黄金の城

   読者の皆様方、これからこの城での非現実的な日常を書かせて頂くにあたり、少々の説明とお願いがございます。長くなるやも知れませんが、是非お付き合い頂きますよう重ねてお願い申し上げます。
 まずは、しつこいようですがお願いです。
1つ 得体の知れないものが多数飛び交いますがいちいち突っ込まないで下さい。
2つ 魔法、呪術、ホラー等、一切信じないと言われる方は買わないで下さい。
3つ 正義感、愛情、友情、そのように下らぬ物は全てドブへお捨てになられて下さい。
4つ 道徳的、人道的に許されないものは駄目だ! そのような考えをお持ちの方は今す   ぐ本棚の奥へ封印するか燃やして下さい。クレームは全てお断りでございます。
5つ 異様に思われるかも知れませんが話しの舞台は地球です。コンピューターがある現   実が叩き台なのに、魔法やモンスター等々が出てくるので不思議に思われるかも知   れませんが歴とした地球なのです。そこんとこよろしく。
6つ 相場は1$=100円で計算をしています。
   私達の基軸通貨 1GS(ゴツズ)(ゴッズ)=200円 1HD(ヒユード)=50円相当となります。
 続いてこの物語における世界観にご説明させて頂きます。
 私は人間ではありません魔神族(デーモンズ)です。
 今を去ること数百万年前、巨人族を殲滅した主神オーディナルに率いられているアース神族がこの地球を支配しておりました。そして威張り屋であれこれうるさい彼らに嫌気がさした一部がヴァン神族という分派を作り、アース神族と争うようになります。
 愚かな神々はラグナロクとかいう全面戦争を起こして勝手に滅びました。その際あれらより劣る種族として差別され、地下都市群(アンダーワールド)に押し込めらた元神族の魔神族(デーモンズ)や、獣族、エンジェル等が生きのこり現在の地球を支配しています。
 また私達が地球を汚すまいアンダーワールドで生活を続けている間に、猿から進化した人間が地上をわが物顔でのし歩くようにもなりました。私達デーモンズは種の多様性こそが希望と可能性を広げると理解しておりますから、人間を観察対象として放置していたのですが、結果として科学という予想だにしなかった技術を手に入れることができ、とても喜んでおります。
 次は私の仕事場についてです。
 本拠地は太平洋のど真ん中に存在し、数千メートル下の海底に高さ210m程で表面がつるつるした黄金のピラミッドがそびえ立っております。作り方はとても優秀だったらしい初代ゴゴモル=バルトランにお聞き下さい、大金を抱えたまま世界の何処かを放浪しておられる事でしょう。生死は不明です。
 私達は『究極の魔術師ギルド ミラクルスパイラル』でございます。
私のように頭脳明晰かつ可憐な美女から愚か者まで、多種多様に在籍しておりますが追々説明して参ります。
 取り扱っております商品は、人をころりと死なせて証拠を残さない毒からドラゴン、魔法グッズに至るまでお客様がお望みの物は何でも揃えられます。ですがお値段の方は少々高く付くので、ご用の際には山積みの現金を用意してくださいませ、カードは嫌いです。
 最後は天才的な魔術師である私についてです。
 本名ライーアード=エルフィンヌ、身長170㎝でスレンダーかつ美人、色白でシミ一つない躰は男が好むぼんっきゅぼん。髪色は快晴の空に広がるブルースカイ、美しく輝いているそれは腰まで届きます。顔は美容形成が完璧なまでに行き届き、顎が細く精巧な人形のようです。二重で切れ長の目はピジョンブラッドを連想させる深紅。
 服装は黒で統一された三角帽子にローブとヒール。至ってシンプルな様相で真の美女は着飾ったりしなくてよいのです。年齢はまぁファラオと取引をした経験があると言っておきましょう。現在は西暦2100年でございます。
 余り長くしても面白くないでしょうから説明はこの位で、では本編をお楽しみ下さい。

「金が全てである! 生命体もそうでない物もすべて魔力と物質の固まりである! 諸君稼ぎたまえ、もっとどん欲に求めたまえ。稼いで、払わせて、つぎ込んで、もっともっと素晴らしい物を作り上げるのだ!」
 いつくたばってもおかしくないドレスコートをきた魔神族(デーモンズ)の若々しい糞じじいが、元気溌剌と壇上の上で両手を広げいつも通りの声を張り上げている。禿頭に尖ったチョビ髪を持つこいつは200㎝の大男で、ボディービルダーのように全身むっきむき。精力旺盛で一晩に20人は昇天させてしまう、ある意味とんでもないバカ男だ。
 そしてあれの演説が終わると私達は右手に持ったワイングラスを掲げつつ、
「我らが城主ゴンザレス=バルトラン様に無限大の力を! 我らがミラクルスパイラルに栄光あれーー」 と声を上げてパーティーが始まる。そしたら私は作り笑顔でてきどに愛想を振りまきつつ、職場の連中とまずい飯を食う。
 私達が形だけの尊敬を捧げる5代目のお偉いギルド長様は御年357歳。
 彼は定期的にこうして講堂に皆を集合させると、団結力と親睦を深るためにちょっとしたパーティを開いているが、湿り気を帯びた陰気な部屋に紫の炎を焚き、常時金穴だから安酒と安っぽい飯を食うだけのこれで、士気を高めようとは片腹痛い。
 1個につき230万$もする不老不死の妙薬は20年しか持たず、あれと経営陣を生かす為に幾らつぎ込んだのかと考えたら、ふつふつと恨みが沸いてくる。私は薄給でこき使われる身、色々あって行き場をうしない、先代に拾われた恩義から大人しくして従ってやってるが、そのうち反乱を起こしてやると密かに力を蓄えている次第だ。
 この場所には仕事を抱えていない術者が集まっているらしいが、ピッカピカでデカイだけの城にいるのは両手で数えられる程しかいない。先代はギリギリ維持してたがこいつに代わったとたん急速に悪化して、破綻寸前まで追い込まれたからみーーんな他のギルドへと逃げやがった。
 代替わりの時に力ずくで私が奪うべきだったといつも悔やんでおり、少人数だから仕事はメッチャ忙しく、(あのヤローいつかニブルヘルに送ってやる) と心で思っていても顔に出さない私こそ、あんな奴より尊敬に値すると思う。
 しかしここが辛くて嫌な所かと聞かれたらそれも違い、術師の数が少なので仕事が取りやすく、場所が場所なのでなにをやっても義気取りもやってこれない、とそれなりにメリットはある。

 やっと煩わしいだけのパーティが終わったから大広間より外へ。
 出て直ぐにここがどこか判らなくなるこの城は、一度ぶっ壊して作り直すべきだと常々思っている。アメリカか日本、中国といった金を持っている国を揺すれば瞬時にできそうだが、ゴンザレスは
「そんな怖いことが出来るか!」 といつも弱腰だ。
 (この城は核ミサイル如きで壊れはしないと言うに、軟弱者め……)
 クソじじいはふがいない上に役立たず、稼ぎの殆ど吸い上げると酷い男だが戦闘力だけはやたらと高く、ドラゴンや重戦車では足止めにもならない困った奴。
 脱線したがこういうこと。
 派手な外見と違って内装は恐ろしくシンプル。錬金術で砂から作ったただの石をゴツゴツのまま(削れよ!) 並べただけ。面倒だからと床も壁も適当に積みあげて作り、よくこれで崩れないとある意味感動を覚える。(最初はな)
 ドアは安物の木を使った雑な作りが殆ど。沢山あるランプ型の照明も、現代風らしく並んだ電球も、油と発電機の軽油代が高くて買えないから動かしておらず、スイッチを押しても点灯しない。こんな場所がピラミッド全体を縦横無尽に走りまわり、完全な巨大迷宮と化しているのだ。
 手に持っているのは頼りない懐中電灯と古ぼけた地図の束。どこ向いても同じ景色に加えて凸凹してるから、ちょっと油断すると直ぐにドタッ、転んでしまう。
「いってぇ。誰か整備しろよ、ったく美貌が台無しになるだろうが」
 鼻を押さえながら立つと周りを見て嫌になった。(私は今どこにいるんだろう?)
 ここに来て早50年、何度飢え死にしかけたかわかりゃしない。しかもだ、過去にここを作った奴は盗難対策にと、行き止まりやそっくりな作りの通路に罠までも沢山作ってわざと迷い易くしてある。
「こんな場所で誰が盗むってんだ、バカやろーー!」 と私はよく叫ぶ。
 私の細くて美しい手にはしっかりと地図の束が握られている。が、水圧の関係で窓がないここは一旦転ぶとどっちに向かって進んでいたか不明になるのだ。
 現在位置は一番下の南東端、なぜここで集会をやるのか知らないし興味もない。
ここの攻略ポイントは階段を使わない事、一度でも使えば迷って干からびること請け合いだ。この城の上下移動には中央にある水力式昇降機を使えばよい。
 (全く……) 正解は2分の1と片方を選んで迷いながら進むこと1時間、どうにかこうにか昇降機前までやって来れた。
 足下には透き通った水に満たされた手頃な泉、ここに手をかざすと青い光がピーッと下から伸びてきて手に纏わり付く、これで個人認証をしているらしい。で、確認が終わると泉のうえに椅子が3つ付いた石畳が現れるから、三角帽子を手に持って近くに置かれた安全ヘルメットを被ったらこれに乗り、椅子に付いたベルトで体を固定する。
 後は「68階」と行き先を命じたら下から水が押し上げる仕掛けだ。ドーッと吹き上がる水の固まりが私を瞬時に目的地へ連れて行く、掛かる時間はわずか10秒であり凄まじいその勢いたるや推して知るべし。水溜まりは各階に一つだけなので、運悪く降りてきた奴に当たったり、降りるときは恐怖もので文字通り落下したりと取り扱いは難しいが、死ぬ事は滅多とない。
 ピタ、目的地を通り過ぎると足下にあった水柱が忽然と消えて落とされ、目的地あたりに来たら水で作られた手が伸びてきてガシッと受け止めてくれる。これはは精霊のウンディーネが制御していて、定期的に餌をやると丁寧に扱ってくれるが高くつく。
 辿り着いた泉のまわりは鋼鉄の壁に囲まれた狭い空間になっており、ほかの連中を見下ろせるように出来るだけ高い所にすみたい私の部屋である。
 椅子から降りたらヘルメットを元の位置に戻して三角帽子を被り、壁に作った扉にある鍵を5つ外してなかへ入ろうとしたが、グイッと何かが肩を掴んで引っ張るので嫌々ながらも振り返った。
 手頃な泉から伸びて私を掴んでいるのは水の手、面倒だが要求を待ってやると私から離れた水は1本の線となって空中にブタの絵を作りだす。そして伸びてきた2本目の手は私の目前に来ると、あれを寄越せと言う様に指さしてから手を広げ、4本の指をクイクイと曲げてくる。
「渡してやるから付いてこい」
 喰わせないと命に関わるので素直に渡すが、毎週1回、豚1頭しかも好みがうるさく安物は受け付けないから相当の出費になる。エサいらずに改造してやりたいけど、城主様が許可を下さらないので我慢するしかない。
 私は部屋の扉を開けたまま中へと入り、水の手と一緒に2段に積まれた複数の鉄檻が並ぶ部屋の奥へとやってくる。ここは私の食材となる動物を沢山飼っている所(肉は新鮮なものに限る。一番美味い!) で、その中にある一つを開けたら4匹いる黒豚の中より1匹を……ってさっさと出てきやがれ!
「ブキーブキー」
 生意気にも抵抗して奥に戻ろうとするから、暫く引き合いをしていたら背中を何かがトントンと叩いてきた。振り向くとウンディーネは手を振ってしっしっと私を追い、自分でやるらしいと判断して道を空けてやったら、瞬く間に水が豚をとり囲んで泉の中へと引き込んでいった。
 (やっと落ち着いたな、これで眠りにつける)
 ゴンザレスは演説する時間が長いほど自分の評価が上がると勘違いしていて、毎回長ったらしく価値のない話しを、何時間も聞かせてくれるのだ。寝たりよそ見をしたら不機嫌になるので真剣みを装って聞いてやるのだが、とんでもなく疲れる。
 金細工のある天蓋付きでお気に入りベットは最高級品のフカフカ。
 (ああ一日の疲れがとれていく……)

 明けた次の日、といってもランプ以外の光源はないから朝と夜の区別は付かない。
 この部屋はくり抜かれた正方形で、一辺が20メートル程。かつては天上を支えるために岩が乱雑に積んであったけど、邪魔で見栄えが悪くそれに怖いので鋼鉄の柱に全て入れ替えた。床が抜けるかも知れないと補強も考えたが、その下も不安、そのまた下も、ときりがないので頭から追い出してしまう。
 壁はすべて石ころ、削って調べたから間違いない。床は削り倒して平らにし場所によっては絨毯をいくつか重ねて敷いてある。色はどぎついピンク色、これ位やんないと頭が変になりそうなので勘弁してほしい。
 起きて直ぐにやることは、油差しを使って壁に吊されているランプへ油の補充、高めの家賃を取るくせに自腹だから数が揃うと地味に堪える。
「今日の依頼はと……」
 これが終わったら、天蓋付きベットの側により壁のボードへ画鋲を使って貼り付けてある依頼書に目をとおす。ここへ来た当初は(仕事に困らなくて嬉しいなぁ。頑張って稼ぐぞ) とやる気に燃えていたが、最近は(金寄こせーー働かせすぎだ!) と不満が溜まり続けて、爆発寸前で湯気がたち昇る火山のようになっている。
 仕事はこっちの都合も考えずにアホの使い魔が山積みにしていく。資材、開発費は全部あいつが持つけど報酬は雀の涙。文句を言えば経営陣に
「ここの維持管理に莫大な予算が必要なんです。文句があるのなら出て行いきなさい」  と逆ギレされた。
 こんな所今すぐにと何度思った事か。その度に(広大な敷地と研究設備、誰にも邪魔されずあんな事やこんな事が……他にも……)、と考え直してしまう。
 私はかなり我慢強い方だ。そうでなければ膨大な書籍を読みあさりこつこつと積み上げる、錬金術や魔法薬関係の仕事など出来はしない。(幾ら経済概念がゼロとはいえ、時間と経験を積めばそれなりになるはず) と期待してたのに、どうしてやろうかあいつ。
 恨み言を言っても始まらないので大人らしく働こう。
 私の方針として気いらない仕事はやらないが、一度引き受けたらきっちりとやり遂げる事にしている。日に一回ってくる使い魔と喧嘩をしつつ淡々と仕事をこなし、受けなかった仕事は下請け回していく毎日だ。
 ただし日本と違って手数料は原価の85%以上と高く、ギルドとしての儲けが少ないために手を抜きすぎたら強制的にやらされる。この辺りの加減が中々難しい。
「えーっと、なになに……」
『コロリンX、確実毛生え薬、明日まで』 (私のだが時間なさ過ぎ、無理)
『コンピュータウィルス 立体型ワームα 5日』 (なんだこれ?)
『地上げ用のゾンビ5体 ゴースト1体 1週間』 (専門外だ!)
『戦闘用ロボ 赤井君 1体 1ヶ月』 (私の専門は、薬と錬金術に精霊召還)
 (あいつめ、個人の能力ぐらい把握しとけってんだ。大体、熟成に5日もかかるのを明日だと、抗議してやる!)
 無理難題をふっかけてくるから、今日という今日こそはと、両腕を組んで目を爛々と燃やしながら奴らが来るのを待つ事にした。とその前に、ルビーで作ったバラ飾りがある金の懐中時計を見たらまだ8時半、あれらが来るのは決まって昼の10時頃なので戦う前にメシを作る。
 部屋の隅にある檻のまえ来ると、空き箱を台にして2段目からガチョウを取りだす。
 なんと言われようが食材は新鮮なのに限るのだ。
「ガァガァ」とうるさく暴れるそれの首をガシッとと掴み、石で組んだ自前の炊事場に乗っけたら、手斧でドンと頭を切り落とす。
 流れだす赤い血は専用の壺に貯めて羽をむしり、ナイフを使って内臓を取りだし、塩コショウを振りかける。続いて香辛料と野菜をこれでもかと詰めたら、煉瓦で組んだ近くの釜戸に持って行き、鉄の扉を開けたら終始燃えさかる炎に放り込む。
 こいつはファイヤードといって私が昔作った火の小精霊。薪を日に1回くべるだけで永遠に消えない便利な奴。
 釜戸の前に大きめの皿を置いたら洗顔へ、水道はないから水は精霊に作らせている。
 ベットの側にある自作の洗面台の横には水瓶が一つあって、中に銅貨を1枚カランと放り込んでやれば、住み着いたアクアが真水で一杯にしてくれる。機嫌が悪いと少ししか出さずに要求が増える事もあるがこれも使いやすい。
 ガラスを見ながら顔をしっかり洗ったら化粧品や魔法薬をたっぷりと、ギャルにも負けない若々さとヴィーナスも羨む美貌を維持するために、私は努力を欠かさない。
 余談だが汚い物は海に続いている下水へポイ、毒薬、劇薬なんでも直接放棄。(凄く楽)
 あと壁際にある蛇口からは、無料で無限に汚染された海水がでてくる。
 (そろそろ出来たかな?) そう思って釜戸を見ればポンと鳥の丸焼きが皿の上にはき出される所だった。側によって薪を一束放り込み朝食を持って近くのテーブルに置く。
 木箱からワインを取り出してグラスに注ぎ準備が出来たら頂きます。

 私が作っただけあって飯は美味かった。(さてそろそろ時間なのだが……)
 一番上の70階には城主の住処と事務室があり、少し待っていると天上の小池が消えて2体のモンスターが石畳に乗って降りてくる。
「約束のもの早く作って下さいよ」
 側に来た全長15センチとちっこい癖に無遠慮で空を飛ぶこいつは、初代のギルド長に作られたフェアリーのシリスという。(叩き潰してやりたい) 黄金城のをよく知る頭のいいやつで、白黒のメイド服の背中には透明な羽が4枚あり、緑色のポニーテールに白い肌をしている。
「のろまさんですねぇ。ほかの術者は2日で出来たのに、3日も掛かるんですかぁ?」
「遅い、のろま、役立たず」 (カクカク話してケタケタ笑うから、鬱陶しい!)
 笑ったこいつはシリスが使役している木偶人形のロイ。丸太を組み合わせて作られた安物で身長150㎝と小柄だが力は強く、商品を回収するための網かごを背負っている。怒りを覚えたので頭を引っこ抜き、ゲシッと部屋の端まで蹴っ飛ばしてやると蹌踉めきながら自分の頭部を探しに行った。
「もぉー、いつもいつも乱暴に扱わないでって言ってるでしょ。壊したら高いからね」
「やっかましい!」
「なにをー。ご主人様にいいつけて……」
 これだ。いつも、いつもいつも、いつもいつもいつも。(怒りで頭が燃えてしまう!)
 しかし立場は弱い。仕方がないから、引き返そうとするあれをもの凄くやんわりと捕まえて、飲みやすく加工した蜂蜜の小瓶を渡しおだてて機嫌をとる。
「もーー結局こうなるんだから。さっきのはいいとして、今日はどれにするの?」
 機嫌よく飲み続ける妖精に、あれはこうでこっちはこうだからと説明していく。
「コロリンXは駄目。あれはマフィアからの依頼で3日後の早朝に使うんだって、だから時間稼ぎの交渉はしてあげる。あとね、ご主人様が勉強しなさいって、機械とかコンピューターに悪霊も出来ないと駄目だって言ってたわ」
 小さくて可愛い彼女はいま左手の中にいる。(ああ、このまま捻り潰せたらどんなに気持ちが良いだろう)
 やりたい事は一杯あるし、新しい実験だってやりたい。
 時間が空いたら好きなだけしてもいいと言う約束だったはず。
 なのに毎日毎日これでもかと仕事を持ってきて、その上、興味がなく知りたくもない物を勉強しろだとーーー。(ぶっ殺してやりたい)
 だがいま怒ってもどうにもならないので、なんとか躱せないかと試みる。
「えっと、そのご主人様は今どこで何をしておられるのかしら? とっても忙しい私を少し手伝って頂けると有り難いのですが」
 やさしーく微笑みながら尊敬語で聞いてみた。
「さすが魔女、いつも通りの二重人格ね」 (うるさいほっとけ)
「それでどうなのかしら?」
「駄目だと思う。ご主人様はロンドンで貴族を相手にパーティちゅう、それが終わると客船でクルージングだって。終わったら音速旅客機でアメリカに行きラスベガスで……」
「もういい! よくわかった」
 シリスを手放しドスドスと歩きだす。仕事場に向かおうとしたら
「コロリンXだけは急いでねーー」
 と後ろから声をかけながら小池に向かって次の場所へと降りていった。
 早くこの地獄から抜け出したい。(あいつさえ、あいつさえ居なければ)

 私はりっぱな大人だ、山火事のような怒りを押さえつけて仕事をする。
 泉に手をかざし落っことされて67階の円形のホールに辿り着つくと私を鋼鉄の壁が取り囲む。仕事場はここと下で66階は上から続く配管や倉庫が並び、けちくさい経営陣が唯一作ってくれたところ。
 左に薬物調合室、右に錬金術の部屋があり今回は左へ入る。
 では調合作業を始めましょう。
 まず部屋にある薬品棚より幾つか瓶を取り出し、壁際に設置されている白い板の作業台に並べます。
 コロリンXは小瓶1つで20人は即死し、証拠を残さない超毒薬。
 黒く塗ったビーカーに、ビール瓶に主原料であるトリカブト、ふぐ、まむし、スズメ蜂の毒をそれぞれ入れ、そこへ事前に作っておいた魔法薬を加えたら、終わりに透き通って黄色がかるゴルフボールのような魔力の元を砕いて適量加えます。
 後はビーカーを真空にして蓋をし、よく振ったら長時間寝かせるだけ。太陽光と空気に気を付けさえすれば、魔力の元が溶けて5日ほどで完成します。しかし私は急かされているわけで、一流の魔術師はこういう時に魔法と術式を使いますが、それが使えない私は別の手段を使わなければなりません。
 時間を操れれば理想ですがそれは不可能、なので反応を早める為に賢者の石を加工して私が開発した、赤黒い血のようなソッコー薬を使います。これは一度に大量投入をすると反応が進みすぎて暴発し、機械任せの等間隔では確実に吹っ飛ぶので、スポイトを使いながら私が頑張しかありません。常時見張る必要があるから今日と明日はこれで潰れてしまうでしょう。
 まだあります、この薬は空気を嫌うと言いました。
 私はどうなると思いますか?
 作業をする為に部屋を真空にします。酸素マスクを付けて大きなボンベを床に置き、毒を被らないように防護服を着てから作業をするのです。服を抜いでセクシーなキャミソール姿の上から着用しました。
 ああとっても面倒くさい。
 側にある小瓶にそれぞれ入っている液体は、酸素が平気でも同じ作業をする必要があったのです。昨日はパーティ、私の休日はどうなるのでしょうか?
 (あのアホーーはよ死ね。? 何か忘れている気が……まぁいいか)
 立派な仕事人である私は、どうせやるなら確実毛生え薬も一緒にこなそうと調合し、ふたつの薬を作ります。ムリヤリ覚醒剤を飲んだら36時間の耐久レース、作業中は退屈極まりないので色々なことが頭に浮かびました。
 (先代まであった財産を使い切りどんどん術者が減っていく。今残っているのでまともなのは私を入れて僅か数人、他は雑用係で役立たずばっかりだ。私だけが働かされていそうな気がするけど、気のせいではないかもしれない)
 飯も食わずに頑張りとってもとぉっても長い時間が経過して、ふつふつとしていた薬の色が変わって反応がなくなると完成です。完成品をポケットに入れたら部屋から出て、上に昇って真夜中に城主の部屋にある鳥籠を開けたら
「こんな時間に来るなんて」
 とぶぅたれた妖精へ、ピンク、灰、緑、白、青色の小瓶をそれぞれ押しつけて自室に戻ります。(私は寝るぞーー)

 目が覚めたというか起こされたのが朝の4時。 
 睡眠不足から機嫌がすごぶる悪いので、枕の下にある護身用の9㎜のオートマ拳銃を突きつて相手を追い返そうとしたら、シリスがクソ生意気にも怒りだす。
「怒りたいのはこっちよ! 貴女が約束の時間を守れなかった所為で依頼がキャンセルされたんだからね! さっさと起きて謝りに行きなさい!」
「約束通り、昨日の内に終わらせたぞ」
「コロリンXを持ってきたのは夜の12時1分でしょ! そうじゃなくて、昨日の朝までにって言ったの分はどうしてくれるのよ!」 (そんなの知るか)
 よくよく聞いてみたら毒ではなくほれ薬のキャンセルメールが来たそうな。
 向こうが言うには、意中の人が昨日の昼過ぎに結婚したからもう必要ないんだとか。
 (男なら力尽くでやれってんだ、なっさけない)
「せっかく作ったんだし、勿体ないからなんとしてでも買わせるのよ。でないと次の依頼であなたの取り分から材料費さっ引くって」
「はぁー? なんだとぉぉぉぉ」
 (機関銃だ、いやロケット弾の方が良いか? 仕事が忙しくうっかりしたとは言えあのトンチキめーー)
 トンガリ帽子を頭から外すと、その中に手を突っ込んでRPG9を取りだす私。強化され続ける戦車に対抗すべく弾頭は劣化ウラン弾になっている。
「ちょっとそんな物どうするのよ」
「決まってるだろ、これでゴンザレスをぶっ殺す」
「すきにすれば? そんなんでご主人様が死ぬわけ無いじゃない」
 (そうだった……) シリスに言われてガシャンと床に落とした。
 (あああ、材料費は約2000万円。こんな横暴が許されて良いのだろうか? 何かある、何か手があるはずだ。神様そうですよね?)
「ほんと見てくれだけで使えない女よねー」
 RPG9を拾い上げると肩にかつぎ、両手で支えて馬鹿にした妖精に突きつける。
「えっ? なに?」
「いや、あいつが無理でもあんたなら吹き飛ばせそうだから」
「えええええーーー。っちょっと冗談でしょ!」
「冗談に見える?」
 まっ青な顔をしたあいつは背を向けて逃げ出し、私は笑顔でしっかり狙いを付けたら迷わず引き金を引く、ズドーン。
「いやー」 って悲鳴を上げならシリスは避けやがり、外れたロケット弾は天蓋付きベットの方へ、ドカーンと爆発したら木っ端みじんにしてしまう。
「ししし、信じられない。ご主人様に言いつけてやるんだから!」
 シリスはぴゅーって上に逃げていく、私はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
 (あれ高かったのに……ぜーんぶゴンザレスの所為だ。この恨みどうやって……)
 色んな考えが頭を過ぎり、取り敢えず片付けようとしたら、あいつが部屋の中に入ってくる。デカイ体に青と白の縞模様になった寝間着と三角帽子がとても似合わない。
「ふぁーー。まったく接待づくしで疲れておるというのに騒ぐでないわ」
 (欠伸なんかして良い度胸だ)
 こうなれば自棄。帽子から引き抜いた89式自動小銃を両手で構え、
「無駄な事はやめい」
 と言うあいつにダダダダダと撃ち込んでいく。弾が切れたら軍用ショットガンでドゴンドゴンドゴン、止めにグレネードランチャーでドッカンドッカン、と撃って撃って撃ちまくる。もうもうと煙が上がりこれでくたばっただろうと思ったら
「もう気は済んだか? 冷静に話そうではないか」ってケロッとしていた。
 攻撃を防いだのは、先代から引き継いだやつの全身を覆っている黄金の闘気。あれがある限り私は勝てない。(あーむかつく)
「ふん、今更何を話すってんだ? 毎日毎日こき使いやがって」
 勝てはしないが謝ったり謙ったりする気など欠片もない私は、両手を組みながら下よりあいつを鋭い視線で睨んでやる。
「仕方があるまい。薬物系はエルフィンヌお前しか残っておらんのだ」 (なんだと!)
「だったら待遇改善しろ! 時計の支配者(クロツクマスター)はいつになったら完成するんだ! 私の研究は? 私の報酬は? いつまでこの状態が続くんだよ!」
「いやだからだな、世界を飛び回って仕事を貰いもっと稼がなければ……」
 頭をポリポリ掻きながら申し訳なさそにって、これはもう見飽きたっての。
(もう我慢の限界だ!)
「昨日だって、ラスベガスでカジノに興じてきたんだろうがーーーーー」
「あれは仕事上の付き合いというやつでな、負けてやる代わりに幹部強化育成薬(マキシマムビタミン)を長期に渡り大量発注して貰った」
「それを作るのは、私一人だーーー」
 ガーーーっと獰猛な獣よろしく吠えた。戦闘力はピカイチでも頭は空っぽ、無駄金をばらまきつつひたすら媚びを売るしか脳がない私の城主様。こいつは経済概念ゼロ、気前と性格が良すぎて人助けの為に出費することもある間抜けな奴。
「しかし時代がな、科学がな、警察とか取り締まりがな……」
「やっかましいわ! 3つある大ギルドのうち儲かってないのは私らだけだぞ」
 維持費がやたらと掛かる城に加えてこいつが浪費し、そこへ情報料だの接待だのとお金が湯水の如く消えていく。
「なによー、あんたが大変なのは自分の所為でしょうが」 
 ご主人様の背中に隠れてたらしいシリスが肩の上からちょこっと顔を出す。
 ジャキンとM4アサルト・カービンを向けてやったらキャッて引っ込んだ。
「魔法が使えないない黒魔女~、誰も雇ってくれないぞ~感謝しろ~謝れ~」
 (ぐっ、人の弱みを影に隠れてつらつらと)
「文句があるなら、隠れてないで表に出やがれ!」
「私はか弱い妖精です。怖い~おばあちゃんが虐めるの~」
 どんなに可愛いらしい声で話しても腹がたつのに変わりはない。
「役立たず~、のろま~、勉強しろ~」
 両手をメガホンのようにしつつ大声で私をののしる妖精を仕留めるべく、ゴンザレスの後ろに回ったらM4をスチャッと向ける。
「えっ、なに? ご主人様ー」
 ダダダダダ、あと少しだったのにやつが庇いに入ってきやがった。
「弱い物虐めをしてはいかんぞ」だって。
 どうしてやろうかと殺気の籠もった視線をぶつけてたら、
「クロックマスターの件は善処しよう。取り敢えず自分のミスを返上したまえ」
 と言い残して奴はうえに戻る。
 魔力のない魔女はどうやって仕事をしているか? とみんなはきっと聞きたいはず。
 1に努力、2に努力、3も努力、そして経営陣は私のけなげな努力を踏みにじる。
 (不満だらけだがしゃーねー) 職人である私は仕事をきっちりやり遂げるべく、調子こいた依頼主に一生涯ほれ薬を買わせてやることにした。
 ピンク色の液体が入っているガラス瓶をポケットにいれたら、70階にある事務所の奥へいき、壁一面を使って設置されているガラス板から依頼主の所へと向かう。
 これは魔法の鏡で味も素っ気もないが素晴らしい一品、過去の術者はさぞ優秀だった事だろう。使い方はシンプルで依頼主へ黒いシールを送るだけ。向こうが近くにある鏡にそれを貼ると事務所と繋がるようになり、私達が対になった鍵を差し込んで捻れば目的地へと道が開く様にしかけだ。
 事務所の連中から鍵を借りて使うと接続先らしい部屋が鏡に映しだされ、私は帽子から懐中電灯を取り出すと鏡の中へ足を踏み入れていく。
 (結構狭いなこれ) 取引に使っていたのは風呂場の鏡らしい。通りにくいのでつばの広い帽子と網籠を先に押し込み、続いてスリムな私が中に入る。胸がつかえないか気掛かりだったがなんとか通れた。
 (大丈夫かここ?) ぱっと見てすぐ嫌な予感が脳裏をはしる。照明が落ちて暗いが夜目は利くのでよく確認すると、内装はプラスチック製の狭いバストイレ。風呂場から出る前に開きっ放しで事務所が見えている鏡へ鍵をさしこんだら施錠をする、これでただのガラス板へと戻るのだ。
 廊下へでてみた、ここはアメリカにあるどっかの家らしく右に玄関があり、左には部屋へと続く扉が一つだけある。(金の匂いが全くしない) 開けて入ると隅にあるゴミ箱からはバーガーの包み紙があふれ出し、その横でパソコンデスクに座っているデブは画面を見ながら何かぶつぶつ言っていた。
「なんでこんなのがレイミーちゃんと……、僕の方が相応しいのに……」
 カタカタとキーを叩いている。きっと掲示板でも見ているのだろう。
 ぶっとい手足と段腹、脂ぎった髪にたるんだ顔、あんな奴には近づきたくない。
 私はすこし離れた所から
「あの~、ミラクルスパイラルから参りましたライアードで御座います」
 ってやさしーく丁寧に声をかける。
「くそ~幸せそうな顔しやがってー。隣に立ってる奴は財産目当ての碌でなしだって気付けよ、レイミーちゃんは人が良すぎるから騙されてるんだ。僕の方が、僕の方が……」
 (画面ばっかみてないで人の話を聞けぇ)
「てめぇ、コホン。すみませ~んレック=トムソン様、依頼の品をお持ちしたのですが」
「なんだよ、うるさいなぁ」
 振り向いたら悪霊でも見たかの様に、ガタガタっと立ち上がって窓際に張り付く。
 (驚くのはこっちだっての。ぶよぶよした顔なんか見たくない)
「お前は誰だ!」
 とあいつが喚くから気を遣いながら詳しく説明してやった。
「あー、あれか? どっから入ってきた?」
「風呂場の鏡からで御座います」
「ふーん、でももういらない。アイドルのレイミーちゃん結婚したし」
 (ふん、後ろの画面にいる媚びうる視線の色ガキがそれか。男は単純だねぇ)
 こっからが思案のしどころだ、普通にやれば断るのは明白。
「情けないですねぇ、あなたの彼女に対する愛はその程度だったんですか? 彼女はきっと騙された悪い男のせいで泣いていますよ」
 とまず白いハンカチを取り出した私は、そっと涙を拭く演技をする。
「そんな事言われても、もうどうにもならないじゃないか。どーせ僕なんか……」
 暗い顔を下に向けると肩を落としながら椅子に座り込んだ。
 (くそー、どうしてバカ城主はこんなのと契約しやがった)
 不本意だが仕方がない。
 ポテチを喰って汚れたあれの手を、嫌々わたしの磨かれた両手で握り
「そんな事言わないで下さい。レイミーさんを助けられるのは貴男だけなんです」
 と美しい顔を近づけつつ潤んだ赤い瞳で言ってやる。(殆どの男はこれで落ちるのだ)
「そんな事いってもなぁ。僕もうどうすればいいのかわからなくて」
 (へっぽこの根性なしが)
 肩に手を回したら画面の方へあいつを向けなおす。
 それから側で耳打ちするように
「画面に映っている彼女の表情がなんとなく暗いように見えませんか? きっと強引に結婚させられた男から酷い目に遭っているんですよ。勇気を出して助けに行くべきです。さぁ貴男のてで彼女を悪魔から救い出してあげましょう」
 と背中を押してやった。(脂汗でベタベタしやがる)
 デブ男は暫くぶつぶつと無い知恵を絞っていたが、どうにか答えを出す。
「そうだねよく判ったよ。彼女が結婚していても関係ない、僕が彼女を一生幸せにしてあげるんだ」 (キメェんだよ、その顔を私に向けるな)
「ではお買い上げと言う事でよろしいですか?」
「本当に効果があるの?」
「もちろんです。この薬に体毛と精液を混ぜ、彼女に飲ませるだけであーら不思議。彼女は貴男の虜になって一生涯尽くしてくれる事でしょう」
「わかった買うよ」
 にこやかな笑顔で30万$の小切手と小瓶を交換した私は
「頑張って下さいね、影ながら応援しています」
 と心にもない応援を送ってから黄金城へと帰る。
 鏡から向こうへ出たらまだ事務所は開いてないので、小切手をシリスに預けてから自室に戻る。戻ったらバスタブに水を張ってファイヤードに下から沸かさせ、粉石鹸を放り込んでモコモコにし、仕切りカーテンをひいたら服脱いで、頭の天辺から足の指先までしっかり磨いていった。
 風呂からあがれば今度こそ寝る、お休み~ってベットがねぇーーーー。
 (あーくそ、腹が立つ)
 どうにもならないから焼け残ったベットをダストシュートで海底にほかし、放射能が怖いからバッテリー式の掃除機と高圧洗浄機をつかって徹底的に掃除をし、絨毯をかき集めるとその上にタオルを引いてシーツを被り寝ることにした。
 自業自得とは言えまた1つ恨みが積み重なる。

 起きて確認した海中時計だと8時、たぶん夜。帰ってきて寝たのが朝の9時でかなり寝た計算になるはず。やる気無いので依頼の確認はせず飯喰って寝た。
 
 翌日おきたら5時だった、たぶん朝。太陽がとても偉大だと思う。
 ランプをともし顔を洗ってご飯を作る。今日のメインはウサギのロースト、例によって檻から取りだし「キーキー」 うるさいのをバッサリ。
 食べ終えたら歯を磨いて依頼書の確認を、といきたいがまずやる事がある。
 近づきたくない場所だが嬉しくもある場所へ向かうとしよう。
 ウンディーネに頼んで70階へ。
 ここには小型発電機が備え付けてあるので電気製品が一杯ある。6mと高い天上を生かしてここは2段に分かれており、泉を中心にして上半分には城主が住み、1階部分が事務所になっているのだ。
 ここはバカ城主とお客様のために、床一面にペルシャ絨毯が敷き詰められている、とてもむかつく場所。商売にはインパクトが大事だと、事務所のカウンターや周囲の柱は大理石で作られ、そこで使われる備品はすべて純金の工芸品。この階の一角に儲けられた応接スペースは贅沢品が山盛りで、腹がたつったらありゃしない。
 (先祖伝来の物とはいえ納得はいかず、金がないならこれらを売り払えといつも思う)
 立派なカウンター内には美人が3人。
 彼女らの平均年齢は359歳、不死薬目当てに頑張っているそうだ。全員整形が入りまくっていて高校生にも負けないアニメ系の美少女。身につけている桃色と白を基調にしたメイド服は、胸元の深いV字ラインと開いた背中に、膝上20㎝の超ミニフレアスカートと、色気を全面に出して少しでも売り上げに貢献しようとしている。
 私も同じような若作りとはいえこれは恥ずかしすぎて真似できない。
 一番奥で黒縁めがねをかけパソコン画面を前に、うんうん唸りながらキーボードを叩いているのが金庫番、経理と資材調達を担当しているシルヴィ=マーガレット。褐色系の肌に癖毛の赤いロングヘヤー、尻尾と頭上にある尖った耳は茶色で、鉄のように硬い爪が特徴的なワーキャットだ。
 彼女が難しい顔をしていると私達の生活はいつまでたっても苦しいまま。
 その隣で固定電話とパソコンを弄っているのが広報担当と接待役。ある日突然サイキッカーとして覚醒したために、人間の生活圏から追いやられて先代に拾われた、茶髪でボーイッシュな髪型の日本人、葛井 刃霊弾(バレツタ)。
 裏社会の住人らしく多重人格で底意地が悪いと内部では有名で、性格は私に似てるとよく言われるが、私の方が美人で優しい。
 彼女らの後ろで壁にもたれながら固定電話でペラペラ話しているのが、情報収集および力による債権回収とトラブル解決を行う、ラシェル=ガーネット。私とおなじ魔神族で特徴的なルビーアイに、紫の長髪と白肌のモデル体型をした女だ。
 切れ者であり5カ国語に加えて魔法も使え、横に立てかけた緑水晶が付いているミスリル銀製の杖を一振りすれば戦車だって吹っ飛ばす。
「あー大変! これ使えないー」
 笑顔で受付に寄ろうとしたら突然、小切手を片手にパソコンで確認をしていたシルヴィが声を上げた。
 私はこないだの報酬を貰いに来たのだが、なにやらトラブル発生のようである。
「なんだ?」 「どうしたの」 と奥へ2人も集まった。
「また筋肉か?」
「人が良すぎて困ってしまいますわね」
「そう言うのを馬鹿って言うんです。あれほど小切手はやめてって頼んだのに」
 (なんか立て込んでいそうだな、出直すとしよう)
「先日取り立てをしたのは、確かライアードさんじゃありませんか?」
「あっ、その通りです」
 泉の方へと足早にすすでいたら、
「ライアードさん、ちょっとこちらに来て下さる?」 って呼び止められた。
 仕方なく事務所の方へ戻っていくとすました顔のラシェルが
「今から強制回収に行きます。貴女も一緒にきなさい」
 とカウンター越しに言う。
 嫌だとは言えない、彼女に表情がないときは怒りを抑えている証である。それにただでさえ苦しいここの経営、不渡りなんて出したら私の命が危ないのだ。
 (激務の次は取り立てかよ、やってられねぇ)
 彼女が手に持った鍵の束より一つを取り出してガラス板に突っ込むと、鏡に向こう側にあるバストイレが浮かび上がる。
「さぁ行きますよ」
 ラシェルは踝ほどの水晶がついた銀の杖を右手にもち、左手にポンポンと水晶を叩きつけている。これは彼女が魔法を使って相手を吹っ飛ばしたい気持ちになった時の癖。なんだか後ろより脅迫されている感じのまま、私が先頭に立って鏡を通り抜けていく。

 廊下を進んであいつの狭い部屋に入り、その姿を探せば包帯を巻かれたぼろぼろの姿でベッドに横たわっていた。
 (何をしたか直ぐにわかる、あほだなぁほんと)
「あれですか依頼主は?」
 私の横に立ったラシェルは眠っているあれを杖で指ししめす。
「そうだが、これからどうする?」
「この嘘つきめ、さっさと起きなさい!」
 ガンッ、側へ寄った彼女は手加減せず堅い杖で殴りつけた。
 たたき起こされた彼は包帯の巻かれた頭を摩りながら起きると、「わぁっ」 とよほど慌てたのかベッドから転がり落ちてしまう。
「誰だお前達は! ってなんだライアードか」 (気安く呼ぶな)
 営業スマイルの私はあれがベッドに戻るのを手伝いながら、
「トーマス様、随分と酷い状態ですが一体なにがあったのですか?」 と気遣う。
「こんなのに営業スマイルはいりません。どうせレイミーちゃんの所から叩き出されたんでしょう」
「うんそうなんだ。実はね……」
 状況が認識できていないあれは色々話しだす。
 お菓子や飲み物はファンからのプレゼントと手渡しても受け取ってくれない。仕方がないから強引に飲ませようと豪邸に踏み込んだら、警報装置に引っかかって警備員に捕まりボコられてこうなった。
 (やっぱりな)
「そのような話はどうでもよいのです。代金として頂いた小切手は残高が足りておりませんけど、いつ残りを払って貰えるのでしょうか?」
 ラシェルは無表情でデブ男を見ているが例の癖を始める。
「えっと、足りない分はレイミーちゃんと結婚してから払うつもりだったんだ。騙してごめんなさい、いつか払うからもう少し待ってよ」 (終わったなあいつ)
「つまりお金はないんですね。何か足しになる物はありますか?」
 お客様は神様です、だからお客として金を払っている間は親切かつ丁寧に扱います。
 色々引きだしていくと、アパートに住む26歳で工場勤めの預金は僅か3万$。あとは軽自動車とパソコン位しかないって。
「お金が足りていないのにどうして依頼なんかしたんです?」
 って聞いてやれば
「申し込んだ後に来てくれたゴンザレスが、男は夢を追うべきだ頑張れって応援してくれたから、僕も頑張ってみようと思ったんだ」 とデブ男は答えた。
 (バカ城主の下にいる私はとても可哀想)
あ~また城主様の所為だとお互いに顔を併せて落胆し、男の方を向いた彼女が杖を一振り「フリーズ」 こう呪文を唱えれば、杖から吹雪が吹きだし体を氷で固めていく。
「なっ何をするんだ」
 こう話す驚いて恐怖に引きつった顔の彼に
「残念ですがトーマス様から依頼料を回収できる見込みがありませんので、体で支払って貰います。覚悟を決めなさい」
 と冷たく言い放つ魔法使い。
「だからそれは時間かけて返すって……」
 体温が下がり顔が紫色になってきた
「私達には返済を待ち続けられる余裕はありませんの。諦めて下さい」
 直後に「うわぁー」 っと断末魔を上げたらカッチカチの氷漬けになる。
「これからどうするんだ?」
 隣にいる魔女に聞いてみると、
「これを持って帰りましたら、いつも通りに業者を呼んで売り払います」 と言う。
 さすが冷血の回収屋、血も涙もない。
 手伝ってと言わたから私は大人しく従った。
 氷の固まりは風呂場の鏡を通れないので、事務所から折りたたみ式の大鏡を運び入れてセットしたら、担架であいつを黄金城に運んでいく。

 中へ入ったら
「まだ生きていますし早いほど高く売れるはずです。後は任せましたよ」
 と小さく微笑んで別の仕事に向かおうとするラシェルに
「私の仕事じゃない」 と文句を言えば
「責任を取りなさい」 って反論される。(あー嫌だ嫌だ)
 葛井に解体業者へ連絡を入れさせれば直ぐに魔法の鏡から男がやってきた。
「毎度どうも~人身販売ネットワーク愛の巣(ラブウェブ)っす」
 フード付きの黒いローブを身に纏い、首に黄金の十字架ペンダントをぶら下げている小柄な男は、リヤカーに複数のクーラーボックスや機械を積んで、ガラガラと引きながらやってくる。
「商品はどこにあるんすか?」
「床に転がしてありますよザックさん」
 シルヴィが話しかけた見かけに反して明るい性格の彼はよく使う取引相手で、大人でも130㎝台の細身に深緑のザラザラした肌と尖った耳鼻を持っている。言われて横に転がっているトーマスに気付いた彼はしげしげと眺めだす。
「こいつはまだ生きているんすか?」
「そのはずです」
「成る程、成る程。ではさっさとやっちまいやしょう」 
「エルフィンヌさんが手伝ってくれますから、高く買って下さいね」
 シルヴィがこんなことを言うので嫌だと態度で示したら
「そうしないと材料費が出ません。赤字になってもいいんですか?」 って脅された。 
 
