恐竜たちの眠る海

ミリ子

 駅前のバスターミナルで母を待っていると、大きなキャリーバッグを牽きながら歩く母が前方からやってきた。やあ!とでも言わんばかりにこちらに大きく手を挙げてくる。
「たかが一泊二日の旅行で何その大荷物は。どこに行くつもりなの。」
久方ぶりに顔を合わせるというのに私はつい呆れ顔でそう言ってしまう。しまった、今日は笑顔で過ごすつもりだったのに。
「あんたこそそんな小さい鞄で何入ってるのよ。女には色々あるでしょう。」
そう言いながらも母は笑顔を崩さない。
 大型のバスが並ぶ中、自分達の乗るバスを探す。今日から一泊二日、母と二人で温泉旅行だ。平日のど真ん中だというのに、このバスターミナル周辺は随分と賑わっている。普段、平日に会社勤めだった私には物珍しい光景だった。手を繋ぐ老夫婦や少し声の大きすぎる中年女性の集団、若者らしき人は私以外に見当たらなかった。もうじき三十歳の誕生日を迎える私を若者に入れて良いのかも分からないけれども。
 私が人間観察をしている間に母が早々とバスを見つけ、乗務員と手続きを済ませてくれていた。
 一番後ろのひとつ前の席を確保し、二人で並んで座った。大型バスに乗ると学生時代を思い出す。後方の座席は決まってリーダー格の人物の座る席だった。王様のようにクラスを仕切る人物が必ずいて、その周辺の席も王様に遣える家来(正確にはただの友達だが)が陣取っていた。今私達が座っている席が正にそれだ。学生時代なら座ることの許されなかったその場所で、私も大人になったのだなあとしみじみ思う。
 ターミナルには大勢いた人だが、さすがにそれぞれの目的地は違うらしく、バスの中は私達を含めて三組の乗客のみだった。私達の乗るこのバスは温泉旅館の送迎バスなので、目的地は皆同じだ。乗務員が人数を確認した後、バスはゆっくりと発車した。
 街の中心部はスーツのサラリーマンや寒そうな格好でデート中の若者(真冬に生足は寒いだろう)などなど様々な人々が歩いている。これだけの人がいても、その中に私を知る人は全くいない。不思議だ。私がこれから母と温泉旅行に行こうとしているのも、彼らは知らない。私も彼らのことを何も知らない。
 中心部からだんだんと進んでいくにつれて田んぼや山が見えてくる。たかが数分で景色は違うものに変わって、ここがどこで先ほど見ていた景色がどこだったのかも不安になる。隣で母は座席のポケットに入っていた旅館のパンフレットを眺めていた。ここに母が居るだけで、現実味がうんと増して、私は安心して眠りに就くことができた。ここ数カ月、ろくに寝ていなかったのだ。

 *

 広い部屋の中を真っ直ぐに歩いている。前も後ろも見えないけれどもそこが広いことだけがはっきりと分かる。上を見上げても光は無く真っ暗だ。真っ暗な道を歩いている。底も見えないが歩いているので地面があることは分かる。光のない部屋のなかで自分の姿だけがはっきりと見える。歩くことしかできない私はただひたすらに歩いている。歩いて歩いて歩いている。


「…子…果子。」
母が必死に呼ぶ声で私は目を覚ました。じっとりと変な汗で身体が気持ち悪い。
「着いたよ。大丈夫?酔った?」
「うん、大丈夫。変な夢見てただけ。」
窓の外を見るとそこは立派な古い建物が建っていた。そうだ、奮発して、老舗旅館に泊まることにしたのだ。到着するまで忘れていたなんて、疲れすぎている。宿の予約をしたのだって、自分だというのに。
 ぼうっと呆けていると、母がそっと酔い止めとミネラルウォーターのボトルを渡してくれた。本当は自分用に持ってきたんだけどね。そう言いながらボトルのキャップまで外してくれた。ここにいると、昔と変わらず、母にとって私は子供のままなのだなあと実感する。

 バスを降りるとふわりと緑の匂いがした。都会で吸う空気とはやはり違う。同じ県内のそう遠くない場所なのに、違う世界に来たようだ。母は相変わらずにこにこしながら乗務員にお礼を言いながらキャリーバックを降ろしていた。それにしても大きすぎる気がして、自分の肩から下げたボストンバッグと見比べて少し笑ってしまった。

