ある殺意
ある殺意
殺しても殺し足りないくらい、憎い人間がいる。
そいつは俺の事を知っているし、
もちろん俺もそいつのことはよく知っている。
ほんと、殺したい。
できればこの手で、殺したい。
「まーた物騒なこと考えてんね、お前は」
榊泰久が俺の前にいきなり現れてそう言う。
「うっさいはげ。あっちいけよ」
「ぶー。これは天然ものの10円禿げなんですー」
そういって泰久は体育座りになって丸くしゃがみこむ。
お前は小2か。
「気持ちはわかるけどさー今そんなこと考えなくてもいーじゃん」
後ろの席に座っていた高田瑞樹がそう言う。
「今じゃなくていつ考えるんだよ」
「受験終わってからにしろ」
「妄想乙」
「違うもん!」
「そんな声で甘えてもダメだね。もうきょんちゃんのことは諦めろって。
他に男いるんだからさ」
「だから殺すんだよ」
さらりとすごいことを言うな、という風に2人は俺を見つめる。
「今だから殺すんだよ。
鏡子とあいつが幸せなうちにやんなきゃ意味がない」
「よくわかんねぇな」
「な」
「なぁ、きょんちゃんの気持ちはどうなるんだよ」
「俺にある」
「ねぇよ」
「絶対俺にある」
「どっからくるんだよその自信」
「わかんねぇけど・・・
今日も鏡子みたけどすっげぇ綺麗になってたし」
「んだよそれ。意味わかんね」
「俺と別れる時言ったんだ。
ごめんねそう君。
でも、そう君のことは心に残して、
私は他の人に抱かれるからって」
「なにそれ意味深」
「お前なんて答えたのよ」
「いや、わかったって」
「それだけかよ!」
「仕方ねーじゃん。あんな顔して泣かれたらさ」
「で、お前どうすんの?ほんとに殺すの?」
「まさか。俺は手出しはしない。
自分の思考に殺意を送り込んで、
思考が暴れ出すのを待つだけ」
「は?意味わかんね。ちゃんと話せよ」
「だからー!毎日そいつを心の中で殺すんだよ。
昨日は2回殺しちゃったから、もう366回、あいつを殺した。
ちゃんと数えてるよ。正の字書いてさ。
思考の暴走を待つってのは俺のじゃないよ。
誰かの、思考。
乗っ取りとかじゃないけど、
念じればなんでも動きそうな気がすんだ、俺。
見てろ?あいつ1年以内に死ぬぜ?」
「こっわ。お前もっと他の女のこととか受験とかそういうこと考えろよ」
「鏡子のためなら1浪もありだよ」
「愛だねぇ」
「愛っすよ」
そう言って俺は飲みかけの炭酸飲料を一気に飲み干す。
本当はこんなことをしていても現実は1ミリも動いてくれないことは
わかっている。
でもそれを認めたくない。
鏡子と過ごした幸せだった日々が今でも、毎日、
思い起こされてその度俺はあいつを心の中で殺す。
誰か、殺してくれ。
不慮の事故とかでも全然いい。
誰か、鏡子をあいつから解放してやってくれ・・・
て、なーんで鏡子はあんな奴と付き合ってるんだろう。
まずそこからしてわからない。
別れる気配もない。
なんで?
なんで?
なんで?
俺、もしかして本当に振られちゃったんだろうか。
でも俺を心に残すって言ったもんな。
あの時泣きながら確かに言ったもんな。
揺るぎない確信が急にぐらぐらとし始める。
「はぁ。受験勉強しよっかな」
「は?1浪は?」
「お前らと一緒に年取りたいでちゅ」
「んだよ照れ屋さんだな!じゃあきょんちゃんはもういいんだな?」
「いやそれは続ける。俺言ったことは曲げない主義」
「あっそ。まぁ頑張れ」
「全然応援する気ないだろ」
「だって殺人だぜ?ないわお前」
「俺は正常だし」
「いや、いつまでも昔の女を引きずってるって意味で異常よ?」
「いやっそんなこと言わないでっ」
「おねぇになるな」
「・・・まぁお前の好きにすればいいんじゃね?話はいつでも聞くし」
「ざっす」
「うぃっす」
ああ、早く鏡子が俺の元に帰ってきますように。
大学に合格して、楽しく2人年を取れますように。
誰かがあいつを早くこの世から消してくれますように・・・
頼む。
誰か、頼む。
頼む!
完
ある殺意