 心に爆弾を抱えながらトーマスを乗せたリヤカーを引いて67階にやってきた。入る部屋は血で汚れてもいいように錬金術でつかう右側を選択、開けた場所に氷の固まりを置いたら周りに薪を並べて火をつけ、焼きすぎに注意しながら彼を解凍をする。
 私達はその間にここで緑色をした手術衣に着替え、男が目を覚ましたら暴れられないように革ベルトで鉄の作業台に拘束し、苦しませないように隣から持ってきた睡眠薬を口へ押し込んで寝かせる。
「で、なにから始める?」
「姉さんは若作りなのに、相変わらず平気そうでやんすね?」
「私は黒魔女だぞ、正義や友情なんか反吐が出る」
 深紅の目で下にいる男を睨めば、おっかない、おかっない、と彼は戯けてみせた。
 解体前にまず掃除から。
 裸にしたら女の私に手伝わせつつスポンジと石鹸でトーマスの丸洗をし、続いて不衛生らしいこの部屋をデッキブラシと洗剤を使いながら2人で磨く。これが終わったら、消毒薬らしい白い粉を部屋にまき散らして、空気を殺菌するためにスプレー間から黄色いガスを噴射させて部屋に充満させる。むろん換気はさせない。
 (これらは私に無害らしい。ほんとかよ)
 次。
 彼は床に置いたリュックからは採血セットを取り出し、首筋と手首の動脈に採決針を刺すと血を抜いて分厚いビニール袋に貯め始めた。献血ようとして病院に売るとカラになるまで続けるそうだ。
 私達は血抜き作業と並行しながら人間を解体していくことになる。人を捌くには時間が掛かり、殺してしまうと鮮度が落ちるから手早く片付けなければならない。
「では目玉からいきやしょう」
 ばらすのは私から。彼の道具箱から手術用のメスを借りると、目の辺りを切り裂きながら丸い玉を引きだして神経と血管をちょん。クラーボックスから取り出した液体の防腐剤で満たされている瓶に入れて厳重に蓋をする。
「なかなか良い腕でやんす」
「うるさい、さっさと終わらせるぞ」
「へいへい」
 心臓は出来るだけ後にして次は腎臓、ぶよぶよとして脂ぎった肉はかなり分厚い。ピンポイントで小さく穴を開けて2つ抜いたら止血する。
「次は?」
「えーっとでは肝臓を」
 体が大きくても内臓は普通の人と変わらずこれを終えたら、副腎、脾臓、膵臓、肝臓、胆嚢、胃、膀胱、肺、小腸、大腸と次々に抜いていく。
「胃や大腸と小腸にある中身は捨てるでやんす」
「放棄放棄と」
 絞り出した臭うのを厳重に袋詰めにしてポリバケツに入れた。後で海底に投棄する。
「では一番高価な心臓へ」
 生きた人間のこれはとても貴重であり、世界中で移植を待つ人がいるから特別扱いにするらしい。
 体の真ん中を切り裂いて取り出そうとしたら
「痛ませねぇように血を循環させる装置へ繋ぎやすから、自分がやるでやんす」
 と言って止められる。
 彼は慎重に取り出したそれを金属トレーに置くと、用意してあった小型の人工心肺装置に繋いで専用のガラス容器へしまい込んだ。
「これで終わりか?」
「いや、まだでやんす」
 次は肉。世の中には変わった趣味の奴がいるものだ。
 足、腕、腹、背中、頭、牛や豚を捌くように部位毎に分けながら切り出していく。なんか脳も珍味で食べるらしいが、絶対病気になりそう。
「いや~お姉さんが手伝ってくれるから短時間でやれやしたよ。どうです、あっしらと一緒に働きやせんか? ここは薄給なんでやんしょう?」
「ミラクルスパイラルが倒産したら考るよ」
 軽口を叩く余裕が来たのは解体を始めてから30分後、残ったのは肉のこびりついた全身骨格と髪の毛。こうなっては哀れとしか言いようがない。
「骨は魔術に使えるでやんすがお姉さん達はどうしやす? いらないならこっちが引き取って金に換えちまいやすが」
 もったいない精神で全部使いきると。(うーん……)
「ちょっと待ってろ上で聞いてくる」
「了解しやした。金勘定をしやすからシルヴィさんを呼んできて欲しいでやんす」
「わかった」
 このままで行くのはまずいから私室で着替えたら上に登る。暫くして戻ってくると、彼は瓶詰めの内臓をじっと見ながら電卓で計算をしていた。
 お疲れらしいシルヴィと並んで彼に近づき、
「骨も全部引き取って下さい。それで幾らになりますか?」
 と彼女が聞いたら
「血液型はB、ざっと見た限りは特に病気や損傷もなさそうでやんす。細かい所は帰ってからの精密検査次第になりやすが、概ね23万$になりやす」 とザックは答えた。
 (あーあ、これでこの件に関する私の報酬がパーだ)
「なんとか材料費だけは回収できたので一安心です。ではそれでお願いします」
「了解でやんす。ありがとうございやした~」
 沢山の瓶や肉の固まり等をクーラーボックスにしまい込んだ解体業者は、リヤカーを引きながら部屋から出ていく。
「じゃあ私もこれで」
 そう言いながら立ち去ろうとするシルヴィに
「後片付けぐらい手伝ってくれても良いんじゃない?」 と協力を要請すれば
「私は忙しいんです、そんな暇なんかありません」 と無下にされた。
 ゴミを下水から海へ、デッキブラシと特殊洗剤で飛び散った血と肉片を洗いながす。
 頑張って調合しとり立てから解体に掃除までやらされ報酬はゼロ。
 こうしてまた一つ私の恨みは積み上がるのだった。
 一仕事を終えて報酬を貰いにいったら全部でたったの4万$。
 まぁ無いよりましではあるが販売価格はそれぞれ概ね、コロリンX1瓶が25万$、一日だけ記憶喪失薬+秘密ペラぺーラが45万$。絶対ほれ薬は24万$、確実毛生え薬が6万$。全部で100万$以上の売り上げがあり、原価抜いても50万$は儲けたはずだが10分の1さえくれない超ドケチぶり。
 ここの経営陣がいかに浪費しているかよくわかると思う。(稼いでも稼いでも……)
 取り敢えず事務所の電話を借りてよく利用する店に高級ベットを注文し、今すぐ欲しいと簡易の折りたたみ式を取りに行く。はいこれで3万$。
 残りの金で鉄の檻にいる動物への各種餌、新鮮な食材、浪費した弾薬、化粧品、絨毯、を買いに回れば足が出てしまった。(割が合わないにもほどがある)
 今日の晩ご飯はクロコダイルの香草詰め丸焼き、デザートはミートパイ。革は綺麗になめして小金に換える。
 じゃそう言う事で、私は恨みを抱えながら寝た。

 朝起きたら下着のうえから魔女セットを着てスッポンを捌く。日本酒、鰹出汁、昆布等を加えて煮ながら丹念に灰汁を取るとこれがまた絶妙に旨い。物足りないから昨日のクロコも鍋に入れた。
 では依頼書の確認を。
『米国大統領車に使う防弾装甲 ムテーキP 1t 2日』 (私のだがぶっ殺す)
『脅迫用の背後霊 3匹 5日』 (むしむし)
『絶対不倫薬 1瓶 3日』 (在庫があったな)
『高飛車メイドロボ シランプリン 1体 1ヶ月』 (私はなにも見なかったと)
 朝10時、部屋の外にでて頭上にある水溜まりを眺めていると、石畳に乗った木偶人形と妖精が降りてくる。西洋の騎士みたくプレートアーマーを装備している妖精は、右にフラ~左にフラ~とふらつきながら私の方へ飛んきた。
「シリス、なんでそんなに重そうな格好をしているの?」
「残忍で凶悪なおばあちゃんが私を殺そうとするんだもん。仕方ないじゃない」
 成るほど涙ぐましい努力である。
 では遠慮無く、ポケットから9㎜拳銃を取りだし狙いやすいあれに向けてバーン。
「ギャッ」 と短い悲鳴が聞こえたらポテンと床に落ちた。
 まぁ弾も抜けてないしそのうち起きるだろう。
 妖精をほったらかしにしたまま絶対不倫薬の小瓶を下から持ってきた私は、人形が背負っている網かごにシリスと薬を入れて上に帰す。
 これで今日の仕事は終了。

 え~では余った時間で自分の復讐を、生け贄を揃えて攻撃用の精霊召還を行うことにしよう。(昨日の件といい、もー限界だ)
 精霊とは万物の生命力を寄せ集めた結晶みたいな物で、大地の力、水の力と色んな所より力を引きだす際に魔力が必要なのだ。私は現在とある理由で使えないから誰かを犠牲にしなければならない。
 人は自然の一部で私らにとってはただの材料、人間が動物実験をするのと同じ。
 68階にある泉に石畳を呼びだしたら椅子に座って安全ヘルメットを被り、準備が整ったら指示を出す。
「10階へ」 (これが怖い)
 ぱっと足下の水が消えヒューーーと風を切りながら落ちていく。体を動かしてバランスを崩すと危険だからそのまま成り行きに任せるしかなく、目標付近で水柱が昇ってくると落下が遅くなり静かに着水をする。
 地図とコンパスを頼りに東西南北を決定したら迷宮にはいり、懐中電灯を片手に作りの荒い通路を右に左にと進んで30分、目的地へと私はやってきた。目の前には鉄扉が3つ並んでいて右から冷凍拘束室、拷問室、牢屋とあり、今回は冷凍拘束室にはいる。
 入った先はエアコンの冷房でヒンヤリと肌寒い部屋。石壁の内側には鉄で組まれた沢山の棚があってそれぞれに透明なクリスタルケースが納められている。
「また生け贄を探しにきおったな。おぬしが実験すると一度に大量消費されて困るわい」
 読んでいる小説から目を離して話しかけてきたのは、休憩スペースで木製の揺り椅子に座っているゴブリンのバラックだ。腰の曲がった年寄りには寒さが応えると、使い捨てカイロを懐に忍ばせホッキョク熊の毛皮で作ったコートを羽織り、側には使い魔である木偶人形3号と杖があって、大型テレビや蓄音機なんかも置いてある。
「その分働いてやってるだろうが」
「ホムンクルスは高いんじゃ、ギルドの経営状態は知っておるじゃろうが」
 よっこらせと椅子から立ったバラックが杖をつきつつ、リヤカーを引いた木偶人形と並んで歩き始めると、私もその後ろについて行く。
「そんなに金がないなら人間でも浚ってくれば? 70億もいるんだし100や200どうってことないだろ」
 私が後ろから声をかけたら彼は立ち止まって振り返り
「お前さんがやってくれるのか?」 と期待するように顔をニッと歪めてみせる。
「それは無理だな、サツや正義を気取るうざい奴らとは関わりたくない」
「自分はやらないのに儂にはやれと言う。この極悪人め」
 前にむき直した彼に併せるように移動を再開すると棚の前までやってきた。
「幾つほしい? 必要なのは子供か? それとも成人か?」
「生きがよければ年齢はどうでもいい。10個くれ」
「子供より成人の方がいいんじゃろうが、いつも高い方ばかりを使いおってからに。3号これとこれ、それから……」
 私を見上げながら話すバラックに答えると、彼はゴーレムに命じて液体窒素で満たされているクリスタル製の棺を、リヤカーの上に積み上げさせていく。1箱、また1箱と全裸の男女が入っている箱が台の上に乗せられていき、数が揃ったらこの部屋の一角にある魔方陣が書かれているスペースへと移動する。
 冷凍保存されているホムンクルスを使用するには少々手間がかかるのだ。
 まず棺のふたを開けたら2人と1機で協力しあいつつ床に並べていって、見た目が恥ずかしいあれらに囚人用の麻で作ったワンピースを着せる。
 続いてエアコンの設定温度を上げながら石油ストーブに火をつけてホモムンクルスを自然解凍し、ほどよく暖まってきたら完全に溶けきる前に付属されている血液セットと機械を使って、ホムンクルスの体内にある不凍液と血液を入れ替える。
 幾らか時間がたってこれらの心臓が動き始めたら第1段階は完了。薬の効果を確かめるだけならこれでいいが今回は自我の覚醒もさせなければならない。
 あれらに青色の魔法石がついたミスリル製のサークレットを装着し、呪いによって強制睡眠状態になっているのを解呪するために、平らな床にある羊の血で書かれた円形魔方陣へホムンクルス達を並べて寝かせたら、バラックに呪文を唱えさせる。
「ゴラヴァラ~エンバダガ~マルキトレ~。ゴラヴァラ~ゞ」
 バラックが呪文を唱えながら右手を魔方陣にかざして魔力を注ぐと、魔方陣から発した赤い光にホムンクルス達が包まれて、暫く続けたら意識が戻ってくる。これらの目がめてもサークレットの呪いで、夢遊病状態になっているから勝手に動き回ることはない。
「今ある分を使い切ったら終わりじゃ。補充するための予算はもうないぞい」
 足下でぶつぶつ言うバラックの愚痴をあえて無視した私は、ホムンクルス達へ指さしながら命じて動かし部屋から出ていく。
 これらを目的地に連れて行くのには骨が折れるのだ。1人の時でさえ鬱になる黄金城の内部構造が原因で、角が来る度に「右に曲がれ」 「左に曲がれ」 各×10、壁に当たりそうになれば「止まれ」×10、道を間違えようものなら混乱して嫌になる。
 やっとの思いで中央にある水力式昇降機に乗っければ、吹き上がる水柱が『定員オーバー』という水文字を空中に作りだす。これは一度に3つしか運べないから何回も往復させられて、『使いすぎ』と文句を言ったウンディーネにまた黒豚を喰われてしまう。

 そんなこんなで私は37階の奥まった所にある部屋の前へとやってきた。
 前にあるのは魔法対策として複雑な呪文を書き込んである、戦車砲ですら傷1つ付かない超鋼鉄で作った長い壁。ここは私が秘密裏に作った場所であり、正解の道以外を進んでくると罠で酷い目に遭うようにしてある。
 (例え神様であろうとこの中へは絶対に入れない)
 入り口は隠し扉で、ある地点から私の歩幅で10歩すすんだ所にある壁に、指先を少し切って血を滲ませながら掌をおし当てると、壁の一部がせり上がる。ここから先は企業秘密といきたいが、それでは面白くないので特別に見せてやろう。
 ホムンクルス達を誘導して入った中は上下左右をすべて超鋼鉄で覆った大広間。精霊召喚をする前に道具を揃える必要があるので、あれらを壁際に並べたら広間の一番奥へ行ってさっきと同じように隠し扉を開く。
 扉を開いたら髑髏がひっついた壁が現れて、開いた口に手を突っ込みながらダイヤルをカチッと音がするまで右に2回、左に3回まわし、終わりにこれを掴んだら手前に引いて2番目のとびらを開く。手順を一度でも間違えると口が閉じて腕を落とされるから、慣れている私でも緊張させられてしまう。
 壁が下がると超鋼鉄で覆われた小部屋が現れる。その内側にある階段状になったクリスタルの棚には常時魔力が流れていて、オリハルコンの杯に入れられたガラス玉の様に見える『虹の卵』 と呼ばれる魔法石を成長させ続けている。
 杯は複数あってそれぞれ大きさも違い、ウズラ~ダチョウサイズ以上まであるが今回は鶏サイズの卵を使用するので、それをポケットに入れたら外にでてしっかり施錠する。
 続いて予め用意しておいた上蓋のないドラム缶を、横向きにゴロゴロと押して動かし大広間の中央で立たせたら、そこへタンクからホースで石油をなみなみと注ぐ。これが終わったらトンガリ帽子に手を突っ込んで、魔法書、羊に私の血を混ぜて作った塗料の入っている大瓶、絵筆に刷毛、大きなコンパスを取りだす。
 これらを使ってドラム缶の隣に直径1mの真円を描き、その中へ更に2重のを描いたら円に沿っていろんな呪文を書きこみ、中央へにじの卵を設置する。そしてホムンクルス達を魔方陣の側へ並ばせたら、帽子から取り出したミスリル銀の腕輪を装着し、これから伸びる金の糸をそれぞれの首に巻き付けて準備完了。
 (どいつもこいつもこき使いやがって、思い知らせてやる!)
 さぁいよい呼び出すぞ、過去の歴史において町1つを吹き飛ばしたとされる魔導士ヴェルカの炎を。この一撃で黄金城は私の物となり、優秀な私の経営により復活を遂げたミラクルスパイラルは歴史に名を刻む最強のギルドになるのだ。
 ポケットから取り出したマッチに火を点けて、ドラム缶の中へ投げ込むとゴウゴウと大きな炎が昇りだす。
 私はそれを見ながら右手をあげて、「魔力を我にヴァインクル」と唱えた。するとホムンクルスから金の糸、そこから私へと透明な炎が伝わりながら集まってくる。魔力が尽きる前に完成させる必要があるから、急いで召喚呪文の詠唱を行わなければならない。
「ファラオンガディラッセ……」
 呪文を唱えながら右手を下げて魔力を注いでいくと、反応した魔方陣が放つ光により部屋全体が赤く染まる。
「ガーレンバラーバマガラスター……」
 並んだあれらの中から1つバタッと床に倒れたけど気にとめない。詠唱が進めば段々光が強くなり、呪文の影響を受けた虹の卵が七色に光りだして宙に浮くと、ドラム缶から天井まで達した炎が一直線に卵の方へと吸い込まれていく。(その調子その調子)
「ドガチャレバタラマガロン……」
 私が吸い上げるのに合わせてバタバタと3つ倒れた、呼び出すまで後少し。
「アレッサフィガット、いでよヴェルカフレイム!」
 呪文を唱え終えると卵の輝きが強くなり、そのまま少し待つとヒビが入った所からボロボロと崩れはじめ、目も眩む様な閃光とともに破裂すると火の玉があらわれる。目測で幅3mに高さ2m、触れるだけで人間が消し炭になるこれは憎しみを抱いた相手に叩きつける切り札の一つで、その破壊力の高さはよく知っている。
「……」
 生まれたての精霊は何も知らないので、誰かに命じられなければフワフワとそこへ浮かんでいるだけだ。私が四角錐のライフクリスタルを帽子から取りだして、掲げつつ「ザリース」と短く唱ればヴェルカフレイムはその中へと吸い込まれる。
 それをポケットに潜ませた私は片付けを後にすると、(早くぶつけてスッキリしたい)と逸る気持ち抑えながら、70階へと駆け足で向かった。

 70階の上段にある城主様の部屋へ。ノックしても反応がないから下にある事務に行ったら、なぜか女共が攻撃的な気を向きてきて、気にせずアホの居場所を聞くと金の椅子に座っていた葛井が仏頂面で
「筋肉ならもう営業に行ったぞ。怠けている誰かと違ってな」 と教えてくれた。
 (営業? 外遊の間違いだろ) カチンと来たがここは我慢。
「そうですか、いつ頃お帰りになるのでしょうか?」
 と聞いてみれば
「エルフィンヌさんなんか怪しいですね」
 と隣でパソコンと睨み合っていたシルヴィが顔を向けて言う。
「そんな事ありませんわ、私はいつも通りです。出直してきますわね」
 感づかれてはいけないと引きつり始めた笑顔を抑えながら階段へ。
「待ちなさい! あなたが丁寧語や尊敬語を使うときには必ず裏があります。何を考えているのですか? 素直に吐けば命までは取りませんよ」
 背を向けて歩いていれば背後からラシェルが絡んでくる。
「私はとても忙しいですから失礼させて頂きます」
 66階まで行けば安全だからそのまま泉へ急ぐと
「待ちなさいと言いました!」
 とラシェルに肩を掴まれて後ろに引っ張られる。
「乱暴はやめてください。私は何も隠してなんかいませんわ」
「怪しいですねその顔。長い付き合いですから、あなたの悪事など全てお見通しです」
 (振り返りざまに見せてやった、私のビーナス級笑顔を疑うなどこいつは鬼か?)
「もうしつこい人ですね、私の一体どこが怪しいというのです。何か証拠でもあるのでしょうか?」 と気分は悪いが丁寧に応対をする。(今こいつと争ってはいけない)
「証拠はありません。ですが私の感が今のあなたは危険だと告げています。ちょっとこちらへいらっしゃい」
「いやです」
 即断ったら魔法の杖を持って例の癖をやり始め
「素直に従った方が身のためだと思いますよ。力業で連れて行っても良いのですが、どうなさいますか?」
 このやろーは涼しい顔して脅迫しやがる。(暴れてもいいが不意打ちでないとあいつを倒せる確率が減る。いっそ目障りな3人を先に殺るか? うーむ……しかしこいつ等の能力は私の城に必要だし……何とかして逃げ切ろう)
「何をそんなに疑われているのか知りませんけど、それであなたの気が済むというのなら従いましょう」
「こっちです」
 付いてこいと言うから応接スペースへ行く。
 私の所にはないご禁制の虎革が敷かれた金色の高級ソファー、純銀テーブル、象牙をそれぞれ1本丸ごと使ったヴィーナスとアテナ像、灰皿は鼈甲細工、とここにある物は視界に入るだけで恨みを倍増させてくれる。
 私がソファに座るとバカ城主と一緒になって仕事を押しつける、碌でなし3人娘が私の前に並んで座った。(こいつらなんかタダ働きで十分だっての、ムカツクムカツク)
「エルフィンさん、私の顔に何か付いていますか?」
 悶々としてたらいつの間にかラシェルの顔をじっと見つめていたらしい。
「いえ、そんな事はありませんわ。私としたことがごめんなさいね」
「取り敢えずその気色わるい言葉遣いを元に戻せ。聞くだけで胸くそが悪くなる」
 胸に手を当てたら葛井はおえーっと吐く真似をした。
「てめぇぶっ殺すぞ!」
「やれるもんなら殺ってみやがれ」
 私は立ち上がるとポケットから9㎜のオートマを、応じた葛井はスカートの内側から44口径のリボルバーを取り出して、それぞれの額に向けあう。
「やめなさい! 怒りますよ」
 凍った血をもつ魔女に睨まれて大人しく銃を納めて座り直する私達。
 (あー糞腹のたつ。恨みプラス1)
「で、今回は何をするつもりなんです? 無駄なことやってないでさっさと仕事に戻って欲しいですけど」
 ハァと溜息を吐いたら座った目と尖らせた口でシルヴィが話しだす。
「毎回毎回、安い報酬でこき使うな、私の研究は? 休日はないの? ってそればっかりですね。自分の遅さを棚に上げてよくもまぁ何回も何回も反乱を起こせますね。私達だって薄給で我慢しているんです。不老不死の薬は高いし我慢して我慢して……もう、エルフィンヌはわがまま言い過ぎ」
「だったらバカ城主を何とかしろよ。お前らの仕事だろうが!」
「出来るんだったらとっくにやってます!」
 怒鳴りつけたらシルヴィは怒声と共に、ドゴンと金属のテーブルを拳で殴りつけて少しへこませた。
「ギルド長なのに。友情だの、正義だの、愛だのと綺麗事に拘っていつもいつも不利な条件で仕事を引き受けてくるんです。人を疑えないから直ぐにころっと騙されて、それを修正するために私達がどれだけ心血を注いでいると……」
「てめぇら経営陣の都合など知るか! とにかく、私に怪しい所はない。帰るぞ」
 立ち上がって階段へ向かおうとしたら、応接間に肌を突き刺すような冷気が漂い始めたので振り返ると、凶悪魔女が私に魔法を使おうと準備体勢に入っていた。
「やる気か、ふざけんな!」
 って文句を言ってやると
「まだ話は終わっていませんよ。さぁ座りなさい」
 と冷たい顔で脅迫してくる。
「わかった、わかったからやめろ」
 感情は爆発寸前だが押さえ込みながら私は従ってやる。(あーもう貧乏が悪い、アホなギルド長が悪い、それを修正できない3人組が悪い。怒りだ、憎しみだ、50年掛かりで頭が活火山になっている)
「もっと沢山の仕事を手早くこなして下さい。でないとご飯が食べられなくなります」
 真剣みを帯びたうちの金庫番がこう言うんだから、とてつもなく酷いのだろう。
 (今更だけどな、くそー)
「わかった、わかった仕事してやるから帰るぞ」
 両手を挙げて女共を宥めつつ腰を上げかけた3回目
「待ちなさい! 本題がまだです、私は騙されませんよ」
 ってラシェルがまだ絡んで来やがる。(あーもうしつこい)
「本題って何かしら?」 と座ってからあいつの真似をし、すまし顔で聞いてやる。
「あなたの企みについてです」
「何のこと? 私は何も知らないわよ」
 じーーーーーー。とぼけると3人の視線が集まってくる。
「あなた達ちょっとこっちへ来てくれる。エルフィンヌはそこから動かないで」
 暫く私を睨んでいた魔女が立つと残りを引き連れて行き、離れた所で輪になると話し合いを始めた。(今がチャンス! どうしよう、殺っちゃおうかな……)
                 ※
 ヒソヒソヒソ……。
「エルフィンヌの態度どう思われます?」 
「毎回ですけど今回は特に抵抗しますね。報酬絞りすぎたかも」
「かなりやばい本気で勝つつもりでいるぞ」
「みたいですね。拘束して洗脳した方がいいかしら?」
「筋肉はそういうのを一番嫌うはずだ」
「ほんっとうにうっしい魔女ね。何も考えず仕事だけをしてれば良いのに」
「とにかくです。なんとかして彼女の狙いを聞き出す必要があります」
「あっ、こういう手はどうですか? えっとですね……」
「そんな簡単な手に引っかかるたまか?」
「ダメ元です。2人も合わせて下さい」
「わかった」
「わかりました」
                  ※
 どうやら結論が出たらしい。私の作られた笑顔が気味悪いと言っていた連中が、私の真似をしてこっちを見ている。(どんな手を考えつきやがった)
「なんだか小腹が空いてきました。そういえばおやつの時間はとっくに過ぎてますね」
 シルヴィが腹を摩りながらこう言うと
「本当だな、みんな何か喰おうぜ」
 と葛井が続いた。私にはこの時点で、アホ城主の下僕が企んでいる猿知恵がすべて読めてしまう。しかし私はあいつらを笑い者にしてやろうと気付かない振りをした。
「ああそういえば」
 ラシェルがいかにも今気が付きましたという風に、パンと両手を前で合わせたら
「王室御用達のロイヤルクッキーがありましたわ。みんなでお茶にしましょう」
 って笑顔を作りながら言う。(これが通ると思うとは、笑っちゃうねほんと)
「エルフィンヌさんも食べますよね?」
 普段は顰めっ面しかしないシルヴィによる、笑顔で優しすぎる言葉遣い。
 (気持ち悪いわ! オエーーーーー)
「どうしようかしら? 私は余りお腹が空いていませんの。すでに重い皆さんは体重が増えても気になさらないでしょうが、私はそう言うわけにいきませんし、困りましたわ」
「なんだと! 死、モガフガ」
 最高の笑顔で皮肉を言うと、キレた葛井の口をラシェルが後ろから塞ぐ。
 手を放した彼女は可愛らしい笑顔で
「そのように冷たい言い方をしなくても良いではありませんか。私たちは同じギルドで働いている従業員でしょう、偶には親睦を深めるべくおやつタイムに致しませんか?」
 とこう話す。(確かに一緒に働いている、仲が良いかどうかは別として)
「うーんそうですわねぇ。そこまで言われるならお付き合いさせて貰います」
 三角帽子を横に置き応接間にて待つこと10数分。石像のように張り詰めた笑い顔をしている葛井が、金の皿に盛られたクッキーと、金払いの言い客が来たときにしか出さない工芸品のティーセットを、お盆に載せて運んできた。
 (相当イライラしてるな、ざまみろ)
 彼女は手慣れた手つきで中央に皿を置くと、全員分のティカップをそれぞれの前に並べてからティポットより紅茶を注いでいく。
「葛井も早く座りなさいな」
 セットが終わってこうラシェルに急かされた接待役はその右隣へ腰を下ろす。
「いつまでそのような顔をしているのです。あなたはプロなのでしょう?」
「そうだ。いや、確かにそうですけど。私はその抑えきれないというか何というか……」 両側から肘で突かれると、彼女はティカップを掴みグイと一気に飲み干した。
 (一番危険そうだったが案外大丈夫そうだ)
「わぁおいしそう頂まーす」 (わざとらしい)
 金庫番は喜びを顔に出しながら、一口サイズの○形クッキーを口へ運んでいく。
 サクッ「うーん、おいしい。オレンジの酸味と甘さの加減が絶妙だわ」
「いつも端から見ているだけだったけど、こんなに美味しかったのね」
 彼女に続けと食べた葛井とラシェルは満面の笑みである。
 では私も一つ。□形を一枚掴んで口の方へ、サクッ。
 うん、確かに美味い。一度食べればそこらの安物など食べられなくなるだろう。
 口当たりが良くて噛んだ瞬間にイチゴの甘酸っぱい香りが口に広がる。甘さは必要最低限にしかし物足りないと言う事はなく、果物の風味を引き出せる最良のバランス。上品でしつこくなくこれなら何十枚でもいけそうだ。
 もう一枚と☆形を口に入れてみればメロン味、飽きが来ない様にしてあるとはさすがだと思う。でも私は嫌い。
「確かに美味しいけど私の口には合わないわね」
 素直に感想を言えばピリッと強い殺気が私にぶつけられた、前にいる3人の目が据わっいてる。(これはまずかったかな) シルヴィの目つきがマジで怖いからここは逆らわず謝っておくことにした。
「どうしてそんな事言うの?」
「こういう上品すぎる味って好みじゃないのよね。もっとこうガツンとクッキーだ、って味の方が私は好きなのよ」
「ふーん、安物の方が良いなんて野蛮人ね」
「まぁ私にはこういうのが似合わないって事よ」
「当然よ、似合って堪るもんですか」
 2枚、3枚とシルヴィは口に運んでいく。残りの2人もモクモクと続き、私はその様子を眺めながら紅茶へ手を伸ばし一気に呷って飲む、なんて危険なことはしない。そっと磨かれた右手で取っ手を持ち……とその前に
「砂糖とミルクはないのかしら?」
 とどこにもないので聞いてみる。直後に向けられた葛井の殺気が私には理解できずないので首を傾げた。
「エルフィンヌさん、紅茶には色々な味がありましてそれに応じて入れられる砂糖の量等は全て計算され尽くしておりますの。偶にお酒が欲しいという方に少々付け加えるぐらいで普通は必要とされませんのよ」
 ラシェルの説明に葛井がつけ加える。
「他は知りませんがここではお客様には極限まで手間暇を掛けさせません、それが私の仕事です。ごめんなさいね城主1人しつけられない愚かなメイドで」
 180度変わった態度と真摯な視線が痛い。(いつの間にか私が悪者扱いに……)
 取り敢えず両手を使ってティカップを持って一口目を飲んでみる。温度と抽出時間を計算し尽くした末に得られる豊かな香り、渋みなどの雑味は一切なく砂糖なぞなくともゴクゴク飲めそうなこれは、まさしく一級品である。
 (うーん、このままでは私の怒りをぶつけられなくなる。どうしたものか……)
「そうそうエルフィンヌさん、これ使ってみませんか?」
 静かに啜っていたら、葛井が胸の谷間より琥珀色の液体が入れられたガラス瓶を取り出してくる。(断りたい、間違いなく毒か自白剤だ)
「私この紅茶が気に入りました。これ以上何かを加えて味を変えたくはありませんからご遠慮させて頂きますわ」
「そのようなことを言わずに少しれてみて下さい、きっと満足できるはずですから。これはレヴァロン・アシュタロッテなのですよ、本当に必要ありませんか?」
 名前を聞くと体が勝手に反応して喉を鳴らさせる。
 人間は知らないだろうが、これは私達の間でしか出回らない特別なブランデーだ。
 魔法技術に現代技術の粋を集めて完成した究極の白ブドウと、名水で作られる基本酒がレヴァロン。それをベースに様々な年代物のブランデーを掛け合わせ、更に15年以上も寝かせて完成する、貴族でさえ滅多と手に入れられない物がアシュタロッテである。
 思わずティカップを持って差し出しそうになる右手を、(これは罠だ!) と気付いた左手が押しとどめてソーサの上に押し戻した。
「本当にいらないんですか? もったないない。じゃあ私から入れちゃいますね」
 偽りの自分を演じているメイドが、自分の前に置かれたティカップに少量入れるとさも旨そうにして飲んでいく。
「うーん美味しい。私の読み通りに組み合わせると香りが一層ひき立ちます」
 葛井が感想を述べると
「じゃ私も」とシルヴィ、「こちらにもお願いします」 ってラシェルも続いた。
「さすがアシュタロッテ、もう2度と味わえないんでしょうねぇ。あ~もったいない」
 入れて貰った怪力女はやらせ番組に出てくるサクラのように、ちらちら私と目を合わせながら誘いをかけてくる。
 (うーーこれは詐欺だ、騙そうとしているに決まってる)
「さぁさ、エルフィンヌさんも遠慮なさらずに」
 そして葛井の右手がまた伸びてくるから、ちょっと躊躇いながら両横の様子を覗って安全を確認して、私も入れて貰うことにする。
 フッ、彼女が注いでくれるのを見ながら私は目を擦った。いや、一瞬あいつが持っていた小瓶が消えた様に見えたのだが気の所為だったのだろうか? しかし注意深く確認すると彼女の手には、しっかりと握られたままなので勘違いなのだろうと思った。
「さぁどうぞ、美味しいですよ」
 胸元の開いた媚びる美少女メイドに進められたら男なんかイチコロ。私も疑う要素はもう無いだろうとティカップを口の方へと運ぼうとしたが、(やっぱり変だ)と思い直して手を止める。
 そのまま小停止すると3人の視線が私の方へ集められているのに気付く。感づかれたと知ったら目を反らすので、(これは絶対におかしい)と確信した。
 私は窮地を脱するべく「はっ、はっ、ハクション」 と態とらしいクシャミをして体を前に倒す。そして体に合わせて傾けたティカップの紅茶を、銀のテーブルへザァーとこぼしてやった。
「あーーーーー」
 初めに声を上げたのはシルヴィで、半分ぐらい残っていたクッキーは台無しになる。
「これは貴重ですのにエルフィンヌさん酷すぎますよ」
 ラシェルは目くじらを立てて文句をいい
「ち、てめぇ良い度胸だな。私のやる事がそんなに気にいらねぇのか? ああ」
 と元に戻った葛井は、ヤンキーがガンを垂れるみたいに凄んでみせる。
「ごめんなさいね、私ったら勿体ないことをしちゃったわ」
 って低姿勢で軽く頭を下げながらポケットよりハンカチを取りだし、腰を上げて拭こうとした所で私は動きを止めた。
「どうした、さっさと拭けよ」と言う葛井に
「あの、テーブルの色が変わってしまいましたけど何故なんでしょう? 私こういうのは初めてで気味が悪いです」
 とこう話しながら指をさしつつ立ち上がってソファーから離れる。
「あら本当、銀のテーブルが黒ずんでいますわね。紅茶のポリフェノールで変色でもしたのかしら? おかしな事があるものですわねぇ」
 (可愛らしく小首を傾げてとぼけんじゃねぇよクソババァ)
「あーほんと、へぇこんな事ってあるんだ」
 こいつもか、身を乗り出してまじまじと見る。(白々しい)
 私は左手をポケットに突っ込んで召喚クリスタルを握った。
「もう遊びは終わりだ。やいエルフィンヌ! てめぇなにを企んでやがる」
 一人だけ制御の出来ないお子様の葛井が立ち上がると、44口径リボルバーを両手に持って私に突きつける。
「おかしな事を考えたのはあなた方でしょう、そちらこそ正直に話して下さいな」
 右手で帽子を被り直しながら私は笑みを浮かべて聞きかえした。
「だから、その顔と言葉遣いがきもいってんだ」
「おつむの足りてない子は、負け犬のように遠吠えだけがお上手なようね」
「このやろぉ、ぶっ殺してやる!」
引き金を引きそうだと警戒をしてたら、周囲の温度が急激に下がってきて身震いした。
「そのまま性根の腐りきった女を牽制していなさい。今すぐ彼女を拘束します」
「クッキーの恨みは忘れないわよ! もぉ許さないんだから」
 立ったラシェルは私に杖を向けてきて、逆恨みで逆上したシルヴィは黒ずんだテーブルを頭上に掲げて投げつけようとしてくる。
「そちらがその気なら私も手を抜きません。覚悟しなさい」
 私が召喚クリスタルを取り出そうとしたまさにその瞬間
「させません、フリーズ」 とラシェルが呪文を発動させた。
 横に前転して吹雪を躱した私は、急いで立たつと左手に握った物をまえに出す。
「そんなもんで私らとやり合うつもりか?」
「違います! あれは」
 これを見て警戒を強めたラシェルに対し、無知な葛井はこれが何であるか理解できずに吠える。(見せてやるよ、お前らが甘く見ている本物の精霊ってやつをなぁ)
「リアース」
 私が唱えるのに合わせてライフクリスタルが光ると、中からヴェルカフレイムが飛び出してくる。前方の空中に現れたのは応接スペースを埋めてしまえる巨大な炎の球。側にいるとかなり熱いので慌てて後退した3人と同じように私も下がった。
「恐れ入ったか糞ババアども! これは私が持つ切り札、精霊ヴェルカフレイムだ」
「なんですって!」
「そんな火の玉がどうしたってんだ。蜂の巣にしてやる!」
 目を丸くして驚愕し杖をおろした1人に対し、吠えるだけしか能がない葛井は左右の手にある銃器であれを撃とうとした。(いいぞぉ、自爆しろーー)
「爆発するわよ! 撃っちゃだめ!」
 今まさに引き金を引こうとしたアホメイドの手に、ラシェルが必死の形相でしがみついて止めに入る。(後少しだったがまぁいい)
「いいあれはね……」
「なんだと!」
「そんな」
 彼奴らは目前の状況に対応しきれず私のことが頭から抜ているようだ。
 これ幸いにと
「ヴェルカフレイム! 前にいる3人を巻きこんで自爆しなさい」
 と勝利を確信して命令を下した私は、火球から蔓のような炎が奴等に向かって伸びていくのを確認してから一目散に逃げだす。泉に近づくと水面から青い光が昇ってくるが悠長な事はしてられない。水のなかへ飛び込んで1階下へ降りた私は、天井を見上げながら両手を組んで祈る。
 (炸裂すれば70階が消えて無くなるはず。成功して大爆発しろ、早く早く……)

 会議室とパーティ場を兼ねている仕切りのない部屋で待つこと約2分、魔女が神に祈るのはまずかったのか一向に爆音が聞こえてこない。
 (これはおかしい、どうしたことだ……)
 ちょっと考えてある結論をえた私は帽子から89式自動小銃を取り出して持ち、肩紐でグレネードランチャーを背負い、泉から5mほど距離がある所で戦闘態勢にはいる。
 更に待つこと3分後、予測通りにあの3人が石畳に乗って降りてきた。出会い頭に私がアサルトライフルを乱射すると、ラシェルは杖を振り上げて「ウィンドウォール」 と呪文を発動させる。
 杖から分厚い風の壁が発生したら、床を削りつつ銃弾をはじき飛ばしながら向かってくるので、私は横に飛びのいて呪文を避けた。
「はぁはぁはぁ、あんな大それた真似をして覚悟は出来ているんでしょうね」
 体勢を立て直してから見た彼女は、汗びっしょりで肩で大きく息をしており
「もう後はないぞ覚悟しろっ!」
 と銃を向けてくる葛井の隣に
「エルフィンヌはただ働き決定!」
 と話したシルヴィがいて、怒った猿の様にまっかっかな顔をしている彼女は氷の固まりを掲げていた。まさかと思いながら確認すると、それは幅3m高さ2mの殺戮兵器。概算で6t近くにもなる物を持ち上げるとは恐るべしだが、それよりも、あれを凍結させたらしいラシェルの方がもっと怖い。
 驚くべき事に、3人とも服に焦げ目があるけど体そのものは無傷に近い。
「さぁエルフィンヌさん、死んで貰いますよ」
 向けられた杖に炎が宿る。
「同時にやります」
「うん」
「おーっし」
 攻撃態勢に入った彼女らの殺気がひしひしと伝わってきて私を追い詰めていき、アサルトを捨ててグレネードランチャーに持ち替えた。
「1、2の」
 (こうなれば死なばもろとも、私にも意地がある)
「ファイヤーボール」
「喰らいやがれ!」
「死んじゃえー」
ドッゴーン「きゃぁぁ」 呑気に数えたりするから悪い。爆風で吹っ飛ぶんだシルヴィは地面を転がってくと動かなくなってしまう。
 そうもはやこれまでと私は、彼女が掲げていたヴェルカフレイムへ狙いを定めてグレネード弾を撃ち込んだのだ。その結果がどうなるかは判りきっている。
「やりやがったな」
 って声を上げる葛井に「後ろを見ろ!」 と大声でつげたら、私は帽子から超鋼鉄を使って自作した防弾盾を取り出して裏にからだを潜ませる。
「なんて事を!」
「くそぉ」
 後ろで起きていることに気が付いた2人はシルヴィの方へと走りだし、それを追いかけるようにして床に転がった氷漬けの精霊にある亀裂が大きくなると、目も眩むような光が漏れだして次の瞬間
 ドッカーーーーーーーーーン
 と町1つを吹き飛ばせる超爆弾が炸裂した。その爆風で私はシールドごと壁に叩きつけられて、激痛と共に血をはき薄れゆく意識の中で3人が宙を舞っているのを見る。
 (ざまーみやがれ、ははは……)ガクッ。