 玄関前では女将が笑顔で出迎えてくれた。こうして様々な客に向けられてきたであろう笑顔は素敵で、年期の入った皺でさえ素敵に見える。つられて私も笑顔で会釈をした。
 宿泊する部屋は川沿いにあって窓を開けると水の流れる音と静かな空気が流れ込んできた。母は早速浴衣に着替え出している。私は窓の景色を眺めながら煙草に火を点けた。こんな綺麗な景色と空気を自分の吐きだす息が汚しているのかと思うとすぐにでも煙草を揉み消したくもなったが、勿体ないのでそんなこともできず、ただただじりじりと燃えていく煙草を眺めていた。
「露天風呂二種類あるんだって。時間で男女交代制みたいだから先にお風呂行こう。」

浴衣に着替え終えた母は早速風呂に行く身支度を始めている。煙草の吸殻を揉み消し、私も浴衣に着替え始めた。母はあんなにさらっと着こなしていたのに私はもたもたとしてしまう。あれ、左右どっちが前だっけ、なんて言っていたら母が着せてくれた。この歳になって恥ずかしい。そう思いながらも母からはふわりと懐かしい匂いがしたし、手の柔らかさも昔のままで私はなぜか泣きだしたくなった。

 露天風呂は他に客がなく、貸し切り状態だった。
人前で肌を晒すことの苦手な私は内心ほっとして真っ裸になった。そういえば母の裸を見るのも何年振りだろう。
 真っ裸になった自分の身体をまじまじと見ていると、思っていたより変化はなかった。体重が少し減ったので、骨が浮いて見えるようになった程度だ。昔はぽっちゃり体系だった私の今の姿を見て、母は心配するだろうか。そんな心配をよそに母はお先に~と手をひらひら振って風呂場へ歩いて行った。
 母の後ろ姿。垂れ下がった肉は尻の形を四角くさせている。それなのに肌は薄桃色で艶やかだった。どちらかというと私の肌の方がくすんで見える。女として、疲れきっているのだろうか。まだそんな歳でもないはずなのに。
 母の後を追うように風呂場へ入り、母の隣に腰かけ身体を洗い始めた。母は黒い石鹸を使っており、ほう、と覗いていると、使ってどうぞ、と言わんばかりに差し出してきた。母のその艶やかな薄桃色の肌に近付けるのであればと思い、いつもより念入りに身体を擦っていると、そんなに擦ると肌に傷が付くわよと母に注意された。
「あんた痩せたね。」
一言そう言うと母は浴槽の中へゆっくり沈んでいった。
 食べていないわけではなかったが、ここ最近は食べることを忘れる日もしばしあった。食欲が無いわけではない。ただなんとなく、面倒なのだ。食べることも、起きることも、寝ることすら面倒で、ただただ呆けていたかった。そんな毎日が続き、久しぶりに乗った体重計では五キロも減っていた。普段なら喜んでいるところだが、自分でも心配になった。骨ばった自分の身体は触り心地が悪い。ふくよかには戻りたくないがせめて健康体でありたい。
 湯船に足を浸すと思いの外熱くて驚いた。温泉に浸かるといつも最初の一歩が緊張する。長く入れば入るだけ身体が水温に馴染んでいく気がする。先に入っていた母の頬は火照り、薄桃色から紅色に変わっていた。気持ちいいね、と言い合いながら特に話すこともなく景色を眺めながら二人で風呂に浸かった。背中を預けた岩がごつごつとして痛い。自分の骨みたいだなあと思ってそのまま、お世辞にも居心地がいいとは言えないその岩に背中をくっつけたままにした。
 滝のごうごうという音と風呂のちゃぽんちゃぽんという音、木々の擦れるようなさらさらとした音。温泉は不思議だ。こんなに熱くて、初め火傷するのではないかと驚くくらいなのにこんなにも肌や耳に馴染む。目をつむっていればこのまま何時間でもこうしていられるような気がする。
 先に上がったのは母だった。身体全体が林檎のように真っ赤に染まっている。私の肌もきっと今は林檎のようなのだろう。もっといい表現はないかと自分で探してみたが、キムチ鍋に似ているなあとしか思い浮かばず、自分の表現力のなさに落胆した。そういえばしばらく鍋を食べていない気がする。そうだ、確か夕食は鍋だ、と思いだしたところで身体が沸点に達し、湯船を出ることにした。
 脱衣所に戻ると母の他に若い女性の集団が浴衣を脱いでいるところだった。なるべく見ないようにそっと通り過ぎるが、彼女らは気にするでもなく、笑顔でおしゃべりを続けながらそれぞれ真っ裸になっていた。やだあんた太った?胸おっきいね!彼氏できたからでしょ~などなど。楽しそうである。私はタオルで自分のくすんだ(と自分で思っている)肌を隠しつつ身体を拭き始めた。母はというと、パックの最中で、もはや誰だか分からない顔で、おかえり、と言ってきた。女性は大変だ。パックなんて普段しない私だが、浴衣に着替え母にパックシートを一枚頂戴することにした。目元しか見えない顔になると私と母は親子には見えない。私の目元は父親似でアーモンド形のつり目だが、母は丸っとした可愛らしい二重だ。ちなみに父と母は私が中学三年生の頃に離婚していて、父とは数年会っていない。
 温泉の蒸気とパックの効果で驚くほど潤った肌は数年分若返った気分になる。母の薄桃色は毎日の努力の証なのであろう。私も努力しないとな、と自分に喝を入れドライヤーで髪を乾かし始めた。旅館のドライヤーは風力が足りない。熱も足りない。扇風機に当たっている気分になる。頑張っても頑張っても、音ばかりうるさく空回りするドライヤーは、なんだか私みたいだ。弱い風に髪をあてていると、母がドライヤーを差し出してくれた。どうやら最新式のナノケアドライヤーを持参していたようだ。巨大なキャリーバッグの正体は、どうやらこういった努力の集まりだったらしい。

