ミリ子

 お昼休み、下腹部に鈍い痛みを覚えトイレに駆け込むと、下着に赤黒いような、茶色いようなものが染みついていた。
すぐに生理だということは分かった。二つ上の、姉のキクちゃんが生理用品一式を買い揃えたところだったからだ。
キクちゃんはまだ、生理が来ていなかった。キクちゃんは今年、小学六年生になった。
先週、近所にあるファッションセンターへ三人で買い物に行った。キクちゃんとお母さんは、「お姉さんになる準備」とか、そんな話をしていて、ショーツ(パンツと何が違うのか知らないけど二人がそう言っていた)とか、ブラジャーとかを選んでいて、私はただの付き添いで、ウサギのキャラクターがプリントされたソックスを一足だけ買ってもらった。
トイレの中、どうしていいのか分からずに、パンツが肌に触れないようにぎりぎりのところまで履いて、スカートを直した。ウサギのキャラクターが足元で、こちらを見ている。
職員室へ行こう。そう思った。男の子にばれたら恥ずかしいから、教室へは戻れない。下腹部には絶えずチクリチクリと内側から刺されるような、重たい鉛が体に付けられたような、鈍い痛みがした。心臓が、ドキドキしている。
 職員室へ行き、担任のユミ先生に話すとすぐに保健室に連れて行かれた。そうだった、こういうことは保健室に行くことだった。お母さんがキクちゃんにプレゼントしたまんが本に、そんなことが書いてあった。
 保健室へ入ると、保健の先生が棚の奥からショーツとナプキンを取り出して渡してくれた。
「使い方、分かる?」
コクリ、と頷く。ユミ先生は家に電話を掛けている。
「ええ、そうなんです、はい、少し早いみたいで。はい。」
ユミ先生は少し焦ってるみたい。でもきっと、ずっと、私の方が焦っている。
トイレに行こうとドアを閉めると、ユミ先生の声は小さくて、困っているのか、焦っているのか、全然わからなくなった。
「ええ、それで…はい…。」

 お母さんは、それから三十分くらいで保健室に来た。
 背の低いお母さんの足音は、先生たちの足音とも、私達の履く上靴の音とも違って、パタパタしている。パタパタという音が近付くのを聞いて、私はとても安心した。パタパタと鳴る、お母さんの足音。
「いつもお世話になっております。」
 お母さんはユミ先生と保健の先生の方を向いて挨拶をしていた。お母さんの足元を見ると、黒いタイツに茶色いスリッパ。お母さんの足音。スリッパ。
「突然来たみたいで。」
「ええ、そうですよね。私もさっきベニちゃんに言われて驚いて。」
「最近の子は成長が早いですからね。何人か、そういう子もいますよ。」
「本当にありがとうございます。こちらで用意すべきものを。」
「いえいえ、その為の予備ですから。」
 大人たちの会話に、自分自身のことなのにポツンと取り残されている。私はお母さんのワンピースの裾をぎゅっと掴んだ。
 お母さんはやっと気付いたようにこちらを見て、「大丈夫?」と心配そうに聞いてくれた。お母さんも、ユミ先生も、私みたいに焦ってるみたい。おばあちゃんみたいな保健の先だけが、冷静で、とても格好良く見えた。
「じゃあ先生、教室までランドセル取ってくるからね。」
それでは、とユミ先生はお母さんに向かって頭を下げて、保健室から出て行った。
 壁に掛った時計が、トントンと秒針を刻んでいた。その音は、チクリチクリという痛みと、ドキドキする心臓と重なって、一緒に演奏しているみたいだった。保健室はとても静かで、その小さな音だけが響いて、保健室という、少し特別で安心する空間を作り出しているようだった。

 夜、キクちゃんが泣いていた。
 キクちゃんのショーツはタンスに閉まったままだ。
 お母さんのなだめるような声が聞こえる。
 私はお腹が痛いのに、眠くて眠くて仕方がなかった。

 

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-10

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