「うーん……」
 どれぐらい眠っていたのだろう、うっすらと開いた目に太陽の光が眩しかった。頭がぼーっとして思考が定まらない。
 (ここはヴァルハラか? いや魔女だからニブルヘルかな? どうせならヴァルハラガがいい、美味しい物をお腹一杯食べて、お宝に囲まれながら死後の世界をエンジョイするの) なんて事を頭で考えつつ、体を起こそうと右手を付いたらズッキーンと来た。
「あーーーーー」
 思わず悲鳴を上げた私はベッドで身もだえる。歯を食いしばって耐えながら涙目で右手を見ると、頑丈なギプスで肩から手首までがしっかりと固定されていた。
 いまの状況を確認してみる。私は検査用のワンピースを着ていて、白い壁に囲まれた場所におり、寝ているのは仕切りカーテンのついた病院用のベットらしい。両足と左手もギプスで固定されており、ぷるぷる震える右手でそっと体に掛かっているシーツを持ちげれば、包帯の巻かれた胴体がそこにあった。
 (我ながらなんという愚かなまねを)と深いため息を一つ、胸に少し痛みがあるのでどうやら肋もいってしまったらしい。
 (住所不明だがここが病院なのはまず間違いない)
 外に出たいが満身創痍ではどうにもならないので
「誰かいませんか? 返事をして下さい」
 と呼びかけたが反応はなく、やむなく誰かが来るのをじっと待つ事にした。
 (私は無意味に待たされるのが大っ嫌い)
 コッチコッチと前の壁に吊された安物の時計が時間を刻んでいく。イライラを募らせていると爽やかな風が窓より流れ込んできて私を慰めてくれる。(暖かな日差しを浴びるのは何ヶ月ぶりかしら? まるで心が洗われるみたい。偶にはこんな風にゆっくりする日があってもいいかもしれないわ) なんて私が思うわけねぇだろ。
 (あーくそ、この怪我はババア共のせいだ。あれらが邪魔しなければ城主に叩きつけて今ごろギルドは私のものだったのに、この恨みどうやってはらしてくれようか)
 (次はあれにしよう、いやここをこうして……毒殺で苦しむ様子を見続けるか? 少しずつ体を壊して長時間のたうち苦しみ回る体内腐敗薬とか……そうだこれにしよう。今のこの痛みを恨みに代えて奴らに思い知らせてやる)
 なんて妄想に耽っていたら1時間ぐらいすぐに経ってしまう。
 とここで私はとても重大ことに頭が回る。
(あの3人はどうなったのだろう? 死んでると良いな、奴等が居なければ城主を殺すのはずっと楽なる。気になるなぁ、防弾盾に守られた私がこの傷だ、きっともう生きてはいないはず。後で墓を建てたらお花ぐらい供えてあげよう。あー嬉しい、こんなに気分が良いのは久しぶりだわ。もう少しで黄金城が手にはいる)
 と楽しいことを考えていたら更に30分が経過する。
それから(早く結果が知りたいなぁ♪) って期待に夢を膨らまつつ待ってたら、コンコンと誰かが個室の扉を叩いてきた。
「開いてますよどーぞ」
 ……返事をしてやったが待っても扉は開かない。ギッギとドアノブは動こうとしているが何を手間取っているのやら。
「シリスちゃんどうかしたんですか?」
 待っていると女性の声が扉のまえで聞こえ
「ここあけて、残忍な黒魔女が起きたみたいだから」
 と続けて不愉快極まりない妖精の声も私の耳に届いてくる。
 嫌な予感がするので(何か武器を……) と考えたが私は動けない。(ならせめて身を隠す)って下手に動いたらそれこそ死んでしまう。
 まな板の鯉、この言い回しはこういう時にこそ使われるべき代物だろう。
 自分のやったことが頭に浮かんでくる。私は後悔してないし恥じてもいないが、相手から見てどうであるかは別であり、ナイフ一本で簡単に復讐を遂げられてしまう。
 (治療するぐらいだから殺されることはない) だろうが、(やり返される可能性が……)とも考える。背筋に寒気をおぼえた私に出来るのは、生唾を飲みこんで身を固くつつ待つことだけ。
 扉が開いくとまずダークエルフの女が入ってきた。長くて尖った耳に茶黒いはだと銀髪をしていて、全体的に短めな黒光りするナース服を着ている、怪しい彼女はディル=メゼリー。私達のギルドのお得意様であると同時に怪我をした時によくお世話になる、診療所マルチカッターに雇われている看護婦だ。
「いらっしゃいディルさん。そしてシリスちゃんが私を助けてくれたのかしら? 本当にありがとう」
 作り笑顔でやさしく思いやりを込めながら話しかけると、ディルは看護婦だからニコニコ顔で側にくる。そいつ後ろには警戒心からか空中で静止している憎たらしい、基、愛らしい妖精ちゃんがいた。(何とかして機嫌を取らなければ)
「どうしちゃったのシリスちゃん? 怖がらないでいつも通りに側にいらっしゃいな」
「私を殺そうとした」
「えっなーに? よく聞こえないわ」
 聞き返すと妖精ちゃんは小さな笑顔で
「何でもないわ凶悪残忍かつ見てくれだけのオバアチャン」 と言う。
 (轢いて、叩いて、肉塊に……)っと今はそれ所じゃない。
「どこに行くつもりなの?」
 私の問いに答えずドアの方へ向かうと、ぶつかる寸前で上昇して天井近くまで昇る。
 続いてこちらの方を向いたら
「2日間眠りっぱなしだったけど良かったね意識が戻って。あのまま昏睡してればいいのにまさか生き返るなんて思わなかった、とっても残念よ。だから、こうしてやるーー」
 と予想通りカンカンに怒っていた。
 メイド服をきた彼奴は、ブーンと背中に生えている羽を高速で羽ばたかせつつ空中を疾走し、両足を前に出しながら私めがけて一直線に向かってくる。身をよじるもちょびっとしか動けず、突っ込んできた妖精は私の右手にドーンと勢いよくぶつかった。
 ハンマーで殴られたような衝撃が手術したての所に加えられ、必然的に
「ぎゃーーーーーー」という私の悲鳴が個室にひびき渡る。
 失神寸前になった私は、目に涙を一杯ためながら彼女を睨む。
 すると
「なーに極悪おばあちゃん、まだ逆らうだけの気力があるみたいね。えーい」
 と嬉しそうにしながら垂直に飛び上がってまた勢いよく降りてくる。
 ズシン「ひーーー」
 動ごきたくても動けないから摩ることさえできやしない。
「わかった謝る謝るから、それだけはやめて」
 クソ妖精は美女がする懇願には耳を貸さず
「謝って済むなら警察いらない、馬鹿にした分」 ドスン
「ロケット弾の分」 ドン
「痛いマジで痛いって、折れるだろうが!」
 看護婦さんは止めに入らずニタニタ笑っているだけ。病人が苦しむのを眺めるのが楽しみだという真性のSで、証拠隠滅も完璧だったのを思い出す。
「そして最後はー」
 ブーンとまた扉の方まで飛んでいき全速力で突っ込んでくると
「私を銃で撃った分よ。やーーーーー」
 ってとどめの一撃を喰らわせてきた。
ズッシーン「キャーーーー」
 こんな女性らしい悲鳴が自分の口から出てきたことにまず驚く。それだけの痛みを味わされたのだが後からもじんじんと響く激痛により、呼吸すらままならないまま涙が滝の様に流れてきた。
 (このやろーー、絶対に殺してやる!)
 そして私の右腕に立った酷い妖精は、目を三角にして文句を言い始める。
「いいざまね、撃たれて気を失った私があの後どうなった思うの。ご主人様がここに担ぎ込んでくれたら肋が折れてるって手術よ手術。しかも付き添ってくれたご主人様が戻ってみれば今度はあなた達が来るじゃない。その後『復讐は復讐を呼ぶだけだ空しい』ってご主人様に言われたから我慢してあげようと思ったのに、何よその態度」
「許すって、結局やり返しやがっただろうが!」
「当然よ! あなたの所為でギルドが今どうなっていると思って……」
 これ以上ないくらいの怖い顔で喧嘩をしていたら
「もう我慢できない、私もぉ♡」 (は?)
 ディルがコツンと足を叩く。
「イデッ。何しやがる」
 睨みつけてやったら小さく舌なめずりをした奴は
「もぉーライアードさんったら、そんな顔したら興奮して来るじゃな~い。あーゾクソクするぅ」 と自分を抱きしめながら、艶っぽい目で私の全身をなめる様に見る。
 (これはやばい)
「ディルさん変なこと言ってどうしちゃったの?」
 あの変態を見上げた妖精は知らないらしい、彼女の恐ろしさを。
 端から見ている分には笑えたりもするのだが、自分がされる立場になるのは嫌だ。
「お前は看護婦だろうが! 仕事を放棄するな! 上司に言いつけるぞ!」
「ほんと私って困ったナースよねぇ、だって自分の欲望に対して凄く正直なんですもの。もぉ仕事なんかどうなったって知るもんですか。うふふふふ」
 私の言葉にはスルーして、最高のおもちゃを手に入れましたと興奮が高まっていくドス黒い看護婦。彼女はどうすれば止まってくれるのか必死に考え続けた。
「やめんか。いや、やめて下さい。お願いですから」
 こいつは暴走すると1人では絶対に止まらないが、無理を承知でお願いする。
「あ~ん、そんなに弱気になっちゃいや。いつもみたい強気でいてくれなきゃディルつまんな~い。えい」
彼女は拳骨で右足のギプスを叩いてきた。
「いたいっ、だからやめろって言ってるだろうが!」
「何この女、ド変態なの? エイッ、ヤァッ、いいわもっとやって頂戴。私が許します」
 ギプスの上で飛び跳ねたシリスは、勝手に決めてディルの大暴走を加速させやがる。
 (糞妖精が、あとで覚えてやがれ)
「そうそう、そうこなくっちゃ。じゃあ遠慮なくえっと何がいいかしら……」
 看護婦は叩くのに適した物を求めて部屋を見渡した。
「うーん、手頃な鈍器、固い物、あ~ん何も置いてない~」
 (自分を抱きしめながら体をくねくねしたら気持ち悪いっての、この年増が!)
「シリスちゃんこのドSを止めてくれないかしら?」
「逆にもっとやらせてあげるわ二重人格者」
 絶望の淵にいる私を、勝ち誇ってフンッと鼻を鳴らした妖精が見下ろしている。
 (何か、何か無いのか……)
「そうだ。ねぇ、高級蜂蜜で作ったクラウンシロップ欲しいとも思わない?」
「いらない。物で釣れると思わないで」
 精一杯の謝意を示そうと声を掛けたら冷たく突き放された。
 (ならば……) と次の案を考えていると
「あっ、いーものみ~つけた」
  と何かを見つけたダークエルフがベットの側にしゃがみ込む。(冗談じゃない!)
「シリス! いやシリスちゃん、シリス様。シルクのドレスも付けてあげる、うーんと可愛いの。だからなんとかしてぇ」
 反応無し。(ええいそれなら)
「じゃじゃーん、これなんかどうかしら?」
 私の目前でディルが掲げたのは、折り畳んだ来客用の鉄製パイプ椅子。
「ふざけるな! そんなんで殴ったら本当に折れるだろうが!」
「もう1回繋いで貰えばいいじゃな~い♡」
「あほかーーとんでもダークエルフ! 非常識にも程があるわ!」
 私が怒るのに合わせて鬼看護婦の顔が緩むと、興奮した目が生き生きと輝いてくる。
「これを振り下ろしたらぁ、どんな悲鳴を聞かせてくれるのかしらね~」
 (ああ、身動きの取れないこの体が恨めしい。上の連中が役立たずで金を稼げないからこんな事に立っている。私は絶対に悪くない。じゃなくて妖精の好物好物)
「シリスちゃん、ダイヤのピアスに指輪とブローチでどう? まだ足りないの? それなならフィレンスの腕輪も付けてあげる」
「ほんとにくれるのーーー」
 最低な妖精は嬉しさを前に出したが時すでに遅し
「残念でした、時間切れ~」
 こう言ったあいつはブンと躊躇せずに椅子を振り下ろしてくる。
 ゴギと何かが割れる鈍い音、足が変な方向へねじ曲がって
「きゃーーーーーーーーー」
シリスの時より甲高くよく通る声はきっと病院の外まで届いたはずだ。
 頬を流れる涙は本気の涙、こんなに泣いたのは何百年ぶりだろう。痛さと恨み痛さと激痛と痛さが何層にも折り重なって頭の中が白くなり、一瞬だがお花畑が見えてしまう。
「ううう……こんなのあんまりだ……」
「あらとても痛そうねぇ、いいわ~その顔。えい、えい、え~い」 
 昇天しそうな顔で潰れた足を突く極悪人、私にはもう反抗する気力は残ってはいない。
「ねぇほんとうに腕輪をくれるの?」
「やる、やるから、やめさせて」
 他にどうしようもないと藁にもすがる思いで約束をすると、さすがにやりすぎだとでも思ったのか妖精の顔が僅かに曇ってみえて、空中へ飛び上がったシリスはディルの顔の前を塞ぐ様にして止まってくれる。
「ディルさんそれぐらいで許してあげて。お願い、これ以上酷いことをしないで」
 両手を組み合わせた可憐な妖精が、潤んだ目と真摯な顔つきで頼みごと、(ああこれで助かる)と私はデーモンナースの特性を忘れて束の間の安堵感をえた。
 しかし
「邪魔をしないで!」 バシコーン。
「キャーー」 と右手ではじき飛ばされたシリスは開いた窓から外へ叩きだされる。
 (ええい、この役たたずめ)
 ちょっと考えれば直ぐに分かる事、あいつが妖精のお願い如きでやめるはずがない。  (ああどうしよう。私の人生はここで終わるのかしら? そんなぁ)
「うふふふ、これで邪魔者は居なくなったわ。これからは2人だけの時間ねどうやっていじめ抜こうかしら……想像だけでいっちゃいそう」
 (言い返せば興奮し、放置しても興奮する。脅しても効果がない。もうどうにでもしてくれ。この恨み辛みは貯めておき、完治と同時にこいつを地上から消してくれる)
「あの一撃で気を失わなかったエルフィンヌはとっても素敵よ、次は左右の手どちらにしようかしら。ねぇ黙ってないで泣きながら頼んでみなさいよ。そうすれば私の気が変わるかも知れないじゃない」
「嘘つけ、これいじょう貴様の趣味に付き合うつもりはない」
「え~そんなぁ。もっと遊びましょうよぉー。ほら、ほらほら」
 唇を噛みしめて黙りを決め込んでたら、折れた足、肋骨の辺り、と痛そうな所ばかりを突いてくる。(悲鳴なんか絶対に上げない、これ以上喜ばせて堪るかってんだ)
「あーつまんない。なんだか飽きてくるわ」
 こう言うと突いていた手がピタッと止まり、少ししてムスッとふくれ面をしたら凶器を頭上に掲げる。
「つまんないからもう一度悲鳴を聞かせてね、もっと私を興奮させてぇ」
 完全に別の世界へといったディルの顔は魔神級。(神様! 反省します、今までしてきた事を猛省します。ですからどうかお助け下さい。助けてくれたらなんでも……) 表情を押し殺しながらの神頼み。いまの私に出来ることは他になく、自分にとって敵である神にだってすがりつく。
「いくわよぉ」 (お助けーー)
「10……9……8……」 
 あいつは私に最大限の恐怖を与えようと、至近距離で構えたまま嬉しそうにゆっくりと秒読みをしていく。
「7……6……5……4……3……2……1」
「ライトニング!」 「ぎゃぁ」
 今まさに凶器が振り下ろされんと言う所で、閃光とともにドーンと魔神へ天罰がくだされてた。(神様が助けてくれたのかしら? そんなわけねぇよな)
 顔を向けて床に倒れて動かなくなったあいつを確認すると、人の気配がしている扉のほうを見る。そこに居たのは壁にもたれ掛かる様にして杖を構えたラシェルだった。松葉杖を側に立てかけて検査着を着た彼女は、頭に包帯を巻いて三角巾で支えた左手と固められた右足があり、胸にも包帯を巻いているが私より傷は浅そう。
 (あいつがこれなら残りも生きてるな、すげー残念な気分。でも一応、ほんの少しだけちょっぴり感謝はしている。さて私が掛けるべき言葉は……)
「あーえっと。その、なんだぁほら」
「あななは素直にお礼の一つも言えませんの? 全く、あのまま助けずに放っておけば良かったかしら? もっと酷い目に合わないと反省できないらしいわね」
 (いまの私より酷い目にあえる奴が居るなら会ってみたい)
「一応礼を言っておく」
「あなたも私の雷を浴びてみますか?」
 そう言った彼女が私につえを向けると睨み合いになったが
「ラシェル様、お助け下さりありがとう御座いました」
 と立場の弱いわたしは言わされてしまう。
「まぁいいでしょう。いま先生を呼んできますので、日頃の行いを大いに反省いながら待っていなさい」
魔法の杖を腰のベルトに差し込んで松葉杖をつきながら歩き出した彼女に
「いつからそこにいたんだ?」 と聞いてみる。
 すると振り返ったラシェルは
「最初の悲鳴を聞いてからこちらに来てより、ずっとドアの側で様子を覗っておりましたわ。あなたが苦しむのを見て胸がすーっとしました」
 と笑みを浮かべつつ言う。
「早く助けろよ!」
「なんで私があなたを助けるのですか? ゴンザレス様の言葉がなければ見捨てていましたよ。その上で、あんまりにも酷い思ったから看護婦を止めてあげたのです。私とゴンザレス様に心の底から感謝をしなさい」 (誰がするかボケ女)
 暫くして、折角なおしたのにまたかなのか、とやる気のない医者と看護婦がやって来たら猛抗議して、私は彼らに連れられて手術室へと運ばれていく。

 手術は無事に終わって夕方頃になると誰かに揺すられて起こされた。
「起きたか。怪我の具合はどうだ? 痛む所はないか?」
 眠気の残っている目蓋をなんとか開いて声のぬしを探せば、瞬時に頭が起きてくる。私の側に立っているのは役立たずなアホ城主、心配そうに私を見下ろしているが感謝所か怒りがどんどん沸き上がってくる。
「誰かと思えばミラクルスパイラルのギルド長様じゃないか。こんな状態になった私を笑いに来たのか? さぞ滑稽だろうな」
「そんなつもりはない。済まなかった」
 (謝られても許さねぇっての)
「あんだけこき使っといて今更それか? 薄給で毎日毎日、他に当てがあれば直ぐにでも出ていく所だ。悪魔や魔法人形より薬学系の方が遙かに仕事量と稼ぎがある。その上私は錬金術もやらされてんだぞ! なのに新しいこと覚えろだぁ、ふざけやがってぇ」
「いや儂は純粋にだな。新しい事を覚えればお前はもっと強くなれるだろう、と考えただけで仕事を増やそうなどとは考えておらなかったのだ」
「クエストブックは?」
「あれは全員に同じのを配ってある。連絡が行き届かないから、誰がどこでどれを受けたかという情報を共有できていないだけなのだ」
「毎日シリスは催促に来るぞ」
「それはお前が68階にいて連絡を取りやすいからだ。ほかは城の下層にいたが殆ど逃げらてしまった。黄金城の経営はお前1人が支えていると言っても過言ではない」
 (怒りマーーーーーーーーーーーーックス!)
 申し訳なさそうに俯いているこいつに、喚き散らしつつ罵倒してやりたいがぐっと抑えてもう一つ聞く。
「事務方の3人は何をしてるんだ? 私の給料をごっそり削っていそうなんだが」
「彼女たちか? あれらはとてもよく働いてくれている」
「答えになってない」
「彼女らの話しだとな、もうどうしようもないから自分達の仕事以外は考えない様にしていたそうだ。あの状態でも経営はギリギリ、お前が出て行ったら倒産するしかないだろうと諦めておった」
 (このもやもや~とした気持ちは、どこにぶつけて解消すればいいんだろう?)
「こうなってはギルドを解散するより他にない、今まで苦労をかけ続けて本当に済まなかった、この通り謝るから許してくれ」
 体を九十度に曲げての平謝り、私が怪我人でなければ迷わずこいつをぶっ飛ばしていただろう。しかしこのギルドに潰れられると私は困る。
「魔法が使えない黒魔女ー誰も雇ってくれないぞー、ってシリスが言ってたな」
「再就職先はわしが全力で探しだそう」
「下っ端の安い給料なんて論外だぞ。幹部クラスは保証できるんだろうな」
「それは難しい。いや、そのなんと言えばいいのやら……」 
 頭を掻きながら口を閉ざしてしまうアホ城主。
 (これだもんなぁ。くそー)
 研究に使える凄く広い部屋、人体実験が容認される環境、こき使われるとはいえ1週間の平均が8万$。究極の防御力がある城、場所が場所だけに口うるさい教会や英雄気取りも近づけない。
 そして何よりギルド名のミラクルスパイラル、落ちたとはいえ影響力はまだある。
 私にとっての理想郷が黄金城。
 お金、そうお金さえあれば後は何もいらない。なのに上が能なしでこれが一番難しいときたもんだ。(偉そうにしてるババァ共も結局は私だのみかい! とにかく落ち着こう、今こいつにキレても何も変わらない)
「千万歩譲って私が再就職したとしよう。それでお前らはどうするんだ? 不死薬を手に入れるために金がいるんだろうが」
「儂らは強いからな傭兵稼業を始めるつもりでいる」
「不死薬が1人230万$で使えるのは私が作っているからだ。余所に頼めばどうなるか知っているな」
「金がなければ老いて死ぬのみ。儂はもう諦めた」
 気を静める為にはーーーーーっと長い息を吐き
「ギルドの解散は私が認めない。みんなで話し合ってどうするか考えろ、もしこのまま放置するようなら私がもっとも苦しい方法であの世に送ってやる。いいな」
 と言いながらあいつを赤く燃えさかった瞳で睨みつける。
「そう言われてもだな、いっそのことお前がギルドの経営を……」
「製品を作れるのが私だけなのに、営業に回ったらどうなるんだよ」
「お前は儂の命を狙っていたではないか」
「ギルド内にまだ実力者が残っていると踏んでいたからな。パーティに集まってこないのはきっと仕事をしているからだろうと思ってたが、まさか8人だけしか残ってないとは言わないだろうな」
「シリスも入れるなら9名だ。儂ら4人とお前、冷凍拘束室のバラック、ゾンビしか作れないピートに、古参の雪月花のみが残っている。手に余った仕事は下請けに回すが、それも回しすぎだと99%まで手数料を上げられてしまった」
 ヒューーーー、外は暖かいのに凍るような極北の風が室内をふき抜ける。
 (これはもう死に体だ、私が頑張っている間に落ちる所まで落ちたのか)
「お前が仕事を取りながら人材を集めていけばよいではないか」
「貴様は底なしの大馬鹿者だな、私らにとって人材はダイヤの原石よりも価値が高い。実力者が育つのにどれほどの時間がかかると思っている、私クラスだと百年単位だぞ。そんなのは余所の大ギルドが全て抑えてるに決まってるだろうが」
「儂はもうどうして良いのやら……」
 アホ城主はしょんぼりしているが泣きたいのは私の方だ。過去のギルド長による名声があればこそ辛うじて仕事だけは取れるが、それ以外は何の役にも立たない。こんなのに私の生活を預けるのかと考えたら、腸が煮えくり返って蒸発しそうな思いがする。
 (諦めるか? いやまだ仕事は来るから立て直すチャンスはありそうだ。復活できないなら奪い取っても意味がない)
「しょうがない。とにかくみんなを集めてくるんだ、話し合うしかないだろう」
「私はここにいます」
 個室の扉が開くと無表情のラシェルがシリスと一緒に入ってきた。
「また盗み聞きか」
「なんとなーく入りにくくって」
「ええ、隠しておきたかった真実が路程してしまいましたね」 
 あいつらは悪びれた様子も見せないので腹が立ち
「これからは私をもっと崇めてこれ以上ないくらいの感謝をして貰おうか。それとこんご私と話すときは常に敬語を使って報酬も大幅アップ。みんないいよな?」
 と話ながら勝利を確信して返事を待つ。
「こうなるのが判っていたから黙ってきたのです。なんですかその気味悪い笑顔は、この程度で勝ち誇らないほうが身のためですよ」
「そーよそーよ、魔法も使えないのに図に乗りすぎ。エルフィンだって追い出さたら野垂れ死ぬしかないはずよ」
 壁にもたれているラシェルの手がわなわなと震えだし、その肩に腰を下ろしているシリスは目を尖らせながら文句を言ってきた。
「実力のある私は誰かさん達と違ってどこでも生きていけるさ、最悪ギルドの下っ端でもやっていける。しかし戦闘しか能のない奴は、雇兵か奴隷として戦わされて直ぐに死んじまうだろうぜ。まったくお前らにはお似合いの人生だな、あっはっはっ」
 (あー楽しいなぁ。今日からこいつ等は私の下僕、どうこき使ってやろうかしら)
「この、言わせておけば。もう許しません!」
「エルフィンヌの癖に!」
 相当頭に来たのかいつもの無表情が崩れて私を睨んだラシェルは、腰のベルトから魔法の杖を抜くと私の方へ向けきて、シリスは天井近くまで飛び上がる。
2人が幾ら怒っても私には負け犬の遠吠えにしか見えない。
「私を殺してどうするんですか? 自ら残りの人生を捨てるなんて愚かしい行為は、おやめになったほうがよろしくてよ」
「どこまで笑い者にしたら気が済むんですか! あなたに使われる位ならこのまま老いて死んだ方が遙かにましだわ!」
「強がるのおよしなさい。今まで酷使して頂いた分きっちり精算して貰いますから、覚悟を決めて下さいね」
「覚悟を決めるのはエルフィンヌさんあなたです」
 杖の先端に炎が宿った。向こうの本気度は分かるも、ここで折れるのは癪に障るので引き下がるつもりはない。
「幾ら強気に出てもあなた程度にはなにも出来ないのですから、早く諦めなさいな」
「このっ、ファイヤーボール」
 詠唱と共に20㎝位の火球が飛んでくる。さすがにこれはまずいと思った瞬間、黄金の闘気を身に纏っている巨体が私達の間に割り込んできた。ヴェルカフレイムより小さいが爆発音と爆風がへやを震わせ、ロケット弾ぐらいの威力がある魔法を正面から受け止めたゴンザレスは傷一つ負わなかった。
「邪魔をしないで下さい! そんな女はこの場で殺してやります!」
「よさないか、彼女を殺めても何も変わらんぞ」
 ゴンザレスがラシェルに詰め寄ったら
「後生ですから放して下さい」
「これは儂が預かっておく」
 と抵抗する彼女から杖を取り上げてしまう。(これで一安心)
「まぁ諦めるしかないという事ね。せいぜい私の機嫌を損ねないように気をつけなさい」
「この糞ババア、恨みは必ず……」
 怒りに我を忘れた彼女の視線が私に突き刺さり、私も負けじと見返してやる。
「済まなかった。この通りだ、許してくれ」
 (怪我さえなければこんな女なんか、どうやって殺してやろうか……) と考え始めた時だった。ギルド長様が両膝を付いて土下座しする。
「すべて儂の不徳の致す所である。この通り謝るからその怒りを抑えてくれ」
「あたり前だ! 私がどれだけ働かされてきたと思ってやがる!」
「そこまで言わなくてもいいじゃない」
 妖精がゴンザレス前に飛んでくると厚かましくも抗議した。
「シリス良いのだ。実力達が根こそぎ去ったのも、満足な報償を払えずにいるのも、研究設備を充実させらんのも儂が悪い。だからこの通り謝る、謝るから取り敢えずその怒りだけでも静めてくれ」
 (……本当は許したくはない。が、大の男がここまでするのにこれ以上を望むのは格好が悪いしやりにくい)
「まぁゴンザレス様がそこまで言われるのなら」
「ふん、一時休戦にしといてあげるわ」

「話はついた様だな」
 私とラシェルが睨み合っていた目を反らすと、扉が開いてまた誰か入ってくる。
 彼はここで院長をやっているガラン=ドモニック、切って繋ぐ事にしか興味を示さない変人だ。160㎝の身長はドワーフとしては大きい部類に入り、白人系のはだと筋骨隆々の体に剛毛が基準で、触ると痛そうなひげが顔を覆っている。
 だいぶ遅れたがここいらで病院の説明を一つ。
 ここマルチカッターは『即死でなければゾンビでも手術する』をもっとうに、獣族からドラゴンに始まりデーモンズまで、切って治せる天才外科医とそのしたに複数の弟子がいる個人病院、私らにとってすごく有り難いところ。
「ずっと廊下で聞き耳を立てていたのか?」
「まぁな、あれだけ騒いで爆音も聞こえりゃ誰でもこうするわい。所で治療費のほうは大丈夫なのか? なにやら凄く不安になってきたぞ」
 ガランがこう言いながら私達の顔を順番に見ていったら
「心配しなくてもきっちりお支払いをする。安心なされよ」
 と立ち上がったゴンザレスが答えた。(おまえに保証されてもなぁ)
「それでガラン、おまえは何をしにきたんだ?」
「なにをって治療費が……違う違う、奥で寝とる2人について話にきた」
「おおそうであった。金の話ばかりをされて失念していたが、儂はその件でエルフィンネに会いに来たのだ」
「私のお見舞いに来たわけではないのね」
「あなたにそんな事をしようという酔狂はいないと思います」
 ゴンザレスの態度をみてけんか腰はやめたが、感情の整理が付けられないラシェルは私に背を向けたまま話している。
 私はよくできた大人だから、嫌みを言う女はほっといて本題を聞く。
「シルヴィと葛井がどうかしたのか?」
「実はな、爆発の時に頭を打ったらしくてまだ意識が戻らんのだ」
 (ガランが深刻そうな顔するとは、相当酷い怪我らしいな)
「ざまーみろだわ」
「なんですってぇ!」
 冷酷無慙な女が振り向いて怒れば
「よさんか。ついさっき抑えるといったではないか」
 とゴンザレスに窘められてまた後ろを向く。
「それで?」
「人数分のライトエリクサーを作って貰いたい」
「はぁ? なんで私が」
「こんな女に作れるはずがありません。他に頼むべきです」
 私が顔を顰めて嫌そうにすれば背を向けている女がこう言った。
「しつこいわねぇ。そういうの嫌われますわよ」
「あなたに嫌われても困りませんわ」
 (私の様に切り替えられないとはまだまだだな。しょうがない、腹立つけど)
「悪かったわ、言いすぎたかも知れないから一応謝ってあげる」
「一言多いですね。許したわけではありませんから間違えないようにしなさい」
 振り返った顔は一段階いかりが収まって無表情だった。
「話を戻すぞ。なんで私が作ることになる?」
「お前さんが怪我を負わせたんだから当然だろうて」 (いやだ)
 事情を知らない外科医は横からいい加減なことを言ってくる。
「余所で買えばいいだろうが」
「そこを何とか頼む。他のギルドに頼むとベラボーに高いのだ、この通り頼むから」
 手を合わせて拝まれても困るし、やりたくないものはやりたくない。
「本当にエルフィンヌ如きが作れますの」
 格下の分際でわたしを軽く見ているラシェルはとても許せない。
「不死薬を作っておるのは彼女だときいとるが? それに彼女との付き合いはお前さん方より長くてなよーっくしっておる」
「不死薬より難しいと聞きましたけど」
「絶対に作ってやらん」
 ぼそりと呟けばみんなの目が私に集まってきた。
「ラシェル、シリスちょっとこっちへ来てくれ」
「なんですの?」
「なーに?」
 ゴンザレスは1人と1匹を釣れて部屋から出ていき、それを見送ったガランは毛むくじゃらの顔で陽気に話しかけてくる。
「で、本当の所はどうかの? 作る気はあると見たが」
「私はねぇ、数十年もあのアホ共のために頑張ってあげたのよ。もういい加減に愛想が尽きてきた所なの」
「そうかそうか。しかし大ギルドを乗っ取るチャンスは滅多にないぞ」
「あんなボロ城なんか奪ってもねぇ……」
 はぁっとため息を吐けば肋がすこし痛い。(ほんとどうすればいいんだか)
              ※
「それでお話とは?」
「ご主人様なーに?」
「うむ。お前達に折り入って頼みがあるのだ、それはな……」
「ぜーったいに嫌」
「死んでもごめんですわ」
「しかいだな、エルフィンヌの性格を考えたら他によい方法があるとは思えぬのだ。あのままでは2人とも永遠に目覚めぬだろうと、院長先生は話しておった」
「うーー」
「本当の本当にこれしか方法がありませんの?」
「先生の話ではそうなるのだ」
「むかつくけどご主人様のために頑張る」
「心を完全に凍らせて何とかやってみますわ」
               ※
相反する怒りと欲望を抱えつつ思案に耽れば鬱になり、考えるのをやめて頭から追い出したいが、それは状況が許さないときたもんだ。(やってられねぇ)
「そんな顔をしおったら病状が悪化するぞ。笑った顔の方が体にはよい」
「うるさいほっとけ。たく、どうしろって言うんだよ」
「なるようにしかならんわい。方法があるならすべて試せばよい、人生とは単純じゃ」
 陽気に笑うガランを眺めてたら、悩んでいる自分がアホらしくなってきた。
「人生諦めが肝心って言いたいのか?」
「そうそう、その調子でいつも通りに押し切ればええ。まぁ我が輩としてはお前さん方に早く出て行って欲しいだけなのだがな」
「切って繋げたから治療は別の所でやれってか。相変わらずの偏屈者だな」
「がはははは今更変えられんわい。隣に病室がいーっぱい開いとるぞ」
 口を開けて笑うのは唾が飛ぶからやめて欲しい。
「確かにあるな。地上30階建ての縦横300mもある建物はすべて病室で、直さない癖に入院だけは世界中から無制限に引き受けるてやがる。おかげで医者は勝手放題やって手間の掛かる部分は押しつけるだけでいい。楽だよなぁ」
 あんな所にまた入るのかと思えば、上がりかけた気分がかなり沈んできた。
「まぁそう落ち込むな、金をたんまり持ってく必要があるぞ」
「貧乏人は3食すべて食パン1枚って有名だよな。あーあ、貯金崩すしかないのか」
「では我が輩はそろそろ行くとしよう。治療費を忘れんようにもってこいよ」
「1つだけいいか」
「なんだ」
 部屋の入り口へ向かい始めた彼に後ろから
「私に怪我を負わせたデビルナースはどこにいる?」
「それを聞いて復讐しようって算段だな。あの女は意識が戻ると自分のしたことを思い出して震え上がり、辞表を出してどこかに逃げおったわい。場所はきいとらん」
 話を終えてガランが出て行くと、入れ替わりに2人と1匹が入ってくる。また嫌みの一つでも言ってやろうと思ったがやめておいた。
なぜだか、みんなはとっても良くできた笑顔をしている。
「黄金城に残られている女神様はなんと美しいので御座いましょう。夜空に輝く星々もエルフィンヌ様のお美しさを前にしては身を潜めてしまいます。私などあなた様に比べれば塵芥に等しく、自らの愚かさを痛感してしまいますわ」
 側に来てこの台詞を噛むことなく、うっとりする様な目をしながら熟々と述るのは冷血暴虐な魔法使い。若い女が一言はなす度に体温が下がって胸のおくが痛くなり、罵詈雑言を浴びせるより私にはずっと効果がある。
「エルフィンヌ様のお肌はスべスベでとても綺麗~」 (シリスもか!)
 フワーッと飛んできて顔にペターっとひっついてきた。(肌が腐りそうだ)
「エルフィンヌよ何故お前はそんなに美人なのだ……」 (主犯はこいつだな)
「やめんか! 胸焼けと胃痛に頭痛がどうじに襲ってきやがる、作るからもうやめろ」
 と私が叫んだら
「そうかそうか。それでこそミラクルスパイラルの一員だ」
 満足そうな笑顔を浮かべたゴンザレスがこう言って、攻撃が止まってくれる。
「これからどうすれば良いのですか?」 
「取り敢えず金がいる、材料費だけで最低4000万$は必要だ」
「ガラン先生の言われた通りですわね。嘘ではありませんの?」
「嘘はついてない」
「何故そんなに高く付くのだ?」
「聞いて驚け、主原料はブラックドラゴン一頭だ。こいつの全血液と内蔵に、マンドラゴラ20㎏といった高級な材料が山ほど必要になる」
 話を聞くとみんなの顔から血の気が消えた。私の入院は薬を作ってからになり、まだ指先一つ動かせないから近くで購入したベットに乗ると、これごとゴンザレスに押させながらギルドへ戻った。
 帰ってきたその日は疲れたので飯を食って寝る。ゴンザレスとバラックが作ってくれた病人食は、お粥とフォークで突けば崩れてしまう蒸し鶏で歯ごたえが無く、ワインやビールも禁止されてストレスが溜まる内容だった。

 翌日の朝8時、牛乳やチーズに小魚といった体にいい物ばかりで朝食を済ますと、僅かに残ったギルドメンバーを69階の会議室に集める。ここの壁は焼け焦げていて備品は一欠片も残っておらず、私以外は床に敷かれたブルーシートに腰を下ろした。
 ここにいるのは私、ゴンザレス、ラシェル、シリス、バラック、そしてまだ紹介がすんでいない2人だけ。諸行無常盛者必衰がよの真理とはいえ、大ギルドのあまりにも無残すぎる光景に思わず涙がこぼれそうになった。
 何とも寂しい限りだが彼らの紹介をさせて貰う。
 1人目はヒョロちゃんこと、ゾンビ使いのピート=チェリングス。
 愛称通りにひょろひょろで身長180㎝、奴隷の証である鉄の首輪とジーンズにシャツを着た、短い金髪と青い瞳をしている白人の男。趣味で始めたゾンビ制作のために私らから品物を買うも、金穴から奴隷になった2年目の役立たず。
 今は彼しか残っていないので一から鍛え直さなければならない40歳だが、ものになる前にくたばりそうだ。
 2人目は腕はいいが戦闘になると「面倒はごめん被るって」 逃げるやつ。
 自分の欲望に対して正直な雪月花巧拙[屋号]、年齢不詳のカラクリ職人だ。永遠の命を求めて幽体離脱した後に取り憑いた体は自分で作った武者鎧。上から金色の満月飾りがある白兜、般若面、白地をベースに掘った所へ漆を盛り上げて作った山水画のある鎧、と強度より見かけを重視して作られている。
 私はどうにもいつが苦手だ。お面なので表情による喜怒哀楽が読めず、話していると判断に困ることが多い。付き合いの長い奴は、お面の奥で光っている青い炎の強弱であるていど推測できるらしいが、私にはいまいちよく分からない。
「それで話しとはなにか? 我は忙しい故手短にお願いしたい」
「そうだな。まず儂から説明をするとしよう」
 雪月花が質問をするとゴンザレスがギルドの現状について話し始める。
「……と言うわけである」
「成る程。だが我には関係がないこと、戻るぞ」
 聞き終えた武者鎧は無情にも、鎧の擦れあう音を出しながら泉の方へと歩きだす。文句を言えた立場ではない……いや、大いに文句を言える立場にあるから私は呼び止めた。
「まちやがれ! このまま倒産したらお前だって困るだろうが」
「そうですわ。今までの恩義に報いる気はありませんの?」
 私に続いてラシェルも声を上げた。
「我長きにわたり薄給にて働きにければ、恩義はすでに返し終えたと考えて候。また我を雇いたき者は多数おり職には困らぬ。では次の仕事がある故これにて失礼」
 薄情な雪月花はこう言うと、軽く頭を下げてから泉へ近づいて石畳を呼びだす。
 体が動くならふん縛ってでも従わせるがそうも行かず、あいつを物で釣ることにした。
「高純度ファルオイル100ℓでどうだ?」 [1ℓ=2000$]
「汝は薬学系の筈、作れるはずがない」
 表情は無いが振り返るから興味を持ったらしい、どこまで譲歩させられるかは知れないが交渉を開始する。
「これ位簡単なことですわ、雪月花さんがよく使っていますムテーキPは私が作り出していますのよ。地下に籠もり続けていて知らなかったようですわね」
「ほうそなたは錬金術もたしなむと申すか。ふむ、それで我に何を望む?」
「ライトエリクサーが完成するまでの間、私の指示でうごいては貰えませんか?」
「謹んでお断りさせて頂く」
 (速攻で断るなぁ!) って、ベットからにっこり微笑んだ私に一礼したら、後ろを向いて泉に浮かんだ石畳に足をかける。(こいつがいないと話にならん。ええいなら)
「人形のコアに使うブルークリスタルも2つ付けますわよ」 [1つ2万$]
「汝薬学系なれば我より稼ぎは大きいはず。出直してこられよ」
 振り返って答えたら足元を見てきやがる。
「困りましたわね、それでしたら……」
「ちょっと待ちなさい」
 ベットに座っていたラシェルが眉間に皺を寄せて割り込んできた。
「なんだよ、邪魔すんなよな」
「さっきから景気よくばらまいていますが、誰がそのお金を出すんですか?」
「ギルドだろ決まってるじゃないか」
 特になにも考えずそのまま答えた。すると、みんな何かを言いたそうに12個の目をジーっと私へ集中させてくる。
「なにかしら? 私変なことを言いまして?」
 なんとなーく察しが付くも嫌だから笑顔でかわす。
「鬼、畜生、守銭奴、誰の所為でこうなったと思っているんです。全額あなたが払いなさい、それが誠意というものでしょうが」
 ラシェルは自分を棚に上げて怒ると、お子様理論をもち出してきた。
「嫌ですわ。そもそも経営陣の無能さから始まったことでしょう、どうして私が持ち出さなければいけないんですの?」
「あなたという人は、人情や思いやりが一欠片も有りませんのね」 
「そう言う自分もない癖に勝手なことを言わないで下さい。で、どうされますの?」
「このぉ……」
「ちょっと待ってもらいたい」
 口論してたらゴンザレスが横槍を入れてきた。
「なにだよ」 と私が睨んでやれば
「お前達にも色々と言い分はあろうが、そもそもギルドに金などない。ライトエリクサーを作ることさえ出来んのだ」
 とギルド長は俯いてから済まなそうに頭をポリポリと掻きだす。
「緊急時に備えて蓄えもありませんの? じゃぁ諦めてギルドを解散するより他にありませんわね」
 (あーあ、せっかくやる気出したのになぁ、ほんと使えない奴らばっかりだ。次の就職先を本気で考えないといけないなぁ。めんどくせー)
 私を含めるみんなが色々と考えつつ沈黙していると、突如ラシェル瞳からつーっと一筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
 それをみて気が引けたのか誰も話しかけようとしないので
「ギルドが潰れて悔しい気持ちは分かるが、人生諦めが肝心だぞ」 と言ってやる。
「ギルドなんかどうでも良いのです。それより昏睡状態の2人はどうなりますの?」
 涙をためた目で私の方をじっと見る。今まで一緒にやってきた仲間がいなくなるのは辛いだろうが私には関係がないので
「さぁな」 と冷たくあしらった。(私を酷使してきた報いだと思う)
「そうですか。そうですよね。エルフィンヌさんは魔王より酷い女ですものね」
 (言い返したいがここは静かにしていよう)
「そう言われましても困ります。お金がなければ材料は買えませんし、私にはどうしようもありませんのよ」 
「諦めるより他にないと……」
 何を思ったのか側に立てかけてある松葉杖を手に立ち上がると、バランスを取りながら
直立した後にそれを床に捨てる。
「何するつもりだ」
 私がかけた言葉には応えず女は、腰の皮ベルトから返して貰ったらしい魔法の杖を引き抜くと、ベットに横たわっている私に向けてきた。
「愚かな真似はよせ、私が死んだらそれこそ助からないぞ」
「もういいんです。助けようがないならせめて敵を取ってやります」
 俯きながら泣いているらしい女は杖のさきに炎を宿らせる。
 (これはやべぇ。謝るべきか? いや私は悪くないぜーったいに嫌だ)
「あなたの所為で2人は永遠に植物状態となるのね、可哀想に」
「ヴェルカフレイムで怪我を負わせたのは貴女でしょうが!」
 ラシェルが感情を込めた大声で喚くと耳がちょっと痛かった。
「もうよさないか全ては儂の不徳が原因である。ここで彼女を殺しても何も変わらぬ、恨むなら儂を恨んでくれ」
 例によってゴンザレスががラシェルの側によると、杖を取り上げようとしたあいつと抵抗した彼女とで取り合いになる。
「嫌よ! 今この場で彼女を殺してやります。もう私達は終わりなんです! せめて、せめて復讐だけでも遂げさせて下さい」
「復讐は復讐を呼びこむ、むなしいだけではないか。ここは一つ冷静にだな……」
 冷血魔女はなかなか手放そうとしない。(もっと力をいれればいいのに) と思うけどラシェルの怪我を気遣って加減をしているのか、ゴンザレスはやりにくそうだ。
 どうしたものかと私と他は様子を見守っていたがやがて1人が声を上げる。
 少し頭を傾けて何事かを考えていたらしい雪月花が
「双方共に落ち着かれよ。我少し確認したき事あり、お答え願いたい」 と質問した。
「今更なにを話すって言うんですか。あっちょっと返して」
 ラシェルは文句を言った瞬間に、力の弱まった手から杖を取り上げられてしまう。
「傷を治す算段が付くまでこれは預かっておく」 (やれやれ、一安心と)
「覚えてなさいよエルフィンヌ、傷が癒えたら必ず八つ裂きにしてやりますからね」
「あら怖い。あなた如きでは無理でしょうけどね」
「我の質問に答えて頂きたい」
 こっちの方が堪えそうだから、殺意を向ける彼女に私はスマイルで対応する。
「この極悪冷血残虐非道魔女。私は絶対に許さないから!」
「我の質問に答えて頂きたい」
 雪月花の大声により口論が止められた。彼奴の顔を見ると、くり抜かれた目の奥に宿っている炎は少し大きくなったように見える。
「何を聞きたいのですか?」
 虚を突かれて一時的に止まったラシェルが声をかける。
「うむ、汝が申したヴェルカフレイムなる物について聞かせて貰いたい。それというのはもしや書物や噂で語られておる精霊召喚魔法ではないか? 確か、町1つを一撃にて討ち滅ぼしたる恐ろしき-代物であると覚えておるがいかに?」
 (なーんか嫌な予感がする。警戒しなければ)
「よくは知りませんが間違いないと思います、そうですよね」
 みんなが答えを求めて私を見た。(適当にはぐらかそう)
「えーっとそうですわねぇ。昔の文献を頼りにシャインクリスタルを核として作りましたのよ、一か八かの掛けでしたが成功してしまいましたの」
「それがどうかなさいまして?」
 ラシェルが雪月花を伺うように顔をみて私もそれに釣られたら、般若面の奥にある炎がさっきより強くなった気がした。
「ほう、シャインクリスタルなる安物にて作りたると汝は申すか。しかしなれど、我の記憶によれば精霊……」
「シャインクリスタルは安くありませんわよ。一つ幾らになるのか御存知かしら?」
 (これはやばい、やばすぎる) 雪月花が続きを言う前に話をねじ込んでいく。
「我の記憶通りであるならば野球ボール程で1つ8000万円ほどなり。しかしである、精霊召喚にて使われる……」
「それを安いと言える雪月花さんは凄いですわ。所でものは相談なのですが、治療に掛かる費用を貸しては貰えませんか? ギルドが受ける依頼料に上乗せをする形でお支払いをさせて下さい」
「なんか変」
 ゴンザレスの肩に乗っている妖精が、訝しげな表情でわたしを見てくる。
「シリスさんなにがおかしいのです。これなら治療費を捻出できると思われるのですが私何かおかしな事をいいまして?」
「えっとなんてうか……」
「我確信を得たり。この件に関する治療費はエル……」
「雪月花さんに出して頂けないのなら、各銀行を回ることになるので高い利息を取られてしまいます。失礼ですけど雪月花さんは幾らぐらい貯蓄がありますの? 私達は雪月花さんにおすがりするほか無いのです」
 なんとか話をそらそうと私は打開策を提示し続けた。
「これが一番いい方法でしょう?」
 と回りの顔をみて返事を促していくと、言葉に詰まった連中の代わりに武者鎧が
「わぁはははは」と笑いだす。
「そうまでして触れられたく無いと申すか。精霊召「わーーーーー」 使われ「雪月花さんお金を貸して下さい」 虹「わーー、わーー」 の「わーーーーーーー」」
「無礼者め、人が話しておると言うに黙らぬか」
 (冗談じゃねぇ。どんな手を使ってでも妨害してやる)
「エルフィンヌよどかしたのか?」 (アホは引っ込め)
「どういう事でしょう。どちからに説明して貰いたいのですが?」
 ラシェルがしてくる問いかけに私は間髪を入れず答える。
「簡単なことですわ。お金を沢山持っていらっしゃる雪月花様から、融通をして頂ければ万事解決いたしますのよ」
「いかな我とて40億円も所持しておらぬ。だが、エルフィ「わーーー」が「わーーーーーーーーーー」のたま「はーーくしょん」」 
 しんと急に回りが静かになった。頭のいい私はこの先にある展開が読るので、不退転の覚悟をもって望むことを心に誓う。
「エルフィンヌさん少し静かにしてくれませんか」
 冷徹な仮面を身につけた魔法使いが私に圧力をかけてくる。
「怪我のせいで押さえがききませんの、うるさくしてごめんなさいね」
「まぁ我には関係の無きこと、これにて失礼させて頂く」
 私が答えると諦めたらしい雪月花は一礼をして泉の方へ歩きだす。
 (やれやれ、これでなんとかなるだろう)
「数十億円であったな、1つにつき」
 私が一息ついて気を抜いてしまった瞬間、背を向けているあいつがぼそりと余計なことを言いやがった。
「え?」「なんと」
「それ欲しい!」
「いいなぁ」 「ほう」
 この話を聞くと今まで沈んでいた奴らの顔が瞬時にパァっと輝いてくる。
「雪月花様は凄いですわね。そのように高価な品物をお持ちなのでしたら、一つ位お売りになられてもよろしいのではありませんか?」
「まだとぼけるか」 (ああとぼけるさ、とぼけきってみせるとも!)
「つまり。エルフィンヌさんが何かを持っていらして、それが市場では信じられないくらいの高値で取引されているのですね。クスッ」
 勝機を掴んだとこいつは小さく笑い、認めて堪るかと徹底抗戦をする。
「能なしの経営陣とギルド長にただ同然で過酷な労働を強いられてきた私が、そのように高価なものを持っているとどうして思えますの? 持っているのは私ではなく雪月花様ですわ。変なことを言われないで下さい」
「ふーん、あくまでもしらを切り通すおつもりですのね」
「さぁ何の事かしら? 知らないものを聞かれても困りますわ」
「皆さんちょっとこちらへ」
 ラシェルがこう言って4人と1匹を連れて行くと、私から一番遠い部屋の角へ行って円陣を組みヒソヒソ話しを始めた。(あいつらはー、妨害してくれる)                       ※
「雪月花さん本当なんですの先程のお話は」
「うむ。虹「わわっわーーーー」」
「よく聞こ「わーーーーーーー」」
「本当に数十「あーーあーーーマイクのテスト中」」
「……」×6

