僕が君と誰かを殺して終わらせた話に関する件について。

僕が君と誰かを殺して終わらせた話に関する件について。

・これは実際にあったクトゥルフ神話TRPGの外伝を小説として書き起こしたものです。何卒。

 これはとある日常の終わりの始まりのお話。

『僕が君と世界を殺して終わらせた話について』



 溶けたキャンディのような甘ったるい夏の終わるある日のこと。
 何の変哲もないその日に、僕らは終末を見るのだった。



 青春とはすなわち、絶望と悲観である。
 いつか終わる泡沫の夢は刹那のうちに過ぎ去り永劫消えない爪痕を残す。
 だからこそ僕らは爪痕を追うことを諦めきれない。残った悲嘆の証を、笑みを捧げることすら哀しくなる敗北の印をなぞり続ける。
 そう。終わりを迎えられない青春などただの悲劇だ。理性を追い抜いた感情で笑みを紡ぐあの玉虫色の愚かしい日々には何一つ結論づけられないだろう。

 感情的で。歪曲した輝かしい日常の下直線的に無機質に生きるなど消して望んではならないのだから。
 空は抜けるような青。天井のないアクアリウムと地面は炎天下のフライパン。それは終わった輝きの残滓。


 ◇


 黎明第二学園、一年一組。
 四人の特待生と三十六人の一般生徒で構成されるクラスに異変が起こったのは、なんの変哲もない夏のある日のことであった。

「通り魔事件ねぇ……」

 誰に宛てるでもなく機動達也はそう呟くと、空を見上げて溜息をつく。空はうんざりするほどの青天で、見上げれば眼球まで日焼けしてしまいそうだ。そんな晴天を受けて無情にもアスファルトはそれを越える熱気で応戦している。アスファルトにへばりつくしかない現代人たちからすればとんだとばっちりだ。本来主戦力になるはずのエアコンも屋外では意味がない。

 通り魔事件が起こったのはそんな昨日の熱帯夜のこと。聞いた話によれば塾帰りの隣の中学校の生徒が路上でめった刺しにされていたという。凶器はカッターナイフのみ。カッターの刃が散乱していたりと遺留品は多いくせに手掛かりもなければ目撃者もなし。解決の糸口はほぼゼロに近い、という悪夢のような事件だ。そんな殺人鬼は、巷では『罪狩』と言う名前で呼ばれている。理由は単純。そいつが狙うのは大なり小なり犯罪を起こしたやつだけだからだ。
 そして凶器と手口は今から一週間前に起こった殺人事件と酷似しており、警察は同一犯の犯行とみて捜査を進めているらしい。通り魔というよりももはや無差別殺人事件だ。そんな事件の煽りもあり、学校の授業はいつもより二時間早くお開きになったわけだ。

 確かに暗くなる前に生徒を帰せば犯罪の予防線にはなるかもしれない。だがそれは単なる予防線でしかなく可能性を下げる程度の期待しかできないわけだ。現に一週間前の殺人事件は白昼堂々行われており、下がる期待値もたかが知れている。
 まぁ。こんな無数の人間が氾濫するこの町で、うっかりその通り魔とやらに遭遇してしまった人間は運が悪かったと言う事だ。不運はすべての要素を叩き壊す。良くも悪くも、だ。

「あ! おーい! たつやー!」

 不意にそんな聞きなれたクラスメートの声がして、機動は思考を一時中断する。振り返ると、二十メートルほど後方に三人の級友がいた。
 大きくこちらに手を振る女生徒に苦笑いしながら機動が足を止めると彼女、三日月夜空はツインテールの金髪を揺らしながら小走りに駆けてきて一番に追いつく。

「やっぱり先に帰ってたんだ」
「そりゃな。ってかまた大所帯な……」

 そう呟いてマイペースに歩いて追いついてくる二人に視線を送って機動は再び苦笑いを零す。十叶積希と因幡兎姫は走ることも急ぐこともなくのんびりと追いつくと、十叶は無表情に機動と目を合わせて「よぉ」とだけ言った。

