目でじろりと博子と五郎の顔を見ると、青年に小さな声で、「行くぞ。」と言って、大学の中に姿を消した。 「何だあの男は。 けしからん。」 五郎は失礼な男を憤慨していたが、博子はあの青年に、少し違った感情を抱いていた。
「ああ、どうも、こ、こんにちは。」 大学内に入った博子は、たくさんの父の知り合いから声を掛けられ、内心まいっていた。 誰一人として、表向きは父にニコニコしているが、本当に彼を尊敬している人間などいないことが、博子にはよく判った。
そうこうしているうちに、人混みの波に飲み込まれてしまった博子は、知らぬうちに父の姿を見失っていた。 「おとうさーん。」 大声で呼んでみるが、もちろん返事は無い。 そんな中、博子はその人混みの中に、さっきの青年の姿を発見した。 青年は何かを必死に追いかけているようで、波を掻くようにズンズン進んでいく。 あっ 見失ってしまう そう思った博子は、無意識のうちに足が動き、青年を追いかけていた。
いくつもの階段を降りて、青年の背中を追いかけていた博子は、ふと彼が曲がり角を曲がったところで、青年を見失ってしまった。 周りはコンクリートの壁ばかりで、窓もないことからどうやら地下らしい。 無意識にここへ来たため、帰り道も分からない。 ついに博子の頭の中はパニックになっていた。 そんな最中だったため、博子は頭上に掛った、「有毒物使用 危険」と書かれた看板に、これぽっちも気づいいなかった。 落ちつけ 博子が自分にそう言い聞かせ、父の言うように深呼吸した、その時だった。 博子のいる廊下から少し離れた所で、大きな爆発が起こったのだ。 ハッと博子が気付いた時は、もう手遅れだった。 爆発で崩れ落ちたコンクリートの塊が、容赦なく彼女の頭上に落ちて来る。 「アア」 その塊の一つが水道管を破壊し、大きな塊の下敷きになった博子に、追い打ちを掛ける様に水が迫って来る。 「だ、誰か!」 パニックと恐怖から博子はついに、ヘナヘナと気を失ってしまった。
「おい、君。 しっかりしろ!」 爆発の騒ぎを聞きつけたあの青年が、博子を見つけたのだ。 青年は博子に覆い被さったコンクリート片を除け、彼女を抱き上げると、そのまま外へ出た。 「大丈夫か? 聞こえるか?」 青年は博子の頬を叩いて呼びかけるが、気を失った博子は気付かない。 青年は傷だらけの博子を芝の上に寝かせると、携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。
病院に博子が救急搬送されたことを知り、五郎も急いでその病院に駆け付けた。 そんな五郎の前に、白衣の中崎医師が現れた。 「娘は、娘は無事なんでしょうね。」 娘の安否を心配しすがりつく父に、医師は静かに言った。 「娘さんの事なのですが、出血がひどく、24時間以内に輸血をする必要があります。」 「なら、私の血を。」 そう言った五郎に、医師は首を振った。 「それが、娘さんの血液はボンベイ型と言って、大変希少な血液なんです。」 「希少・・・」 病院内が、一瞬、凍りついたような静けさに包まれた。 つづく
蒼い青春 一話 「悲劇」