「黙りなさい!」
「迷惑であるぞ!」
「無礼者!」
「うるさいーー」
 妨害してやると奴らが一斉にふり返って私に怒鳴ってきた。(絶対にやめない。取られて堪るか、あれを作るのにどれだけ苦労してきたと思ってやがる)
「仕方がありません。ヒョロちゃん、エルフィンヌの口を押さえて黙らせなさい」
「わわ、わかりました」
 冷酷無残な魔法使いに命じられた、ひ弱な男がこちらに向かってくる。
「あの~エルフィンヌさん、俺本当はこんな事したくないんです。だから怒ったり、恨んだりしないで下さいね」 (んなわけねぇだろ)
 ヒョロちゃんが屈むと私の方へ手を伸ばしてくると、私はルビーのような瞳に炎を宿しつつ脅迫してやった。
「てめぇ、私に触れたらどうなるか分かってるよな」
「ひぃっ」
 短い悲鳴をあげるとヒョロちゃんは怯えた顔で尻餅をつく。
「ヒョロちゃーん、抑えなかったら魔法で爆死させるわよー」
 すると隅の方からラシェルが彼を脅迫する。
「えっ、えとここ、困ります。俺どうしたらいいですか?」
「私に従いなさい! 燃やすわよ!」
 とラシェルは杖の代わりに腕を突き出して更に脅しをかけた。
「そ、そんなぁーー。エルフィンヌさんすみません、許して下さい」
「傷が癒えたら生け贄決定ね。意識を保たせたまま一番痛い方法で解剖してあげる」   再び向かってくる彼に私は優しく語りかけてやる。
「ヒーーー。ごめんなさい、ごめんなさぁい」
 彼はベットの側で頭を抱えると座り込む。
「今やらないなら彼女の傷が癒える前に消してあげます。それでもいいのかしら?」
「わぁーー、助けてくれぇー」
 非人道的な魔法使いによる恐喝が再び行われると、判断に迷った彼は泉に向かって走りだす。(このまま逃げてくれればいい) と思っていたら、その進路を筋肉の固まりが塞いでしまう。
「ゴンザレス様もおれに彼女の口を塞いでこいと言うんですか?」
「そうではない。彼女の口は儂が塞いでおくから向こうへ戻るがいい」
「なんだと! そんな事してただで済むと……モガッ」
 ヒョロちゃんが角に向かうと入れ替わりにあいつがきて、文句を言い続ける私の口をその手で塞いでしまう。 
「今更である、黙っておれ」 (くそーーーー)
                  ※
「これでやっと話が出来ますわ」
「うむ。我の記憶によれば精霊召喚には虹の卵という魔法石が必要とのこと」
「それそんなに高いの?」
「我の知る限りにおいて製造できる錬金術師は片手で数える程しかおらぬ。精霊魔法、魔法人形の核、悪魔、マジックアイテム、およそ魔法と名の付くものを扱う者達にとって全財産と引き替えにしてでも欲しい代物よ」
「なるほど。それがなければ精霊は作れないわけですね」
「それだけではない」
「と言われますと?」
「それほど貴重な代物をたかが恨みを晴らすために浪費したのだ。我の見立てでは」
「まだ沢山持っていそうだ。ですわね」
「うむ」
「ふーん、極悪魔女ってそんなに大金持ちなんだ。ねぇねぇどうやって取り上げるの?」
「そうですわねぇ……あっ私一つ思いつきましたわ。何故こんな簡単なことを忘れていたのでしょう。皆さん私に合わせて下さいね」
「はーい」 「承知」
「後が怖いので俺はここに残ります」
「儂もそうする」
「そう。勝手にしなさい」
                  ※
 話が付いたのか1人と1匹が、悪意をうらに隠した底冷えする笑顔を私に向けてきた。ヒョロちゃんは頭を抱えて座りこみ、バラックは壁の方に向いて、それぞれ無関係だという事を態度で表している。
 これを見たゴンザレスがもういいだろと手を離した所で
「てめぇらが何を思いついたか知らねぇが、何をされても絶対に渡さないからそのつもりでいやがれ」 
 と三角目で断言した。
「そんな事はわかっています。クドクド確認されなくてもよーっくわかっておりますわ」 先頭を歩いてくるラシェルは妙に上機嫌だ。(回りは彼女に従うって所だな)
「エルフィンヌさん貴女がお持ちになっている虹の卵とやらを、2人の治療費を捻出するために譲って貰えませんかしら」
「何のことでしょう? 何度聞かれても知らないとしかいえませんわ」
 いちおう笑顔で応じるも、彼女の顔は気味悪くて寒気がする。
「どうしても嫌だと言い続けるのですわね」
「ですから何度聞かれても答えは変わりません」
「そうですか。エルフィンヌさんはとても頭がよろしくて、永久凍土のように頑固で冷酷な方ですから、幾ら話しても無駄なのでしょうね」
「私をあなた様な残酷残虐凶暴非道魔女と、同じにしないで下さいな」
「今のうちに好きなだけ強がっていなさい、もうあなたは何も考えられなくなってしまいますのよ。なぜならこの場で私が洗脳してしまうのですから」
「きさま正気か! そんな事してただで済むと思うなよ!」
「私は至って正気ですわ。さぁ覚悟をお決めなさい」
 あいつは本気だ、このままではまずいと城主様にすがりつく。
「ラシェルさんがあのように言っていますけど、お助け下さいませんか?」
「うーむ……。ラシェルよ、そのようなやり口は後々禍根を残すことになるからやめてはくれぬか?」
「そのようなことを言われましても、他に方法はありませんのよ」
「しかしである。ギルド長としてこれから先を考えた場合は……」
 止めてくれるだろうと期待したゴンザレスは、腕を組むと頭を傾けて悩みだす。
「私の機嫌を損ねたらこのギルドは再起不能になりますのよ」
「諦めて下さい、ミラクルスパイラルは今日で倒産するのです。何もこの女を殺そうというのではありません、身包みを剥いだら外へ放りだすだけなのですわ。私は彼女から巻き上げたお金で一生遊んで暮らすことにしました、ゴンザレス様や皆さんもその方がよいとは思われませんか?」
 ラシェルは周囲に賛同を求めつつ彼奴が持っている杖に手を伸ばしていく。
「ゴンザレス様、私の杖を返して下さい」
「渡されてはいけませんわ。あのような非道極まりない魔法使いの甘言になど乗らないで下さい。ニブルヘルまで堕ちてしまいますわよ」
「儂は本来この様なことは大嫌いである。甚だ不本意ではある。しかし、シルヴィと葛井の命が掛かっておるし、ギルドが無くなるとあってはもうこうするより他にない。すまぬなエルフィンヌよ、恨むなら儂一人を恨んでくれ。全ては儂の責任なのだ」
 と話しながら私に背を向けたゴンザレスはラシェルに杖を返してしまう。
「てめぇ本気で殺すぞ! 私にはまだ切り札が残ってるんだからな!」
「満身創痍のあなたなんかちーーっとも怖くありませんわ。さぁエルフィンヌさん覚悟はよろしくて?」
「いいわけあるか! てめぇら絶対にぶっ殺してやるからな、覚えてやがれ!」 
 復讐できるのが楽しくて堪らないと、ニコニコしてる魔法使いは私に杖を向けた。
 (くそーーー。仕方がない、いや仕方が無くはない。やっぱり渡したくない、でもこのままでは全部……。神様の意地悪、なんで一生懸命に働いてきた私がこんな目に。もぉー神様なんか信じないって私は魔女か、助けがあるはずない。うーーーちっくしょーー)
「わかった。お前達の本気はよーくわかった。渡してやるから杖を下ろせ」
「嫌ですわ、もう交渉余地なんかありませんのよ」
 こう言うと邪道悪鬼の魔法使いは呪文を唱えながら、私の顔に突き付けている杖をグールグールと回転させ始める。
「1つだけ、1つだけ2人を助けるために売ってやる。だからやめろ!」
「必要ありません。ギルドはもう潰れてしまいますし、根こそぎ奪って2人を助けたら死ぬまでずーーーーっと遊び続けます」
 私の提案をはね除けた糞女は、悪魔の笑顔でゆっくりと杖を回しながら呪文の詠唱を進めていく。そのまま少しして目蓋が重くなってくると私は欠伸をかいてしまった。
 (眠るんじゃない私。夢遊病状態にして思考力を奪い、言いなりにしてしまうのがスリーピングビューティーだ、寝たら何もかもすべて失ってしまう)
「くそ……私を本気に……させた……一生をかけて……」
「待つのである」
 限界を感じて眠りに落ちかけた頃に、ゴンザレスが杖掴んで魔法を止めてきた。
「エルフィンヌよ。お主はこのギルドがを再生させられると考えおるか?」
 ぼーっとする頭を振りながら私はこう答える。
「仕事はまだ来てるからてめぇ次第だ。もっとも、バカ丸出しの経営陣では何やっても徒労に終わるだろうがな」
「ふーむ……」
「ゴンザレス様いくら考えても結果は変わりませんわ。もう全て終わったのですから早く巻き上げてしまいましょう」
 アホ城主が悩みはじめてミスリル銀の杖から手を離すと、ラシェルは杖を回しだし、あいつはそれを掴んでまた止める。
「待てと言っただろうが」
「もうっ疲れるだけだと言っていますのに、まだ何とかなると本気で考えておられるのですか? ただの時間稼ぎにしかならないのですよ」
 楽しみを邪魔をしないで欲しいとラシェルが顔を顰めて見せれば、ゴンザレスはまた腕を組みながら悩んでしまう。
「ふーむ……現状から下に落ちることはない。ここは一つエルフィンヌにすがって再起を期すのも一興か。可能性は低いが……いや、仮にここを捨てたとて朽ちて死ぬのみ。どう転んでも結果は同じ……だがしかし……長として責任がある……これ以上は……かといってだな……儂としては……うーむ」
 こいつが考え込むのはとても珍しいのでみんなが答えを待っているが、幾ら待っても結論を出してこない。
 待たされすぎてイライラ~としてきた私は
「早く決めろよ! それだからお前は能なしの役立たずだって言われるんだ!」
 と頭ごなしに怒鳴りつけてやった。
「そうなのである。いつもこうやって悩みながら仕事引き受け、結果として騙されたり逃げられたり……しかしここは決断せねばなるまい」
 何をするつもりか知らないが、ラシェルの杖を取り上げたゴンザレスは離れた所にいる残りのを呼び寄せると、真面目な顔を私に向けながら
「このミラクルスパイラルを率いる長として、ゴンザレスがエルフィンヌへ正式に依頼させて貰う。お前のもつ虹の卵で2人を救ってくれ、必要経費はこれから受けていく仕事の給料へ上乗せする形で返還させて貰いたい。そして2人が救われた暁には、儂は格段の努力をもってこのギルドを再建して見せよう」 と話をする。
「またそんな空手形を、ギルドは潰すしかないと何度も言ってるじゃないですか。努力するのは私達で、商品を作って稼ぐのも私達で、トラブルを解決するのも私達で、ゴンザレス様は……」
 ラシェルの意見には私も賛同する、しかしこのチャンスを逃してはいけない。
「シルヴィと葛井は必ず助けるし、商品を作れるのは私だけで、ギルドの再建計画を出せるのも私だけで、ラシェルはゴンザレスよりも使えない。私の機嫌を取っておく方が正しい判断だと思うがみんなはどうなんだ?」
 笑顔から修羅に代わったラシェルが、私を睨んで来るけどほっといて他の奴らに意見を求めてみる。
「我は現状維持でも大差なし。潰れたら去るのみ」
「行く当てはないしここが潰れたら困ってしまうわい、なんとか再建して欲しいのう」
 (ヒョロチャンは強制、雪月花とバラックはこれでよし、シリスは使い魔だから覗くとして残るは1人。これでなんとか助かったが胃が、胃が痛い)
「みんなこう言ってるし、わがまま言ってるのはラシェルだけだぞ。どうするんだ?」
「多勢に無勢、ここで無理を通せば2人は助からないと。決着は後にしてあげます」
 これで全員の意見が1つになった
 (腸の切り裂ける思いがするけど背に腹は代えられない。何で私が……)

 無理強いされる形で話が纏まったから行動にうつす。
 まずギルドとしてこれから来る仕事の処理方法を決めなければならない。一般企業であれば休業にしてもいいが、多数の職人に下請けもいて仕事の納期を守ることなど容易いとされる大ギルドが、『仕事を取らなくなれば倒産を宣言したも同じ』。
 これをやれば皆こぞって他へ仕事を回すようになり再起不可能になる。
 ゴンザレスにはどんな形でもいいから仕事を取ってこさせ、こちらが立て直すまでの間だ100%の報酬と共に各下請けへ丸投げさせることにした。頼りない城主を支えるのはシリスにヒョロちゃんと人身売買で手慣れているバラックで、仕事を引き受ける際には必ず下請けの術者を同行させるようにする。
 私達は何もしないことになるが、余所の大ギルドから仕事を貰う場合には依頼料の85%前後が一般的であり、向こうからすれば儲かるので文句は出ないだろう。
 次は私達。
 ベットを武者鎧に押させながらラシェルと一緒に中央の泉へ。重傷なので怪我を悪化させないようにウンディーネと交渉し、餌の回数と量を増やすことで常に石畳をみずで支えさせて静かに移動するようにした。
 37階に下りたら奥まった所にきて、これを見たラシェルがまず
「エルフィンヌ貴女はいつの間にこんな物を作ったのです」 と言う。
「自腹でこつこつと20年がかりで作り上げた」
「素晴らしい」
 驚きを隠せない2人に自慢しながら壁に手を押しつけて道をひらく。
「なんと! 室内全部が超鋼鉄とな」
「ムテーキPの3倍はするのにどうやって」 (もっと驚け。そしてあがめ奉れ)
 動きを止めて唖然とした2人に
「あれの材料はそれほど高くない。値段のはんぶんは人件費と性能に対する付加価値だ。防犯対策と精霊暴走に備えて頑強に作ってある」 と得意げに説明をする。
「ぐっ」
「何この臭い……」
 中へ入ったら吐きそうになる激臭が部屋に立ちこめていた。
「エルフィンヌ! 実験の後始末ぐらいちゃんとしなさいよ!」
 よくよく思い返してみたら、ヴェルカフレイムを作った後に生け贄を片付けた覚えが無い。死んで腐敗臭を放つしたいが10体分もあり、これはさすがに耐えられないと雪月花に金を払って処理を任せたら、私達は一旦そとにでて処理が終わるのを待つ。
 それが終わったら奥にある壁をあけて、髑髏の口へラシェルの手を突っ込ませる。
「私だって怪我してるのに」
「雪月花の腕では太すぎて入らないんだ」
「こんな複雑に作らなくても……」
 雪月花に体を支えさせながらラシェルは手を突っ込み
「右に2回……左に3回……」 とダイヤルを回していく。
 カチリカチリと音が聞こえたら、私は絶妙なタイミングで
「手順を間違えると口が閉じて腕が落とされるぞ」 と親切に教えてやった。
「なんですって! きゃぁ」
 ラシェルが慌てて手を引くとバランスを崩した雪月花とともに床へ倒れてしまう。
「いたたたた、エルフィンヌ!」
 起き上がって恨みまがしい目を向けてくる彼女に私は
「悪い悪い、最初から教えておくべきだったな」 と形だけ謝っておく。
「クソババア、後で覚えてなさいよ」
「虹の卵は壁の向こう側だ、早く開けてくれよ」
「えっと確か……」
 ラシェルが腕を入れてカチリとダイヤルを回した所で今度は
「数は覚えているか? リセットできないから慎重にやれよ」 とアドバイスする。
「……エルフィンヌさんはこの場で死にたいようですね」
 髑髏から腕を抜いたラシェルが私に杖を向けて炎を宿らせると、雪月花がそれを掴んで魔法を止めてくれた。
「子供じみた争いなどみっともないだけぞ、後はダイヤルを手前に引くだけでよい」
「ふんっ」
 荒い鼻息とともに私へ軽蔑の眼差しを送ったラシェルが扉を開くと、誰にも存在を知られたくない宝物庫が現れる。
「中も全てが超鋼鉄とな。煌めく台座には魔力が流され続けていて、オリハルコン製の杯までもが設置されておる。なんと豪華な作りよ」
「エルフィンヌ如きには過ぎた物ばかりですわね」
「羨ましいなら素直にそういえよ、貧乏人」
 私が彼奴らの背中越しに言い返すと2人の動きが止まる。
「ここにある物をすべて没収してあげましょうか?」
「おぬし達が抱えておる怨恨はギルド長にぶつけよ、我を巻き込むでない」
「そうだったな」
「我慢してあげますわ」
 感情を鎮める為に暫く間をおいてから
「杯に入っているのはガラス玉にしか見えませんけど。あんなのに数千万$もだす価値がありますの?」 とラシェルは話す。
 (寝不足と戦いながら全身全霊を傾けて作っている物を、あんなのだと!)
「疑うなら手に取って魔力を込めてみろ。あらかじめ言っておくが、数はしっかり覚えてるからどんなに誤魔化しても直ぐに分かるぞ。1個でも足りなくなったら明日の太陽は拝めないと思いやがれ」
 さっき我慢した所なので事を荒立てるのはやめようと、私は静かに警告する。

「そこまで言われなくても、誰かさんみたいに他人の物を盗んだりしませんよ」
 (なんだとぉ!) って叫び出したくなる自分を抑制しつつ、金の為ならどんな悪事でも働く魔法使いへ、鶏サイズを持つように指示した。
「本当にただのガラス玉みたいね」 (むかつく、むかつく)
 オリハルコンの杯かそれらしき物を持つと、悪の化身は天井の光にかざしてみながらこのようにふざけた感想を述べてくる。
「そんなに疑うならその卵へそっと魔力を注いでみろ。お前は男勝りで粗忽者の乱暴だから力を入れすぎて壊しかねない、慎重にも慎重を重ねてそぉーっとやるんだぞ」
「なんですってぇ!」
「加減しろって言ったろうが!」
 ちょっとした言葉のあやで直ぐに切れるド短気な女はあろうことか、私の方へ振り返りながら、ギューッと貴重な魔法石を力一杯握りしめてフルパワーの魔力を注ぐ。
「きゃぁ」
 次の瞬間、彼女の右手から目を焼きそうな程の凄まじい光が発生すると、思わず顔をそらした彼女は倒れながら虹の卵を放り投げた。
「あーーーー」
 小さな悲鳴に続いて飛んでくる魔法石を受け止めるべく、私はベットから身をよじって転落させ、俯せのまま左手でどうにか受け止めに成功する。結果、私の目からは涙がじわじわと流れだし、全身を駆けめぐる痛みで微動だにできなくなってしまう。
「これが名前の由来ですのね。魔力を与えたら内側より7色の光を発生させる、なんて綺麗な魔法石なのでしょう。強い力も感じますしこれなら納得できますわ」
「我は初めて見たが、エルフィンヌはなんとも凄い錬金術師よ」
 あの2人は屈むと私の手に握られて光の弱まった虹の卵を注視する。そこから放たれる光のイルミネーションは、観賞用の美術品として用いられる位に美しいのだ。
 (納得してくれたらそれでいいの、怒りも消えたわ) だから
「痛くて死にそう……助けて……」 と弱々しく私は2人に訴える。
「あら大変、いい気味ですわ。このまま放っておきましょうかしら?」
 松葉杖をつきながら側にきて私を見下ろした酷薄魔女は、こう話ながら杖の先端で私を突き回してくる。
「この者が居なければ困ることになろう」
 と雪月花は私を抱え上げてベットヘ戻してくれた。だがマットレスで乱れる呼吸を抑えつつ痛みが引くのを待ってみるも、どうにも収まってくれそうにない。
「そんな女なんか居なくてももう困りませんわ。傷口が開いちゃったようですけど、エルフィンヌさんはこのまま死んでしまうのかしら? 残念ですわねぇ」
 心配するどころかどす黒い笑みを向けてくる、ブリザード級の魔法使いに言い返そうとするが胸に激痛がはしって喋れない。(これはマズイ)
「顔面蒼白で凄く苦しそうですわ」
「これは重傷」 (何とかしてくれ)
「どうしましょう。困ってしまいましたわね」 (首を傾げる所じゃねぇ!)
「はやく病院へ連れて行かねばならぬ」 (急げーー)
「でも病院の場所なんて分かりませんわ。……ああ、そうです、ブッコリー病院がありましたわ。そこにしましょう」 (それは有名なヤブ医者だ!)
「我は詳しくない故任せる」 (頼むから否定しろ。殺されてしまう)
「うーーん私は後少しで大切なことを思い出せそうなのですが、何だったかしら?」
 頭を捻って考える素振りを続けるラシェルを見ると、その目的が分かる。
 (そう来るか。鬼畜守銭奴穀潰し非道悪魔冷血極悪女め)
「早くせよ。彼女が危ない」
「もうちょっと待って下さいね。えーっと、うーんと、何かこう大きくて7色に光る物が手元にあれば思い出せそうなのですが。どうしましょうエルフィンヌさん」
 私の顔を覗き込んでから後ろに顔をやった彼女は、開いたままの小部屋に置いてある物へと視線を集中させる。ラシェルの目線を追った先にあるのはダチョウサイズだ。
「死ね……グッ」
「なんですか? 私の耳は遠いのでちっとも聞こえませんわよ」
「ラシェル殿それ位にせよ。鶏サイズを1つ持ったら病院へいこうぞ」
「でもせっかくのチャンスが」
「これ以上は我が許さぬ。よいな」
「そんな……分かりましたわ。ではマルチカッターへ連れて行きましょう」
 と言うわけで、私はベッドごと雪月花に押されながら病院へ運ばれていく。

「わーーーーーーはははは。これはおかしい、愉快だ。こんな短期間で重傷を3回もおってしまう患者がいようとは前代未聞、これはいい。ははははは」
 翌日の早朝。よっぽど言いたかったのか、ドワーフのガランはわざわざ揺り起こすと側で唾を飛ばしながら大口でゲラゲラと笑いだす。
 きのう緊急手術を受けた私は、肋2本が折れて肺に刺さる寸前だったらしく、派手に落ちた際に外れた左手もとうぜん繋ぎ治しになった。非常識極まりない魔女のせいでまた治療費が上積みされてしまう。(うらめしや~)
「笑うんじゃねぇよ、感染症になったらどうすんだ」
「儂はそのようにへまはせん。あー愉快爽快、では気が済んだので行くとしよう。そうそう、奥で寝取る2人は早くせんと死んじまうぞ。最善は尽くすが体力が何時まで持つかは未知数なのだからな」
 笑うだけ笑い言いたことを言った薄情者は、お悔やみの一つも言わずに部屋の外へと出て行った。このまま傷が癒えるまで居座りたいがそうはいかない。動くことが出ない私は朝食と薬を口に運んでくる看護婦へ頼み、ギルドより迎えを呼びつけると急いで帰ることにする。(自分が招いたとはいえ、なんて面倒くさいんだ)

 大きな不満を抱きつつ私はギルドへと帰ってきた。仕事に出ずっぱりで連絡の付かない3人と1匹は放っておき、今すぐ引き裂きたい美少女魔法使いと雪月花をつかい、高級品だらけの事務所にて準備を進めていく。
 まず断腸の思いで虹の卵をオークションに掛けるとしよう。
 (胃潰瘍にならなければいいのだが……)
 私は狭い事務所には入れないので椅子に座ったラシェルに、離れた所から指示を出しつつデスクトップパソコンを起動させて闇サイトを開かせる。
「私じゃなくて雪月花さんにやって貰う方がよくありませんか?」
 右手しか使えずやりにくそうにキーを操作している彼女が、横に立っている武者鎧を見上げてこう言った。
「我興味なし、お任せする」
「今時使えないなんて仕事に差し支えたりなさいません?」
「じかに買いに行くゆえ問題なし」
「懐古主義なのですね」
 顔を画面へむけ直したラシェルは操作を再開する。
「http://www.akaruimirai……明るい未来ですか、とてもふざけた名前ですわ」
「世界にはサツやどこそこの教会、慈善団体ってうざい奴等がわんさかいるからな。見つからないように必死なんだ」
「どうしてこのようなサイトを知っていますの?」
「なんだ知らないのか? ってああそうか。マスターに認められた超一流の術者にしか連絡は来ないんだったな。お前と違って私は有名だから知っていて当然だ」
「その言いかた腹が立ちますわね。これでよしと、開きますわよ……」
 受付カウンター側にいる私からは影になるので、パソコン画面をこっちに向けさせると側に呼んだ雪月花に鏡を使って反射させながら見るようにする。モニーターは殆どが黒くて画面の中央に、パスワードを入力するための窓が開いているだけだ。
「ここの内容ばらしたら暗殺者が押し寄せるから絶対に口外するなよ。今から言う通りに打ち込んでくれ」
「そんな怖い顔をされなくても告げ口なんてしませんわ」
「あ1T73○N?p8Kケ」
「凄く複雑ですわね」
「世界中から雇われたクラッカーが来るらしくて定期的に変えられている」
 ラシェルがパスワードを入力すると今度はユーザー名とログインを求められる。
「悪用したら許さねぇからな」
「貴女と一緒にしないで下さい。それで?」
「Thunde、パスワード○○○っと。開きますよ」
 開いた先も飾り気のない黒い画面で、白字で上から順番に名前だけが並んでいる。
「このオークションなら私達もよく使っていますわよ」
「これはそこの裏口サイト。限られた奴しか使えない連絡手段」
「200以上の名前が並んでますけど、これ全てがバイヤーなのですか?」
「名前の大半はダミーで、間違えるとウイルスが送信されてくる」
「どれを選びますの?」
「幸福配達人を選んでくれ」
「これですわね……」
「かき込みが出来る掲示板みたいな所が開くだろ。そこへ、緊急、Thunde、って書着込んだら暫く待て」
 カタカタカタ「これでよろしくて?」
「それでいい」
 2分後。
「あっ。誰かが、来る? 行く? と書き込みました」
「ピカピカに来い、と打ち込んでくれ。卵は持っているな?」
「ええ、それでしたらここに保管してありますわ」
 ラシェルは引き出しから鶏サイズのを取り出して机の上においた。
「よし。魔法の杖をいつでも使えるようにしていろ、雪月花も鏡の側にたつんだ」
「何故ですの?」
 不思議そうにベットの上にいる私を見てくるからこう答える。
「念のためだ。時価総額で5000万$以上だぞ、警戒しすぎて困ることはない」
「このまま奪って逃げようかしら……」
 これを聞いたラシェルは物欲しそうな目でじーっと卵を見続ける。
「我もそうしたい所ではあるが、人命が掛かっておる故ここは耐えるのみ」
 そう言いながら隣にいる雪月花もにじの卵へ鬼面を向けた。
 (こいつもかい! 警戒が必要だな)
 私は事務所の外にいて中にいる2人は欲望に忠実。だから
「分かっていると思うが。今回限りの出血大サービスだ! もう一生、幾ら頼まれても現ナマ積んでも、ぜーったいに売らないからな! それを忘れるなよ!」 と釘を刺す。
「冗談ですわよ。ほんとお子様ですわね」
 ラシェルが小馬鹿にした顔で私を見てくる。
 (胃の辺りに重たい物が乗っかってズーンと心が重い。売りたくない、売りたくない、売りたくないー∞) と心の中で念じ続けるも、よくできた私は外にそれをぶつけて場を混乱させたりはしない。
 ムカムカしながら待つこと約10分、突然、事務所の奥にあるガラス板から銀の糸で織られたローブで全身を覆っている、180㎝位の男が入ってきた。
 それを見たラシェルはよくできたもので、座ったまま即座に杖を向けて警戒をする。
「誰ですのあなたは? 一方通行のそこより入ってこれるの者は限られていますが、私が貴男を見るのは初めてですわ」
「そいつはダークエナジーの幹部だ。銅が下っ端、銀が中間管理職、金色が支配人で恐らく上から鍵を借りてきたんだろ」
「色々聞きたい事はありますが後でいいです。それでどうしますの?」
 後ろから話しても油断なくラシェルは前に杖を向け続けている。私はその後ろから幹部に話しかけた。
「特別に高い商品を売ることになる。まず証を見せて貰おうか」
「特別というのは机に置かれている宝石のことか? これが証だ」
 男は銀の手袋をした手で首にかけてあるペンダントを外すと、ハート型でピンク色をしている板を持って魔力を込める。するとそこから一筋の光が上に伸びて、空中へ彼の登録番号が投影された。
「確認した。ラシェル、杖を下ろしたら卵を手に持ってくれ」
 彼女が指示に従って持つと、あいつへ見えやすいように手を突きだす。
「これがどうかしたのか?」
「なんだ知らないのか、驚きすぎて腰抜かすなよ。ラシェル今度はやり過ぎるな」
「わかっています」
 ペンダントをかけ直し、こんな物がどうしたと言いたげな幹部のまえで卵に魔力が込められる。すると魔法石の中心から幻想的な光が発生し、それが広がると部屋全体を7色のイルミネーションで染め上げていく。
「凄いですわ」
「何度みても飽きぬ」
「これはいったい……。はっ、まさかこれは」
 ラシェルが持っている物の正体に気が付いた幹部が私に顔を向けた。
「お前の想像通りだ。管理職の手に負える代物じゃないからマスターを呼んできな」
「これは一大事だ! 直ぐに呼んでくるから待っていてくれ」
 駆け足で事務所の奥にあるガラス板に向かった幹部は、躓いて転びやしないかと心配させるほどに慌てながら鏡の向こう側へ消えていく。
「エルフィヌ少しいいかしら?」
「なんだ?」
 あいつを見送ったラシェルは側に来ると、?マークを沢山つけた顔で私を見下ろす。
「どうすればマスターとお近づきになれるのですか?」
「企業秘密」
 (教えてやるわけないだろうが)
「ケチですね。マスターとは知り合いなのですか?」
「古くからのつき合いさ」
「古いっていつ頃からなのです?」
「お前は自分の年齢を公言できるのか?」
「そんなの嫌に決まっています」
「だったら聞くなよ。300歳越えのひぃひぃひぃおばあちゃん」
「抑える約束だ。エルフィンヌよ呷るな」
 雪月花は彼女が向けてきた杖を手で抑えつつこっちを見る。
「悪かった悪かった。年寄りは大事にしないといけねぇもんな、次は気を付けるよ」
「ええその通りですわね。私の数倍は生きていそうなスーパーお婆さん」
 ラシェルが鋭い目で威嚇してくると、私も目を燃やしながら対抗した。
「年は取りたくないですわねぇ。おほほほ」
「全くだ。はははははは」
「2人のせいで我は老けるやも知れぬな……」

 暫くああやってにらみ合いを続けると、ガラス板から2名が入ってきた。幹部より背の低い金のローブを纏ったマスターは、暗殺を警戒して顔を布で覆ったデーモンズの男。
 あいつは杖を向けて警戒するラシェルに構わず、ズカズカと私の側にきたら
「やっと手放す気になったようだなエルフィンヌ」 と話しかけてくる。
「私は売りたくないんだが、回りに脅迫されて売らされるんだ」
「原因を作ったのは貴女です、いい加減しつこすぎますわよ。そちらのお方がダークエナジーの総支配人でいらっしゃるのですか?」
 ラシェルは私に一瞥をくれてから2人の方を見る。
「後は私がやる、お前は帰るがいい」
「わかりました。では次の仕事へ向かいます」
 銀色は指示を受けると金色に頭を下げてからガラス板の向こうへ戻り、それから私は彼を2人に紹介した。
「ラシェル程度では知りようもないだろうから紹介しておく。前にいる奴がダークエナジーの総支配人ブラック=バレンタインだ、本来なら関係を持ち得ない者同士を金で繋げる凄腕の悪党さ」
「ずいぶんな言いぐさだな。お前の悪逆ぶりに比べれば俺などまだ可愛い方だろうが」
「ふんよく言う。彼女が持っているのが」
「虹の卵だな。確認するぞ」
 適度に会話しつつラシェルから卵を受け取ったブラックが魔力を注ぐと、虹色の光が部屋をうめつくしていく。
「間違いなく本物だ。それにしても……」
 ラシェルに卵を返したあいつは、威圧感のある目でじーっと私を見下ろしてきた。
「なんだよ。笑いやがったら売らねぇぞ」
「クッ……んん、お前はそういう奴だったな。しかしなんてざまだ、お悔やみの一つでも言ってやろうか?」
「嫌みなんかいらねょよ。早急に金が必要だ、いつ頃になる?」
 側でジロジロ眺めてきやがる不愉快なあいつに聞いたら
「そうだな。特別待遇で扱ったとして3日、いや4日は欲しい所だ」 と答える。
「悠長なことをやってられねぇんだ。2日以内にしろ」
「ずいぶんと無理を言うではないか。ふーむ……俺の見立てでは傷薬……ああ、もしかしてライトエリクサーか? それもかなり重傷とみた。だからあれほど拒んでいた虹の卵を手放す気になったのではないのか?」
「教えるわけ無いだろうが」
「時間をおけば誰かが死ぬと……うろ覚えだが確か主原料は……」
 あごに手をやったブラックは何事かを考え始めた。布越しではあるが私には彼奴がニヤニヤとにやけているのがよく分かる。(予測はしていたが厄介になりそうだ)
「よし、ではこうしよう。お前は今すぐ材料が必要だ、揃えるのに必要な金を無利子で貸してやるし業者との話も付けてやる。だから……」
「手数料は5%」
 私は彼奴がふざけたことを言うまえに先手を打つ。
「エルフィンヌ、無理を言い過ぎではないですか?」
「黙っておれ」「……」
「随分と低いな。ああ今思い出したが、オークションの予定が詰まっていて1ヶ月遅れになるのだった。ねじ込むならサービス込みで25、いや20%でどうだ?」
 奴からは強い圧力が伝わってくるがここで折れたらただのド素人。
「サービス料金込みで8%。これでも400万$になるはずだ」
「話にならんな。18%、これ以下なら他を当たれ」
「虹の卵はオークション会社として、これ以上望めない程の宣伝になるはずだが?」
「わかってる、だからこの程度で抑えてやろうというのだ。急いでいるのだろう?」
 手間は殆ど掛からないのに900万$も寄越せといいやがる。(足元を見やがって)
 フードに隠れて分かりにくいが勝ち誇ったブラックの目が笑っている。私は勝機を与えまいと平静を装いながら考えているがどうにも分が悪い。
「ちっ仕方がねぇな。じゃあ中取って……」
「18だ」
「強突張りめ」
「お互い様だろう。さぁどうする? クックックッ」
 (ちょーしこきやがって。ボッタクリだ!)
「……入札価格は幾らからになる?」
「7000万$からだ。ここ10年は欠片も出てないから、このサイズなら終値はもっと跳ね上がりそうだと考えている」
 これだと1300万$以上も取られる計算になる。(ふざけんじゃねぇ!)
 怒り心頭のわたしが幾ら睨みつけても、こいつは飄々として気にとめない。
「総額で1000万$これ以上はない」
「8000万以上で1300、9000で1500、1億以上なら2000だ」
「高すぎる!」
「そろそろ次の仕事を始めないとな。ここまでにするか? フフフ」
 勝利を確信したブラックは低い声で笑いやがる。(このやろーー!)
「くそっ仕方がない、この件は覚えておくからな」
「交渉成立だな。あれの保管はどうする?」
 ブラックは卵の方へとを顔を向けた。
「ここ以上に安全な場所を私は知らない。オークション直前に取りに来てくれ」
「わかった。それで、作るのには何が必要だ?」
「教えると思うか? 使う業者は石帝にある万目卸問屋とドラゴン繁殖組合だ。問屋の黒蜜花子には私が行くから待つように、組合には20年物を殺さず生け捕りにしておくようにとそれぞれ伝えてほしい」
「いいだろう、準備が出来たら連絡を入れる」
 話し終えてからラシェルと契約書を交わした弱みにつけ込む大欲非道な男は、上機嫌で嫌みったらしく鼻歌を歌いながらガラス板より帰って行った。
「やれやれ、これで少し休めるな」
「2人とも凄い剣幕でしたわね。あれで本当に良かったんですの?」
 張り詰めた気を抜くとラシェルが話しかけてくる。
「良いわけあるか! ちょっと手を貸すだけで手数料が1000万$以上だぞ! ったくあのヤローいつか痛めに合わせてやる」
「でもさすがに1億$はないでしょうね」
「確かに。幾ら何でもあり得んな、はははは」
 顔を見合わせた2人はなぜか軽く笑って見せた。
(こいつら何故こんな言い方を? ああ、もしかして……)
「お前達ってさぁ、景気の良い大ギルドがどれだけ稼ぐか知らないのか?」
「余所は桁違いらしですわね」
「よく知らぬ」 (やっぱりな)
 いまいちぴんと来ないのか特にどうと言う事もなく平然と話すので、私は親切心から現実を教えてやることにした。
「私らの商売相手は全世界70億人全てなんだぞ。それに対しこっちで商品が作れる術者は約4000、上位クラスは100にも満たない。他は全て安物の量産、傭兵に事務系とか労働力を提供する奴等ばかり。法律なんてないし技術は独占されて外へでない。お前達あのさぁ、この黄金城がなんでこんなにデカイか考えたことある?」
「つまり?」
「よその大ギルドだと、千もの術者を抱えて年間100億$単位の純利益がある」
「やめて!」
 カランッと杖から手を離したラシェルは耳を塞いでヘナヘナと床に座り込み、壁にもたれていた雪月花はストンと地面に崩れ落ちた。
「聞きたくない、聞きたくない」
「われ驚愕に値する」
「取引相手は人間だけじゃなくて、ドワーフからデーモンズに至るまで多種多様。他の大ギルドはラスベガスやドバイに城を建てたり、宇宙ステーションに自前の研究設備を持ってたり、うちと違ってかなり贅沢三昧してるんだぞ」
 腰を上げようとした2人に更なる現実を突きつけてやると、それぞれ気力を無くしたようでまたへたり込んだ。
「ここなんてどんなに頑張っても2千万$が限界ですのに……悲しすぎますわ」
「それも原価は別、実際の儲けは約……」
「利益が700万、人件費と維持でかなり飛びますから200万が出れば御の字。借金もあってトラブルが起きたら赤字も屡々……なんども本気で転職を考えましたわ」
「やめとけ、お前はここだから偉そうにしていられる。ゴンザレスならともかく、他へ行けばお前レベルなんてゴロゴロ居るぞ。それに不死薬のいらない若い方がつかいやすい」
「あああ……お願い、辛すぎる現実を思い出させないで……」
 項垂れたラシェルは魂が抜けた様に呆然とするので実に気分が良い。
「井の中の蛙大海を知らず、名言なり。転職を考えるべきか?」
「一番頑張らされる私をおいて逃げるのね。傷が癒えたらギッタギタにしてやりますわ」
 雪月花を笑顔で脅すと沈黙して固まってしまう。(あースッキリした)
 ラシェル達を谷底へつき落とした所で薬をつくる準備を始めよう。と言っても、向こうから連絡がないと動けないので今日はこれで終わり。

 翌日、朝早くにブラックから連絡を受けた私達は、事務所にある鏡を通って中国とロシアの国境をまたぐ様にして広がっている、アンダーワールドの1つ『石帝』へとやって来る。今いる場所は私達のギルドが所有している石造りの家で、壁一面へ設置ているガラス板から出てきたところ。
 玄関から出た先はメインストリートの端っこ。
 頭上で輝くのは人工太陽、中央にはここのシンボルで乱雑に積まれた石造りの巨塔がある。そこから蜘蛛の巣状に住居や施設が並んでおり、無骨な石壁の階層建が並んでいる通りは長さが2㎞もあって、無数の商店や事務所が軒を連ている。
 その広くて歩くだけでも疲れる通りを行き交うのは、人間、ドワーフ、ゴブリン、ワーウルフ、ドラゴニアン、エンジェル他と多種多様。治安維持のため常に騎士団が巡回しているも、欲望むき出しの奴らが集まるここは、24時間むさくるしい熱気が充満していて乱闘や窃盗などトラブルには事欠かない場所だ。
 石畳上をベットに横たわりつつゴロゴロと進んでいたら、重傷の私達には周囲から好奇の目が降り注いでくるが、いちいち気に掛ける軟弱な精神など私にはない。

 暫く進んでメインストーリートのど真ん中にある、万目卸問屋に私達は辿りついた。
 他との協調性を考えずに作られている木造6階建ての建物は、重そうな鬼瓦や黄ばんだ漆喰の壁をシロアリに悩まされる柱が支えているが、築700余りもの間だ一度も揺らぐことなく存在している愛用の店。
 なぜこれを私が知っているかはいいとして、私は店の玄関前にあるスロープを使って段
差を超えると観音開きの鉄扉を潜っていく。
 中に入ると白砂利の敷かれた地面があって奥には商人の座った番台が並んでいる。その先には上がり框があるけど、私達がここから先へ進むことにはなく、商人にカタログで品物を指定すると奥から使用人が持って来るのだ。
 その周囲にいるのは黒金の武者鎧が4人、飾りっ気はないが銃弾を通さない装甲と鉄を紙の様にきり裂く霊刀は警備員としての度を超えている。
「待っていたよ。こっちへおいで」
 入って直ぐに一番左端の番台から身を乗り出しつつ、手招きしながらここの主が私を呼んで来るので、それに応えた私は雪月花にベットを押させていく。
「あれまぁ、話しには聞いてたけど随分と痛々しい姿だねぇ。今度は一体どんな悪さをしたんだい? 女の子は跡が残ると大変なんだから程々にしておきなさいよ」
 (私の方が年上……ゲフン、ゲフン)
 まるで子供に諭すかのように語りかけてくるのは黒蜜花子。白髪の結い上げた髪をししたやせ気味の体に浅緑色の着物をきている老婆で、一本道の通った実直な商売を続けていると表向きは噂される女。昔は私より少し低い位だったが年齢と共に腰が少し曲がってた3代目で、彼女とは赤ん坊の頃から200年来の付き合いになる。
「それでエルフィンヌや、何が入りようかね」
 彼女前まで来ると皺のある手が、カタログを渡そうと私のほうへ伸びてきた。
「この体で読めるわけねぇだろ。ブラックから金の話は聞いたか?」
「ああ聞いてるよ。全額むこうが持つんだってね、どんな卑劣な手を使ったんだい?」
「私を悪人みたいに言うな。企業秘密だ」
「気になるねぇ、教えてくれたら少しサービスするよ」
 古い付き合いの彼女は遠慮もへったくれもなくて、手を引っ込めると商人魂よろしく情報が欲しいと黒蜜は訴えてきた。(ぜーーったいに教えてやらない)
「本当ですか? 実はですねぇ……」
「ラシェル! ばらしたら作らないぞ」
 私が怒ると魔法使いは黙るが商人はしぶとい。
「そんな冷たいこと言わないでおくれよ、私とあんたの中じゃないか」
「嫌なものは嫌」 (ばれたらこいつも卵をたかりに来る)
「10%ほど引いてあげるからさ教えておくれよ」
 (! 購入金額はかなり高けど、いいのかなぁそんなこと言って)
「そう言うことなら、商品を購入して領収書を貰えた後に教えてさしあげますわ」
「? 確約は出来ないけど取り敢えずそうしようかね。で何が必要なんだい?」
 私の心を探るように顔を覗き込んでくる知人へ
「魔力の元が300個、ソッコー薬300ℓ、アルコール抜きのないオス型マンドラゴラ20㎏、大瓶入りアルパイン5本[アンブロシアを加工した栄養剤]に、難しいけど純妖精の涙が100㎜ℓ、それぞれの新しい物が欲しいの」
 と要望を伝える。
 ざわざわざわ……店の中が騒がしくなってきた。
 (冗談だろ!) と4人の警備員は私に視線を集中させる。
 他の客を相手にしてた男女5人の商人、彼らの口はポカンと開いている。リュックを背負っているドラゴニアンや木箱を背負ったドワーフに、薬学に詳しくないラシェル達までもが私の方をまじまじと見続けてきた。
「全部で幾らになるのだ?」
 相場を知らない雪月花の問いにパチパチと算盤を弾いていた黒蜜が答える。
「冗談じゃない! あんたは約230万$も持っていく計算になるよ!」
「だからどうしましたの? 私の聞き間違いでなければ、確か10%ほど引いて頂ける話でしたよね?」
 焦った黒蜜に笑顔になった私が指摘すると、パタパタと手を振って反故にする。
「さっきのは無し、確約していないし忘れておくれ」
「残念だな。それで、全て揃うのか?」
「もちろん意地にかけて揃えるよ。お前達、お客様の商品をお持ちしなさい」
「お客様しばらくお待ち下さいませ」
 黒蜜が後ろでせわしくなる働いている連中に指示を出すと、かなり待たされたが商品は全てそろい木箱に入れてリヤカーに積み上げられる。
「警備員を1人借りていいかしら?」
「2人付けてきっちり護衛させるよ」
「助かる。雪月花さきに商品を事務所まで運んでおいてくれ、これからもっと大きいのを買いに行くから手ぶらにしておきたいんだ」
「承知した」
 私が頼むと3人は運んで行った。
「よいしょっと」
 雪月花達が居なくなると、ラシェルは無断で私のベットに腰を下ろして休憩し、暫くして暇つぶしがしたいと花子が番台から話しかけてくる。
「エルフィンヌ、あんた一体何を作るつもりなんだい?」
「光る傷薬」
「それはまた凄い物を作るんだねぇ。あのさ……いや良いよ……」
「どうした? 言いたい事があるならはっきり言えよ」
 なにやら奥歯に物が挟まった様なものの言い方をするので促してみる。
「いやなに、そいつをここで売れないかと思ってね」
「ギルド協定に基づく販売管理商品だから無理だ。依頼を出しても許可が下りなきゃ作ることは出来ない。量産すれば凄く儲かるが敵に渡ったらとても怖い代物さ、今回は3大ギルドメンバーの緊急事態だから承認は必要じゃないんだ」
「それ位は知っているさね。でもやっぱり欲しいねぇ……」
「どんなにせがんでもダメな物はダメ。それより最近何か面白いはないか? 家は誰かさん達のおかげで苦しくってさぁ、儲け話があったら回して欲しいんだが」
「その誰かさん達って私達のことですの?」
 足下にいる無表情のラシェルが私を見る。
「事実を言っただけなのになんで怒るんだ?」
「そうでしたわね。確かに後先考えず自爆したのはエルフィンヌさんですわ。おかげでみんなが巻きこまれたから倒産しそうなんですの。ほんと彼女は困ったものだと思われませんか? 黒蜜さん」 
「へぇー、まだあそこが潰れて無かったとは驚きだねぇ。みんなに教えてやらないと」
 私が言い返すと魔法使いは手を借りようと黒蜜に話をふり、また論争になりそうだったが妙なことを言われてそっちが気になった。
「それはどういう意味だ?」
「あ~いや、これは口が滑っち待ったね。忘れておくれよ」
 誤魔化しを計ろうと商人は顔のまえで手を振ったが、ラシェルは彼女を睨みつける。
「聞き捨てなりませんわね今の言葉。3大ギルドの一つがどうして潰れたと思えるんですの? きちんと説明して下さらないかしら?」
「いやその、だからねぇ、もういいじゃないか。……ほらお連れさんが帰ってきたよ」
 突っ込んで聞きたいが空しいだけ。彼女が目をやった入り口には雪月花がいて、しつこく聞き出そうとするラシェルを促すと、領主書と品質保証書を受けとって外にでる。