 部屋へ戻ると夕食の少し手前の時間だった。キムチ鍋色の肌をした私は、豪勢な夕食を待ち切れずに冷蔵庫からビールを取り出してしまった。それを見た母は呆れ顔でテレビのチャンネルをつけた。県内の旅館を選んだので、見慣れたアナウンサーが夕方のニュースを読み上げている。ビール瓶の蓋を取ると冷え切ったアルコールの匂いがこみ上げてくる。それを手酌でグラスに注ぎながらニュースを見る。
「○○動物園に新しい仲間が登場しました。」
どうやら今日も日本は平和に満ちているらしい。
ゴクリ、と最初の一口が喉を通る。刺激的かつ滑らかで、この最初の一口はどうしてこんなにも美味しいのだろう。こうしてビールを飲みながらだらだらと夕方のニュースを見ていると、実家に居るような心地になってくる。私はお酒を飲めるような歳の頃には実家を出ていたし、こんな光景はなかったはずだが、母が居て、私が居て、日本は平和で、ビールが美味しい、それが当たり前のように素晴らしい日常のように感じた。
こんこんとドアを叩く音がして、笑顔の仲居と料理が登場した。鯛のお造りに茶碗蒸し、その他もろもろ(細かい料理名を私が聞き取れなかった。)は、とてもきれいで、奮発しただけあって豪勢だ。ついでに地酒を注文して、ビールも追加で注文した。呆れ顔だった母だが、珍しく付き合ってくれるというので慌ててグラスにビールを注ぐ。栓を抜いてしばらく経っていたので大丈夫かと聞いたら、飲めば変わらないと言って笑っていた。この旅行に誘った理由も、なんとなく察しているのかもしれない。
 この旅行は母の二月の誕生日祝いという名目で私が誘ったものだった。半分本当だが、半分は違う理由だった。

