practice(124)



百二十四





 木工のおもちゃの歯車を外し,軸を通す隙間に糸を巻いて目印を付けておく。近くの箱を引き寄せて,洗った涎掛けが端から詰められていた残りのスペースに大きなものから埋めていき,小さいものを上から重ねていけば太い手と足,思うより長い尻尾と思ったとおりに長い鼻につぶらな瞳を表す意匠を施された本体は二回に分けて手に持ち,電話機本体の跡が目立つフリル付きの緑のカバーが敷かれた電話台に乗せておく。念のため,つまみを引っ張り抽斗を開けてみたが外れそうなぐらいの軽い感触が明らかなメッセージを寄こして,その内側の木目はニスと自然光で鈍く起きた光を取り入れた。奥の四隅まで確かめたくなって斜めになるほどに引っ張ったら,今度は外れたのでしっかりと抽斗を入れ直す。つまみをもう一度引き,開くことだけ確認したら電話台の手前の脚のどちらにも刻まれている,人力自動車との闘いの歴史をなぞった。特に一方が酷いのはかつてこの電話台が配置されていた場所がテーブルの真下という魅惑のスポットに通じるルートを,おもちゃ置き場から勢いよく曲がる地点であったからで,バックできないなど,お困りの事態になったらリビングかそのテーブルで宿題をしていた姉か誰かに頼めば良かったために気にすることがなかったためと思われた。実際,周りに誰かが居ないと乗れない人力自動車であったのだ。拙い気持ちで呼びかける,見上げた顔に素朴なお願いはあった。
「これ,どかせる?」
 方向を変えて走り出すときにはよく足の指を踏まれた。
 クッキーか何かの,親密な間柄にお喋りと紅茶とを挟むのにいいぐらいの小さな箱の積み重ねにはそれぞれの色で取り放題の輪ゴムやピンの髪留め,失くしてしまいそうな小ささの靴に洋服,意味深に一つだけそこに入れてある古そうな鍵(開けるときに蓋をぎゅっと押し込まないと上手く回らないという癖付きの),袋から開けられていない飴玉とシャカシャカと鳴るシャーペンの芯ケースが消しゴムと詰められて,うち二つは空き箱であった。何かに使うかい?と,置いてけぼりをくらった椅子に膝を立てて座り,雑誌から顔を上げた真ん中の子に聞いてはみたが特に使わないという返事。立ち上がり,顔を洗う猫の前を通りながらその空き箱を手に玄関へと足を向ければ床に置いてある電話機の留守電は光っている。押せば祖母がこれからの季節に向けて必要になる厚手の産着を数枚送った,それから靴も送りたいからサイズをそれぞれ教えるように,ゆっくりで構わない,けれども確実にということだった。カレンダーはスタンドタイプのものがすぐに目に入り,多肉植物をモデルにした写真が夏といえる季節を捲られずにいる。一枚捲り,すぐに戻す。冷蔵庫の中で冷えたミルクを飲んで,冷蔵庫を閉めた彼女に,
「君と,僕のも必要かな?」
 と聞いた。一杯飲んでコップを手にしながら,
「そうね。損はないと思うわよ?」
 と言いながら自身のサイズを教えた彼女には,空いていたその箱を二つ差し出し,コップを代わりに受け取りながら,元はクッキーの箱であったという正解も頂いた。ミルクは最後まで飲むよということと,先に着いたという連絡があったということまでを伝えあって,『ソングバード』と書かれたTシャツを仕舞った箇所をそれぞれ思い出そうとした。
「嫌いだったわよね,あのTシャツ。」
 と言う彼女に,
「嫌いじゃないよ。ただ『バードソング』じゃない?って,気になったんだ。」
「『ソングバード』。」
「そう,『ソングバード』。大事にしてる。」
「物持ちいいから。あなたの壁掛けの『鳩』みたいに。」
 と言われて唇をとがらせて,
「皮肉に聞こえるな。」
「素直に褒めてる。捻くれちゃ負けよ。」
 と言われ,了解の仕草にコップとミルクが従った。自室とリビング,それぞれに必要な作業を終えてから手伝えれば手伝う,ということまでを確認し合い,それから要する時間を見ようと時計を見た。『鳩』が出てこない二十分過ぎだった。
「あと十分待つ?お腹も空いたし,クッキーもあるわよ。」
「『鳩』も困るよ。けれど,悪くない。ついでにぜんまいも巻いておこう。壁から外して見ていない間に,時計が動いていても構わないやしないだろ?」
「もちろん,お好きに。『鳩』の持ち主さん。」
 自室に戻る途中,真ん中の子に声をかけて,読んでいた雑誌を受け取ってからその頁にまだ片付けていない軸を一本挟んで,椅子に置いた。
 留守番電話が光っていて,用件が再生された。頼んでおいた送付をきちんと済ませたことの花屋の報告であった。次に営業。それと着いたという再度の報告。祖母への連絡のために受話器を取ってからは暫く静かになって,もう一件のコール。
 暑すぎないように薄いシーツを足に掛けて,ベッドの中では小さい呼吸がぐっすりと眠る。真ん中の子が側を通り,呼ばれてすぐに離れる。ぜんまいを巻かれて元気になった時計が壁から時刻を告げたあとで,上手に寝返りはうっていた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-10

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