 次はブラックドラゴンの買い出しだ。
 これが養殖されているのは石帝の北端、南側からではそれなりに距離があり周囲から興味と笑い物にする視線を浴びながら道を進んでいく。
「少し疲れましたわ。何処かで小休止に致しません?」
1時間ほど歩いているとラシェルが音を上げてきた。
 右手の松葉杖と左足をつかい右足を引きずって歩く彼女は確かに疲れそう。でもこっちは寝ているだけだし、押している3人目も疲れた様子はない。だから
「私は疲れていませんし先を急ぎましょう。1分でも早く作る方が良いと思いますわ」
 と、彼女の都合など知ったことではない私は答える。
「ドライアイスよりも冷たい女、少しは他人の迷惑も考えなさい。寝ているだけのあなたは疲れようなんて無いでしょうが、か弱い乙女である私は、悪逆魔女のように図太い神経と体力を持ち合わせておりませんので、とても疲れておりますの」
「見てくれだけは確かに乙女ですわね。でも薬品で透き通るような白肌を維持しておられる性悪魔法使い様は、外見は少女でも中身は私より逞しいはずですわ。雪月花さん立ち止まってないで早く押して下さいな」
 私が真横から抗議するとラシェルは剣先のように鋭い目を向けてくる。ピリピリとした殺気を感じながらも、目力で相手を燃やしてやりたいと私は睨みかえす。
 そうすると場の雰囲気に耐えかねたのか雪月花は私を道のはしに寄せて
「少々喉が渇いた故冷たい物を買って参る」 と言い残したら何処かに行く。
 武者鎧がどうやって喉を潤すのか? 思いっ切り突っ込んでやりたいが聞き流す。
「ちょっとどいて下さいね」「いやだ」
 雪月花が居なくなると私は断ったのに女は、体を勝手に引っ張って動かしてくる。
「これで良しと」
 手間取りながらも開いたスペースに深く腰を下ろすと魔法使いは一息いれる。
 (私の体が動くなら、背を向けているこの女をザックリと……)
 どこまで買いに行ったか知らないがあいつは中々帰ってこない。静けさだけが辺りを支配して、時折くる気分の悪い連中をにらみ続けていたらそれも居なくなる。
「はぁ、にしてもほんと腹立ちますわねぇ」
 突然ため息混じりにラシェルが話しだすので
「何が?」 と私は暇つぶし代わりに聞いてやった。
「黒蜜花子の話です。ミラクルスパイラルが倒産したと思っていた、なんて酷すぎます。確かに、維持できなくてここの管理を手放したかも知れません。術者が居なくなって仕事量が減ったかも知れません。でも存在すらして無いだなんてあんまりです」
「それは仕方がないと思うぞ。材料を買いに来るのは私だけ、ご主人様は人間相手の営業だけで手一杯、お前ら最近いつここに来た?」
「……………………………………………」 (何かまずいこと言ったか?) 
 ガクンと肩を落としたラシェルは、うな垂れながら背中にくらい影をやどす。
「そんなに落ち込むなよ。らしくない」
 笑ってやろうかとも思ったが、あんまりなので一応慰めてみる。
「よくよく考えてみたら、私ここ何年も足を踏み入れた覚えがありません。ご主人様と人間に振り回され、ずっと地上のトラブルばかりを相手にしてました。全く顔を見せないんじゃあんな噂が立っても仕方ありませんよね……なんだか泣けてきます。ううう……」
「へ? あああ、あれだ。お前はまだ若く、はないな。これから頑張れば上をってあそこじゃ……えー、ほらあれだ。まだ何とかなるかも知れないじゃないか。可能性は低いけどその内給料は……上がらずに無白下がるってか。いや違う、他で働けばいいだろうって不死薬が。もう諦めろじゃなくて、とにかく希望を持て。どうにかなる」
「希望ってなんですの?」
 私に向けた顔は目に涙を一杯貯めてうーるうる。
 (笑ってやりたいが自暴自棄になったら殺される。いま回りには彼女を止められる奴が居ないのだ、なんとかしなければ……)
「あ~これからだ。うん、これからこれから、まだ諦めるのは早い! 術者を雇って、仕事を取り、少しずつ成長していけばだなんとかなるはずだぞ」
「殆ど、いいえ全部の仕事を下請けに取られている名前だけの大ギルド。誰も働きには来てくれませんし、魔法の使えない貴女と雪月花さんだけでは今でも限界に近いです。もううどうやったって無理……。わぁぁぁぁーーーーー」
 私にすがりついて大泣きする年老いた乙女。今の私は指一本動かせずなから抱いてやることも出来ず、じっと彼女気が落ち着くまで待っている。
 (よーっぽどたまってたんだろうなぁ。泣き出したいのは私も同じなんだが……)
「もうどうなってもいいです」
 胸にすがりついてた彼女が、出し抜けにもっとも警戒するべき言葉を口にだす。
「そんな風に考えてはいけませんわ、いついかなる時でも希望を捨てではいけません。努力すれば必ず報われます。ラシェルさんは強い女性です、弱気になった貴女なんてらしくありませんわよ」
 勇気づけてやろうとする私の言葉とは裏腹に、心の中では(やめろ。その考えだけは捨てろ) と願い続けている。
「エルフィンヌにそのような言葉を掛けて貰えるとは思いませんでしたわ」
 顔を上げた彼女は涙目ながらも小さく微笑んだ。(これでなんとか躱せそう)
 私が安堵したらラシェルは立ち上がろうとする。
「無理をなさらなくても。このままでよろしくてよ」
 やばい気がするので優しさを投げてみる。
「ありがとう。でももういいの……」
 何とか立った彼女は松葉杖を捨てた。(こらこら納得したんじゃないのか)
 続いて腰のベルトに差してある杖を右手で抜く。(やばい、これはやばすぎる)
「どうなさる気ですの?」
「こうするんです」
 涙目のまま予測通りに私の方へと向けてきた。
「エルフィンヌさんお願いがあります。虹の卵を一つだけ譲って下さい」
「どうして?」
「退職金代わりにそれを売り払ったら死ぬまで遊びます。きっと私にはそれしか道がないと思うんです。お願い一つでいいの、小さい方でいいから。はは、私って悪い女。なんでこんな事になっちゃったの? 誰が悪いの? 私? きっと私が悪いのよね……」
 (じょうだんじゃねぇーー!)って怒りたいが、そんな余裕は直ぐに吹き飛んだ。
 涙を流すめと半笑いの口元、顔全体が歪んで見える。
「あはははは、もう何もかもお終いよ。私はこれから遊んで暮らすの、リゾートの別荘、カジノ、高級料理、宝石、遊んで遊んでこれからずっと永遠に遊び続けるのよ。働くのはもう嫌。あはははは、こんな世界なんか消えて無くなればいいんだわ。あーはははは」
 泣いてるのか、笑ってるのか、はたまた怒っているのか、全部を表現しようとしている顔からはもはや正気だったころの凜とした様子はみてとれない。
「お願いラシェルさん正気に戻って下さい」
「ははっ、正気? いらないわそんなの。もう終わったのよ全て、私の一生はここで終わっちゃったの。終わりよ、何もかも終わりよぉーー。あーはぁははははは、あははは」
 説得しても効果なし、彼女は空を見上げながら大笑いを始めてしまう。
 (虐めすぎて壊れたかな? 誰かに助けを……) どうにもならないので回りを見る。
 無数の石で組まれた民家の窓、道と曲がり角、間が悪いのかメインストリートから遠い場所にはこういう時に限って誰もいない。
「あははは、そうだ私いいこと思いついちゃった。2人で死にましょう今すぐ、私が全部燃やしてあげる。役立たずな私もエルフィンヌもこの町もみーんな燃やしちゃうわ。あははっ、はーはははは」
 再び私をみた彼女の顔は、涙と笑いで醜く歪みとても恐ろしい。
 (わはははは、って違う! 私まで壊れてどうすんだ)
「だれかぁー助けてーーー」
 胸を膨らませたら肋が痛いけど私は大声で叫ぶ。
「あはっ、怯えなくても私の炎なら一瞬で灰になれるから痛みさえ感じないわ。あははっはははは。ほーら行くわよぉ」
 目標を失っていたミスリル銀の杖が私にむくと、先端にある緑水晶へ炎が宿った。本気と書いてマジと読む、崩れた彼女の顔はちょー怖い。黒魔女が言うんだから本気の本気、世の中にはこんな顔があるんだと言えてしまうぐらい恐ろしい。
「助けてぇーーーー」
 誰も答えてくれなくて悲かった。
「エルフィンヌゥ、苦しみからぁかいほーしてあげるわねぇ。ファイヤー……」
 今まさに放たれようとしているときだった。ガン、円柱形の何かが彼女の頭に当たりバランスを崩して倒れると魔法が止ってくれる。
「ラシェル殿、正気に戻られよ」
 後ろにいたのでは首を向けられないがやっと戻ってきたらしい。
「痛いわねぇ……なーに? 雪月花も燃やして欲しいのぉ。だったらぁ遠慮なく」
 雪月花が近づいていくと彼女は立とうとしたが、あの体では誰かの支え無しに起き上がるのは無理なようだった。少しもがいていたラシェルは、諦めて杖を手に取るとにーっと笑いながら鎧武者の方へ向ける。
「いくわよぉ……」
「やむを得ぬ」
 杖に炎が宿ると同時に走っていく雪月花。
「御免」
 彼がしゃがみながら繰り出した拳がラシェルの鳩尾へきまると、「グハッ」 短い声と共に理性を捨てて発狂した魔法使いは気を失った。
 雪月花は彼女を抱えて私の方へ来ると、あろう事か隣へ寝かしてしまう。
「側に置いて欲しくないけど仕方がないか」
「一つお聞きしたい」
 彼の向けてくる顔は真剣そう、目の奥にある炎がからそのように感じられる。
「なんだ?」 と若干緊張しながら聞いてみた。
「ラシェル殿に何を話された?」
「私はそんなに酷い女か? 聞かれたからただ事実を淡々と並べただけだぞ。普段は偉そうにしているがよーっぽど堪えたんだろうな。もう私の人生はここで終わるってワンワン泣いたんだ。私は悪くねぇよ」
「成る程、ここは一旦城へ戻らねば」
「それはだめだ」
「何故に?」
「早く薬を作らないと病院にいる2人が死ぬから。そうでなきゃ3回も連続手術を受けた私が重症を押してここに居るわけがない」
「あいわかった。ドラゴン並の体力と超鋼鉄の精神をもつ女よ」
「二言多い」
 納得した雪月花は、私達が寝ているベットを押して目的地まで運んで行く。

 (私はこのままで良いのか? どうにかして逃げ出した方が良いような……) などと色々考えつつ超鋼鉄の柵で囲われた広い場所の前までやってきた。
「ブラックドラゴンはここに?」
「お前なぁちょっとは見識を広げた方が良いぞ」
「我関係なきことに興味なし」
「まぁいい、柵に沿って右へ向かえ入り口があるはずだ」
「承知」
 弧を描いている道に沿って私達は進んでいく。建造物禁止区域になっているここいらには頑丈な柵に囲まれただだっ広い地面しかなく、放し飼いのドラゴンが逃げ出さないように細心の注意が払われている。
 暫く進んでいくとインターホンの付いた分厚い扉が現れた。雪月花に押させると迎えに来るというのでここで待つ。
 10分後、そろそろ昼になりそうだ。(早く帰って飯にしたい)
 20分後、理由は知っているので静かに待つ。
 30分後、イライライライラしてきた。
 40分後、雪月花にインターホンで急かさせる。
 50分後、まだこない。
 1時間後、もう待てん。
 雪月花にインターホンを押させて今度は私が急かす。
「ばっかやろーー何時まで待たせる気だ! 早く来やがれ!」
「すまんが今は飯時なんだ。出直してくれ」
「ブラックドラゴンの一頭買いなんだぞ、客を逃がしていいのか」
「ここ以外で買えるなら好きにすればいい。どうせ経費を抑えたいだけなのだろう」
「わかったもういい。こっちから行く」
「止めはしないが死んでも知らんぞ。「親方おれが行きます」 だそうだ。お前達は運が良かったなもう少し待て」
「急げよ」
 来ると言うから怒りを抑え込んで待つことにする。
「素直なお前は珍しい」
「会えば理由が分かる。その一言忘れないからな」
 雪月花の皮肉に正面から噛みついて更に待つ。
 20分ほど待って、12時40分頃にやっと来た。
 平均身長2m越えで筋肉質な体をしている彼は、体をフサフサの青い毛が覆っているワーウルフ。顔はオオカミで突きでた口に牙があり、威圧感のある金色の目をしている。
 全身を覆っている黒皮の鎧はブラックドラゴンのそれをなめした物だが、ドラゴン相手に剣は効果がないので武装は現来風らしく、肩紐で背負った対戦車ロケット砲と腰のベルトに吊ってあるスタングレネードだ。
「お前は?」
「ジークと呼べ、客はどっちだ?」
 私はかなり不機嫌そうにしている筈だが彼は気にする様子がない。
「私がエルフィンヌこっちが雪月花とラシェルだ、時間が惜しい急いでくれ」
「その体で本当に行くのか?」
「中のことはよく知っている、急げと言った」
「そうかなら付いてこい」
 ジークの後に付いて開いた門からガラガラと中に入っていく。遮蔽物があるとブラックドラゴンが身を潜めて危険だから1本の枯木さえ存在せず、埃っぽくて乾燥した大地が続いているだけ。そよ風でも吹けば少しはましだが地下都市でそれは望めない。
「エルフィンヌは知っているそうだが、ここのルールを説明しておくぞ」
 歩き始めて少しすると先頭を行くジークが話し始めた。
「1つ、ここでは俺達の指示に従い決して逆らってはならない。もし逆らえば……」
「ブラックドラゴンに襲われるかも知れないし、俺達は助けない。だろ」
「そうだ。2つ、ドラゴンが側に来たら合図するまで絶対に動くな。あれらには俺達が与えた餌以外を喰わないように躾けてあるが、動く物を見ると本能的に襲いかかってくる。その結果死んでも責任は取らない」
「3つ、大きな音を立てるな。ドラゴンは俺達のように耳がよく、1㎞先の話し声でも聞きつける。騒いだら縄張りを守るために押し寄せてくるからとても危険だ。もし囲まれたさいに勝機が見いだせないなら、俺達は客を放って逃げる」
「4つ」
「まだあると」
「ブラックドラゴンの鼻先に立つな、距離が開いても駄目だ。命が惜しいなら絶対に守れ」
「何故に?」
「機嫌が悪いと火炎弾を吐いてくるからだ。射程は200m以上だったな」
「よく知ってるな。ブラックドラゴンは頑丈で力も強いが空が飛べず動きも鈍い、火炎弾にさえ気を付ければそうそう怪我を負うことはない筈だ。忘れるなよ」
「承知した」
 話しながら進んでいるとジークが止まるので私達も停止する。
「どうした?」
「静かにしろ」
 低い声でこう話した彼は、頭上にある耳を左右に回しながら念入りに音を拾い、鼻をひくひくさせて目を細めながら右側に顔を向けた。
「……あれか。向こうにいるブラックドラゴンが見えるか?」
 彼が指さす右斜め前方をわたしも見てみたが荒野しか目に映らない。
「小さき黒い点がある」
 同じように目をやった雪月花には見えたらしい。
「あれがそうだ。俺達の様子を覗っている、まだかなり遠いから平気だ」
 更に進むまた警戒をし始めて、「前にいる気を付けろ」と言う。
 今度はそんなに離れてないので私にも黒い固まりが見える。
「こっちだ。ベッドだと殆ど動けないから大回りをして避ける」

 90度左に曲がって10分程あるいたら左斜めに進んだりと、頻繁に進路を変えなが私達は目的地までやってくる。ビルを建てると八方からドラゴンに攻撃されるので、地下に掘られた広い洞窟が彼の職場だ。
 下に伸びる斜面はあちこちに監視カメラがあり、大型トラックが2台は通れそうな広さがある道を進んでいくと超鋼鉄の大扉が現れて、その側にある通用門をカードキーで開けたジークに続いて私達も入った。
 蛍光灯で明るい中は直線構造をした広い作りで、大小様々な部屋が両側に並んでいる。
「1階はブラックドラゴンの養殖と解体につかう部屋、地下2階より下は居住区だ。頼まれた物は奥にある」
 彼の話を聞きながら奥へ屠殺場、場孵化室、冷凍室、治療室、加工室ほかを両横に見ながら7分強ほど歩いて突き当たりまで来る。
「今開けるから少し待ってろ」
 周囲より一層頑丈に作られた両開きの扉の向こうにあるのは競り用の隔離室。
「手伝いは?」
「必要ない」
 雪月花の提案を断ったワーウルフは真ん中の取っ手を掴むと、幅10mにもなる分厚い超鋼鉄の半分をいとも簡単に押し広げていく。
「中で親方が待っている入れ」
 と言われた私はベットに乗ったまま中へと入る。
 次の瞬間だった
「わーーーーーははは……」 と奥から大笑いが聞こえてきたのは。
「こいつはいい傑作だ。がはっははは、腹がいてぇ。俺を窒息させにきたな? だははははは、笑いすぎて死ぬ、ひーひひひひ」
 私の正面、ブラックドラゴンが入れられた檻の前でこちらを指をさしながら、背を丸めつつ右手で床をドンドンと叩いているのが、知人のギル=レヴァート。ジークと同じワーウルフだが年を取ると青色が抜けて全体的に灰色がかる。
 そのまま彼は腹を抱えて床をゴロゴロと転がりながら笑いまくった。
「ひーーーひひひ、グハッ、こ、呼吸が出来ん。はーはー、凶悪さで知られたお前がなんてざまだ。いかんまた来る、死ぬっ、わーーははははは」 (ふざけやがってぇ!)
「そのまま笑い死んじまえ! もう起き上がってくんな!」
 客に対して酷すぎる仕打ちに憎しみを覚えた私は怒鳴りつけてやる。
「おう死んでやるともさ。がははははは、わぁはははは、ひーひひ、ブハッ、誰か止めてくれぇ。わーははっははは、わーーーーはっはっはっ……」
 ワーウルフは体力があるのでそのまま数分間もゲラゲラと笑い続け、怒りが頂点に達した私は文句を言い続けるも効果はない。
「親方、笑うのはそれ位にして商売を始めないと」
 暫くして見かねたジークが手を貸してレヴァートを立たせた。
「わはははは、ああそうだったそうだった。忘れる所だったぜ。ぶっ、くくくく。このままではいかんな、スーハースーハ」
 レヴァートは気を落ち着けようと、両手を広げたり閉じたりしながら深呼吸をする。
「おしっ抑えたぞ。所でジークよ何故お前は笑わない?」
「お客を笑ったら無礼でしょうが」
「ちっ相変わらず固い奴だ。そんな調子だから……」
 向き合って話を始める彼らに
「私は客だぞ、早く商品を見せろ」 と私は言った。
「分かってるって。心配しなくてもあれは逃げやしねぇよ」
 とギルは後ろにある檻の方へと顔を向ける。
「近くに寄ってみてくれ。今朝つかまえたばかりのとれとれだ」
「雪月花」
「承知した」
 奥へ進むと超鋼鉄で出来た檻のなかに鎖に繋がれたブラックドラゴンがいた。どうやら薬で眠らされているらしく、ドラゴンは丸まって小さな呼吸を繰り返している。
 全身を覆っている黒光りする鱗はダイヤ並みに堅く、大きさはアフリカ象と同じ位。丸太のような首を入れた体長は8m程で、ぶっとい手足の先には鋼鉄をも切り裂さける龍の爪がギラリと光っている。重さは概ね10tといった所だろう。
「約束通りに20年物で大人になりたてのやつだ。俺としては30年物を買って貰えると嬉しいんだがな」
「薬を一つ作るだけなのに、そんなでかいのを買ってどうすんだよ」
「商品には納得したか?」
「ああ確認したこれをくれ。加工代を含めて幾らになる?」
「諸経費にえさ代、人件費に利益を入れて2230万$だ」
「随分と高くつくのであるな」
「毎日400㎏の牛肉を喰っちまうからな、食費と栄養剤だけで1600万$はかかる」
「成る程」
 この後ドラゴンの加工を頼んだら、ギルは可愛そうな子を見るめを私に向けてきた。
「噂は色々きいてるが、ミラクルスパイラルは単純な労働力さえ維持してないのか?」
「死にたくないなら黙って商売してろ」
「お~怖い怖い、怖いから加工代はまけといてやろう」
「礼は言わないからな、さっき笑った分で差し引きゼロにしてやる。すべての作業が終わるまでどれぐらい掛かる?」
「そうだな……」
 私が聞くとギルはドラゴンを見ながら少し考える。
「解体だけなら30分も掛からんが、具体的にどうすればいい?」
「肉と内臓はより分けてそれぞれミンチ、肺と目玉に頭脳はお前にやる。骨は背骨を中心に1tだけ粉にして残りはそのままにしておいてくれ。ただし牙と爪は潰さずそのままにてしておくように。それから血液は捨てず壺にためてくれ」
「わかった、それなら全てが終わるのは日が落ちる頃になる。処理が終わったらどこに連絡すればいい?」
「動きたくないからここで寝てる」
「飯は?」 「まだだ」
「それなら重病人に相応しい食事を持ってこさせよう。ジーク、お前に任せるから失礼の無いよう丁重にもてなしてやれ」
「直ぐに昼食を持ってきます」
 接待役を命じられたジークは外へ向かい、レヴァートも続いて歩こうとしたが、何を思い出したのか振り向くと私の方をじっと見てきた。
「どうした?」
「いやお前をそこまで痛めつけたのは誰かと思ってな」
 あいつはとても興味深そうにしている。教えた結果がどうなるかは想像に容易いので
「教えたくない」 と私はムッとして睨み返す。
「超爆弾による複数人を巻きこんだ自爆、迷惑極まりない」
 私の意志を無視して余計なことを話したのは雪月花。(呪ってやる)
「わははははそうかそうか、こいつぁいい。凶悪な魔女様を傷つけたのは、他ならぬご本人様だったわけだ」
 私が怒るまえに顎が外れそうなほど口を開けた彼奴は
「これで暫くは酒の肴にこまらねぇぜ。わーははっはははは……」
 と部屋中に響く騒音をまき散らしながら歩いて行った。

 檻の中にいたブラックドラゴンを別のワーウルフ達が運んでいった後、ジークを待ちくたびれた私がうつらうつらと眠りに落ちかけたときだった。
「幾つか聞きたき事がある」
 と側の地面に座っている雪月花が話しかけてくる。
「なんだ?」
「何故ブラックドラゴンを店で買わなんだ? そちらの方が楽であると言うに」
「卸しの店で1割増し、細かい加工が入れば2割だ。その先はもう少し高くなる。億単位の差が出るだろ?」
「ふむ。我もここで買えるか?」
「人間と敵以外で1頭買いなら売ってくれる。ばら売りはない」
「残念。皮や骨だけでよいのだが」
「後で残り物を売ってやるよ」
「格安で是非に」
「それは私の機嫌しだいだな……」
 暫くのあいだ世間話に乗しているとプーンと肉の匂いが漂ってきた。
「昼食を持ってきたぞ」
 と言ったジークは湯気が昇っている土鍋と取り皿を木箱に乗せて持っており、食事を置いたら仕事があると行って直ぐ居なくなる。
 飯の中身は病人に相応しい米の入った鶏肉の雑炊。ステーキを喰わせろー油でぎらぎらしてるやつをだーーと騒ぐ腹を黙らせつつ、飯を台無しにされては叶わないので雪月花に鍋を安全なばしょへ持っていかせてから、狂った魔法使いを起こさせる。
「ラシェルどの起きられよ……」
 幾ら呼んでも目覚めないから雪月花はラシェルを揺さぶった。
「う~ん……毛皮にダイヤ、もう持てないわぁ」
 少し反応があった、夢の中では豪遊をしているのか幸せそうな寝顔をしている。
「フォアグラがいっぱい~、満漢全席は独り占めぇ……」
「ラシェルどの食事ならごここにあるぞ。冷めたらまずくなる」
「ほんとに~」
 ようやく起きてうっすらと目を開いたラシェルは、ぼーっとした顔で回りを見る。
「あれぇ、私のフカヒレは~?」
 寝ぼけているので暫く待つことにした。
「ここはどこ~? なんでこんな所にいるの? あっエルフィンヌ、死ねーーーー」
 背中で寝ている私に気が付いた彼女は、ベッドから立ち上がろうとしたが思うようにいかなくてそのまま下に転げ落ちた。
「いったぁい……ああそうよ……」
 雪月花の手を借りて立った彼女の機嫌は悪そうで、私を睨んでくる目が怖いから怒りの矛先を変えるように誘導してみる。
「ブラックドラゴンを買いに来る途中で、貴女を雪月花がなぐり倒したのよ」
「端折るな、話しは正確に」
「えっと確か……」
 余計なことは思い出さなくてもいいのだが、悩んだ彼女の言葉を待ってみる。
「そうよ、エルフィンヌに絶望を突きつけられた後に私が泣いて……それから杖を突きつけて……よく思い出せない」 (私は何もしてないぞ)
「大した事ではありませから、無理に思さなくてもよろしいではありませんか。それより早く昼食に致しましょう」
 無意識に魔法の杖へ手をかけようとするラシェルに、わたしは腹が減ったので冷める前に喰いたいと土鍋に目をやって訴える。
「本当は何があったのでしょうか、教えて貰えると助かるのですが?」
 杖を抜きながら自分を支えている鎧武者にラシェルが聞けば
「知っても辛いだけぞ、忘れられた方がよい。それよりも冷める前に食されよ」
 と聞かれた方は土鍋に顔を向けながらこう話す。
「そうですか、雪月花さんがそう言うのならもう聞きません。では頂きましょう」
 私にきつい疑りの目を向けながらもラシェルが応じたので、木箱を側に持ってこさせてから食事にする。飯を食ったら睡魔に襲われたので2人並んで寝る事にしたが、ラシェルに殺されては堪らないから、雪月花には側から離れないように頼み込んでおく。
 ギルに起こされたのは夕方の6時頃、領収書を貰ったら肉を積んだ3台の荷馬車で洞窟から荒野までを駆け抜ける。
 肉の臭いを嗅ぎつけたらドラゴンが集まってくるので、護衛とともに全速力で走り続けて敷地の外にでた。第一関門を超えたら人工太陽に覆いが被されて暗くなった石帝を、盗賊を避けるようにフルスピードで突き進む。警戒を続けつつメインストリートの端にあるギルド所有の民家前にきたら、中にある大鏡から黄金城へ荷物を運び入れて一安心。

「これで全部揃いましたの?」
「凄い量であるな」
 ラシェルと雪月花が見上げているのは、事務所から応接スペースまでを埋め尽くしている大量の木箱。10tを超える材料の重さで床が抜けないか気がかりだったが、見てくれと違って頑丈な黄金城にその心配はいらないようだ。
「ああそうだ。明日からといきたいが生物があるので、今からみんなで作る」
「どういう事ですの?」
 私へ振り返ったラシェルに
「この姿を見て分からないのか?」
 と言い返す。
 ……彼女らが私をじっと見続けたまま沈黙が続いた。
「まさか、素人の私達に作れというつもりなのですか?」
「不可能」
 言いたいことは解るが他に方法もないので
「私が超特別に教えてやるから。ぐだぐだ言ってないで外回りの奴等も呼びもどせ」 
 と命令をする。
 約30分後、みんなが帰ってくると剥き出しの嫌な顔をされてムカついた。
 あれら4名は営業を始めてまだ2日しか経ってないのに、下請けとゴンザレスに依頼主の間で振り回されたのか、かなりお疲れらしい。
「出来れば明日にしてくれんか」
「年寄りをこきつかわんでくれ」
「エルフィンさんお願いですから休む時間を下さい」
「疲れた~働かせすぎーー」
「やかましい! 材料が腐れば全部パーだ黙って従え!」
 私が睨めばみんなが渋々従うので少し気分がいい。
 作る前の準備として山と積んである材料を作業部屋まで運ばなければならない。ゴンザレスが居るとはいえこの量はきつすぎるから、ウンディーネにやらせる事になって彼に交渉をさせる。
 ゴンザレスは部屋の中央にまで行くと
「ウンディーネよ頼みたいことがある」 と泉に向かって話しかけた。
 するとドウッと勢いよく泉が噴火して、天井まで届いたそれはゴンザレスを押しつぶすように降り注ぐ。水圧だけで圧死させられる膨大な量の水を、身に纏った黄金の闘気で耐えた彼はいつも通り怒りもせずウンディーネに
「なぜそんなに機嫌が悪いのだ? 理由があるならちゃんと説明してくれ」 と聞く。
 すつと天井近くまで吹き上がった水が2つに分かれたら、一方は『お腹すいた』 と言う文字を空中に作りだし、もう一方で大きな矢印を作って木箱を示す。
「ああそう言えば、すっかり忘れてましたわね」
「うむ」
 続いて水流が天井に『怒爆発』と描きだす。
「雪月花、木箱から適当なのを渡してくれ」
「承知」
 彼が餌をやる際に交渉すると肉100㎏に内蔵100㎏も持っていく、それも豚じゃなくてドラゴンだからかなりの高額になった。(目一杯こき使ってやる)
 『量が多すぎる』 だの『私だけにやらせるな』 だのと文句を言うウンディーネに
「44万6000$分働け!」 と喧嘩をしながら追加分を与えつつ、協力し合って67階にある部屋に荷物を運び入れる。

 ライトエリクサーを作る前に、薬のくの字も知らないギルドメンバーへまず説明。
「不死薬やエリクサー、仙丹と呼ばれる物と、ライトエリクサーや死者復活薬との違いについて分かる人お手上げ」
 ゼロだった。ま、名前さえ知らなかった所だろう。
「エリクサーは生命体の細胞を活性化させ、不純物排出を促して細胞の若返りを促す。その過程で傷も治すことも可能。ライトエリクサーは細胞を強引に動かし極限まで生命力を引き出すのに使われる」
「どちらも同じようですが?」
 手を挙げたラシェルからの質問、ここで間違えるやつは多い。
「似ているのようで全く違う。最大の違いは、ライトエリクサーを与えられた死体は効力が切れるまで動き続けることにある」
「死体が動くというか。とてつもない薬であるな」
「そう。生命体のルールを無視して細胞をむりやり動しつつ直していくから、壊れて再起不能の所でも元に戻る可能性がある。エリクサーは生きている細胞に刺激を与えて本来ある形に修正するための物」
「なんだか怖い物ですわね」
「怖いなんて代物じゃない。薬が流れたら致命傷を与えた敵に復活するチャンスを与えてしまう、だから販売管理商品なんだ」
 説明を終えたので肉を煮込む所から始よう。
 まずt単位になるドラゴン肉を調合室の奥に作らせた大部屋に運びこむ。ここには大小様々な鍋を床に埋め込んであり、ライトエリクサー用の大鍋へ肉2に対して内臓1の計6tを投入したら、近くにある巨大瓶へ銅貨のギッシリ詰まった袋を放りこみ、そこから繋がるホースで水を注ぐ。
 鍋を水で満たしたらラシェルを連れて66階まで降り、帽子からライフクリスタルを取り出してファイヤードを解放し、薪を与えて鍋をグラグラと沸騰させ続ける。その際には焦げないように混ぜ続け、蒸発する分の水を常時補給し続けなければならない。
 これは大変な重労働なのでゴンザレスと雪月花に交代でやらせる。
 2つ目に使う釜は1tと小さめ。これにブラックドラゴンの全血液800ℓを入れたら沸騰させないように注意しながら、水は足さず煮詰まるまで適度にかき混ぜさせる。
 これは比較的簡単なので、ヒョロちゃん、バラック、シリスの木偶人形にやらせた。
 取り敢えず今日はここまで。
 私とラシェルは怪我人だし疲れたので、恨めしそうに見送る視線を背後で感じつつ、ゴンザレスにベッドを押させて部屋に戻ったら寝る。

 翌日、交代で釜を見ていた疲労困憊の連中に、倒れられては困るから予備のアルパインを与えて営業に行かせる。
 飯を食ったら雪月花に押されつつ67階に行って作業再開。温度計によると部屋の中は湿度70%の37℃、エアコンを全開にしてあるが部屋では2つの大釜が火にかけられているので処理が追いつかず蒸し暑い。
 私は指示を出すだけなので上に戻ろうとしたが
「エルフィンヌだけに楽な思いはさせません」 とラシェルが言うので残らされた。
 ここに居るのは、雪月花、ラシェル、シリス、私の4名。
 疲れない雪月花と木偶人形には2つの釜をヘラでかき回させ続け、側にある作業台にはラシェルとシリスを配置して別の物を作らせる。
「暑くてべたべたするし、めんどくさいからやりたくない」 とブウたれる糞妖精と
「薬が完成したらエルフィヌに仕返してやりましょう」 と言う鬼魔女ラシェルに
「作るのをやめてもいいんだぞ」 と脅しをかけたら喧嘩になりそうになった。
「年寄りは気が短くてかなわん」
 と喧嘩を止めてから去り際にこう言った、雪月花の背中を3人で睨みつけつつ私はラシェル達に指示をだす。彼女達にやらせるのはオス型マンドラゴラを切る作業、片手しか使えないラシェルが包丁を持って、シリスにそれを手伝わせるのだ。
 椅子に座って側にある木箱からマンドラゴラを取り出した彼女は、それを机にあるまな板に置くと妖精と一緒になって、ジロジロと舐め回すように見る。
「なんだかやらし~形をしてますわね」
「ほんとほんと、なんか触るいや」
 1つのが20㎝ほどで色は白、形は女の子なら目を反らしそうな裸の男。
「そのオス型は栄養剤などに使われて、黒いメス型は毒薬の原料になる。一口サイズに切り分けてくれ」
「わかりましたわ。それにしても、なんだか刻むのを躊躇うような形ですわね~」
彼女はこう言うと妖精が動かないように押さえているそれを、包丁でストンと迷わず半分に切った。
「躊躇うんじゃないの?」 と妖精がラシェルを見上げて聞けば
「人の形をしていても植物は植物です」 と彼女は話す。
 それからラシェルは黙々と切り続けていって少しすると
「人間を切り刻んでいるみたい」 と言いだした。
 笑っている彼女をみたら百年の恋も冷めるだろう。
「こうすると痛いのよねぇ、足を切断っと。今度は手から、頭をちょん」
 黒いオーラを出しながらぶつぶつと呟く残虐魔法使いは、マンドラゴラをザックザックと細切れにし始めて、側でこれを聞かされる妖精は押さえるのをやめて離れた所に避難してしまった。
「うふふふ、これはどうかしらぁ……」 
「ラシェルどの人格を疑われかねん、黙られよ」
 堪りかねた雪月花は、大釜をかき混ぜていた手を止めて背中から注意する。
「あらごめんなさい、私ったらなんて事を。でもやめられないわ、えっと次は……」
 振り向いた彼女は一応謝ったが、また黒いオーラを身に纏うと作業に戻っていく。
「似たもの同士は反発し合うってよく言われるよねぇ」
ラシェルから離れて木偶人形の肩に腰を下ろしたシリスは、私とラシェルを交互に見比べながら突然ふざけたことを言いだす。(怪我が無ければロケランで……)
 直ぐに反応しそれぞれで睨みつけてやったら
「私は真面目に仕事する妖精ちゃんでーす。怖い人が睨んでくるの~」
 って嫌みを言いながら作業に戻った。(喧嘩をしてはならない、抑えろ抑えるんだ私)
「こんな時でなければ許しませんわよ」
 と文句を言いながら机に向いたラシェルは切断を再開する。
 暫くして彼女が作業を終えたらこれをミキサーに掛けて粉砕し、アルパイン、準妖精の涙と混ぜたら一緒の鍋に入れて寝かしておく。

 4時間後の昼。
 耐えられないからと私にラシェルは上で休憩にして、頼りになる雪月花に薪をくべる作業からシリスの監視まで全部を任せることになる。
 夜8時頃。男共が帰ってきたらアルパインを与えて作業に加えた。

 開けた翌日の朝9時そろそろ頃合いで、目覚まし時計に起こされるとゴンザレスが部屋にきて私を67階に連れて行く。今日はやる事が多いのでギルドは臨時休業にしてあるから営業はしない。
 まず吊り下げ式の釜で温めていた血液から確認。火を止める為にラシェルに指示をして精霊をクリスタルに回収させたら、雪月花にお玉で掬わせた血を持ってこさせる。水分が飛んだこれはドロッとした赤黒い水飴みたいなっていて上出来だった。
 次は大釜で煮込んでいた肉の状態を見るために、火を止めたらドラゴンの肉を皿に取らせて私が試食する。
「待つのである」
 私に食べさせようと箸で摘んだ肉を顔に近づけてくる、鎧武者の手をゴンザレスは掴んで止めた。
「正気であるか? ドラゴンの肉には危険な猛毒が含まれておるのだぞ」
「釈迦に説法だ。熟成と違って味は最低になるが、高温で煮込むと36時間で消える」
 雪月花に口の中へと入れさせると噛まずに暫く待つ。毒があれば口が痺れてくるし、解毒剤は隣部屋から持ってきて準備してあるから問題ない。
 万全を期すために何回も確認したらポンプで釜にある水を排出しつつ、総掛かりで肉のやまを布とザルに金だらいで軽く水切りさせる。
「えーーこれ全部やるのぉー」
「年寄りをいたわる気持ちはおぬしにないのか?」
「過労で死にそうです」
「潔く死んでこい」
グダグダと回りは五月蠅いが錬金術や薬学をたしなむ者にとって、この程度は重労働の範疇に入らないから冷たく突きはなす。
「寝る時間さえくれぬとは」
「交代で仮眠してただろうが。普段は私1人で作ってるんだぞ」
「エルフィンとラシェルは睡眠時間があったが、我は不眠不休で働いておる」
「何のための臨時休業だ? 尊い命が2つも掛かっているんだ黙って働け」
「こんな時にだけ2人の名前を使うなんて」
「薬が無くても私は困らない、そんなに嫌なら好きにしていいぞ」
「極悪人の冷血漢!」
 稼げない癖に不平不満ばかりを口にする、連中を黙らせたらせっせっと働かせる。

 夜になり6t全てが終わったら飯を喰い、目に隈ができて倒れそうな連中にムリヤリ覚醒剤を与えてまだ働かす。粉にした骨、煮詰めた血、肉の山、魔力の元、調合しておいたのに秘伝のを足した薬、それぞれを秤を使って均等に混ぜ合わせつつ、1tの釜6つへ分散させて入れるのだ。
「やっとおわったぁー、もうだめ」
「限界~寝るーーー」
 バタッとヒョロちゃんが床に倒れて妖精が逃げたのは翌日の早朝。
「これで終わりですの?」
 と窶れた様子のラシェルが(もうないですよね?) と嫌そうに聞くから
「まだだ、これれから発酵を早めるためにソッコー薬を慎重に投入しつつ2日に渡ってまぜ続け、そこから更に3日ほど寝かせなければいけない」 と私は答えた。
「まだ我を働かせるつもりか」
「ソッコー薬をゴンザレスに触らせるのは危険すぎるし、ラシェルは怪我人だ。お前しか残ってないから薬ができるまで頑張ってくれ」
「やむを得ぬ。承知した」
「まだ掛かるのですね。大変ですわ」
「感謝しろよな、ソッコー薬が無ければ熟成に1ヶ月はかかるんだぞ」
 話に乗せてちょっと自慢してみる。
「遅いのはエルフィンヌ自身の所為ではありませんの?」
「誰のおかげで……」
「儂らはこれから営業に行くのでエルフィンヌは早く寝るのである。これ以上よけいな騒ぎを起こさんでくれ」
 ガラガラガラ、言い返そうとしたらゴンザレスに外へ押し出されてしまう。
 ……お昼頃、グーッとなった腹に私は起こされた。
 ご飯を誰か持ってきてくれないか期待したが、動ける連中は営業に出ていて、雪月花は下に1人で居るから我慢するしかなく、何もできない私は空きっ腹を抱えたまま強引に目を閉じて寝てしまう。
 6時間後、起きると腹の虫が催促を始めた。飯をよこせ、飯をよこせと苦情を上げつづけて私のイライラを増長させていく。(今はただ耐えるのみ)
 夜9時、営業に出ていた奴らが帰って来て、足下がふらついている連中にご飯を作って貰ったら、水とお米に塩だけで作ったお粥を食べさせられる。下の様子が気がかりなので連れて行って貰うと雪月花が頑張っていて、釜の中を覗いたら肌色の肉がふつふつと良い感じに発酵し始めていた。
 もう2日続けたら後は手を止めて、様子を見ながらひたすら待つだけ。
 待っている間にブラックが来て虹の卵を持っていく。落札価格は1億230万$で、抗議したが無視されて手数料に2千万$も取られてしまう。
 (ぼったくりやがって、この恨みは忘れないからな!)