 とにかく逃げ出したかったのだ。
 現実というものから全て。
 生活も仕事もプライベートも全部全部。

 落ちていくのは簡単だった。最初は仕事だった。仕事で直属の上司が変わり、相性が最悪だった。仕事は押し付けられ、説明不足、責任転嫁、もう駄目だと思ったのが、手柄の横取りだった。もうどれもこれも最悪だった。何のために働いているのか。お前のために働いているのか。会社のため生活のため自分のため、どう考えてもだめだった。高卒にしては珍しく、大手の食品メーカーに勤めることのできた私は運がいいと思っていた。仕事も楽しくやっていたし、自分なりに努力もしていたつもりだ。恵まれ過ぎて一気に転落したのかもしれない。友人の話を聞けば、もっと酷い話もあるようで、気にしないようにと努めてきた。友人や同僚に愚痴れば次の日にはスッキリしているような類の悩みだと思っていた。だがある朝ぱたりと私の中で何かが失われた。それはやる気だとかそういったものだと思われた。とにかく布団から出るのがいやでいやで仕方がなかった。というより起きられなかった。会社に体調が悪いと電話するのすら億劫で仕方がなかった。午後になんとか持ち直した身体で内科へ行くと、心療内科もしくは精神科へ通院することを勧められ、正直気が滅入った。私は精神異常者なのか、と。
 そういったものに偏見などないつもりだったが自分の身に起きるものとは全く思ってもみなかった。しかし受診するとうつ病、睡眠障害と次々と病名が付き、そういえばしばらくぐっすりと眠れていなかったことに気が付いた。
会社には医者から出された診断書を提出して三ヶ月間の療養をもらえることになった。直属の上司ではなく、人事部の上司に診断書を提出した。例の上司は早く元気になれよ、頑張れ、と言葉をくれたが、もはや返事をする気力すら私には残っていなかった。
それからというもの毎日が退屈だった。朝起きてテレビを付けて、電気代がもったいないので布団にくるまったまま日中を過ごす。そうすると小学生の声や洗濯物を干す音、日常には様々な音が溢れている事に気が付いた。だらだらと日常の音を聞いていると、今度はほとんど車の通り過ぎる音だけになる。人は基本、皆日中に活動しているようだ。夜中に通り過ぎる車の音はなんとなく心地いい。無音の中にも心地よさはあるが、誰かのいる証というものを音で確認しているようだった。
 恋人はそんな私を大層心配していたようだった。心療内科から帰宅後、診断の結果を伝えると、困ったような、悲しんだような笑顔で、一緒に頑張ろう、と抱きしめてくれた。本当に心から嬉しくて、泣けてきて、ああ私は生きているんだな、頑張らないといけないな、早く健康状態を取り戻そう、という前向きな気持ちになったものだった。
だがここから更にどん底に私は落ちるのである。
 どうしてこんなにも人は簡単に落ちていくのだろう。
 彼の笑顔も包容も、嘘なんて何一つなかった(と思う。)はずだったのに。信じていた、とか裏切られた、とかそういう類の言葉はどうも苦手だが、どうしても裏切られた!と思ったあの感情を他の言葉で言い表すことができない。信じた私がバカでした、とも思わない。彼は彼なりに悩み、そして疲れきっていたのだろう。簡単な話、彼は他の女性に癒しを求めたのだ。
 当然だな、と思う。仕事のことで手一杯、家事も生活もろくにできていなかったような女だ。彼が一生懸命笑わせようとデートに連れ立ってくれても、彼の素晴らしい手料理の数々を食べても、私はそれを淡々とこなすだけで喜びも笑顔もなかったのだ。勿論、嬉しかった、本当に。ただそれに甘えて、機嫌の悪い時は泣きじゃくり、更に酷くなると暴れる私を見てきっと彼も憔悴しきっていた。浮気が発覚した時、怒りより先に、申し訳なさでいっぱいになった。
 仕事も人間関係もうまくできず、身近にいて努力してくれた彼の優しさを踏みにじった私だ。当然の結果が、彼の浮気ということになる。
 彼の優しさに甘えていた私は本当に大バカ者で阿保である。豆腐の角に頭をぶつけて死なないかと考えてみたが、そんな簡単に死ぬわけにもいかず、またもただただ布団にくるまり日常の音と共に生活し続けた。
 彼は謝り、更に私は人として申し訳なくなり死にたくなった。
 本当に死にたいやつが死にたくなるなんて感情を持ち合わせないだろうから、私は死にたくもない、生きるのも面倒くさい、抜け殻のような存在に成り下がっていた。
 しかしながら感情とは裏腹に身体の方は素直なもので精神的な病もこれにより更に悪化。薬なしでは本当に眠れなくなってしまった。慣れてきた今では薬の効果も薄くなっている。医者に言えば更に薬を変えるなり増やすなりの対処をされるのだろうが、面倒なので適当にうまくいってるフリをしているのである。果たしてそれで私はまたあの職場へ復帰し、以前のようなやる気を取り戻すことができるのだろうか。
 悩みに悩んで調度よく、正月休みと言う名目で母の住むアパート、実家へと帰省することができた。そこで更にその次の月の二月の母の誕生日祝いを兼ねて温泉旅行の計画を立てたのである。面倒なので、母には有給をとったことにしておいた。

