タイムマシン
ボクの息子が、突然おかしな事を言い始めた。
「パパ、僕タイムマシンに乗ったんだよ!」
息子は最近、町はずれに住んでいる、‘自称・科学者’だという変な老人と付き合っているというのは妻から聞いて知ってはいたが、まさかタイムマシンを作っているとは知らなかった。
「まさか!タイムマシンだなんて、信じられないよ!」
「本当なんだよ!証拠だってあるんだ!」
「証拠だって?」
「ああ、今度の日曜日に競馬の大きなレースがあるじゃないか?」
「ダービーの事かい?3日後の」
「そうさ、そのダービーの結果を見てきたのさ!」
「何だって!もしそんな事が判ったらボク達は大金持ちになれるじゃないか!?」
「ああ、8番の馬さ。8番の馬が他の馬たちをぶっちぎって、ゴール寸前まで走ってくるのを見てきたんだ」
「そ、それで、8番の馬が先頭でゴールしたんだな?」
「いや、見たのはその一瞬だけで、すぐに今日に戻ってきちゃったんだよ」
「…そうなのか、しかしゴール寸前まで来ていれば、間違いなく8番の馬が勝ったんだろうな…、よし、今度の日曜日はその8番の馬に一万円ぐらい賭けてみるか…」
そして3日後、競馬場は満員のお客さんで膨れ上がっていた。ボクは息子の手前「一万円ぐらい」とは言ったものの本当は全財産を賭けていた。この馬券が当たればボク達は大金持ちになれる、そう思うと心臓のドキドキが止まらない!息子は未成年なので、馬券は買えない。
「さあ、そろそろレースが始まるな」
「ウン、見ててよパパ、僕が言った事が本当だって判るから」
ついにレースが始まった!レース前、全く人気のなかった8番の馬はスタートと同時に飛び出し先頭に立ち、あれよあれよという間に他の馬を引き離し独走状態になった。このまま行けば、大変な金額がボクに転がり込む事になる。思わずボクは大声で叫んでいた。
「そのまま!そのまま行けぇ!」
8番の馬はバテる事なく快調に走り続け、ついにゴール前までやって来た。もう間違いない、8番の馬が勝った!そう思った瞬間、信じられない事がボク達の目の前で起きた。
「何だあれは!?」
今まさにレースが行われている競馬場のコースのゴール付近に、突然ぼんっ、と音を立てて宇宙船の脱出カプセルのような銀色の物体が出現した。その銀色の物体には窓があり、中には見たことのない白髪の老人と、見覚えのある中学生ぐらいの少年が乗っていた。ボクの息子だった。
「ああっ!そんな…!」
次の瞬間、その銀色の物体はまたぼんっ、と音を残し消滅した。ゴール寸前まで走って来ていた8番の馬は驚いて跳ね上がり、騎手を振り落として逆方向に向かって走り始めた。他の馬たちは8番の馬をかわしながら次々にゴールしていった。
こうしてボクはわずか数分の間に全財産を失い、観客席のイスにへたり込んでしまった。全身から力が抜けて何も考えられなくなっていた。呆然としているボクに向かって息子は笑いながらこう言った。
「そんなに落ちこむなよ、パパ、たった一万円負けただけじゃないか…?」
タイムマシン