 2日後の朝。
 みんなで釜の中を覗くと発酵がすすんだ肉の表面に水が溜まっていて、そこにうっすらと黄金(こがね)色に輝く液体が漂っていた。
「これがライトエリクサーだ。柄杓で表面にある黄金色の液体だけを慎重にすくったら瓶に入れてくれ」
「随分と少ないですのね」
 みんなで慎重にすくい上げた量は釜が6つもあるのに600㏄だけ。こんなにはいらないので400㏄だけより小さな瓶に移し替えたら、残りは帽子にしまっておく。
「マルチカッターへ向かうのである!」
 薬の準備ができたら、急げ急げとラシェルを私の隣に乗っけたゴンザレスが猛スピードでベッドを押しだした。
 事務所から石帝へ、民家からメインストリートに出たら東に抜けて、前方にある白いビルを目指す。ビルを囲んでいる高圧電流が流された壁に突き当たったら右に折れ、道なりに進んで個人病院が乱立している場所の、一角にある病院がマルチカッターだ。
 病院の扉をくぐり抜けたら正面にある受付へ。
 大柄のゴンザレスが決死の形相で
「ガラン先生を呼んでくれ! 今すぐにだ!」
 と騒ぐからナース服をきたお嬢さんはびっくりして奥に走っていく。
「こっちじゃないわい。邪魔だから2人は楽園へ移したぞ」
 少しして毛むくじゃらの院長先生がやって来たらとこう話す。
「なんとそうであったか。では失礼する」

 外に出ると戻って白いビルの『ハニービー』へ、ここはあんまり近づきたくない所。
 理由は色々あるが一番はやはり『拝金主義』だから。
 儲かるから周囲に医者は沢山いるが、ドンパチに事欠かないここらでは入院施設が足らず扱いに困ったら押しつけるのが常。病床数は有に3千を超え色んな意味で活気に満ちあふれている。
 昔はミラクルスパイラル、今は石帝ギルド連合が管理をしている入院施設。
 金持ちは蜜蜂の楽園と呼んでいて、必要がなくてもお泊まりに来る所。
 貧乏人は冷たい牢屋と呼んでいて、もう来たくないと思わせられる所。
 入院専門なのでどちらも命だけは繋いでくれるが治療はしない。必要があれば周りにいる奴等が治しに来る。
 道徳という都合の良いものはここになく、生きるも死ぬも金次第。
 先程通過した刑務所並みに頑丈な鋼鉄壁の中に入ったら、無愛想な景色から、極彩色の花々が咲き乱れるオアシスへ一変した。販売用で摘みとり禁止の花に群がる可愛い妖精や虫たち、噴水に手入れの行き届いた芝生、逃げ道を与えかねないので木はなく警備兵も居るが、ここは荒くれ者達にとって楽園と呼べる環境になっている。
 眺めている分にはタダの心地がよい道を進んで自動ドアから中へ。
 入って直ぐに横長の受付があって、看板には右側にパラダイス左側にスタンダートと書いてある。パラダイス側に並ぶのは、露出が多いピンクのナース服に身を包んだスタイル抜群の、死ぬまで若々しいハニーエルフ達。左にはむさ苦しいおっさんや傭兵崩れと女性用におばさん。
 ゴンザレスがハニーちゃんに確認したら15階の部屋にいるとのことだった、そのまま会いに行けるかとも思ったがそうでもないらしい。
「お先に精算をお願いいたします」
 とゴンザレスと向かい合って話してた、パーマをかけた金髪にむねの谷間を強調している女は営業スマイルでこう言った。
 今に始まったことではなくあいつが値段を聞くと
「24時間つきっきりの看護がつく特別集中管理室が9日間、これに薬代とガラン先生による手術代と合わせて、75万$になります」
 とにこやかな顔で答えてくる。(ガランめ安い方にしとけよ)
「高過ぎではないのか? もう少し安くして貰いたいのだが」
 曇り顔でオロオロし始めた頼りないギルド長による情けない抗議。
「特別待遇ですからこれでも安い方です。お支払い下さいませ」
 看護婦から笑顔が消えた、払わないとどうなるかを示している。
 私は嫌な予感がするので狸寝入りをしておく。
「しかしであるな。そのような大金を直ぐに払えと言われても……」
「それでしたら隣にある雑居房へお移り頂くことになります」
「それはあんまりじゃない、誰も払わないなって言ってないでしょう」
 私の隣にいる誰かが立ち上がって抗議に加わった気がする。
「ミラクルスパイラルの経営は苦しいとの評判を聞いております。ですから出来れば即金で願いしたいのですが分割になさいますか?」
「手数料は幾らになるのだ?」
「信用不安案件ですので1ヶ月10%になります」
 (……何だか妙な視線を感じるなぁ)
「スースー」 と寝息を立てながら強く目を閉じる。
 ゴンッ、誰かが固いもので私を殴りつけてきた。
「いてぇだろうが! さっき殴りやっがのは誰だ!」
 目を開けて怒ると杖を持ったラシェルが見えたので、パッと顔を背ける。
「この場でお金を持っていそうなのはエルフィンヌさんだけですの。怪我を負わせたのはあなたですし、何とかしてくれませんか?」
「ちょこっと貸してくれればよいのだ。必ず返すから」 (返す当てもない癖に)
  じいぃぃぃぃっとみんなが見てくるので、耐えかねた私は渡すことにしてしまう。
「私の体に乗っている三角帽子を水平に持ってくれ」 (きりきりと胃が痛い)
「こうであるか?」
 あいつが三角帽子を持ったのを見てそれに
「現ナマの入ったアタッシュケースを出せ」 と命令する。
 3分後。
「あの~、次のお客様もおられますし早くお支払い頂きたいのですが」
 幾ら待っても出てこないのでしびれを切らした看護婦から催促が来た。
「ラシェル構わないからその杖で2、3回どついてくれ」
「え? この帽子をですか?」
「そうだ早くしろ」
 ボスッボスッとラシェルは指示通りに叩いた。
「出てきませんわね」
「このヤロー逆らう気か、仕方がない」
 後を考るなら避けておきたいが相方の機嫌がすこぶる悪いので、ハニーちゃんにブラックエナジーの総支配人へ連絡をさせて金の話しをつける。そうしたら次瞬間ハニーちゃんが天使の微笑みに変わり、私達も入院すると伝えたら6人も押しかけてきて、2人のいる特別集中管理室にご招待してくれた。

 エレベーターで15階へ、ここは貧乏人ほど使いにくくて管理も疎かになる上の階へと入れられる。
 警備兵の行き交う廊下を通って立派な木製ドアを開けて入れば、クーラーの爽やか風に乗って消毒液の臭いが漂ってきた。2人が寝るそれぞれのベッドはビニールシートで覆われた無菌室内にある。全身を包帯とギプスで固めた彼女らは、人工呼吸器と点滴からもたらされる栄養で生かされた植物状態。
 側には心電図や蘇生装置等が並んでおり、やせ始めた体で静かに寝ている彼女らを見てたら、(そのまま永眠するがいい) って思ったけど私は顔や口にだしたりしない。
「本当にこの薬で治せますの? もし治らなかったらその時はどうなるか、わかっているのでしょうね」
 全く回復の兆しを見せない2人を見たら、ラシェルは私を睨みつけてきた。
「確証はないがこれで死んだら諦めろ。それと私は悪くないぞ、怒るのはお門違いだ」
「なんですってぇ! よくもそんな大それた事が言えますわね、そもそも貴女が……」
「幾ら憎しみをぶつけ合った所で何も解決しないのである。それよりこれからどうすればよいのだ?」
 ここなら死んだり洗脳されたりしないので、爆発した不満をそこら中へぶつけまくってもいいのだが、これを抑えた淑女である私は鎧武者が持っている小瓶を、後ろで獲物を喰らわんとウズウズしている看護婦達に渡させる。
「お客様、この黄金色(こがねいろ)をした液体は一体何でございましょうか?」
 (教えたくない、ぜーったいボリに来る)
「お前らこの件は絶対に口外しないと誓え」
 意味がないと知りつつも美し過ぎる看護婦達に固く約束させてから
「その瓶に入っているのはライトエリクサーだ」
 と教えてやった。
「えーーーー!」×6。
 (あっちぃーなぁ、まるで太陽が間近にあるようだ)
「これがあの……」
「幾ら位するのかしら」
「大チャンース!」 以下省略
 太もも丸出し胸元全開、小じわ一つ無く尖った耳と透明な肌をもつ、お嬢さん達の目がギラギラと光りだす。
「ゴクリ」 と受け取ってまじまじと見ながら生唾を飲み込むリーダ格。
 ネームプレートにミリー=シャルインとある、長い金髪を三つ編みに束ねている腹立つぐらいの美人は
「お客様、直ぐに薬剤師を呼んできて投薬治療を開始いたします」
 と言い残し、大事そうに薬を抱えながらすっ飛んでいった。
 (だから私はここが嫌いなんだ)
 今までは獲物を値踏みするように、お嬢さん達は後ろにひっついていた。
 しかし態度が一変
「お客様方、お疲れで御座いましょうから治療が始まるまでの間、VIPルームにてお持てなしをさせて頂きます。こちらへお越し下さいませ」
 と獲物を魅了する笑顔をしながら、細くしなやかな手で外に誘導をし始める。
 ギルドのアホ共はここへ入院など出来ないから、奴等の企みなど知りようもなく
「こちらへおいで下さい。凛々しく逞しい御方には至上の快楽を、お美しいお嬢様方には極上のお料理でおもてなし致します」
「そうであるか。では遠慮無く……」
「僕はその、こういうの初めてで……」
 と美人におだてられられてホイホイついて行く。
 このまま行って巻き上げられたくはない私は
「そのような持てなしは結構ですわ。私達はここで待たせて貰います」
 って彼女らに負けないぐらいの笑顔で丁重にお断りをした。
「そのような冷たい言い方をなさらずに、身も心もきっと満足頂けますから」
「せっかくの行為を無下にしては悪いのである」
「エルフィンヌさんなんで遠慮なんかするんですか?」
「珍しい」
「行かないと損じゃ」
 行きたそうにウズウズしている連中へ私は
「キャバクラがタダなわけないだろうが、自腹で払えるなら好きなだけ遊んでこい」
 と真実を伝えてやる。
「なんとそうであったか」
「残念」
「貧乏は嫌だ……」
「仲間の安否が心配ですし、そっとしておいてくれないかしら?」
 おもてなしを否定した男共に続いて、私はエルフ達の接待を丁重にお断りする。
「ちっ」
 しょんぼりした連中と私を一瞥したハニーエルフは舌打ちをした。
「ちょっとどうするの?」 「受付の話しだとお金を持ってるのは……」 ひそひそひそ
 3人が私達から距離を置いて集まるとなにやら話しあいを始める。
 やがて答えを出したらしいハニーちゃん達は一斉にふり返り
「私たちはお客様に喜んで頂けるようにサービスをしているだけです。サービス料金なんて掛かりませんわ、さぁこちらへどうぞ」 (嘘を吐くな!)
 と揃って男連中に微笑みをなげかけた。
「さぁご主人様方、私たちにお持てなしをさせて下さいませ」
 こう言ってからとどめに前屈みでウインク一つ。
「ただというのなら是非お願いしたい」
「やったー」
「花園へ」 (毒花の、が抜けている)
 ハニーエルフからの熱っぽい視線とラブコールを受けて、アホ共は即答してしまう。
「私は2人が心配ですからここへ残らせてもらいます」
 ラシェルは困惑した表情で私のベットから立ち上がったらこう話す。(逃げたな)
「そうですか、ご自由にどうぞ」
 興味がないと目もくれないハニーエルフ。
「さぁさぁさぁ話が纏まった所で行きましょう」
 媚びを売ったはずの男共を放ったまま、彼女達は私のベットを押し始め、身動きできない私は強制連行されていくのだった。

 15階から2階まで降りたら、甘い香りのする赤い絨毯の敷かれた通路を、私はハニーちゃん達に囲まれながらガラガラ進む。前にはボディガードが外にいるVIPルームと書かれた純金の大扉が口を開けている。この先にあるのはぼったくり部屋、昔ここへ連れ込まれたことがあるから私はよーく知っているのだ。
 天国から地獄へと落ちていくような気分で入った先は、幅2mにもなる強大なシャンデリアが吊ってある階層ブチ抜きの大部屋。
 無数に輝くシャンデリアの飾りは最大100カラットもある人工ダイヤで、24金のフレームには他に天然物の大粒ルビーやサファイ等がぶら下がる。不慣れな奴はこれから発生する重厚感と煌びやかさにハニーちゃんの魅力で、瞬時に理性が飛ばされるらしい。
 10m四方の床はペルシャ絨毯。取り囲んでいる壁や天井が金塊なら設置されている家具も金ぴかで、職人によるバラの彫り物があちこちにあり、そこら中にエメラルドやスタールビー等といった宝石が埋め込んである。よくもまぁこれだけ稼げるとある意味感心させられるここは、病院であるが故に洗脳という手段を使えない彼女らの最終兵器。
 (本気で巻き上げるつもりか、黙っときゃよかった……)
「おおおおおおおお、これは凄い作りであるな」
 部屋に足を一歩入れてすぐにこう言いながら、口をあんぐり開けて目を開いたのは獲物1号のゴンザレス。
「あわわわ、僕なんかがこんな所に来ていいのでしょうか」
 と腰を抜かしてしまったのは2号のヒョロちゃん。
 尻込みして中々入ってこない男性陣を
「そこのソファーへ適当に座って下さい」
 と軽くあしらったハニーちゃん達の内1人は
「エルフィンヌ様にこのような粗悪品のベットは似合いませんわ。貴女もってきて」
 と他の1人にこう命じ
「はーい直ぐにお持ちしますねぇ」
 と出ていった奴は、間を置かずに虎革を敷いたフカフカのベットを押して戻ってくる。
 (興味はあるが否定しろ私! 買わされてしまう!)
「何を期待しているのか知りませんけど、私はライトエリクサーを作るために全財産を使い果たしてしまいましたの。もうダイヤモンド一つ買うことが出来ませんのよ」
 (金にえげつない彼女達は、きっとこれで諦めてくれるだろう) と確信しつつ、病院で騒ぐのもあれだから、冷静に、笑顔で、はっきりきっぱりと、お断りした!
 だが私の期待に反して金髪の美女達は動揺せずに笑顔のままでいる。
「ご心配には及びませんわ。ダークエナジーのブラック様が入院費用を全額お持ちになられるそうですね。最大級のおもてなしをするようにと承っております」
 理解に苦しんでいる私に、あいつらはとんでもない事を言いだしてきやがった。
 (あのやろーーーぶっ殺してやる! ブラックが払うお金=私がもらう落札金額だ! 冗談じゃない、なんとしてでも脱出しなければ)
「ああそうですわ、私これからとても大事な用事がありますの。ゴンザレス様、看護婦さん達のおもてなしを断るようで大変心苦しいのですが、今すぐにギルドまで連れて帰って下さらないかしら?」
 私が丁寧にお願いすると単純なあいつは直ぐに
「あいわかった。真に残念であるが一度帰るとしよう」
 と言ってくれたがハニーちゃんは
「そんな困ります……ああ! そうです、お食事にしましょう。特別料理を直ぐにお持ち致しますわ、お帰りになるならそれからでも遅くは御座いませんよね?」
 と切り返し、5人は一斉にゴンザレスへ顔を向ける。(こいつらーーーー!)
「ううむそうであるな……エルフィンヌよそれは急を要する用事なのか?」
私に質問をしてきたゴンザレスを含めて男達は、彼女らがしてくれる接待に興味津々でよほどの理由がなければ動きそうにない。
「勿論です、今すぐ実行に移さなければ私の人生に重大な影響を与えていまいますわ」
「具体的には何をするのであるか?」 (このアホは、気付けーーーーー)
 (緊急性の高い理由……なにか、何か無いのか)
「えっと……私の命に関わることで……そう、薬です。私は自分の命をつなぎ止めている薬をギルドに忘れてきてしまいましたの」
「ライトエリクサーよりも効果がある薬とは、いったい何でございましょうか? 教えて頂ければ直ぐにお持ち致します」
 ハニーちゃんが顔に『お金』という文字を貼り付けながら語りかけてくる。
 (私はバカだ。えーーっと忘れ物じゃなくて、実験が心配……)
「ああそうよ。私は黄金城で実験中だったの、早く戻らないとドラゴンの肉が腐って部屋中にウジ虫がわいてしまいますわ」
「発酵させて作る代物が腐るというか。エルフィンヌよ、もう少しまともな嘘を吐いた方がよいと思うぞ。儂にばれるようでは話にならんではないか、はっはっはっ」
 (へらへら笑ってんじゃねぇーーーーー、このアホがぁ!)
「話しはお決まりになられたようですね。直ぐにフルコースをお持ち致しますので、周囲にあるお酒を楽しまれながらお待ち下さいませ」
 お金しか頭にない看護婦のうち1人は部屋から出て行った。
「期待大」
「ここで働いていてよかったぁ」
「偶にはこう言うのがあっても良いな」
 浮き足だっている盛りの付いた連中が赤色の高級な革張りソファーへ座ると、ここからが腕のみせ所だと舌なめずりハニーちゃん達は、それぞれの横に座って接待を開始する。
 
 早く来ると言ったのに私は2時間も待たされている。(もーどうなっても知らん)
 しかも、「薬剤師がライトエリクサーを薄めた液で点滴を始めましたので、気になる事を聞きに来ました」
 と呼んでもないラシェルがやって来てご相伴に与る事になった。
「なんで私も入院しなくてはいけませんの?」
 椅子に座っている彼女はお酒の代わりに紅茶をすすりながら、冷たい目で側にいる私を見下すように話してくる。(むかつく)
「特別出血大サービス、お前は全治何ヶ月だ?」
「病院に2ヶ月、退院して1ヶ月ほどですわ」
「私は、お前達のおかげで怪我が増えたから入院だけで3ヶ月。そんなに寝てたらギルドは潰れるだろ? だから特別に、本当のほんとのほんとーの特別にだな」
「ライトエリクサーをくれるのね」
「そうだ。これ以上ないぐらいの感謝をしてもらおうか」
「いやよ。で何が問題なのかしら? 薬を飲むだけなら入院なんて必要ないでしょう?」
「ある、でも教えない。っていうかあなたには入院費用を払えそうにないわね」
「払えます。全部ブラックさんを通して貴女が払ってくれると聞きましたから、喜んで最大級のサービスを受けさせて貰いますわ。本当のほんとのほんとーに感謝しています」
 目を三角にしている私とラシェルは、火花を散らせながら睨み合いをしている。
「絶対に嫌! ぜーんぶギルドとあなたに貸しておいてあげるから、後でしっかり働きながら返して下さいね」
「怪我を負わせたのはあなた、誠意に謝罪と慰謝料でがまんしてあげます」
「今まで私をこき使ってきた罰が当たっただけです。高い利息で苦しみなさい」
「そのように啀み合ってばかりでは老けてしまうぞ。グビーーーーー」
 こうやって喧嘩をしている私達の横では、アホ城主が年代物でとても高そうなワインボトルを持って景気よく一気飲みにした。
「さすがゴンザレス様、見事な飲みっぷりですわぁ。さぁさもう一本、今度は20年物のレヴァロンを召し上がれ~」
 アホの隣には看護婦擬きのキャバ嬢が1人、褒めて、おだてて、持ち上げて、単純な男に次々と酒を勧めてく。すでに15本目だった。
「そうですよぉ、2人も楽しく飲むべきです」
 ちょこざいにも美人を侍らせたヒョロちゃんは、高級シャンパンを空けている。
上機嫌で酔っているこいつは5本目。
「まことに美味い酒」 (飲めるのかよ!)
 一升瓶の大吟醸を4本目。
「さぁ~どうぞ~」
「いやいや、これはこれは。タダでなければ飲めない高級酒ですな」
 バラックが美人のお酌で飲みつつこう言えば
「嫌だぁお客さんったら、タダなわないじゃないですか~」
 とお酒によってほろ酔い気分のお嬢さんが口を滑らせる。
 タダだと思っていたバラックのグラスにあるのは、レヴァロン・アシュタロッテ。
「それは言っちゃダメ!」
 ともう一人が止めに入り
「あっごめんなさい~。私ったら折角の楽しいお酒に水を差しちゃいました。えへへ」
 って真実を明かした女は舌ちょろっと出しつつ笑顔で誤魔化しをはかる。
 なんどでも言おう、ここは『拝金主義』であると。
 景気よく飲み進めていた男共の手が、石化したようにピタリと止まった。
(そう言えば……変なことを言ってたな……つまり)
「サービス料というのは貴女達の接待料金で、商品の代金は別なのかしら?」
「えっえーっと……私達の説明が足りなかったことは素直にお詫び致します」
 座ったままスッと頭を下げたらごめんなさい。
 (開き直った、このやり方は覚えておこう)
「騙したのであるか?」
「いいえ、私達はちゃんとサービス料金は勉強させて頂きますと言いました。誤解を招いてしまったことは大変申し訳ないと反省しております」
 悪びれた様子のない彼女達は、騙される方が悪いと堂々と言ってのけた。
「全部で幾らになるですか?」
 とラシェルがこめかみに青筋を浮かべつつ質問をしたら
「お酒の席でそのようなお話はしなくてよろしいではありませんか。ラシェル様もお一つどうです?」
 とアシュタロッテのボトルを持った、白くしなやかな手が彼女の方へ伸びていく。
 (まだ取ろうってか。相変わらず強烈だなぁ)
「私は病人ですのよ。それよりちゃんとしたお支払いをしなければなりませんので、出来るだけ正確に答えて下さい」
「え~もうやめちゃうのぉ、もっと飲みましょうよぉ」
 ラシェルのこう言われたハニーちゃん達は、一斉に男性陣へすり寄っていく。
「ご主人様ぁ……もっと私の事をみてぇ……」
 片腕をしっかり捕まえながらV時ラインで強調された胸をギューッと押しつけ、更に足まで絡ませていく大胆な攻め方をし始めた。(相当稼いでいるとみた)
「いい加減にしなさい! 一体幾らかかるのよ!」
 怒ったラシェルが杖を向けると、ハニーちゃん達は渋々男から離れて計算を始める。
「100年物のゴールデンワインが2本、ドンペリ3本、クイーンシャンパン……アシュタロッテが3瓶に……大吟醸と、カクテルで……えーっと、しばらくお待ち下さいね」
 4人が寄り集まり紙とペンで計算をする。商品名に続いて沢山の○がずらずらと書き連ねられていくと、それを眺めている男共の顔は青から白に変わっていく。
 暫くして4人の詐欺師は
「細かな所は会計との相談になりますが、約50万$になります」 と答えをだした。
「間抜けなお坊ちゃん達、飲み食いした分は自分でちゃんと払うんだぞ」
 男共が私へ助けを求めるように顔を向けるから、予め宣言をしておく。
「大吟醸は高くない故我が払う」
「雪月花様は1万2000$ほどになります」
 平然としている1人を除いた3人は泣き出しそうだ。
 あいつ等は立ち上がると私の側にきて土下座をしながらこう言う。
「エルフィンヌ様お金を貸して下さい、この通りお願いします」
 私が拒絶したらラシェルが頭を抱えて振りつつ打開策をだす。
「仕方がありません。この分はミラクルスパイラルの経費で落とし、それぞれの給料から天引にします。これに懲りたら二度と愚かな真似はしないよう肝に銘じなさい」
 金の支払いがすんだ所で、もう懲り懲りだと夜より暗い顔になった男どもと部屋を出て行こうとしたら、横からハニーエルフがまだ欲しいと持ち掛けてきた。
「お待ち下さい、まだお食事が済んでおりません。当方に専属しているシェフが腕によりを掛けて調理中ですので、もう暫くの間お待ち頂けませんでしょうか?」
「冗談じゃありません、これ以上1$たりとも払いませんから」
 振り返ると短絡的に否定してしまうのは不慣れなラシェル。
「それってサービス料の範疇に入るのかしら?」
 慣れている私は入り口を塞ぐようにして並んだ4人に笑顔で聞いてみる。
「えっ」
 絶句した1人が残りへ助けを求めたら
「ええええ、えーっっと。そうですねぇ……聞いて参りますから暫くお待ち下さいませ」
 と期待して待つ私からハニーちゃん達は顔を背けて、1人が部屋から出ていった。

 食事にするならと先ほどとは違って、窓際にある黄金のテーブルセットへみんなは腰を下ろし、私はその横に並べられる。窓からはハニービーの従業員が育てている、無い色を探すのが難しほどの色彩鮮やかな花々が一望できて、綺麗すぎて鬱陶しいそれらは私の感情を逆撫でしてくれた。
「出来れば食事ぐらいタダにして欲しいですわねぇ」
「私の警告を無視するからこうなるんだ。ここではちょっとでも油断するとハニーエルフに全財産を奪い取られる。あいつ等の優しさは全て疑え、金が無くなったとたんポイッてゴミみたいに捨てられるぞ」
 落ち込みすぎてそのまま潰れそうな連中に、私はこれが常識なんだと教えてやる。
「心に深く刻んでおき、もう二度と騙されたりしないのである」
「こんなのあんまりです。僕には給料なんてないのに……」
「おバカなヒョロチャンが悪いのです。借金が増えたので今までの倍働いて貰います」
 泣き面に蜂、無慈悲な魔法使いはチェリングスへ酷いことを言う。
「そんなぁ、寝る時間さえも無くなるじゃないですか」
「この年になっておなごに騙されるとは……」
 (みーんな葬式みたいに沈んだ顔だ、もっと酷い目にあって私の偉大さを思い知れ)
 しかしだ、これだけ巻き上げたから満足しただろうなどと安心してはいけない。彼女らの標的はこの私であり、周りにいるあれらは前菜に過ぎないのだ。その証拠に残っている4人は私の回りに立っていて片時も離れようとはしない。
 やがて扉が開くとリーダー格ともう1人が、料理の載った冷温機能の付いている台車をそれぞれ押しながら戻ってくる。
「大変長らくお待たせ致しました。食べやすいように加工されたフランス料理フルコースでございます、まずは食前酒であるレヴァロン・アシュタロッテと、前菜の黒トリュフと高麗人参のゴロゴロサラダからどうぞ」
 こう話しながらハニーちゃん達はみんなの前に料理を並べだす。
「もう酒なんか見たくないのである」
「それなら貴族さえ飲めない特A級の紅茶になさいますか?」
「全部タダでいいのかしら?」
 と私は聞いてみる。
「もちろんで御座いますお客様。これから当方が誇るロイヤル病室で長期入院をなされるんですもの、それを4人と妖精までもが御利用下さるなんて感激ですわ。これ位のサービスはしないと失礼にあたります」 (なんだと!)
「貴様らまだ喰うなよ!」 (遅かった……)
 私が声を上げると他の連中はがっつくように食べ始めていた。
「ロイヤル病室なんて使わんぞ! そに何で私がラシェル達3人の入院費用と、シリスの代金まで払わされるんだ! 寝言は寝てからいえ強欲シャルイン!」
「私が見た限りでは、エルフィンヌ様は随分とひどい怪我のご様子。私ライトエリクサーを使えばどうなるか知っていますの……」
 作られた商売用の顔の奥にとてつもなく黒い欲望が見て取れる。
「だからなんなんだ」
 と聞きたくはないが聞いてやった。
「確認してみましたらここ2階以外には空き部屋がありませんでした。これでは30階タコ部屋をお使い頂く事になってしまいます。高熱で苦しまれておられるエルフィンヌ様をそのような場所へお連れしたくはありません、考え直しては頂けませんでしょうか?」
 (もう1回ヴェルカフレイムで自爆たい)
「参考までお聞きしますけど、1日幾らかかりますのかしら?」
「1泊お1人様3万$、妖精は半額になります」
「お断りさせて貰います。お前ら呑気に飯なんか喰うな、地上の病院を使った方が遙かに安いからそっちへ行く」
 普通なら間違いなくそう答えるし、言われた相手は譲歩を示すはずだ。
「ゴンザレス! バカ面下げてないでさっさと私を押していけ!」
 カンカンになった私が言うと、あいつは立ち上がってベットの端に手を掛ける。(これで毒花が咲いて毒虫が溢れる毒沼から脱出できる、もう安心だ) と思ったその瞬間
「あら残念、エルフィヌさんお一人で地上に行かれますの?」
 と腰をあげずに1人で黙々と食べ進めていたラシェルがこう言った。
「分かっていると思うが私はびた一文払わんぞ」
「ええとってもよく知っていますわ。払うのはエルフィンヌさんじゃなくてブラック様なのでしょう? 遠慮なんかしませんわよ」
「それは私のオークション代金だ!」
「ブラック様が払って下さるのに、なんでエルフィンヌに関係があるのですか?」
「さすがラシェル様! 確かに言われる通りです」
 超強欲シャルインはとても嬉しそうにラシェルを猛プッシュする。
「お主達、余りエルフィンヌを虐めたら後で復讐されてしまうぞ」
「エルフィンヌの復讐なんか怖くありませんわ」
「それで援護しているつもりか役立たず! 私に払わさせるな!」
「いやだからだな……その……」
 守銭奴2人と私に挟まれてオタオタする、ゴンザレスの情けなさったらない。もう悔しいやら歯がゆいやら、こんなのを責任者にしてりゃどんな組織も潰れて当然だと、改めて思い知らされてしまう。
 ……長くなるので以下省略。
 冷静な判断を求める男共と強欲な女たちに囲まれながら、自分の財産を守るべく孤軍奮闘する私は、30分の論争と15分の睨み合いを続けて頑張った結果
「入院費用はライトエリクサー代同様にギルドへ借金とする。いつ返せるようになるのか不明ではあるがそれまでの間、エルフィンヌに立て替えて貰いたい」
 とゴンザレスから打開策を引き出せるもまだ怒りは収まらない。
 要するに。
 貸し倒れと逃走の危険性が高い相手に、私は無利子で高額を貸し付ける事となる。
 なのでフォアグラのソテーやキャビアを、キャバ嬢よりたちの悪いやつらの手で食べさせて貰っている間ずっと
「絶対に返せ」 「逃げたら殺す」 「死ぬき働け」 etc.と釘を刺し続けた。
「折角の高級料理がず不味くてかないません! いい加減だまりなさい!」

 カタカタカタカタカタ……薬のおかげで全開した私達は普段着に着替えると一階ロビーにある会計までやってくる。今は大理石カウンターに座っているハニーエルフが、喜びを全身で表しながらレジを打ち続けている最中だ。
 暫くして示された領主書にあったのは951万$という異常な金額、ハニーちゃんから領収書を貰うとその場で借用書2枚を作成し、経営陣の判子をしっかりと押させる。
 内訳をざっと見てみよう。
細胞を活性化させるライトエリクサーの副作用により、40℃近い高熱に悩まされ続けたのが約2週間。
 部屋代が一泊3万$に4人に妖精もついて189万$、内装は高いだけあって豪華絢爛だった。純金の装飾で埋め尽くされた20m四方の部屋は、金のジャグジー付き。ペルシャ絨毯が敷かれた大理石の床と24時間エアコンによる空調管理、天蓋付きベットには朝から晩までハニーちゃんが張り付いてくれる。
 計算は合わないが黙って聞け。
 部屋代だけなら妥当かも知れないが、無論それだけで済むはずがない。
 『サービス料金』これがとんでもなく高くついたのだ。
 ハニーエルフ2人掛かりによる全身ハーブ入りオイルマッサージを、1日3回×(4人+妖精)×14日、高熱で動けないから押し売りを許してしまう。そのうえ体力が衰えてはいけないと毎日々バカ高いフルーツを口に押し込まれ、頼んでない点滴までやられる。
 私は興味がないので断固拒否したが、望めば性的サービスも付けてくるのだ。
 こんなくだらないサービスなんか私一人だけなら絶対に断ったさ。だがな!
「マッサージお願いします」
「夕張メロンが食べたい」
「アロマが欲しい」
「夕食は満貫全席に決まりだ」
「朝は懐石料理が良いなぁ」
「ブラックドラゴンのフルコース~♪」
「シリスちゃんも遠慮せずに食べなさい」
「はーい」
 もうわかっただろう何が起こったのか。私は出来るだけ抑えたかったのに、
「全額エルフィヌさんの慰謝料ですわ」
 って踏み倒す気満々の、サタン級守銭奴が宣言したもんだからもう止まらない。
 始めの2日は我慢した、しかし私のお金で見せつけるように贅沢をしてくる3人を見ていたらしきれなくなる。そして、(どうせギルドが払うんだ) とやけを起こした私も色白金髪セクシーな、蜜蜂軍団に乗せられて贅沢をしてしまう。
 ライトエリクサー使用による高熱も、暫くすればその効果による興奮作用で痛みと疲労感は消し飛んで疲れ知らずになり、退院2日前には
「ギルメンバー全員で酒盛りをしますわよ」 ってラシェルが騒ぎだす。
 私がアホ共の所為で浪費させられた金額は幾らになったか? 計算をしてみよう。
 虹の卵[1億230万$]―ガランの手術と初期入院費[75万$]―ブラックの手数料[2000万$]―千目卸問屋からの仕入れ[2300万$]―ブラックドラゴン[2230万$]―入院代[951万$]
 残金はたったの2774万$! 約3週間で使ったのは7446万$也! ヴェルカフレイムに使った虹の卵も含めたら、1億8千万$近くにもなる!
 (胃が痛い、胸が苦しい、吐きそう、もう一度入院しようかしら? なんでこんなに浪費させられたの? しかも踏み倒すって言ったしこの恨みどう処理すれば……)
「エルフィンヌ様~また来て下さいねーー。いつまでもお待ちしてますわ~」
 そして私は蜜蜂軍団からの熱烈ラブコールを背中で受けつつ病院を後にする。

 昼の4時過ぎ、支払いを終えて入院する前より元気になった3人組の後ろを、私はしくしく痛む胃を摩りながら黄金城へと帰って来た。黒くて汚くなった銀のテーブルがある応接室にみんなで集まると、これからの事について話しあう。
 まず、普段通りにすました態度のラシェルから提案。
「ミラクルスパイラルの経営は火の車、どう考えても存続は不可能です。今すぐ倒産した方がいいと私は考えます」 (ふざけんじゃねーーーー)
「私が貸し付けた金はどうなるんだ!」
「身から出た錆です諦めなさい」
「ふざけんな!」
「やる気ですか?」
 立ち上がってからすまし顔のラシェルに、ポケットから取り出した9㎜のオートマを突きつけると彼女も杖を構えて応戦する。
「やめるのである」
「双方共に落ち着かれよ」
 私の隣には雪月花、前にいる3人組の真ん中にはゴンザレスが座っていて、私達はそれぞれに抑えられてソファーに座りなおす。
「くそーー絶対に返して貰うからな」
「怪我を負わせたのはあなたですわ」
「そうだぞこの極悪人!」
「そうよそうよ」
「暴虐魔女ー責任取れー」
 ゴンザレスの肩にいるシリスも加えた4名からの猛抗議がきた。
「そもそも無理難題ふっかけて酷使したのはお前らだろうが! 挙げ句の果てに私の復讐を邪魔して、殺してやるとか言いやがった。お前らこそ私に対する責任をとりやがれ!」
 ……長くなるのでまた省略、4時間後。
 精根尽き果てた私と彼女らは、夕飯を食べて休憩を入れたら再開。
 ……2時間後。
「このままでは何もかわらんではないか。疲れるだけであるから、このギルドをどうするかに焦点を絞って話すべきだと吾輩は考える」
「そもそもてめぇの所為だろうが! もういい疲れた」
 はぁーーと長いため息を一つ。こいつ等の相手をするのに疲れた私は、そっぽを向いたら別のことに意識を集中させ始める。
 (まず当座のしのぎとして虹の卵を売る。それから復讐対象者に賞金を掛けてぶっ殺すだろ、荷物の移動が大変だな……新しい隠れ家もいるか)
「ぶつぶつぶつぶつ」
「ちょっと、やめなさいよ」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
「エルフィンヌ! 返事をしやがれ!」
「フン。ぶつぶつぶつぶつぶつ」
「殺すとか、毒を仕込むとか怖い事ばっかり言い続けないでくれないかしら」
「別にあんた等を狙うわけじゃないからほっとけ」
 (そう、まずはダークエルフのディルからだ。毒殺、爆殺、刺殺、絞殺、銃殺、惨殺、どれが一番苦しいかしら?)
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
「敵に回したくない女よ」
「このままギルドを潰したら全員を狙ってくるのであろうな」
「僕は関係ありませんよ。エルフィンヌさん僕だけは見逃して下さい」
 前と横から不安に満ちた声が上がると、続いて女どもが私に殺意を向けてきた。
「この場で殺しておくべきですね」
「そうだな。数が揃っている間にけりを付けようぜ」
「そうと決まれば!」
 シルヴィは立ち上がると重そうな元銀色のテーブルを頭上に掲げ、残りも44マグナムと杖を構えながら戦闘態勢に入り、私も立って用意しておいたロケランを突き付ける。
「やれるもんならやってみろ、切り札を使って全員道ずれにしてやる」
「お前達待つのである。そもそもの原因はミラクルスパイラルの経営難、ここを潰さずに財政状態を改善できれば争う理由も消えるではないか」
 睨み合いから火花を飛ばしてたらゴンザレスがこう話す。
「無い頭で余計なことは考えず、大人しく私に復讐されていろ」
「ゴンザレス様の気持ちは理解できますが、維持費に不死薬代の積み立てを除けば殆ど自転車操業に近い現状から、どうやれば立て直せると言われるのですか? キッパリと諦めてしまわれるべきだと思います」
 全員で一斉に睨みつけたら、禿げ頭を抱えて下を向いてしまうギルド長。
「そこまではっきり言わんでも、我が輩はこれからどうすればよいのだ……」
「亀の甲より年の功。経験豊富なエルフィンヌ殿のお考えを聞かせて貰いたい」
「それはどういう意味だ?」
 ゴンザレスが動かなくなると雪月花がとても失礼な発言をするので、青筋を浮かべながらロケランの目標を変えてみる。
「他意はない。どうなのだ?」
「聞くまでもありません、こんな女に妙案なんてある筈がないのです」
 どうせ無理だろうと完全に諦めている視線が私に集まってきた。
 (長い人生経験の中から方法の一つぐらいは思いつく。でも……)
「あるにはありますけど教えたくありませんわ。皆さんがどうしてもと言われるのでしたら、土下座でもして頼まれたらどうなのです?」
 前にいる連中へ知りたいのなら誠意を見せてみろと微笑んでやる。
「あなた如きに頭を下げるぐらいなら、傭兵に落ちる方がまだましです」
「死んでも嫌!」
「その前にお前を殺してやる!」
「鬼ー悪魔ー役立たず―」
 (ああそうですか、そうですか。だったらやっぱりやる事は一つしかないな)
 座り直した私は頭を捻って考える、どうやって復讐をしてやろうかと。
「7446万$はいらぬと申すか?」 (グハッ、いいわけがない)
 雪月花に指摘されるとある事を思い出した。
「そうだったな。シリスと事務所の3人にゴンザレスを売り払って金に換えるか、こっちには証文があるしその権利はあるはずだ」
「酷いーーー」
「この場でお前を殺せばチャラだ」
「もう許さないから」
「覚悟しなさい」
 私が権利を主張すると3人と1匹が抗議して、また戦闘態勢へと移行する。
「ギルド復活で返済。皆で努力」
「それってつまり、エルフィンヌのために働けって事なのかしら?」
 誰がそんな事をするかとラシェルは雪月花を鋭い目つきで見下ろした。
「他は純利益が100億$。我らも可能、これ以上は落ちぬ」
「現状ではどんなに頑張っても、倒産までの時間稼ぎしか出来ません」
「だそうだ。どうする未来の大幹部様? 余所で幹部クラスは可能か? 妙案は?」
「その意見に賛同である」
 ここを逃せばもう後がないと項垂れていたギルド長様が顔を上げると、残ったみんなの視線も私に集まってくる。
「むかつく。許したくない。50年も格安で働いてきたんだぞ」
「皆同じ」
「あるにはあるけどお前達ていどじゃなぁ。それに……」
 女共へ順番に目を流していったら殺気が返ってきた。
「我ら実力高し、しがらみは捨てよ」 
「そうであるな。とりあえず」
「ちょっと何をなさるんですか」
 ラシェルの右手を掴んだゴンザレスは引き起こしながら立つと、彼女を力任せに私の前まで引きずって来る。
「やめて下さい。痛いっ、一体どういうつもりなんです」
「雪月花はそちらを頼む」
「承知」
 雪月花がラシェルと同じように私を立たせたら、右手をクソ女の方へと伸ばさせる。
「嫌です! 誰がこんな悪魔なんかと」
「それはこっちの台詞だ守銭奴!」
「お主達が争い続けては何もできんではないか。ここは大人の対応を見せる所である」
「お互い子供では無かろう」
「嫌なものは嫌!」
「冗談じゃねぇ!」
 業火の炎を瞳に宿らせながら私とラシェルは至近距離で睨みあい、掴んでいる手をふりほどこうと逆らうが離してくれない。
「過去に捕らわれていては何も変わらぬぞ」
「全てを水に流して新たな一歩を……」
 私達は憎しみのオーラを全開にしながら嫌だ嫌だと抵抗を続ける。
「ええいさっさと諦めぬか」
「ギルド長としての命令である」
 殴って蹴飛ばしたら噛みついてと、あの手この手で脱出を計っていたらヒョロちゃんが
「あの~ちょっといいですか?」 と控えめに手を挙げる。
「何よっ!」 「なんだ!」 と2人で睨んでやれば
 彼は「殺さないでーー」 ってソファーの後に飛び込んで身を隠す。
「全くなんだってんだ」
「図に乗りすぎです、躾が必要かしら? それより早く放して下さい……」
 何をどうやってもがっちりと掴んでいる腕は外れてくれなくて、少しして影から顔を覗かせてきたヒョロちゃんは
「水に流せないならその……封印してはどうでしょうか?」 と小声で提案をしてきた。
「そうである。事態を打開するために心の奥へおし込めばよい」
「回りに迷惑を掛けるな」
 (うがーーーー、この火山より激しい感情を封じろだとぉ!)
 このままでは埒が明かないと掴んでる力が強くなったら、力業でラシェルの手とふれ合わさせられてしまう。
「うーーーーー」
「エルフィンヌは私を殺そうとしました。本当は許したくありません。でも……」
 回りを見て諦めたらしいラシェルは力一杯わたしの手を握るので、ギューーーと私も握り潰してやろうと応戦した。
「皆さんの言う事にも一理あります、不本意ですが一時休戦にしてあげますわ」
「くそーーー許したわけじゃないからな。あくまでも一時的に抑えるだけだぞ」
「当然です、いずれ決着を付けてさしあげますわ」
「それはこっちの台詞だ。首根っこ洗って待っていやがれ」
「では儂らも続こう」
 ギリギリと力比べをしていたらゴンザレスがこう言って、みんなが私達のうえに手を加重ねてくる。
「ミラクルスパイラルギルド長の権限により、この件に関する争いを封印する。以後はギルドの立て直しに皆で全力を注ぐのである」
 こうして私の恨み辛みはそうせざる得ない場の影響力により、無理やり心の奥へと押し込まれ封じられる。そして色々な気持ちを抑えつつ話し合いをして、打開策を纏めたら私は部屋に戻って眠りにつく。

 今日のために早めに寝て起きた朝一番。仕事のまえにまず飯を喰おうと石帝へと向かった私は、日用品と共に精力をつけるべく高級品を買って自室に戻ってきた。
 私室にて長さ1mのホワイトスネークの皮を剥いだら、鉄の棒で串刺しにし、たき火の上でたれを塗りながらグルグル回して照り焼きにする。香ばしいゴマ醤油の匂いと甘さが丁度良く、じわっと肉汁が出てくるこれは喰いごたえ抜群。
 ウンディーネに黒豚を渡したら紅茶の用意されている70階の応接間へ、みんなが集まってきた所で立ち上がった私は話しだす。
「ではまず昨晩わたしが出した計画の確認をするぞ。
 1、まず私が決めた通りに不採算部門となるヒョロちゃんのゾンビ制作を中止する。
 2、私の指示通りにヒョロちゃんを事務所の雑用係とする。
 3、人間の依頼は儲けが少ないから、私が言った通りに取り分90%で殆どを下請けに回す事にする。その際は私に内容を確認……」
「私私って鬱陶しいーーーー」
 とまえで虎の威を借りている狐が生意気にも大声を上げた。計画は私1人が出したようなものだから、連中の頭に焼き付けておきたいのである。
「私と言う言葉を外して確認をするべきだと、私は考えます」
「私はクドクドと言われるのが大嫌いだ。私という見栄を張った言い方をやめやがれ」
「考えたのはエルフィンヌ一人でしょ。私私っていちいち言われなくても私は知ってるから、しつこいぐらいに私って言わないでよ」
「嫌がらせのつもりか!」
 妖精に続いて前にいる事務方3人衆も、不機嫌そうに『私』へ文句を言う。
「案を出したのも私、選択肢を持っているのも私、稼ぎ方を知っているのも私、私が居なければ何も出来ない癖に、なんの権利があって私に逆らわれるのかしら?」
 お前ら如きに何が出来るんだと嘲笑してやる
「あなたという人は、私は絶対にあなたの指示には従いませんからね!」
「私は嫌ーーー」
「私は案に大反対だ」
「私はエルフィンヌが大っ嫌い」
「やめるのである! 我が輩の命令に逆らうつもりか!」
 口喧嘩を続けていると 黄金の闘気を身に纏ったゴンザレスが大音声を発して事務所全体をグラッと揺らしてきて、迫力に押された私と連中は黙らされる。
「困った女共よ」 (やかましい)
 やれやれとため息を履いた雪月花は置いといて確認を続けよう。
「えっとどこからだったか……そうそう。
 人間からの依頼を下請けに回す時には、必ずエルフィンヌか雪月花に話しを通すこと。
 物によっては凄く儲かるからそこんとこ忘れないように。
 4、黒魔女とその同行者は魔女の指示に従って儲かりそうな仕事を探して回る」
「具体的にはどうしますの?」
「裏の仕事を斡旋している所かクエスト紹介所などで探す。これは黒魔女が詳しいから心配しなくていい。続けるぞ
 5、生け贄は今まで通りに揃えてくれ。出来るだけ使わないようにするが、これがないと魔女は動けなくなる」
「そんな金なんかないわい」
「足りない分はギルドの借金として黒魔女がたて替える」
「6、人材補充はギルドの資産が増えてから中堅所をここへ組みこむ。
 資産的に1億$は欲しい所だ、まのんびりやるしかない」
「現在の運転資金は100万$足らず、気の遠くなるような話になるわね」
「最後に大事な話しをしておく! ゴンザレス、お前が営業に行くときは必ず事務方を一人連れていけ! 気をみて錬金術などに精通した専門家を探しに行くが、こっちが儲けてもお前が潰したら八つ裂きにしても許さないからな! 勝手に依頼を受けるなよ!」
「肝に銘じておくのである。では確認を終えた所でエルフィンの同行者を選ぶとしよう」
 (こっからが大変なんだよな)
 一番欲しいが地上を飛びまわるゴンザレスは×、雪月花は戦闘に不向きなのかも知れない(実際は知らん)、あとは一番使えないヒョロちゃんと女共にクソ妖精が一匹。
「取り敢えずシリスは私につけ。後は……」
「えーーーーーそんなの絶対に嫌ーーーーー」 (それはこっちの台詞だ!)
 私が気を静めて話をしてやってるのに、虎の威を借りまくっているシリスはブウたれてそっぽを向きやがった。(私は大人、だから平静を保ちつつ必要なことをする)
「私に従うならフィレンスの腕輪をやる。これで文句はないはずだ」
「えっ……」
 私の方へむき直した妖精の目がビー玉のように丸くなり、その驚き顔のまま主であるゴンザレスを横から見上げる。本当にこれでいいのかと確認を取っているのだ。
「これでシリスも一人前である。精進するのだぞ」
「やったーーーーー」
 シリスは主人の許可を得ると両手を挙げての大喜び。
 飛び上がると「これで買い物ができるー、外に出られるー、嬉しーー」 と騒ぎながら頭上をぶんぶん飛び回り続ける。
 うるさいとは思いつつも気持ちは理解できるので、落ち着くまで待とうと皿からクッキーを手に取り一口囓った時のこと。何を思ったか私の肩に降りて来たクソ妖精は、
「エルフィンヌ大好き♡」
 って背筋が凍りそうな台詞と共にすり寄ってきやがった。
「なに!」 ゴックン「ヌガッグ……」
 ダダダッとみんなはソファから滑り落ち、
「裏切り者ー」 
「そんな奴の肩を持つなぁーーーーーーーーー」
「見事な変わり身」
「現金な性格であるな」他 と口々に声を上げていく。
 一方で咀嚼予定だった欠片を丸呑みにして喉に詰まらせた私は、ティカップ一杯では足りないのでティポットの蓋を取って一気飲みし、固形物をどうにか胃へと流し込む。
「グハッハーハー、シリス! お前が変なことをしたせいで死にかけただろうが」
「え~変な事って何よぉー、そんな言い方しなくてもいいじゃない」
 口答えはしたが顔は幸せそうであり、(こいつもこんな顔が出来るのか、妖精だけあって笑ってるとそれなりに可愛いもんだな) 等と柄にもない事を思っていたら
「あの~、フィレンスの腕輪ってそんなにいい物なんですか?」
 とソファーの端からひょろちゃんが、そーっと手をあげて聞いてくる。
「フィレンスの腕張って言うのはね~」
 私の肩には胡麻をすっている妖精がおり、こいつが嬉々として自分の苦労話を交えながら話す内容を纏めるとこんな感じになる。
 