 生モノが苦手な私のお造りから母が遠慮なく刺身を頂戴していく。その代わり、といっては何だが、好物のごま豆腐が出たので私はそれを物々交換するつもりで勝手に食べた。
 日本酒は一升瓶で頼んだのにもう半分も減っていて、酒嫌いの母だが今日は何も言わなかった。
「旅館の食事って美味しいけど苦しいよね。」
「もう食べられないよ。」
「鍋もうそろそろいいんじゃない。」
 鍋はぐつぐつと煮えて調度いい感じだ。あんなにも沢山の肉だの魚だの食べたというのに、湯気の立つ鍋を目にした途端に胃の中に鍋分のスペースができるから不思議だ。更に私はこんなにも酒を呑んでいるというのに。
 幼い頃は不思議で仕方がなかった。顔を真っ赤にした親戚が鍋をつついて、これでもかというくらい食べて食べて食べるのだ。あんなにたくさん、どこに入っているんだろうと不思議だった。特に親戚にアカネちゃんという(当時推定二十歳くらい。)お姉さんがいて、お酌をしながらアカネちゃんは人一倍食べた。それなのにアカネちゃんはガリガリで、今の私なんて比じゃないくらい痩せていた。大人になったら自然とお酒もたくさん呑んで顔を真っ赤にしながらたくさん食べて、でもきっと痩せっぽっちになるんだと信じていた。その結果が今の私で、さほど食べないがよく呑んで痩せてはいる。
 アカネちゃんは父方の親戚だったが、私の両親が離婚した後に亡くなったと聞いた。もう父とも疎遠になりつつあったので葬儀には参加しなかった。本当はいつか、アカネちゃんと呑むことを楽しみにしていたのに。原因は分からないが、母からいつだったかその話を聞いて、たかが十年程前の記憶なのに、アカネちゃんがいたかどうかも分からなくなったし、今もいるのではないかと思ってしまうし、とにかく人の死というものは全く実感がわかない。無ということか、それが死なのか。
 突然母にアカネちゃんの死について聞いてみたくなった。大人になってから聞いた話で、死因も母から説明されなかったので聞かない方がいいと思っていたのだが、酔いが回っているせいか、今はどうしても聞きたくなったのだ。
「ねえアカネちゃんってさ、いたじゃん。ガリガリの。可愛かったけどさ。なんで死んだの。今の私くらいの年齢だったよね。」
母の顔が一瞬悲しくなったのが分かって、ごめん、と言いかけたが、その前に母の方が先に話し始めた。
「アカネちゃんはね、結婚する予定だったんだよ。式の日取りまで決めてたみたいでね。で、まあ簡単にいえばできちゃった結婚ってやつで。でもね、相手が浮気してたみたいで。まあたぶん、それ。遺書とかないから分からないけど。」
 母はグラスに残っていたビールをぐいっと飲み干した。
 鍋がぐつぐつと音を立てている。
 浮気ってやつはどこにでもあるもんなんだな。と亡くなった人には失礼にあたるような感想が浮かんだ。私は死ななかった。
そもそも、死ぬ勇気なんてなかったけど。

