逆転の儀式

逆転の儀式

小浦すてぃ

短編集「ギャクテン」いよいよラストです。総まとめなので他の話を先に読んでいただけたらよりわかりやすいかもです。

あら? 質の高い物語を作るのには時間がかかるものよ?

「相変わらず泣き真似が得意ねぇ。アリッサ?」
 仮設審判場に木霊する声。いかにも貴族の令嬢といった風貌の女の子がゆっくりと中央で膝をつく少女に近づくと、彼女はピタリと泣くのをやめた。
「はぁ、疲れた。それで? もう準備は整ってるの?」
 先ほどまで大声を上げて泣いていたはずの少女の顔は、涙の跡すらなく気だるげで冷め切ったものに変わっていた。
「もちろん。むしろあなたの生贄を待ってあげてたんじゃない。それにしても手紙を偽造するなんて、魔女というより詐欺師ね」
「あら? 質の高い物語を作るのには時間がかかるものよ? もっとも、これは私にとっちゃ茶番だけどね」
「その茶番を作るのに数週間もかかるなんて流石ね」
「それで? あの年寄りはどうしたのかしら。もしかして、狼人に食べられちゃったとか?」
 アリッサが嘲るように言うと、影からのそりと黒いローブの誰かが姿を現した。
「あら、そんなところにいたのね年寄り! 相変わらず影が薄くて気づかなかったわ」
 アリッサの言葉に反応することなく、黒いローブの誰かは二人の方に近づき、フードの奥の目を光らせた。
「蠱毒の魔女。虚構の魔女。ついに期は熟した。儀式を始めよう」
「ちょっと年寄り! その呼び方やめてって何回言ったらわかるのかな! 脚本家って呼びなさい!」
「アリッサ落ち着いて……そうだ、こんな時のために薬を作っておいたの。これを飲めばきっと落ち着くわ」
「まずあんたが飲みなさいよ引きこもり!」
「早く始めるぞ。用意せよ。茶番の魔女」
「なっ、誰が茶番の魔女よ!」
「アリッサ! ほら、この薬を」
「ああもう!!」
 アリッサが怒りにまかせて小さな杖を大きく振ると、地面に円形の模様が刻み込まれた。互い違いの方向を指すいくつもの矢印が特徴的なその模様は、およそ広場の噴水ほどの大きさまで広がった。
「まあ、すごいですね!」
「派手な仕掛けだ」
「フン、まだまだこれからよ」
 二人の反応に気を良くしたのか、アリッサは強気な笑みを浮かべ見せびらかすように右手を挙げた。見上げて指を鳴らすと、仮設審判場の屋根が開いていく。刻まれた模様の上に暗雲の広がる夜空が広がった。
「さ、次はあんたたちの番よ。」
「ええ。いくわよ」
レイは手に持っていた液体を刻まれた模様に流し込む。液体は増えながら溝を辿り、少しして模様すべてに行きわたると、模様が赤く光り始めた。
「あとはよろしくお願いしますね。先生」
「うむ」
 黒いローブの誰かは再びフードの中の目を光らせた。すると空の彼方から強い風が次々と仮設審判場に吹き込み、その中で無数の羽虫が三つの棺桶を形どりながら三人の上空に現れる。
「あの中にちゃんと生贄は入れてきたわよね?」
「ああ。虚構の魔女。貴様の“博士”とやらの死体も虫たちに回収させた。全て言われた通りにしているが、しかし随分と手の込んだやり方だな。どれだけ待たせれば気が済むのだ?」
「しかも私たちに手伝いまでさせるなんて。いい度胸してるじゃない」
「あら、手伝っているのはこっちの方よ? 年寄りと引きこもりの運動をね。さて、泣くフリももうお終い。今度はアイツが泣く番よ」

 三つの棺桶が光る模様の上へと降り立つ。外側を風の壁に守られた模様は一層光を強め、それまでとは逆向きに回り始めた。

 それでは始めましょう? 私たちのギャクテンを――


「なるほど、そんなことがあったわけですか」
 暗い部屋の中、回りながら赤く光る模様の上で、その女性はため息をついた。
「運命の歯車をそう易々と変えられては困るんですよねぇ」
 7月9日、午後8時を示す卓上の蒸気時計。その横のカバンから輝かんばかりの綺麗な歯車を3つ取り出し、呪文を唱えた。すると歯車は宙に浮き、化粧台の鏡のような大きさになってゆっくりと漂い始めた。輝く歯車の面にはそれぞれ模様や文章が浮き出ており、彼女は一つずつ手にとって確認し始めた。
「ナロードは……だめ。応答がありません」
「ピークスは……51、36、52、41、49で229。上々ですね」
「ホシゾラは……18、11、15、8、12で64か。期待したほどではなかったですね」
「集まった生贄は293ですか。まあ、この分も入れれば300は超えるでしょう。十分です。これだけあればギャクテンし返せます」

 三つの歯車が光る模様の上へと降り立つ。外側を風の壁に守られた模様は一層光を強め、今までとは逆向きに回り始めた。

 煌びやかな部屋の窓から見えるのは、下でわらわらと動く人の波と、噴き出す蒸気。少し眺め、やがて部屋を出た少女の首には、絢爛とした歯車仕掛けの装飾品がカチカチと動いている。後ろに引っ張るカバンは少女の腰ぐらいまであり、それも歯車の仕掛けがなければ持ち運ぶことはできないだろう。美しい髪はゆったりと不規則に揺れ、この空間には無い「自然」を感じさせる。

「さすがに彼女たちにこの世界を渡すわけにはいきませんわ。しかし、それだけではつまらないですね。彼女たちも頑張ったことですし、ギャクテンは成功にしてあげましょう。対象はそうですねえ……星の流れる向きってとこかしら」

 儀式を終えた魔女は出来るだけ貧相な服を選び、蒸気機関車の発つ駅のホームへ向かった。国の拡大のためにまず、父と合流しなければならない。スパイの回収はそれからだ。
 鉄の匂いが鼻をくすぐる。見回せば正装や仕事着の人々の波が戸惑うような鉄の匂いに構わず行き来している。歌と蒸気による洗脳はしっかりと機能しているようだ。大衆は組み込まれた歯車のように正確に動いている。呆然とした顔でベンチに座る一人の旅人を除いて。


「こんにちは。どこから来られたんですか?」

逆転の儀式

逆転の儀式

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-09

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