 今を遡ること2万2894年前、人間がまだ石斧を振り回してマンモスを追いかけていた時代に、ある地下都市にいた魔導師ユナ=フィレンスが、自分の使い魔に対して渡したミスリル銀製の魔法腕輪がそれ。
「これを持った使い魔のする事はすべて私が責任を取ります。だから自由にさせて下さい」
 その当時の使い魔やホムンクルス等は、今もそうだが道具として作られ壊れたらゴミを捨てるみたいに捨てて、物のように扱うのが一般的だった。
 たかが使い捨ての道具に過ぎない使い魔を、私達と同じように扱って欲しいと言う彼女に対し自分も含めてみなで笑ったものだが、ユナがしつこく頼むうえに相応の実力者だった事もあり、そこまで言うなら好きにしろと周囲に認めさせたのが原型になる。
 その後この話は各地へと伝えられ、だったら私も、俺もやる、と噂が段々広まっていって最終的にアンダーワールド全域の管理と監視をしている、統制局が一括処理をするようになって現代に至る。
 要するに人間がペットを飼うように、使い魔が道具から愛玩動物に昇格しただけ。首輪を付けたまま一匹で町を歩きまわる家猫と同じような物なのだ。

「もういいか、次行くぞ次」
「え~まだ話したい事いっぱいあるのに~」
「受付の3人と雪月花の中から1人私の下について貰う」
「昨日の話だと戦闘力が必要になるのよね」
 とラシェルは大真面目に聞いてきた。
「裏の仕事ってのはな、暗殺、金の回収、護衛、実験の手伝い等々、他の奴等がやりたがらない事を高額の報酬と引き替えにやるんだ。リスクは高いが儲かるぞ」
「ギルドの名声が地に落ちたりしませんかしら?」
「しない。脳内お花畑てきな考えは持ってないだろうが、薬の開発、新しい魔法、犠牲無しに出来るなんてガキの発想だ」
「そんなのは知っています。それよりも……」
 ラシェルの真っ直ぐな視線が私へと注がれる。
「なんだよ。気持ちわりぃな」
「やっぱりだめ、無理すぎ、あなたの下で働くなんて怖気が走ります。想像しただけで鳥肌が立ってきましたわ」
 と、ど貧乏の文句たれは身震いしながら顔を反らした。
 そうしたら
「誰が従うかってんだ。ボケてるなら病院に行った方がいいぜ」
「私が居ないとお金の管理が出来ないから無理。悪魔の化身が1人でやりなさいよ」
「拙者はやらぬ」
 と、多重人格で稼げない葛井、金の管理を任されているだけのシルヴィ、自分からは何もせず頼まれても断る鎧、もそれぞれ協力を拒んでくる。
 私が一番頑張るのに、だれもかれもが我が儘ばっかり言いやがるから
「あっそう、じゃぁ裏仕事の報酬はすべて私が貰うわね。商品を作れる職人が居なくなってギルドの収入源はなくなるけど、倒産しないように貴方達だけで頑張りなさい。その後は負債分と引き替えに4人とも売り払ってあげますわ」
 と嬉しそうな顔で現実を突きつけてやった。
「それは困る。お前達……シルヴィは除くとしてなんとかせよ、命令である」
 と弱腰のゴンザレスがみんなに命じたが
「我に益無し、強制なら去る」 と雪月花は拒絶した。
 これは想定の範囲内なので
「報酬の取りぶんは私が8……基だ、必要経費を除いて私と同行者が2割ずつ、残りをギルドに積み立てる」 と案を示したら
「先に言え、従おう」 とあいつは納得する。
「だったら、雪月花さんとエルフィンヌだけで良いのではないでしょうか?」
「私とこいつで報酬を半々にしていいんだな」
「仕方がありませんわね」
 腰を上げたラシェルは私を一睨みしてから事務所へ向かい、少ししてサイコロを持って戻ってきた。
「これで決めましょう。シルヴィ以外は好きな数字を2つ選んで下さい」
 雪月花が1と6、葛井は2と5を選択してラシェルは3と4、それから彼女はサイコロをゴンザレスに渡すとテーブルの上へ振るように言う。
「我が輩で良いのか?」
「ゴンザレス様が一番公平ですからお願いします」
「では文句なしの1回きりである。それっ」
 あいつが放ったそれは、テーブルの上でカンッと小さく跳ねてから転がっていき、みんなが注目するなかコロコロと回って『3』という数字を示した。
「……私ですか。腸が煮えくり返る思いですけど従ってあげますわ」
「それは私の台詞です、せいぜい足を引っ張らないように努力して下さいね」
 やりたくはないが運命の選択には逆らえないと、私達は歪んだ笑顔でにらみ合う。
「うふふふふ、何時まで保つか分かりませんけど理性的な私に感謝しなさい」
「ほほほ、少しでも邪魔に感じたら迷わず切り捨ててあげますわ」
「喧嘩はもういいのである。めでたく話が纏まったので我が輩は営業に行く、葛井よ共に地上へ向かおうぞ」
「はいご主人様」
 ゴーっと炎を滾らせつつ睨み合ってたら、2人は奥にある鏡の向こうへ消えていく。
「我は自室へ戻る」
 と雪月花は水溜まりから下に降りていき
「ヒョロちゃんはこっちよ」
 とシルヴィは彼を連れて事務所に行った。
「ねぇ何時までそうしているの? 早くいこうよー」
 (やっぱりこいつはここで殺しておこう) と、杖とロケランを構え合っていたら腕輪が早く欲しいと下から妖精が言い
「こうしていても始まりません早く行きましょう。どこに向かえばいいんですの?」
 プイと顔を背けた魔女が歩き出すと
「石帝へ向かえ、そこから始める」
 と私は答えながら後に続いて鏡の中へと入っていく。
 
 民家から出て石帝のメインストリートへ。活気に満ちている石に囲まれた通りを、ワーウルフにハニーエルフやゴブリンといった様々な種族とすれ違いながら、中央にある塔を目指して直進する。
「眩しいーー、前も見たけどあれが太陽なの?」
 木偶人形の頭上に座りながら進んでいる妖精は、目を細めながら天井にあるオリハルコンの籠に入ったそれを見上げて嬉しそうに声をあげた。
「あれは人工太陽だ、ここは洞窟の中」
 私は答えると足を速める。
「錬金術で人工的に作り出されたものです、本物の太陽はもっと偉大で大きいですわ」
 ラシェルも足を速めながら続いて教えてやれば
「へぇーそうだんだ。……ちょっとぉー、折角だからゆっくり歩きたいんだけどーー」
 と後ろから追いかけてくるシリスが文句を言ってきた。
 私的にはそうしたいが前に出たがる魔法使いが目障りで、ラシェルもそうなのか私が先頭に立つと追い抜こうとしてくる。そののまま早さが上がると駆け足になり、息を弾ませながら目的地の前まで来てしまう。
「はぁはぁ……なんで全力疾走なんかしたんだ。休憩にしよ」
「はぁはぁはぁ……あなたの所為ですわ、私の前に立つなど百万年早いです」
 顔を背けあいながら2人で腰掛けたのは噴水の側にあるベンチ。
「ちょっとまってよーー」
 動きの鈍い木偶人形に乗っているシリスは後ろで声を上げており
「初めて来たのに迷ったらどうしてくれるのよ」
 と私達の側へ来たら頬を膨らませながら文句を言ってくる。
「うわぁーーおっきい建物」
 続いて前をみた妖精は建造物に沿わせて目線を上げながらこう話した。
 これは石帝の管理組織に住居ほか色々な施設が押し込まれている所で、黄金城より低い48階建てをした石帝庁舎。例によって外壁から内部まで適当に積まれた石は、凸凹のゴツゴツでその固まりには所々に小さい窓がついている。
「ねぇ、あの塔なんとなく歪んでそうに見えるけど大丈夫なの?」
「何となくじゃありません。地盤の変化に合わせて少しずつ東に傾いているのです」
 視線を戻したシリスの問いにラシェルが答えると私も続けた。
「何れ補強を入れて歪みを直すという話しがあちこちにある。だがその金を誰が出すかで揉めてるから、直すまえに崩れるだろうと町ではもっぱらの噂だ。なぁ?」
 話しながら(本来ならお前らがやるべきだろう?) と横目で経営陣に促してやる。
「その話は聞きたくありません。先を急ぎましょう」
 急に立ち上がった彼女は、逃げるように塔へと向かうので私達もあとに続く。

 正面にある大扉から中へ、ここの移動経路は外壁に沿って登る螺旋階段と中心部のエレベーターがあって、40階にある石帝ギルド連合が使用している階層へ私達は向かう。
「あっ」
 エレベータから降りて直ぐに、桃色のメイド服をきた苛立ち気味のラシェルが顔から床に突っ込んだ。回りには西洋鎧の兵士2人と書類審査に来た数人がいる。
「いったぁい。全く、廊下の整備ぐらいしておくべきです」
 顔を上げ始めた少女体型は周囲から向けられる、やらしい視線に気付かないので
「白いのが丸見えだぞ~恥ずかしいな~」 とあおり気味に教えてやった。
「えっ」 と足下を振り返った外見だけが美少女の女は、自分の状態を見て取ると「きゃぁぁぁ」 って似合わない悲鳴を上げながら、体を起こしてスカートを抑える。
 続いて赤い顔をした彼女が周囲を睨みつつ杖を向けると、兵士達は横を向き
「いや~いい物見せて貰ったはっはっはっ」
 と言いながら通路を行き交う連中はそそくさと行ってしまう。
「短いのを履いてるお前が悪い、さっさと行くぞ」
「なんですってぇ!」
 ちょっと気分が良くなったらあいつを置いて塔の南側へいき、傾斜に逆らいながら石帝で一番近づきたくない廊下を進んでいく。
 最も嫌いな商品管理課[関税、物品税、依頼結果の報告所]を通り過ぎ、2番目に嫌いな居住権販売所[上下水道料金、不動産税、住民税]前を通過して、好きだけど『閉鎖しました』と看板にある年金福祉事務課も抜ける。
 その隣にある目障りな寄付課を横切ろうとしたら
「そこのお2人さーん、ここを立て直すために寄付をお願いしまーす」
 とカウンター内からの鬱陶しい声がするので、無視する様に早足で進み、厳つい奴のいる兵士派遣課の脇に作られた統制局[ギルド連合本部]への申請所にきた。
 [統制局の仕事は、特許や商品の販売管理から、ギルドや国家間の条約施行の監視、魔法や特殊技術の管理にスパイを使った情報収集まで、多岐にわたる]
「ちょっと時間がかかるから待ってろ」
 と2人に言ったら受付にいるハニーエルフと色々な書類を取り交わしていく。
 まず販売管理協定の遵守から。
 超特級品となる虹の卵にライトエリクサー関係の領収書と、これを取り扱い経緯をまとめた書類を提出。ブラックからの手回しがあったので比較的楽だった。
 次はシリスの登録をする。
 責任者ライアード=エルフィンヌと住所、保証人ゴンザレスを記入用紙に書き込み、終わりに指先をちょっと傷つけたら印鑑代わりの魔方陣へ血判を押す。これで統制局は私を追跡できるようになるのだ。
「登録料は補償費込みで3万$、年間費は1000$になります」
 私はお金を払うために両手で帽子を持ったら
「ドル札の入った袋を出せ」 と命令する。
 中々出してこないので両端を掴んで腕一杯に引き延ばし、まだ言う事を聞かないのでラシェルに頼むと2人がかりで思いっきり引っ張った。
「凄く頑丈な帽子ね、なんで出来ているの?」
 裂け目一つ入らない三角帽子の長さが3m近くに達しようかという所で、私達の奇異な行動を横から見ているシリスが言う。
「企業秘密だ。それより、何時までごねるつもりだ! いい加減にしろーーー」
 私が目尻をつり上げてカンカンになるとボテッと札束の入った袋が落ちてきた。それを拾うと標準サイズに戻った帽子を被りなおす。お金を払っていると変な物をみる視線が私に集まってくるが気にしない。
 審査が通ったらシリスを受付に預け、暫くして妖精はミスリル銀製の腕輪を右手首に付けて戻ってきた。これは魔法の呪いで体から外せないようになっている。
「どうやって使えばいいの?」
 と聞かれるから魔力を込めてみろと教えやり、実行に移すと腕輪に付いた小さな宝石から登録ナンバー『YZ3―4028』が空中へ浮かび上がってきた。
「それがお前の番号だ、統制局の管轄内ならどこへ行っても普通に扱って貰える」
「お買い物は?」 「出来る」 「外食は?」 「出来る」 「外に出ても捕まらない?」 「責任者として私が取り返しに行く」 「えーっと……」
 ゴマをすりをしながら肩に乗ったシリスが次々に質問を繰りだすので
「社会のルールは後で教えてやるから次行くぞ」 と話を切った。
「はーい」
 (ブラック企業で働くサラリーマンよりも酷使してやる。あーしてこーして……)
「その笑い顔はまたよからぬ事を考えていますね、次はどこに行きますの?」
「最上階だ」

 エレベーターに乗って45階へ、ここから先は歩くしかない。
 ここは障害物のない大きな円形広場になっており、埃が溜まって汚れている床やテーブルに風化して剥げた絵画が壁にあって、長期間放置されてきたのがよく分かる。
「嫌な気分になる所ですわ」
「ミラクルスパイラルは大昔よくここでパーティしてたな。今は誰も使ってないけど」
「100年近くも前の話をよく知っていますわね。さすが曾々々々お婆さんです」
 険悪なムードを漂わしながら外壁沿いの螺旋階段へ。
「そうやって喧嘩ばかりすると、老けるの早いって聞いたことがある。早く行こー」
「フン」×2
 シリスに促されながら46階へ、ここは支店本部や受付があった所。
 兵士待機所や武器保管庫があった47階に来ると、床の傾きが酷くてちょっと気分が悪くなってきた。階段が向かいにあるので部屋を両横に見ながら直進する。
「これでよく崩れたりしないね」
「今は見る影もないけど、ご先祖様がそれだけ偉大だったって事だな」
「喧嘩を売ってますの? ここで決着を付けましょうか?」
「喧嘩しちゃダメーー、子供じゃないんだから自制しなさい!」
 ポケットから拳銃を取り出した私と杖を構えたラシェルが睨み合えば、木偶人形から飛び上がった妖精が真ん中に割って入る。
「エルフィンヌ、シリスのおかげで命拾いが出来ましたわね」
「それは私の言う台詞だ。先を急ぎぐぞ」

 暫くして塔の一番上へとやってきた。嘗てはミラクルスパイラルギルド長の別荘が合った所だが、傾きが酷くて天井が崩壊し壁も崩れて吹きさらし状態。隠し事を行うのにこれほどの都合の良い場所もないというわけで、裏仕事を斡旋する専門家がここにいる。
「いらっしゃいませ~こちらにどうぞ~」
 階段を上り終ると直ぐに、黒いローブで全身を覆っている私と同じぐらいの背丈をした女らしい奴が話しかけてきた。彼女について歩くと、傾きに合わせて水平になるように切られた木箱を組み合わせて作られている、受付へと案内される。そこには分厚い書類の束を机に置いたまま、木箱に座ってスマートフォンの画面を弄っている誰かがいた。
「くそー1000$でウルトラガチャ5回って高すぎだろ。さっさと出せーーーー」
「先輩~お客さんですよ~」
 彼女が声を掛けるも液晶画面を見つめている彼は反応しない。
「SSSランク武器でろー。こうなればスーパーゴールドモード、1回1000$だ!」
 (ゲームをしているらしいが、なんて勿体ない事を……)
「あいつは何やってるんだ?」 と横にいる女に聞いてみる。
「あれですか、先輩はまっちゃってずっとやってるですよ、『スーパーヌード対戦』。戦闘で勝てば動く3Dの美少女が一枚ずつ脱いでいき、最終的にレ○○とかデート後にS○○とかが出来るらしでいす。人前、っていうか女子の前でしませんよね? 恥ずかし過ぎるって思いません?」
「現実でモテないから仮想に逃げてるのか」
「きっと誰も相手にしてくれないんだよ。可哀想……」
「実在してる私のような美少女へ貢ぐ方が価値はありますのに、お金が可哀想です」
 僅かに距離を置いたら小声で遠巻きに色々いってみた。
「五月蠅い外野は黙れーーー、これは全世界で4000万人がやってるゲームだぞ! 俺のユイファは世界最強の美少女なんだ、お前らカス女と一緒にすんな!」
「先輩~カスってどういう意味ですか~?」
 言い返すのもアホらしいとあいつを哀れみと蔑みの目で眺めてたら、案内掛かりが近づいていってスマフォを取り上げてしまう。
「あっこら返せよ!」
「もぉー仕事だって言ってるのに。こんなもの、えーい」
 ブンッ、女は崩れて穴が空いた壁に体を向けるとそのまま塔の外へ投げ捨てた。ここは48階、地上に落ちれば間違いなくおシャカになる。
「俺の商売道具がぁーーー」
 スマフォを追いかけて走り出した男はバカ丸出しで塔から飛び降りる。落ちる直前に白い翼を広げたのでエンジェルなのだろう。
 ……少しして息を弾ませながら戻ってきた男の手には、しっかりとスマフォが握られていて、そいつはローブの中へ翼をしまいながら木箱に座ると依頼書の束を広げていく。
「さっきの事は忘れろ、でないと仕事を回さないからな。それでお前達は誰だ? どんな仕事を探しに来た?」
 裏仕事の案内人らしく、フードの下から凄みを利かせるように威圧してくるが、屁でもないから普通の態度でうけ答えをした。
「私を知らないとは新顔だな、前任者はどうした?」
「転勤になった。それで?」
 まず本人確認から。あいつ等に登録番号を求めると銀の腕輪からそれぞれの番号が空中へ浮かび上がり、携帯を使って統制局のサイトから確認させると電話がかかってくる。
 今度は私、左腕を捲り上げると金の腕輪があってそこに埋め込まれたルビーから『9M9L9Y9S―49』と浮かび上がる。
「魔法、錬金、薬学、精霊、が特級でとうろくが2桁台だと! あんた何歳なんだ?」
「命が惜しいなら聞かない事だ。確認を」
「……確認した。特別扱いで対応する」
「いま何がある?」
「待ってくれ、後ろの連中はどんな関係になる?」
「私の部下と登録済みの妖精だ、身元は私が保証する」
「了解した見てくれ」
 男から依頼内容の一覧表を受け取ると、加工された木箱を幾つか借りて確認する。
「なんか酷い内容ばっかりですね」
「そうか? 普段とそんなに変わらないだろ?」
 『ドラゴニアンのマーベリックから15万$の回収。報酬3割・相談可 現在地不明』
 『盗まれた魔法薬の奪いかえし、詳細は依頼を受けてから。要戦闘力 10万$』
 『人間界で魔法薬の効果実験、詳細はウラノス城で。複数可・要戦闘力 50万$~』
「大ギルドも依頼するんですね」
「毒薬か洗脳薬の試験だな。うるさいのが多いから自分ではやりたくないんだろう」
「それってかなり酷くない?」
「私も偶にやる」
 『ギルドを妨害するヒーロー正義気取りの邪魔者を暗殺。統制局からの依頼 200万$』 
 (色々あるけど……)
「仕事選びは貴女に任せます」
「お前は経験がないから当たり前だ」
 (……ラシェルがいるからかなり無理は利く。なんかこう派手で、短時間にぱーっと稼げそうなやつはないかな……)
「これが良さそうだ」
 そう言って私が選んだのは
『悪魔ブーネ錬成召喚の手伝い兼ボデーガード。悪魔の討伐経験が必須 戦闘が起きなければ10万$ 戦闘時は15万$で必要経費は相談」
「これですか?」
「ああ、手軽で一番稼ぎが大きい。これにするどうすればいい?」
 一覧表を返しながら黒いローブに依頼の詳細について質問する。
「素人の護衛だから皆は避けているが、本当にこれでいいか?」
「問題ない」
「とても嫌な予感がしますわ」
「この書類に必要事項を書いてくれ」
「……これでいいか?」
「これでいい。場所は石帝地下にある第1大型召喚場で、2日後の深夜10時にそこへ来てくれ。仕事の詳細は現場で話すらしい。これが契約書になる」
「詳細が現場についてからって、なんだかとても怪しいですわね」
「他のにするか?」
「ブーネ位なら暴れられても楽勝だ」
「初代魔導師様(マスターウィザード)には簡単すぎる相手と言うわけか」
「年齢や立場について触るなと警告したはずだぞ」
「悪かった、もう用がないなら行ってくれ。それから……」
 素性と使用キャラが割れたらスパイが来たり、クラッカーがウィルスをどっと送ってきて大変だから、ゲームの件はくれぐれも回りに話さないで欲しい。と去り際にかれが本気で頼むから私達は呆れ返りながらも約束をし、契約書を貰って黄金城に帰って行く。

 ゴンザレスが引き受けてきた仕事の処理をしたり、ハニーちゃんやハニメンから来たお店への招待メールをウィルス付きで返信したり、と雑務をこなしていたら2日ぐらい直ぐに経ってしまった。
 深夜9時、夜遅くに石帝を歩くのはそれなりに勇気が必要だが、それ以上に石帝の地下にある入り組んだ通路網を歩くのは怖い。入り口は石帝庁舎の側に1つしかなく、発電所や軍の倉庫に実験施設といった危険なものが押し込められていて、使われなくなった所には盗賊団のアジトや売春宿があったりする所なのだ。
 昼より夜の方が警備兵の数は減るし、慣れてる奴でも武器は手放せない場所で、一番暴走のリスクが高い召喚関係のしせつは最下層にある。だから絶世の美少女コンビである私達は、誰かに襲われやしないかとヒヤヒヤしながら歩き続け、襲ってきた十数名の身包みを逆に剥いでから、若干予定時刻より遅れつつ指定された場所にやってきた。
 電動で両開きになる超鋼鉄製の門を、契約書とともに渡された1回しか使えないカードキーで開いた先にあるのは、超鋼鉄で覆われた縦横500m四方もある大広場。緊急時に石帝庁舎にあるコンピューターから操作をすれば、ここを汲み上げた熔岩で満たせるように作られている。
「来るのが遅すぎるぞ、その分だけ報酬を減らすからな!」
 遅刻したのは15分ほどなのだが、身の程知らずの若い声をしたこいつは偉そうにも私達にこう言ってきた。黒いローブで身を包んでいるし声だけでは男女が解らないが、線が細いように見えて背丈もそんなに高くない。
「ノロマが、さっさと走ってこい!」
 遠目にあいつが私達を見分けられるのは、裏仕事を斡旋している統制局から依頼を引き受けたやつの情報を貰っているから。あいつはギャーギャー喚いているが、私達は時間をかけて歩きながら広場の中央まで来る。
「さっさと来いって言ってるだろうが!」
「遅れて悪かったな坊主。ここに来る途中で盗賊に襲われたんだ勘弁してれよ」
「坊主じゃない! それが依頼主に対する態度か!」
「ごめんなさいねお嬢さん、エルフィンヌは口と性格が酷くてとても醜い女なの。お名前を聞かせて貰えないかしら?」
 偉ぶっているお子様を宥めつつサラリと私の悪口を言ったクソ女に、9㎜拳銃を突き付けてやった。
「ほらね、ちょっと刺激しただけで暴れだす凶暴な女なのよ」
「ふん、悪魔の錬成召喚の護衛にはそれぐらいで丁度いいかもな。僕の名前は教えないがご主人様とでも呼んで貰おうか」
「ふだん師匠にこき使われてるからって、その仮名はないんじゃないか?」
「うるさいーーー、脳内筋肉女に僕がしてる苦労が分かって堪るか!」
 全体像の通りに中身もお子様で、彼女は地団駄を踏みながら私を睨みあげてきた。やり返してもいいのだがそれだと金にならないので
「喧嘩をしにきたわけじゃないんだ、さっさと仕事を始めてくれ」 と話を切る。
「素人のお前達にも分かるように説明してやるからよく聞けよ」
 なぜ素性を隠すのか、なぜただの召喚儀式を裏仕事して登録したのか、この手の話を聞かせてくれるなら裏仕事として登録しないから、統制局を信用して詳しくは聞かない。
「数ある悪魔の中でもブーネは頭が良いいから制御が大変で、これほどの悪魔を作れる奴は殆どいないんだ……」
 ソロモン系の悪魔は上から王、公爵、王子、侯爵、統領、伯爵、騎士とランク分けがされていて、公爵の悪魔ブーネはかなり強い部類に入るという。続けて召喚に掛かる時間とか呪文の複雑さとか、これが出来る私は凄いだろうと彼女は自慢げに話すので、私達は適当に相づちを打ちながら聞き流していく。
「いいか、お前達は私語を慎んで余計な事はせずじっとしてるんだぞ」
「わかった早く始めてくれ」
上級悪魔を錬成召喚するのだから必要とされる材料も相当な量だ。
 紫色の炎が焚かれた篝火が六芒星に設置されていて、その中央にブーネの紋章をかたどった魔方陣があり、そこへ年老いて死んだ学者の首、グリフォンの頭、翼竜ミルドラゴン一頭をバラした山が積んである。
 魔方陣の前に設置された木のテーブルには燭台が2つあって、その真ん中にはシャインクリスタルが設置されてある。ご主人様はその前にたつと徐に懐から皮の表紙がある分厚い本をとり出して机においた。
「おーしやるぞ」
 と続けて懐からガラスの小瓶を取り出したご主人様は、栓を開けると中にある液体をグイッと飲み干した。後ろからでは角度的に見難かったが、オレンジ色でドロドロとした液体は恐らく魔力補填薬(マジツクブレツド)だと思う。効果が切れたときの反動がきついので使うやつは滅多にいないが、それだけの魔力が儀式に必要なのかそれともこいつに実力がないのか、なかなか判断に悩むところ。
 (紹介所の奴がこいつは素人だと言い切っていたな、警戒した方が良さそうだ)
「アーレンスタ~、シャナードフィレ~……」
 彼女が光っているクリスタルに両手を翳して魔力を注ぎつつ呪文を唱え始めると、戦闘で役に立たないシリスに入り口で退路を確保しているように命じておく。
「……レファラ~マグ、ドラフェラ~」
「説明にありましたが随分と掛かりますわね」
 ご主人様が呪文をとなえ始めてから10分後、暇になったのか側に来たラシェルが小声でこう話すので基本を教えてやった。
 精霊もそうだが召喚時に使われる呪文は生命体命令式(ライフコマンド)と呼ばれるもので、集めてきた材料に術者がやらせたい事を呪文として記憶し再現させるのだ。現代風に言うなら、パソコンとプログラムの関係がそれにあたり、強力で多彩な能力を持つものほど複雑で長い呪文が必要になる。故に、これらソロモン系列の悪魔をたった1人で作り出したソロモン王は天才と呼ばれている。
 1時間後。
「マラグラムレナーザウ、ナトラーシャ……」
 話の通りなら唱えた呪文はまだ3分の1。唱えながら机にある本をめくるのは大変そうなので手を貸してやる事にした。
 2時間後。
「マラフェーラ、ゲルゼヴェラー……」
 ご主人様が少しふらついた、倒れずに持ち直しはしたが熟練の魔導師でも相当に体力を消耗する難行である。余程の思いがあるのか細い彼女は頑張っているが、呪文を飛ばしたり読み間違えたら失敗するので、止めるべきかと私は思った。
「足下が覚束ないようですが、あのままで彼女は大丈夫でしょうか?」
 ご主人様の身を案じている凶悪メイドは不安げな顔で私に聞いてきたが
「気持ちは分かるが、ここまで来て止めるもあれだしその為に私達がいる。ここはご主人様を信じて待つしかないだろう」 と答えるしかない。

 3時間後。
「……アンガレースタ」
 と呪文を唱え終えた彼女が下に向けていた両手を前に向けると、それに合わせるように浮き上がったシャインクリスタルが材料の山へと飛んでいく。そして魔法石が材料に接触するとクリスタル取り込むように集まってきて、なんだかよく分からないグチャグチャとした肉の固まりへと変貌した。
 これは精霊召喚で言うなら虹の卵が孵るかどうかの瞬間になる。あのウネウネして薄気味が悪い肉の固まりは、コアクリスタルから受け取った命令式に従って自己を形成している最中で、完全な形になるまで高魔力を注ぎ続けなければならない。
「ぐっ」
 と2分ほどして彼女はうめき声と共に片膝をつく。マジックブレッドの効果が切れたのかとも思ったが、まだ突き出している右手からは魔力を注ぎ続けているので、肩を貸して立たせながら
「もう少しで完成するぞ。ここが正念場だ踏んばれ」 と激励した。
 数分後、肉の固まりが変化をし始めると、鋭利なかぎ爪をもつライオンのような4本足に続いて、緑色の鱗に覆われた翼のある体と蛇のような長い尾が作られていく。
「あともう少し……」
 悪魔の錬成召喚はライフコマンドを組むときより、体を作るときの方が魔力の消耗は激しい。彼女の魔力が底をつきそうで手足の力が弱まり、私が支えてないと立っていられないようになってきた。
「はぁはぁはぁ……」
 体が完成したら次は頭、長い首が作られるとそれにグリフォンの顔が引っ付いて1本目が完成し、2本目にとりかかる。
「……」
 彼女の目は虚ろで気力だけでどうにか維持している状態。私にはどうしようもなく、ラシェルを使おうにも儀式に参加してない者の魔力を使うのは、魔力の干渉切断(チェインカツト)と言ってもっとも避けなければならない危険な行為になる。
 (こいつが素人なのは知ってたはずだ。よそが2人以上でやる儀式を1人でやらせてしまうとは、くそっ)
「あと頭が2つで完成だ、もうちょとだぞ堪えろ!」
 揺すりながら応援するも、彼女の腕が下がるにつれて注がれる魔力も減ってきた。対応策を考えたがラシェルはヒーリング系を使えないと言うし、2回目のマジックブレッドを飲ませるのは命に関わる。
「手詰まりか」
 同じ魔導師としてここまで完成したのを諦めるのは心苦しいが、意識が無くなってだらんと頭をさげ、発動中の魔術に生命力をすい取られ始めた彼女を放ってはおけない。ラシェルに言って体を支えるのを変わらせると、紫水晶の玉を繋いで作ったライフガードと呼ばれるブレスレットを帽子から取りだし、彼女の首、手足、胴体、頭、に巻いてしくじった魔術から受ける影響を遮断する。
「これで一安心ですわね」
「ご主人様についてはな」
 緊急処置が終わったらシリスを呼びつけて、居ても邪魔になるだけの彼女と一緒に部屋の外へだしておく。
「ラシェル杖を構えておけ」
「言われなくてもそうしますわよ」
 私が帽子から取り出したロケランを未完成のブーネへ向けながら話すと、ラシェルは杖に炎を宿らせながら戦いの準備を進めていく。

「あのまま大人しくしていて欲しいですわ」
「全くだ」
 熊のような体格にグリフォンとドラゴンの頭を持った悪魔は、地に伏せたままピクリとも動かない。いまの内に処分してしまうべきかとも思ったが、下手に刺激だけを与えたら却って暴走の引き金を引きかねず、悩んでしまう。
「ラシェル一撃であれを灰にする魔法はあるか?」
「悪魔討伐の経験は殆どないですが、2~3分あればこの部屋を火の海にできます」
「それでいい始めてくれ」
「わかりました」
 こう言ったラシェルは左手で持ったミスリル銀の杖を立たせると、右手を緑水晶にかざしながらなにやら呪文を唱え始める。その時だった、地面に顎を預けていた白い羽毛に覆われている鷹のような頭の目が開いたのは。
 あれに理性がある事を期待したが、それを司るであろう学者の頭は地面に転がっているわけで、完成度がたかい分やっかいな問題になる。取りあえず呪文を詠唱しているラシェルを認識されると厄介だから、私が彼女のまえに立って壁を作った。
「ラルグードゼフェラ…・…」
 ゆっくりと右側にある太い首が持ち上がってくると胴体も起こされて、私を見下ろせる位置まできたら何かを探すように頭を左右にふった。
 (何を考えている? それとも考える事さえ出来ないのか? どっちでもいいがそのまま動かないでくれよ) と私は願いながら静かに戦闘態勢を維持する。
 少ししてドラゴンの頭も覚醒したら、グリフォンのと同じ位置まで上がってお互いに顔を見合わせた。
「ブレフュードラザァ……」
 体感時間で1~2分、時間が経つにつれて背中で感じている温度と、杖に集中された魔力から放たれる圧力が高まってくる。魔法に期待はできそうだが、急かしても意味がないので間に合ってくれるのを願いながら待つ。
「グルルルゥ」
 ドラゴンの頭は喉を鳴らしながら振り返りつつ下を向く。
 (3つ目の首から来る命令を待っているらしいな、頼むから暴れてくれるなよ)
 1秒を1日にも感じられる緊迫に満ちた状況下で、ブーネの一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らしていたら、少しして2つの頭が私を一斉に睨みつけてきた。
 (どうする、攻撃するか? いや……)
 まだ何とかなるかも知れないと、ロケランを肩から下ろした私は交渉を試みる。
「ブーネよ私に敵意はない、召喚された魔物の義務として私に従うんだ」
 私がこう言うとどう猛な獣にあるナイフのような目は、横目でお互いを確認し合うってから大口を開き、
「ギシャーーー」
「グウォォォ」 と吠えてきた。
 私がロケランを構え直そうとしたらドラゴンの口に炎が見えたから、諦めるとそれを放り出して呪文に集中しているラシェルの手をとり走りだす。攻撃を避けようとグリフォンの頭がある右に向かって進んだら、グリフォンの頭を下げつつドラゴンのが追いかけてきて火炎弾をはき出してきた。
「伏せろ!」
 とラシェルを押し倒すように飛びついたら、私の背中を熱いものが通り過ぎていき、それが床に当たるとロケット弾2発分はある爆発が起きる。もたついていられない、即反応して立った私はM4アサルト・カービンを帽子から取り出して撃ちまくり、ラシェルは魔法を放って攻撃した。
 ダダダダと撃ち込んだ5.56mm弾はドラゴンの鱗にはじき返され、続いたファイヤーボールはブーネを守るように発生した、光の壁に阻まれて当たる前に爆散してしまう。
「ブライトウォールですか、やっかいですわね」
「ソロモン系の悪魔にはもっと面倒な魔術がある、いまのうちに押し切るぞ」
 走りながら話している私達は長い鞭のような尻尾に注意を払いつつ、動きが鈍い相手の背後へと回り込んでいく。ブーネは体の向きを変えつづけ、こっちは振り回されるそれと飛んでくる火炎弾を交わしながら、M4とフャイヤーボーをこれでもかと撃ち込んで尻尾の切断に成功する。
「グギャーー」 とか「グルウォウ」 と言ったブーネの悲鳴が聞こえたら次は胴体。ブーネがひるんでいる隙に背後から、私はグレランとかロケランで、ラシェルはファイヤーボールやらライトニング等といった下級魔法をしこたま撃ち込んでやる。
「さっさと死ねーーー」
「このっ、このっ……」
 守りにくかった尻尾と違って胴体の防御力はそれなりに高い。ブライトウォールを突破出来ない上に、魔法と違って実弾兵器は金がかかるから苛ついてきた私は
「何で下級ばっかなんだ! 高位魔法つかえよ!」 と叫んでしまった。
「詠唱時間も禄にないのに高位なんて使えませんわ! 文句があるならあなたが肉壁になって私を守りなさい!」
「呪符とか魔法石とかなんかないのか!」
「私にはお金がないんです! ノロマの黒魔女もっと稼ぎなさいよ!」
「このや……」
 攻撃をやめて言い合いを始めたら、体の向きを変えたブーネから火炎弾が来る。2人それぞれ別々の方向へ前転をして躱し、やり返してやろうとロケランを構えたら、奴がやろうとしている事が見えたから喧嘩を忘れて
「まずい。ラシェル、グリフォンだ! 魔術を使わせるな!」 と叫んだ。
 ドラゴンは私達を牽制するように交互へ火炎弾を連続で吐いてくる。一方で緑色をした長い首の先にあるもう一つの頭は天井を向くと、口から黒い霧を出しつつ口をモゴモゴと動かし始めた。
 こっちはドラゴンの攻撃を避けつつ魔術を阻止しようと鷲の頭を狙うが、防御膜に防がれてどうにもならず、そうこうしている間にゴーストの召喚を許してしまう。
 ソロモン系とそれ以外の一番の違いがこれ、だからソロモン系は重宝される。ブーネの紹介文に『30の悪霊軍団を術者の用意した墓地へ集結させられる』 とある様に、あれらは魔力と材料が揃えば自力で子分を作りだし、軍団を形成する事ができるのだ。
 呼び出されたゴーストは3匹で召喚はまだ続いている。1匹が私の方へと空中を進んできて、残りの2匹はラシェルに襲いかかって行った。ゴーストの様な精神生命体に実弾や火薬を使っても、そよ風になでられる程にしか効果はなく、ラシェルの魔法に助けて貰おうと駆け寄りかけたが彼女も苦戦していたので逆に離れた。
「こっちに来ないで!」 と放ったファイヤボールは避けられ、それならばとライトニングを使うも殆ど効果を示さず、ラシェルはゴースト一匹まともに倒せない。黒い朝靄のように半透明で人型をしたゴーストは、手に作った鋭い爪で私達に攻撃をしかけてきて数はどんどん増えていく。
 どうにかドラゴンとゴーストの攻撃を躱しつつ
「魔法使いの癖にゴーストの相手も出来ないのか!」
 と役立たずに文句を言えば
「私は死霊系が苦手なんです! あなたこそ何とかしなさい!」
 と逆ギレされた。(普段偉そうにしている癖に、このクソババアーーーー)
 私は魔法が使えないから、あれらに対抗するには採算を度外視して、銀の銃弾や呪符といったマジックアイテムを使わなければならない。(ヴェルカフレイムを封じれた魔力を期待したらこれか。あーもう何もかもが裏目に出てくる、私はどれだけ不幸なんだ)
 頭上から斬りかかっていたゴーストをヒラリと右回転で躱したら、頭にある帽子を取って右手を突っこみ「聖銃(レピオン)をだせ!」 と命令する。
 ……何も掴めなかった。
 訳の分からないまま帽子の中をかき回していたら、ゴーストが左右から切りかかってきたのでこれを持ったまま走りだす。
「このままだと殺られるだろうが! 武器をだせ武器を!」
 私が怒りながら帽子を両手で引き延ばしつつ逃げ回れば
「エルフィンヌーなんとかしてーーー」
 とゴースト7体に囲まれたラシェルが遠くで音を上げてきた。
 何とかしろと言われても無理なので
「自力でやれ役立たず!」 とあいつを突き放したら
「武器をださねぇなら熔岩に突っ込んで灰にするぞ!」 と帽子を恐喝する。
 すると身を捩って手から逃れた帽子は独りでに浮き上がり、私から離れようとして空を飛び始めた。
「逃げんじゃねぇ! まちやがれーーー」
 私はゴーストに追われながら帽子を追いかけ回すという、とんでもなくアホな戦闘をやらされてしまう。
「もうだめ、ブライトウォール」
 呪文発動が聞こえたので目をやれば、ラシェルは両手で握った杖を前に立て、自分を囲むように光の壁を作ったら守りに入る。(どこまで使えないんだよ!)
 続いてはき出された火炎弾を防ぎつつ私の方を向いたラシェルは
「能なしのエセ魔導師! この非常時になにやってんのよ!」 と罵倒してきた
 (ラシェル如きにここまで言われてしまうとは。もーーーーーー、どいつもこいつもあれもそれもどれもこれもみんな、私の邪魔ばっかりしやがってぇーーーーーーー)
「許さん、本気でキレたぞ! この場にいる全員ニブルヘルへ送ってやる!」
 そっちがその気ならと追うのをやめた私は、後ろに振り返りつつうざったいゴーストに両手を突き出しながら
「輝く光の波(シヤインウェーブ)」 と呪文を放つ。
 私は魔力がないのではなく、故あって魔法の発動ができないだけ。使えないのを無理に使ったから、下級ていどで瞬間的に意識が飛びたち眩みになる反動を受けたが、両手から放った光の波は前方3mを目映い光で包みこみ、ゴースト3体を成仏させる。
「魔法が使えるじゃないですか!」
 と安全地帯から文句をいう三流魔法使いはほっといて、私はローブの襟から胸元へ手をいれると、オリハルコンのチェーンに繋がれた漆黒のビー玉を取り出した。
 私が魔法を使えない原因がこれ。詳しく説明する暇はないが、近くで見ると闇のなかへ引き込まれそうな感覚を覚えるこれは、つねに魔力を注いで封印を維持してないと世界を滅ぼしかねない程に危険な代物なのだ。
 これを私から一定の距離はなしたら魔力の供給が止まってしまうが、魔法は使いたい放題になる。手放すリスクと現状を打開できるメリット、双方を天秤にかけてメリットを選んだ私は首から外そうとチェーンに手をかけた。
 すると事態を重くみた三角帽子が大慌てで私の所に戻ってくる。
 まず封印を外すのはやめましょうとあれは私の手に被さってきて、チェーンから手を離したら胡麻すりを始めた。目前でぺこぺこ頭を下げるように縦回転したり、肩に乗って頬ずりしたり、飛んできた火炎弾に突撃し爆発させて防いだり、自分は役に立ちます同じ外すならこっちの封印こそ解いてくれ、と私にアピールする。
 (魔法石に封じた物ほどではないが、これはこれで難題なんだよな……)
 だが悩んでいる余裕はない。火炎弾は飛んでくるし、ラシェルの周りで透明な壁を引っ掻いているゴーストは10体に増えており、新しい2体は私に向かってくる。
「くそっ仕方ない、強化閃光弾をだせ!」
 ゴーストの攻撃を避けつつ帽子に指示をだし、落ちてきたピンの付きで空き缶サイズの投擲弾を拾ったらラシェルに
「次のタイミングで私の所まで走ってこい!」 と命じた。
 (何であなたの命令を私が聞かなくちゃいけないのよ) とラシェルは露骨に嫌そうな顔をして見せたが、他に案もないので一応頷き、それを確認して強化閃光弾のピンを抜いたら振りかぶりにっくき魔法使いへ
「これでも喰らえ!」 と全力で投げつける。