 父と母の離婚の原因もそれだった。当時は私が成人するまで、という話だったらしいが、深夜の二人の会議(という名の喧嘩)はどうしても私に見つかってしまうものだったし、最初は泣きわめいて父をなじったりもしたが、それより憔悴していく母を見ている方が辛かった。毎日朝から食事を作り掃除洗濯をし、帰ってこない父を待っているのかと思うと涙が止まらなかった。離婚を勧めたのは私で、高校入学と同時にアルバイトするから、と約束をして必死に学費の安い公立高校への入試勉強に取り組んだ。
 私は一度、父とその女性を見たことがあった。正しくは一緒にドライブまでした。今思うとなんと馬鹿らしいことをする父だったか。浅はかさに言葉も出ない。
私は幼稚園の帰りだった。珍しく母は外出していて、その日は父が迎えに来る予定だった。みんなのお迎えが終わって、最後の一人が私だった。父がようやくやってきた時はほっとしたし、父の顔を見てとても嬉しかったのを覚えている。父は車で迎えに来ていて、助手席には見知らぬ女性がいた。会社の人だよ、と言われて、三人でファミリーレストランで食事をした。普段虫歯になるからと禁止されているパフェを食べさせてもらえて嬉しかった。いけないことだから、今日のことは内緒だよ、と父に言われ、母に叱られるのが怖かった私はその約束を律義に守ったのである。あの時はきっと三人が親子に見えていたのであろう。吐き気がするのと母に申し訳が無いので、事実を知った時には本気で腹が立って悔しかった。
そんなこんなで二人の会議には私も加わり泣きじゃくりながらも離婚をお願いした。止めるならまだしも、お願いするなんて変わっているな、と自分でも思う。あのファミレスでの出来事は、父の共犯者のような気持ちにさせられたのだ。

母が鍋を取り分け、二人でそれをつついた。高級和牛というだけあって柔らかい。野菜もほどよい柔らかさで、口の中で溶けるようだ。肉に野菜に豆腐。次々と私の腹の中へと運ばれていく。食べている最中、人は無口になるもので、黙々と二人で鍋を食べている。母は幸せそうな笑顔で、見ているだけで美味しさが伝わってくるようだ。こうしていると普段と変わらず、自分がここにいることが実感できる。酒のせいか、鍋のせいか、それとも風呂のせいか、身体が芯からじんと熱い。

 *

 気が付いたら布団の中だった。
 窓際から冷たい空気と共に、甘い独特の香りが漂ってきた。
(あっ。)
 それは、嗅ぎ慣れたキャスターマイルドの香だった。寝ぼけ眼で窓際の方を見遣ると、窓際に置かれたスツールに腰掛けながら、母が煙草をふかしていた。吐き出す煙は細く、それでいて強いまっすぐな薄紫となって天井へ昇っていく。ぼんやりとした様子の母は、私の知る母とは少し違っている気がした。母はいつからいつまで、『お母さん』だったのだろう。お母さんになる前のあなたを、私は知らない。
換気のつもりなのか、窓がほんの少し開いていて、そこから入り込む空気は僅かながらも、部屋の温度を確実に冷やしていた。母は浴衣一枚の姿にも関わらず、顔色も変えずにゆっくりと煙草をふかしている。
「風邪ひくよ。」
そう声を掛けると、ぼんやりとしていた目がだんだんとはっきりしたものに変わり、うつ伏せの姿勢のままの私の瞳を捕らえた。母の目は静かに燃えているように見えた。穏やかな海のようにも感じた。なにかとてつもなく大きな力が、そこに秘められているような気がした。私は、胸の内を曝け出したい衝動に駆られた。わんわん泣いて、子供の頃に戻りたかった。母に、絶対的に守られていた頃に。私は許してもらえるだろうか。こんな私を、愛してくれるだろうか。抱きしめてくれるだろうか。
 声にするかどうか思うだけで、唇が震えた。先に声を出したのは、母の方だった。
「お父さんがね、他の人が居るって、知ってた。知ってたのに、向き合うのがこわかった。今でも思い出すと、くやしい。」
 そう言って煙草を揉み消した。父と喧嘩が絶えなかった頃、吸っていた煙草を。
「悲しくて仕方がなかったけど、それ以上に、くやしかったし、みじめに思えた。こんな人に負けたくないって。私は、そういう人たちを軽蔑してる、今でも。忘れられない。好きとか、嫌いとか、そういうのじゃないの。一度ついた傷は、謝られたから治るとか、縁を切ったから忘れるとかじゃないんだよ。それでも、私は間違ったことはしてない。だから、辛くなっても、思い出して悲しくなっても、自分の価値が分からなくなっても、負けたくないの。」
 それは私に言っているようでもあったし、独り言のようにも感じた。

恐竜たちの眠る海

恐竜たちの眠る海

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-10

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