『裏腹』
守らなければならない。
誰よりも弱いあの存在を、
守らなければならないと思う事は至極当然の―――
『裏腹』
目の前に佇むその後姿は酷く小さくて。
引き寄せて、きつく抱き締めたい衝動にかられる。
自分の半分にも近い弱々しい存在を守るのは、当然の事で。
それが同僚の為に引き起こされたものならば、責務と言っても良いのかも知れない。
細く小さな肩が小刻みに震える。
ちくりと胸を刺す針の痛み。
良心という名の針が、少女を孤独にした事を責め立てる。
「………。」
ふわりと、後ろから少女の身体を包み込む。
孤独に切り苛まれる少女の心を和らげたいのに、申し訳なさが先に立つ。
高い体温は、まだ彼女が子どもだという事を告げている。
愛しい子どもを置いて逝かなければならなかった父親の為に、
誰よりも彼女を守ろうと誓うけれど。
けれど。
…悪心が、心を突く。
愛しいと思う感情は、親が子を思う親愛と同じはずなのに。
こうして腕に抱いたその細い身体を全て奪いたいと願ってしまう。
微かに抱く腕に力を込めれば、少女のその唇から漏れる苦痛の声。
その声すら愛しいと感じてしまう事に、自嘲する。
彼女を苦しめる腕を放したい。
けれど、その理性とは別に本能が手を放すなと訴える。
自分の腕の中に閉じ込めて放すなと声がする。
あまりにも醜い己の感情に苛むけれど、
それが正しいと思ってしまう心が、確かに自分の中に存在した。
長い長い息が、口から零れ落ちる。
醜い感情に押し流されそうな弱い理性を、どうにか奮い立たせた。
不安げな少女の顔。
そんな彼女の不安を取り除こうと、軽く頭を叩いた。
ぽんぽんぽん、と頭を叩く手が自分でも優しいものだと感じる。
そんな手に安堵したのか、少女はにっこりと笑みを深めると、
まるでペットが飼い主にじゃれ付くかのように、男へと飛び掛かる。
突然すぎる少女の行動に慌てて声をかければ、目の前には満面の笑み。
「私を心配してくれたんですよね、有難うございます!」
そう言って笑うその顔が、あまりにも素直な裏表のないその笑みで。
男にはとても眩いもののように感じた。
ぽんぽんともう一度、少女の頭に手をやる。
そんな男の手につられて、少女の笑みはより深みを増していく。
あまりに素直なその反応に、心の裏側に刺すような痛みが走る。
けれど、それは分かりきっていたもので。
男は少女に気づかれないように眉を寄せると、
もう一度その小さな身体を腕の中に閉じ込めた。
守らなければならないと思うのは、当然の感情。
少女を孤独に晒した責務を、良心の名の下に果たさなければならない。
ちくりと、痛みが刺す。
それは紛れもない欺瞞の感情。
自分の良心という名の理性に蓋をされた本性が、鋭い針となって胸を突く。
彼女に対する優しさは彼女の為だと言う自分に、打算の心は無いと言い聞かせる。
そう言い聞かせながらも目の前にある手が心のままに、彼女の笑みを求めて動く。
自嘲にも似た笑みが口から零れ落ちる。
蓋をされた感情が、心の奥から溢れ出す。
止められない思い。
止まらない感傷。
それは紛れもなく自分のもので。
男はただ、諦めたように腕の力を深くした。
『裏腹』
お目汚し、失礼致しました。