 私の外見は世界に類をみない細身のスーパーモデルだが、色々と弄ってあるのでドラゴニアンが相手でも腕力で負ける事はない。アルミで出来た時速180㎞の剛速球は、惜しくもラシェルの頭へ命中する前にブライトウォールに阻まれて爆発し、500m四方のへやを直接みたら失明する激しい光で満たしていく。
 私は目を潰されたくないから投げて直ぐに背を向けて、光が収まってきたら(ラシェルの目がいかれてないかなぁ) と期待しつつ振り返った。
「エルフィンヌーーーー」
 光に驚いたゴーストは散開し、ブーネにある頭は七転八倒の苦しみようで、隙をみて駆けだしたラシェルは杖を私に向けている。
「危ないじゃない! よくもやってくれたわね!」
「ふざけんな逆ギレババア! 助けてやったんだ感謝しろ!」
 喧嘩をしているがお互いに相手が必要なので駆け寄ると
「感謝なんかしないわ、危険球は一発退場よ!」 とクソ女は魔法を撃ってきた。
 緑水晶から放たれる炎の弾をさっと伏せて躱したら
「死にたくないなら肉壁になって私を守れ!」 とあいつに命令する。
「何で私があなたなんかを、ブライトウォール」
 文句を言うも状況を認識できないほど間抜けでもないので、ラシェルは私の前に立つと杖を両手で構えて光の壁を作りだす。
「そのまま踏ん張ってろ。私の邪魔をさせるなよ」
「この戦いが終わったらあなたを焼き殺してあげますわ」
 右前やく5mの距離にいるブーネはまだ苦しんでいて、ゴーストは壁の内側にはいってこれない。安全を確認したら魔法の帽子から剥離剤を取りだし、液体になっているこれを帽子にぶっかける。封じた時はメチャクチャ怒っていたので、自作した『剥がれんα』を使い厚めの魔法布を3重にして巻いたから、外すのにかなり骨がおれるのだ。
 2本目の瓶を取り出したらゴム手袋をはめて、歯ブラシで剥離剤をすり込みながらベリベリと布を剥がしていく。
「戦場で遊ばないで欲しいんですけど」
 ダメダメ女の文句を聞き流した私は作業を続けていく。
「くそっ何でこんな頑丈にしたんだか。あーもう、やりにくすぎる!」
 私が作っただけあって、何十年という時が過ぎても接着力が落ちない『剥がれんα』はかなり手強い。刃物で切れるほど柔な布じゃないし、自ら炎に飛び込んだ帽子が布を燃やすかもしれないと耐火性にも拘ってある。
 慌てず焦らず大急ぎで、ベリベリベリベリと1重目を外し終えた。
「ドラゴンが回復したわ、早くしてよ!」
 慌てた様子で話すラシェルの声にひかれて振り向けば、頭を振りましたり出鱈目な方向へ火炎弾を吐いたりしていたそれが、血走った目でラシェルを凝視している。牙をむきながら睨みつけ何かを考えているらしいドラゴンの頭に、私は危機感を覚えたが、いま出来るのは手を動かして作業を急ぐことだけ。
「どうするつもりなの」
 2重目に取りかかりつつチラリと目をやれば、ドラゴンの頭は長い首を回してまだ動けないグリフォンのに近づき、顔を舐めたり顎でさすったりと癒し始める。
「別々に動いていたのが協力を仰ぐという事は、連携技があるということだ。防御壁の出力を上げておけ大技が来るぞ」
「今でも手一杯なのに、そんな事いわれても困ります」 (困るのは私の方!)
 早く帽子の封印を解くしかない。私の帽子はブーネより強いので、封印さえ外せればあんな出来損ないの悪魔なぞ赤子の手を捻るより容易く倒せるのだ。
 (ラシェルの守りが崩れる前に何とかしなければ、急げ、急ぐんだ私)
「ええい面倒だ」
 2瓶めの剥離剤もぶっかけたら3つめも掛けて、歯ブラシで擦り込みながら力業ではが剥がしにかかる。
「大変よエルフィンヌ! あれを見て」
 こっちの手を止めるなと言うに騒ぐラシェルが指し示すほうを見れば、私達を睨みながら寄り添うにように並んだ2つの頭が口を開けていた。その前ある空間には円形魔方陣が浮かび上がり、魔力を集中させて逆巻く炎を作り上げている。
「炎系殲滅呪文(フレイムブレス)だ」
「高位魔法ですって! むりよ耐えられないわ」
 ベリベリベリと話しながら残り1枚も外し終えた、後はこいつの魔法を封じている羊皮紙で作った呪符を外すだけ。詠唱に時間がかかるのかまだ魔法は放たれず、逃げられないと諦めたらしいラシェルもブライトウォールを展開したまま動かない。
 暫くすると炎は人の背丈ほどに拡大し呪符も剥がれてくる。
「くるわよっ早く!」
「これで最後だぁーー」
 羊皮紙を掴んでバリッと破るとほぼ同時にフレイムブレスが放たれた。炎の一部が前に進むとそれに引き込まれるようにして残りも続き、一直線となった熱閃はその圧倒的な熱量で敵を消し炭に変えようと襲ってきた。

「光の3重壁(ブライトトラスティンド)」
「ブライトウォール」
 ラシェルに加えて三角帽子を私が放つのとで5つの壁を形成したら、一丸となってフレイムブレスに立ち向かう。
「このぉ」
「でやーーー」
「がはっ」
 熱閃と防御壁とで押し合いになったら即魔力のつきた私がまず倒れる。
「エルフィンヌ!」
「気を抜いたらあかん、突破されるで」
 帽子の上半分には幅15㎝もあるパッチリ開いた瞳が1つ、その下まん中らへんにギザギザの裂け目があってそれが口。私の物になってから万を超える年月の中、一緒に成長してきた相棒はラシェルなんかよりずっと役に立つ。
「お、重い。なんて力」
「このボケ、スカタン、もっと腰いれて踏ん張らんかいな」
 防がれたと知るやブーネは注ぐ魔力を増大させてフレイムブレスの出力をあげ、歯を食いしばって耐えていたラシェルは半歩後ろに下げさせられた。
「わい1人で防げいうんか。ほんまつかえんやっちゃな、邪魔やさがっとれ」
「帽子にバカにされたなんて屈辱ですわ」
 魔法を展開しながら空中を進みラシェルの前にきた帽子は、
「ブライトシールド」
 と唱えていまある壁の内側に2つ目の呪文を作りだす。
「わいが魔法防いだるから、ウォールでゴースト阻んどれよ」
 周りを囲む壁より一点に集中する盾のほうが防御力は高い。ブライト・トラスティンドを解除しつつ縦横1mで厚さ50㎝もある光る盾を、壁の外にだした帽子はフレイムブレスを一匹で防ぎはじめる。
「悪魔にしてはようやるが、ワイの方が魔力はうえやで」
 楽ではないだろうが焦る様子もない帽子がこう話すと、攻撃魔法の出力はさらにあがり
数秒間の押し合いの末に、疲れたらしいブーネは魔法を止めた。
「なんやねんもう終わりかいな」
「エルフィンヌには勿体なさ過ぎる帽子ですわね」
「なに言うてまんねん、エルが本気出したらわいなんか瞬殺やわ。ほな次や」
 かなり消耗したらしい緑の鱗に覆われた首の先にある、ドラゴンのグリフォンの頭は口を開けて荒い呼吸をしながら顎を地面に預けている。ゴーストを一掃できればまたとないチャンスになるが全て帽子にやらせようと思った。
「私はもう金を使いたくない。後は任せたからな」
「サボる気ですか」
「わいの封印をもっと早う解いてれば散財せんですんだのに、自業自得やな」
「これが終わったらもう一度封印してやるから覚悟しとけよ」
 魔法を2回も使って虚脱感に囚われている私が、ブライトウォールの中央付近で床に座りながら脅かせば
「後生や! 頑張るからそれだけは許してんか」
 と帽子は話しつつ下向きにニュルリと6本の触手を出してきた。
「きもちわるい……」
 とラシェルが引き気味に話すように、細かい襞と繊毛がついてヌラヌラと滑っている長い肉は、あっち方面にも使えるから慣れた私でも未だに嫌悪感を覚えてしまう。
 (私が奴を封じていた理由がこれ、しかしこれがほんと役に立つから困る……)
「何ですかその武器は?」
 とラシェルが目をやった先にあるのは黄金色をした6本の剣。これはあいつ用の長い持ち手がある魔法剣で、魔力を注げば刻み込まれたルーン文字の効力により、火、冷気、雷をそれぞれ宿らせられるのだ。
「全部オリハルコン製……羨ましすぎますわ」
「ちゃっちゃとゴースト一掃してくるさかい、ラシェルちゃんはここでエルを守ってて」
 そう言うと武器をぶら下げた帽子は、物欲しそうなラシェルの視線を浴びつつ、ブライトウォールの外へ出ていった。間髪を入れずに12体のゴーストが殺到すると、三角帽子と斬り合いになったが
「装備のないゴーストなんか屁でもないわ」
 と剣を適当に振り回して瞬くまに一掃してしまう。
 魔法剣の柄へ幾重もにも巻かれている伸縮自在な触手は、重戦士6人とどうじに斬り合えるほど強く、刀身に炎がやどる剣で切られたゴーストは燃え上がり、冷気で切られたのは氷の像となり地面に当たると砕けて蒸発する。
「70年溜めに溜めた憂さ晴らしや、ブーネもなます切りしたるわ」
 と上級悪魔へ向かっていく帽子を見学しながら
「誰かさんと違って、私の道具はほんと優秀だよなぁ」 と呟いた。
「確かに下級魔法2発でへたり込んだ誰かさんよりは、役に立ちますわね」
 追し込まれていた先ほどと違い、罵りあいから睨み合うだけの余裕がでてきた。
「ゴースト程度にキャーキャー悲鳴をあげて、逃げ回ったのは誰だったかな?」
「援護もできない誰かさんが遊ぶから、多数に囲まれて動けなくなったのですわ」
「そこのお2人さ~ん、 無駄口を叩いとらんで援護射撃ぐらいしてーな」
 こう言った帽子は1本の剣を中へひっこめて仕舞うと、89式自動小銃を取りだして私の所に放り投げてきた。三角帽子はいま2つの頭と争っていて、側に寄せまいと双方から連続で放たれる火炎弾を右に左にと躱し続けている。
 グリフォンも攻撃に加わっているからゴーストは召喚されない。コウモリのような翼がついたブーネの本体の右側面には、剣で深くえぐられた傷がありそこから赤黒い血が流れ続けていた。
 ラシェルに守られながら89式自動小銃を両手でかまえた賢い私は、どうすればあいつを楽に倒せるかを考える。
 (あれだと帽子はブーネに近づけない、だがラシェルの下級魔法や実弾兵器はあいつに通らない、だから私達は無視されている。主従関係の問題から帽子には高位魔法を教えてないし、それなら……)
「ラシェル詠唱時間を与えたらブーネを灰に出来るか?」
 ともう一度同じ問いかけを頼れない魔法使いにする。
「守るのも死霊系も苦手ですが、火力だけは自信があります」
「トリックスタン戻ってこい!」
「すぐ行きます」
 こう言って壁の内側へ戻ってきた帽子に守りを命じたら
「時間をやるから、少しぐらい役に立って見せろよ」 とラシェルに指示をだす。

「何ですかその上から目線は? 格の違いを教えてあげますわ」
 三角帽子がブライトトラスティンドで私達の周囲を囲んだら、グリフォンの頭はゴースト6体を召喚してからドラゴンの頭と協力しあって、フレイムブレスの詠唱に入る。
「ロヴェヘラ~ラムザス、ロヴェヘラ~ラムザス……」
 本気を出したらしいラシェルは、杖を床に置いたら両手を前に突きだして呪文を唱えだした。武器を手放したのはダブルマジックを使う際に、片方だけ杖を持っているとバラスが崩れてやりにくいから。1つの手に炎が宿る魔方陣が1つずつ現れると、詠唱が進むにつれてその大きさが増してくる。
 (中級のファイヤーブレスじゃない、高位か? まさかな……)
「グルムラ~フェル、グルムラ~フェル……」
 ブーネの動きを警戒しつつラシェルの詠唱が終わるのを待つ私は、帽子に指示を出してレピオン2丁を左右の手に持った。聖銃などと大層な名前が付いてるが、これは木製のグリップに直径3㎝の鉄筒があるフリント式の単発銃で、魔法が込められたクリスタルの弾を撃鉄でたたき割ってシャインウェーブを発生させる、護身用の安物。
「ヴァワーナルディスト、ヴァワーナルディスト……」
 問題なのはラシェルとブーネとぢらの詠唱が早いか。どちらにせよトラスティンドは解除されるから、ゴーストを手早く確実に一掃しなければならない。私がゴーストを倒しやすいようにラシェルの左後ろへ陣取ると、その意図を理解したらしい三角帽子は壁の内側に盾をつくり出して魔法に備える。
「アレアナイズリューセン、アレアナイズリューセン……」
 高位を2つも使うのだから時間はかかるし魔力の消費も相当になる。集中して石像のように動かないラシェルの額には、汗が滲みでて何となく辛そうに見える。
 (火力はありそうだが間に合いそうにないな)
 ブーネの頭が寄り添いながら呪文を唱えている魔法は、逆巻く炎が人間サイズまで拡大してもう完成しそうだった。
「呪文が来るで構えときや」
 とモンスターの動きをみた帽子は注意を促してくる。
「ゴーストは問題ない、フレイムブレスだけ防いでろ」
 私はこう話しつついつ来るかと身構えていたら、数秒後に魔法が放たれた。火柱が一点へ集約されると熱閃となって突きすすみ、ブライトトラスティンドを解除したトリックスタンはシールドでこれを防いで、壁が無くなった直後に切り込んできたゴーストはレピオンを持った私が対応する。
 帽子へ向かった2体は振り回された魔法剣が一掃し、私は単発銃を左右に向けたら引き金をひく。ガシャッとガラスを砕くような音が聞こえたら鉄筒の先から広範囲に渡って目映い光が発生し、ゴースト4体を飲みこんで消し去ってしまう。
 この間わずか3秒たらず。盾と熱閃の押し合いは続いているが、これで戦いは終わりだと気が楽になった私は、ラシェルが放つ呪文で一緒くたに倒されないように距離を取りつつ、決着がつくのを待つ事にした。
 ……ブーネが疲れから魔法を止めた30秒後
「まだ掛かるのか? 早くしろよ」
 と呆れ気味でそばに寄った私は彼女をせっついた。
「そんなに急かさんでもええやんか。ブーネはもうグロッキーやで」
 剣は必要ないだろうと触手をなかへ仕舞った帽子は、モンスターの目前で見張るように浮いていた。その前にいる褒めてやりたい位に暴れに暴れたブーネは、床へ埋もれるように頭を垂れたまま動きそうにない。
 (火炎弾を連発しながら上位魔法を2発撃ち、ゴーストを21体も召喚してたな。学者の頭があれば抑制したろうが、全力で戦い抜いて精根尽き果てたか。たいした悪魔だ)
 もし完成していればと多少なりとも感傷の余地はあるが、そこは情け無用。
 それよりも
「遅い~まだかーー」 と私はラシェルを急かす。
 2匹掛かりで放ったブーネの詠唱は発動までが30秒、そこから色々あっていまだに放たれない魔法はすでに3分近くが経過していた。
 (1人とはいえなんて長い詠唱だ。こいつの魔法はもしかして我流か? 死霊系への対策はないし守りも適当。殆ど戦闘の経験がないって、事務が専門だったな……)
「めんどくせぇ」 と私はラシェルへ聞こえないように呟いた。
 (この様子なら刃霊弾の装備はガラクタで魔法無し、シルヴィは力しか脳がないなんてことに。だめだ裏仕事どころじゃない。まじか、まじでこいつらを私に鍛えろと……)
「敵に塩と金銀財宝を送って勉強を教えてやり、戦闘訓練もしろと言うか。私は裏仕事と薬学に錬金術で走りまわり、寝る間も惜しんで倒産企業を一流まで育てろと」
「エルはほんま大変でんなぁ。同情しまっせ」
 と地獄耳の帽子がわたしを慰めてくれる。
 (本気で泣きたい、と言うか逃げだしたい。貸した金なんかどうでもいい、こんな奴らと関わってたら私は老けてしまい、過労で首を吊るなんてあはははははは……)
「こんなのもうやだ」
 と私がラシェルへ聞こえるように呟いたら、それへ答えるように
「撃ちますどいて」
 とようやくあいつの呪文が完成した。
 動きたくないけど死にたくないブーネは、ラシェルの言葉を聞いてどっこいしょっと伏せていた体を起こし、のったりのったりと逃げだしていく。
「なんや虐めてる気分やわ」
「言うんじゃない、余計に気分が悪くなる」
 ラシェルの両手にそれぞれ宿っているのはブーネが放ったのと同じ。
「ツインブレス!」
 と彼女が勇ましく言い放ちながら呪文を発動させると、近づくのも躊躇われる灼熱の炎から前方斜め方向へと熱閃が放たれて、重ね合わさり一塊となった幅70㎝位の魔法はブーネの背後から体を打ち抜いて絶命させた。
 どうですか凄いでしょう、と魔法を打ち終えて自慢げに胸を張りつつ私をみた彼女へ
「高位のダブルマジックが使えるだけでも凄いから、褒めておいてやる。それより後片付けをするから手伝え」
 と言い、残ったブーネの体をラシェルとトリックスタンに魔法で焼き尽くさせ、灰をほうきで集めてゴミ袋に纏めたら帽子の中に入れておく。
 次はご主人様の番だが、部屋の外に出て確認したら彼女はまだ気を失っていた。
 触手には触らせたく無いしラシェルは疲労の色が強いから、ご主人様を背負ってギルドに帰るのは私の役目になる。苛つきと落胆に鬱憤が溜まって誰かに八つ当たりをしたいと思ってたら、幸運にも帰り道でマヌケな4人の強盗が襲って来てくれた。
「よく来てくれたわ貴方達、お姉さんが遊んであげるからいらっしゃい」
 と笑いかけながら戸惑っている連中へ奇襲をした私とトリックスタンは、2度と強盗をしようなんて考えないほどに、奴らをギッタンギッタンのメッタメタにしてやる。
 石帝のメインストリートから大鏡でミラクルスパイラルへ戻り、結果が知りたいと起きていたゴンザレスと事務員2人へ
「お前達がここまで使えないとは思わなかった。大赤字だ」
 と文句を言ったら、ご主人様を彼らに預けて部屋にもどり眠りにつく。

 ……数時間後。
 お腹がすいたから目が覚めて、起き上がろうとベットで背伸びをしたら、ドドドドドと昨日の光景を思いだしガクンと気力が抜けて、もう一度眠りたくなってきた。
「何をそんなに落ち込んでんねんエル。らしくないでしゃきっとせえや」
 機械音声のようにクリアな大阪弁がする方へ、脱力感から角度が下がった目や口がある顔を向けると、見たくない物が目に入ってしまう。あれだけの事をやった手前わたしは皆の先頭に立って働かなければならないが、頭が命じても心は動いてくれずそれに引きずられた体も動かない。
「働くのめんどくせーし、お前を見てると余計に意欲が萎えてくる」
「なんやそれ、めっちゃ失礼やんか。起きれないんならわいが優しーく起こしたるわ」
 トリックスタンがそう言えばニュルリッと触手が帽子の中から出てきた。
 相手にしたくないがあれに触られるのは嫌なので、起きたら帽子から洗い立ての魔女服を取りだして下着の上から着る。
 バラの懐中時計をみれば12時25分。昼飯はどうしたものかと考えつつ、部屋中のランプに油を注いだら食材にエサをやって糞尿の処理をし、クエストボードを確認した。
 そこには一枚の紙が貼ってあり、『話し合いで纏めた通りに、依頼の取り扱いについて今日中に事務所で決められたし』 と日付と共に書いてある。一々シリスにどうするかを伝えさせたら大変なので、1日1回は事務所へ出向き話し合うことにしてあるのだ。
 まず雪月花に状況を確認するため、黄金城ないでは携帯が使えないから、壁に設置してある有線で繋いだ電池式の固定電話へてを伸ばす。短縮ダイアル『461』 を押して待つと事務所のコンピューターが反応し、そこから雪月花の部屋へと電話が繋がる。
 ガチャと誰かが応答にでて
「エルフィンヌだが雪月花か? 依頼はどうした?」 と聞いたら
「1つ受けた。向こう1ヶ月半は動けぬから他は好きにするがよい」
 と短く答えてガチャンと切れる。
 (裏仕事が嫌だから部屋に引き込もる腹づもりか、まったく彼奴は……)
 イライライラとしてきてたら「グゥーー」 と腹の虫がなった。
 さて何を喰おうか? 檻にいるのは黒豚、ガチョウ、ウサギ等だが、[仕事] の二文字が頭に浮かんだら萎えてしまう。(もっと腹が減るまで待とう) と決めた私は、持ち帰った灰の山を海底にすててから、ニョロニョロしている触手を仕舞わせると、帽子を被って事務所に向かう。

 豪華すぎるここの内装を見ても私は憤りを感じなかった。(これはかなり重傷だな)と自覚しつつ金製のカウンターへ近付いたら事務員を呼びつける。
「やっと起きましたか」
 シルヴィはパソコン相手に格闘中、ヒョロちゃんは雑用でも命じられたのか居ない、姿の見えない葛井は恐らくゴンザレスと一緒。で、残った手隙のラシェルがやって来るわけだが、彼女は目に隈があり肌艶がなかったりと私と同じくお疲れのようだった。
「随分と窶れているみたいだが大丈夫か?」
 と私は聞いてみる。
「今朝がた調子に乗って極大魔法を使いましたから、全身がとても気怠いんですの。あなたの方こそ大丈夫なんですか? 化粧が崩れてますわよ」
 お互い喧嘩をするだけの気力と体力はなく、手鏡を借りたら余りにも酷すぎたので、いったん自室へもどり直してから帰ってきた。
「昼ご飯は食べましたか?」
 と戻ってきたらラシェルに聞かれるので
「まだだどうしようか考えている」
 と答えれば、準備をしてくるから応接間で待つように言われたので私はそこへ行く。
 虎皮の敷かれたソファーで待つこと5分弱、ラシェルがお盆に載せて持ってきたのはお皿にのった食パン12枚、イチゴジャム、1/3ホールチーズ、SPAM缶8個、お湯の入った魔法瓶、粉末コンソメスープの元。
「シヴィルー昼ご飯にするわよー」
 とラシェルが赤い髪を左手でグシャグシャとかき回していた彼女を呼んだら、ヒョロちゃんも呼びつけて、安上がりで庶民的、悪く言うなら手抜き料理、そんな昼飯をわたしはみんなと一緒に食べる。
 ご主人様は事務所の奥にある仮眠室でひっくり返ったままらしく、マジックブレッドの反動を考慮してそのまま寝かせておく。特に話題へあげるような話もなく、楽しめる雰囲気でもないからモクモクと口と手を動かし続け、暫くして暇になったら
「お前達はいつもこんなのを食べているのか?」
 と何気なしに回りへ聞いてみた。
「全く手の入っていない安物でばかりで悪かったわね」
「そう言うエルフィヌはどうなのよ」
 聞き方がよくなかったのか睨まれたから、話題を変えるために自分の事を話してみる。
「えげつないですけど羨ましいですわ」
「新鮮なお肉って美味しそう」
「僕なんか食パンと水だけの日もあります」
 ヒョロちゃんは当然だが、今日のはまだいい方だそうで、ギルドの財政次第ではSPAM缶やチーズがなかったりする日もあるという。
 (この話はよそう気が滅入ってくる)
 みんな同じ気持ちになったのか無言になり、昼食が終わって腰を上げようとしたら事務所にある固定電話が鳴った。シルヴィが出て対応すると、私に用があるらしいと受話器を渡してきて、電話に出てたらなんと相手は統制局。
「私だがどうした? は、なんだって? 盗まれた? ブーネを作るためにか? ふんふん……あいつの師匠が怒鳴り込んで来ただぁ、またそんなケツの穴の小さい話を……そっちで解決しろよ」
「……なに、ここの住所を教えていいかだと? アホか! 相手が大物だからなんだってんだ! 私を怒らせる方が……何とかしてくれって、泣き付かれても困るんだが。捕まったら奴隷いきだと……金はどうすんだよ? ……確かか? 半分は持つんだな。でその総額は? な、そんなにあるのか!」
「統制局自らってまじか……運が良かっただぁ、ふざけんな! 何か埋め合わせはするんだろうな……その程度で……くそっ仕方ない。新人が無茶をするのはよくある事だ、何とかするからここへ連れてこい」
「……そんなに頼むなら全額だせよ、それとその糞ったれな師匠にこう伝えとけ。弟子の不始末は師匠が責任をもつものだ、大物の癖にこの程度で弟子を売ろうなんざ、三流以下の能なしを証明するも同じだってな」
 話が終わって受話器を置いた私は
「やれやれ、はぁーーーーーー」 とため息を吐いた。
 するといつの間にか私の回りに集まってたみんなの中から
「依頼料はゼロですか?」
 と話したラシェルが反射的に杖を向けてきた。
「私に怒ってどうすんだよ。お前は魔力を提供しただけで、散財したのは私なんだぞ」
「それもそうですね。次はもっと受ける依頼を吟味して下さい」
「お前たちの能力不足も考慮して、今度はもっともーーーっと慎重に選ぶことにする」
「ギルドを立て直すより、エルの潰れる方が早いんとちゃいますか?」
 杖が引っ込んだら帽子を掴みアコーディオンを弾くように引き延ばしながら、ご主人様を起こしに仮眠室へ向かう。

 相手が裏表を知っているベテランで統制局が庇えと言わないなら、身包み剥いで放りだす所だが恐らく彼女はまだ新人って、何を今更のように……兎に角だ、ご主人様の素性を確かめない事には始まらない。
 仮眠室には石のうえに鉄で組まれた固そうな3段ベットが2つあり、その1つの1番下で黒いローブを羽織ったまま寝ているのが彼女。マジックタブレットは1度使うと3日は頭痛に吐き気、虚脱感に襲われるから、出来るならこのまま寝かせておいてやりたい。
 ※【↓酷い目に遭うと書いてあるのに、ミリルの様子が普通なのはおかしい】
「帽子の部分に神経なんか通ってへんわ。いたない、ほんっと全然いたないんやで。無駄な事はやめたらどやねん」
 引いた~り戻したり、繊維が傷んで裂け目の1つでも出来ないかと、私は彼女を見下ろしながらトリックスタンへ躾を続けている。何時までもやってられないから少しして頭に載せると、ベッドの側に屈んでご主人様を眠りから覚まさせる。
「おいっ起きろ。起きて話をするんだ」
 眠りが深いのか中々反応しないが、揺さぶり続けたら目が開いてきた。そのまま上半身を起こした彼女は頭がハッキリしないのかボーとしていたが、暫くして私を見つけると
「エルフィンヌじゃないか、ここはどこなんだ?」
 と聞いてくるので、いまの状況を手短に教えてやる。
「そうなんだ……頭がガンガンする」
 額を触りながら彼女が言ったのは薬による二日酔いに似た中毒症状である。
「それ所じゃない。逃げないと」
 そう来るだろうとは思っていたが、頭を擦りながら私を押しのけて歩き出そうとした彼女は足がもつれて倒れこむ。
「ここで逃げるなら助けてやらんぞ。助けて欲しいなら事情を話せ」
 その手を取りながら私が立たせてやると
「気持ち悪い~なんで僕を助けるの?」
 と口を手で押さえながら、何か裏があるんじゃないかと疑り深いめで見上げてくる。
「統制局から世間知らずな新人を庇ってくれと頼まれた。今度はばれないようにもっと上手くやるんだな」
「信用していいんだよね? うっぷ」
「またくしょうがない奴だな」
 彼女をトイレに連れて行って吐かせてからアルパインを飲ませると、一時的に元気をとり戻し隙をみて逃げようとする。
 しかし
「ここは太平洋のど真ん中、数千メートル下の海底にある迷宮だ。逃げ道なんて無いぞ」
 と教えてやったら諦めて
「ポンコツギルドミラクルスパイラルの黄金城か、とんでもない所に連れてきやがって」
 と代わりに舐めた口をきいてきた。
 半日前であればこいつを裸にして尻叩きでもする所だが、そんな気力はなく
「こんな駆け出しにまで言われてしまうとは。もう死にたいです」
 とラシェルは肩を落として塞ぎ込み、私と他のみんなは深いため息をつく。

 (また金を浪費させられるのか。幸福と不幸は交互にくるから頑張っていれば何時か報われる、と人は言うがそんなのは嘘だ。私が保証する。でも私が何とかしないと……)
「はーーーーーーー」
 っと高級ソファーに座ったら私達は一斉にため息をついた。
「みんなしてなんだよそれ、不幸が移りそうだからやめてくれよな」
「若いって羨ましいですわねぇ」
「ほんとほんと、世間の苦労をなーんにも知らないから気楽でいられるのよ」
強気で話しつつ私達を追い払うように手を振ったご主人様へ、絶賛不幸を体験中のおんな達はこう話したらまたまたまた溜息をつく。
「超うぜぇ、ほんとに助けてくれるんだろな? 売女として私をどこかに売るつもりじゃないのか? もしそうならこっちにも考えがあるぞ」
「心配するなそれはない。それより助けて貰うのに何でそんなに偉そうなんだ、ローブぐらい取って素顔を見せろ」
「ほんとに大丈夫なんだろうな……」
 こう言いながら彼女はフードを取ると、襟にあるボタンを外してローブを脱ぐ。
「あら可愛い、エンジェルでしたのね」
 美形ばっかで羨ましがられるハニーやダークエルフと違い、女にも可愛いと言わせてしまうエンジェルの容姿は全体的に子供じみている。アース神族が特別扱いで作ったエンジェルはデーモンズに次ぐ高い魔力をもっていて、傲慢でプライドが高く他人と衝突しそうな性格なのに、その姿形でやられると思わず許してしまうというずるい連中だ。
 背中にあるのは白鳥を思わせる優雅な羽、瑞々しい白肌、成長途中の子供みたく折れそうな体の高さは160㎝ぐらい。小顔にある切れ長の目はサファイヤブルーで、キラキラした銀髪のミドルヘヤーには、桜を模した飾りのあるアバンドが付いている。
 汚れてもいいように服は黒のワンピース、戦闘に備えて腰の革ベルトにオリハルコン製のチャクラムが複数吊ってあり、両腕にマジックシールドの腕輪という重武装だ。
 (こいつ欲しいーーー絶対やくに立つ! 神様大チャンスをありがとう)
「私よりいい物を装備してる……」
「いいなぁそれ」
「名前と年齢は?」
「ミリル=シャレット=アルファナ、47歳」
 (アルファナ家! 確か師匠の名は……そう言う事か、なら望まない手はない)
「お前らちょっとこい」
 とミリルを座らせたまま立った私は、手招きで残りを呼びつつ少し離れた場所へ行く。

「一体なんですの?」
 と輪になってすぐに質問したラシェルへ
「アルファナ家って知ってるか?」 と聞きかえす。
「たしか高名な魔導師の一族ですわよね、ああなるほど」
「噂には聞いたことあるけど、なんで悪魔召喚なんてやってるの? エンジェルなのに」
「はぐれだ、理由は知らんが一族を捨てて野に出てきた奴だろう。経験が足りなくて魔力不足から失敗したが上級悪魔が作れる逸材だぞ。どんな手を使ってでもうちのギルドに引き込むからな、お前らは私に合わせてくれ」
「エルフィンヌの感は当てになりません、碌な結果になりませんわよ」
「だよねーー」
「お前ら……」
 (怒るな私、今度は間違いない、ここは冷静に説き伏せるんだ)
「何もしなくてもうちのギルドはどうせ潰れるんだ。扱える商品が増えるのに何で文句なんか言うんだよ」
「傭う金なんてありませんわ」
「彼奴は借金があるんだぞ、それを肩代わりするんだから恩義で暫くは縛っておける」
「借金の総額は幾らですの?」
「620万$だ。半分は統制局が持ってくれる」
「エルフィンヌは正気じゃないみたい、いい病院を紹介してあげようか?」
「私は正気だ! 金なら私が払ってやる」
「えーーーーーーー、エルフィンヌがお金だすの!」
「人材は金なんかよりずっと価値がある、彼女を逃したくないんだ」
「私達の時にはあれだけ抵抗したのに、やっぱり正気じゃないみたいですわね」
「お前ら如きに金を使ってやるわけないだろうが」
「お前ら如きと来ましたか。死になさい」
 (いい感じだ、怒りに合わせてモチベーションが上がってくる。私やはりこうでなくてはならない)

「お前ら声大きすぎて丸聞こえだぞ。それに仲間同士で武器を向け合うって、年齢は高くても外見通りに中身はお子様かよ。そんな調子でわたしの師匠と渡り合えるのか? 自信がないなら今のうちに逃がしてくれよ」
 (上等だ、依頼料もないしぶっ殺してやらぁーーー) ときたのを抑えつつ、蔑みと軽蔑の目を送ってくる彼女へ近付いたら拳骨で頭を叩いて
「盗っ人猛々しいにも程がある。私達への依頼料はないし借金の回収は統制局がやるんだぞ、奴隷に落ちたくないなら誠意を示せ」 と睨みつけた。
「ブーネさえ完成してたら僕はいまごろ左団扇だったのに、ふんっ」
 子供じみたエンジェルらしく、謝りもせずふくれっ面でそっぽを向いたミリルに
「本気で怒るわよ、盗人なんだから猛反省しなさい」
 と無給で戦わされたから不機嫌なラシェルが噛みついたら
「金を出すのも助けてくれるのもお前じゃない、婆さんは引っ込んでろよ」
 と彼女はやり返して睨み合いになる。
「世間知らずのお子様はこれだから困るんです」
「年相応の格好をしてから言えよ、貧乏人の露出魔」
 (これだけ気が強ければここで働かせても大丈夫だ。エンジェルは扱いにくいから上手く手なずないとな……) と色々思案を巡らせていたら
「エルあの2人を止めた方がええんとちゃいまっか? 始めそうやで」
 と私の頭にいる帽子が警戒を促してきた。
 むらさき髪の少女はミスリル銀の杖を突き付けながら呪文を唱えだし、ソファーから腰を上げた銀髪の幼そうに見える女は、剃刀の様な刃がついた円盤状の武器を床に放ると右手をそれに向けて魔力をそそぎ、宙へ浮かび上がらせたら自分の周囲に配置する。
 (見立て通りに腕も立ちそうだ。このままやらせてもいいが……まずいよな)
「年下の癖に何よその態度は、そっちがその気なら」
 とシルヴィが黒ずんだ銀のテーブルを持ち上げたらヒョロちゃんは逃げた。
 (私が割って入ると混戦になりそうだけど、どしたもんかな? 全くなんでここの女共はそろいも揃って我が儘かつ凶暴なんだか。少しは私を見習えってんだ)
 戦闘を止める方べきだがいい案もなく悩んでいたら
「こんな所で何してんだいミリル! お仕置きの時間だよ!」
 と事務所の奥にある大鏡からがなり声が聞こえてきた。
「師匠だ! もう来た」
 と武器を捨てて飛びあがった彼女は
「助けてくれるんだろ、何とかしてくれよ」
 と私の後ろに回ってくる。
「エルフィンヌ様ー後はお願いしますーー」
 怒り心頭な師匠の後ろにいる統制局で働いているらしい女は、このように叫んでから踵を返すと、転がるようにして鏡の向こうへ逃げこみ鍵を閉めてしまう。
 (お前もかーーーーーーーーーーー、己らは私を一体何だと思ってやがる)
 体の手入れを怠けているらしい膨よかなおばさん天使は、ハルバードを背負い、左右の手にある指輪からイヤリング、ネックレスまでジャラジャラと宝石まみれで、ズカズカズカズカズカと私に向かって歩いてくる。
「助けてくれよ、頼むからなぁ」
 しかし私は
「助けろって言われても困るなぁ、だだ働きはやる気にならないんだ」
 としがみつきながら小刻みに震えるミリルへ冷酷な態度をしめす。
「なんだよそれ! さっき助けてくれるって言ったじゃないか!」
 おばさんはもう少しでここに来そうであり、彼女は私を揺さぶりながら叫ぶが
「ただってのがどうも性に合わない。ミラクルスパイラルは貧乏なんだ」
 と静かに答えを返す。
「そんな嘘つき!」
「ただでなければいいんですのよ。何か持っているとか、ここで働くとか、ここで働いて恩返しするとか、見返りはありませんの?」
「えっ見返りってそんな事を言われても」
 オロオロしながら助けを求めるように周りを見たミリルへ、ラシェルはこう言った。
「僕が持ってるのは戦闘用の装備に……」
「こっちへおいで! 盗んだ金の代わりに売り捌いてやるから」
 ガツッと大きな手でミリルの細腕を掴んだら、おばさんは彼女を引きずり始める。
「いやだぁ、離してよーー」
 だだっ子のように彼女は両手両足を使いながら腰を落として抵抗するも、銀髪のおばさんは片手で楽々とミリルを引きずっていく。
「こうなったら」
 太い腕から右手を離した彼女は床にあるチャクラムへ、魔力を注ごうと手を伸ばしたが
「この盗人が、ふざけんじゃないよ!」
 と予め左手に用意してあった、厚めの羊皮紙でできた呪符をおばさんに張られて魔力を封じられてしまう。
「なんだよこれ、外れないっ」
 彼女は額にあるそれを剥がそうと引っ張るが、接着剤でも使ったのか取れない。
 (そうじゃないんだよなぁ、もっと簡単な方法があるのに)
「離してよーーーー、奴隷なんて嫌だー」
 おばさんはここから出ようと段々遠ざかっていくが、鍵を持ってない筈なのでほっといても問題ない。それよりも私には目的があるのでそれを達成するべく
「ミラクルスパイラルは人手不足なんだ。誰か優秀な魔導師がきてくれるとほんとに助かるんだが、誰か居ないかなぁ……」
 と態とらしく辺りを見渡した。
「グスッ、僕にこのポンコツギルドで働けって言うのかよぉ。ラシェルとかを見ればここがどれだけ酷いかすぐに解るぞ、奴隷とどこが違うって言うんだ」
 グサリと心臓に刺さる、引きずられながら涙目で話した彼女の言葉はとても痛い。
「胸の内を抉られてとどめを刺された気分ですわ」
「言うんじゃない。泣けてくるだろうが」
「わたし今日でここやめるから」
「哀れすぎて掛ける言葉があれへんわ」
 はぁーーーーとみんなで溜息を吐く。それでも何とかしなければいけないのが、大人というものだから私は
「仕事を選ぶ権利があって空き時間を好きに使える。報酬が低くて暇も殆どないが、体を売らされたり無給だったりするよりはずっとましだ」
 とミリルを説得してみる。
「そんなぁ、こんな所でぼくの夢は終わってしまうのか」
 泣きながら頭を下げた彼女は師匠へ抵抗するのを止めてしまう。なんかもー何もする気にならないので棒立ちしていたら
「ちょっとあんた達この鏡を使えるようにしなよ! ほんと使えない連中だね、これならゴキブリの方がまだ役に立つよ」
 と大鏡の側からおばさんが文句を言ってきた。
 (はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ぷっつん)
「何だとこのガキャーーーー、ジェリー=バハーグ=ライアン、てめぇ私が誰か解っててなめた口を叩くんだろうな!」
「誰ってポンコツギルドで働く能なし魔導師だろ? 偉ぶるんじゃないよゴキブリが」
「言うてはならんことを、あんたは今日ここで死んだで」
 (ふふふふふライトエリクサーが作れて、ソッコー薬と魔力の元を開発し、オリハルコンだって作れてしまうこの私が、私より遙かに年下のゴミ野郎にゴキブリ扱いですか)
 頭から帽子を外して床に捨てた私は、続いて首に掛けてあるチェーンに手を掛ける。
「エルそれはやり過ぎとちゃうやろか」
 と床から浮いて触手をだした帽子は、事務所連中の手をとると私から離れつつ言う。
「殺してやる。生きてるのを後悔するぐらいに、痛みにのたうち回るもっとも残虐かつ苛烈な方法でゆっくり殺してやるからな」
「魔力をみじんも感じさせないあんた程度に、何が出来るって言うんだい」
 おばさんが構えたハルバードはオリハルコン製の高級品で、魔力を込めると穂先をうっすらと光の膜が覆った。鋼鉄を紙のように切り裂ける威力があるが、だからどうしたと首から外した魔法石を床に捨てた私は魔力を全開にする。

 このとき私は自身の無力さを嫌というほど思い知らされたました。あんな女なんかを認めたくないですが目前で展開される光景に、私は畏怖を覚えると同時に神々しさを感じてしまい、これが元ヴァルキュリアの力なのだと彼女を思わず尊敬してしまったのです。
 エルフィンヌの全身から突風のような圧力を伴って放たれる魔力は、その力だけで3人掛けのソファーを壁際に押しやり、あらゆる物を倒して、帽子が張ってくれる防御壁がな
ければ私達は立つことも出来ません。
「ばかな、何であんた如きにこんな力があるんだい」
 驚きと恐怖でみを竦ませ強ばった顔で話すジェリーは、ハルバードを前にたてると自分だけをブライトウォールで守ります。とても師匠がする態度とは思えません。これだけでミリルの立場がどうで、なぜ彼女が暴挙に走ったのかその理由に察しが付きました。
 エルフィンヌはミリルに素質があると言い切ります。私は笑ってしまいましたが、きっと今まで培ってきた膨大な経験から、恐らく独学で勉強し上級悪魔を作れるようになった彼女の能力をみてこの判断をするに至ったのでしょう。
 私はエルフィンヌを認めたくはありません、ですが認めざる終えない状況が今めの前で起きているのです。彼女がおもむろに右手を斜めしたへ突きだすと、私と違って溜め時間や詠唱もなしに
「雷系殲滅呪文(プラズマブラスト)!」 と高位魔法を発動させました。
 幅40㎝はある収束された青白い雷はジェリーの側にある石の床をうち抜き、驚いた彼女は「ひぃっ」 と短い悲鳴を上げながら尻餅をつきます。
「あああ、あんた。一体何者なんだい」
 床に座ったままハルバードを突きつけ震える声で聞いた彼女に、エルフィンは腕を捲くるとオリハルコンの腕輪へ魔力を注ぎ、自分の登録番号を空中に浮かび上がらせました。
「なんだって!」
「9M9L9Y9S―49、こいつ無茶苦茶すぎる」
 師匠とその弟子はこれを見てめを見張りましたが、師匠の驚きはまだ続きます。
「49番って確か、魔神もひれ伏し頭を垂れると言われた残忍酷薄な天才魔導師、恐怖を踏みつけて従わせる女(ニブルウォーカー)……そんな筈はない。彼女は血のように赤い魔女服を着ていて闇を思わせる黒髪の筈だよ、それに名前も違う」
「色々あって髪と服に名前を変えて世間から遠ざかったんだ。口外するなよ、知られても困らないがバラしたら一族ごと根絶やしにするからな」
 攻撃をわざと外したのだから殺意はないと判断したのでしょう。気合いを入れて立ち上がったジェリーは
「わかった約束するよ。そのあんたが借金の返済をして、うちの厄介者を引き取るって言うんだね?」 とエルフィンヌに聞きました。
「その通りだ、何か問題はあるのか?」
「ない。あんた様な超一流に引き取って貰えるなら、これほど有り難いことはないよ」
「なら決まりだ。金は統制局に預けておくから明日とりに来い。ラシェルお客様がお帰りだぞ丁重にお送りして差し上げるんだ」
 話がつくとドラゴンでも怯みそうな形相を緩めてこう言うので、私は指示に従ってジェリーをギルドの外へ送りだします。
 (彼女と張り合うならこれぐらい早く切り替えないとダメって事ね。覚えておくわ)
               ※
 やっと話がついた。一時的に高揚感で包まれていた私だが、外した魔法石をもう一度つけ直すのかと考えたら暗~い気持ちになる。それを察しその後に訪れる問題に対処するためトリックスタンは側に来たが、触手を見たらもっと塞ぎ込んだ気分になった。
 文句を言っても始まらないし時間制限もあるので、床にある魔法石を拾ってチェーンを手に持つと深呼吸した私は、エイヤッと首に掛ける。そうしたら
「グハッ、きつすぎ……」
 ときてドサッと床に倒れてしまう。
 目眩がして全身から生命力の削られる気分がする。安定していた物を不安定にし力業で叩きなおす疲労感はショック死してもおかしくない。
 (また怒りに任せてやっちまった、私はどうして後先を考えられないんだ) といつも通りに後悔しつつ、体を這いずり回る気味悪い感触を我慢しながら、ソファーへ横に寝かせてもらう。
「えーーっとそのう……」
 と疲労感から飛びそうな意識のなか、申し訳なさそうに側へ寄ってきたミリルに
「ここで働く決心は付いたか?」 と聞いてみた。
「給料はくれるんだよね? 休日はあるの?」
 と彼女がいだいた懸念は事務員に答えさせる。
「給料は出来高払いです、決められた休日はありませんが仕事のない日が休みです」
 職人にサラリーマンのような決まった働き方を期待してはいけない。魔導師は概ねこんなもんだが、何とも適当すぎる答えに気持ちが決められないのか
「年収ってどれ位あるの?」 と彼女は続けて聞いた。
 これは金庫番に答えさせるのがいいと思うが、シルヴィは顔を背けて答えない。ラシェルに顔を向ければ同じように反らされて、ヒョロちゃんは無視し、私に来たから
「錬金術と薬学をたった1人で全てこなす私の年収が400万$ほどだ。悪魔系は需要が少ないからそんなに稼げないと思うぞ。35万でればいい方じゃないか?」
 と答えてやった。
「ブーネの材料費は1400万$で、前のギルドなら僕の年収は50万あったの。悪魔をやりたいって言ったら勘当されちゃうし、探し回ってやっと使ってくれたライアン家はアルファナ家と仲が悪くて虐められたけど、それでもここより設備はよかっと思う」
 うつむき加減で機嫌を伺いながらぼそぼそ話す彼女を、何も言えない私はただ黙って見つめているしかなく、彼女のためを思うなら借金だけを肩代わりして、ライアン家へ送り返すほうが良いような気がしてきてしまう。
 (どうしよう、今は服従してるけど時間をおけば絶対に反乱する。また私、なんで私ばっかり、私しか居ないって、私が1番逃げたいのに運命が許してくれない)
耳を塞いで背を向けた事務員には期待するだけ無駄、現実は残酷すぎる。どうしようもなくて一財産を潰す覚悟を決めさせられた私は
「今日は疲れたから寝る。みんなも戻って今日は休め、明日はなし合いをしよう」
 と言い、トリックスタンの触手を借りながら自分の部屋へと帰っていく。
「エルフィンヌ、撃ち抜いた床の修繕費はちゃんと払って下さいね」
「はいはい。また金か、頼むからもう金の話はしないでくれ」

黄金の城

黄金の城

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2014-07-10

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