「十叶も一緒に帰ってるとなると珍しいな。お前家逆じゃなかったか?」
「大体は三日月のせいだな」

 そう言いながら表情少なく十叶は眼鏡の位置を直した。悔しいが理知的な雰囲気を持つ長身の十叶がやると非常に様になる仕草だ。隣に立つ因幡も同じく眼鏡をかけているが、童顔で身長に至っては十叶より三十センチ以上背の低い彼女の場合理知的と言うよりかは少しどんくさいイメージが付きまとう。
 妙に背の高い男子生徒とクラスの中で一番背の低い女生徒の取り合わせがいつも通りのくせに妙にちぐはぐで、どこか面白い。

「うっさいなー。積希は兎姫ちゃん一人で帰すつもりなの? 物騒な事件が起こったばっかりなのに」
「じゃあ何故家の方向がほぼ九十度違う三日月までついてくる。僕の歩行距離を無駄に伸ばさないでくれるかな」
「あー、大体理解した」

 びしり、と十叶を鋭く指さして三日月はお説教モードだが、当の本人は聞くつもりが無いようだ。と言うか大方予想がついたが、いつものように三日月が周りを振り回した結果らしい。いい迷惑、と言いたいところだが三日月夜空と言う少女は始終この調子だ。それでも愛されるキャラクターであるのは彼女の歪みや穢れを知らない根幹の無垢さが起因しているだろう。
 そんな三日月に振り回される機動と十叶。かろうじて三日月の制止をしようとがんばる因幡。そんな四人がいつも一緒にいた。

「まぁどうせだし送っていくか。な、因幡」
「え!? え、あの、あ、はい」

 なっ、と言いながら機動が因幡に話しかけると因幡は慌てたようにあうあういいながらやっとそれだけの返事を返す。コミュ障臭いリアクション通りのコミュ障である因幡はいつもこの調子だ。まぁこれでもだいぶマシになったのでこのままでも何ら問題は無いのだが、寡黙な十叶とコミュ障の因幡のとりあわせの沈黙はこっちからしたらものすごく空気が重い。そのくせ活字が恋人の十叶と引っ込み思案で若干の本好きの混じった動物愛好家の因幡は若干ながら趣味が似通ってしまったせいかよく気まずい沈黙を持ち込んできやがると来た。しかも無自覚と言うのだから本当に止めてほしい。それっぽい進展があるのなら機動も気兼ねなく応援できるのだが、図書館が婚約者の十叶と動物が生活の七割を占めようとしている因幡では後も先もクソもないのだ。

「ま、俺も因幡と同じ方角だから三日月は任せるぜ」
「君たち、僕の一週間の運動量が今日だけで許容量超えそうなんだけどどうしてくれるわけ」
「いーじゃん! 積希はもっと運動するべきだって!」
「確かにお前色白いもんな。今度一緒にバスケでもしようぜ、お前絶対似合うから」
「やめて。無理、死ぬ」

 真顔のまま逃げる十叶を三日月と二人で追いかけまわし、因幡がおろおろと仲裁に入ろうとする。そんな日常。
 そう。日常だ。

 気付けば辺りに人影は無い。日の傾きかけた夕方のビル街の隙間は工事も終わり、行き交うトラックの影すらない。不意に進行方向に一人の男が立ちはだかる。くたびれたサラリーマン風の何の特徴もない男。行き交うモブに過ぎない男に、四人は気を配ることもない。
 だからこそ、男が不意に因幡の前に立ちポケットから取り出した錆びた黄色いカッターナイフを振り上げても動けない。

「え、」

 そんな微かなつぶやきを紡いだ顔に錆びた刃が振り下ろされるその瞬間、十叶が素早く男と因幡の間に割って入る。そして
 その刹那、轟音と共に無数の鉄骨が男の上に降り注いだ。




「……え?」

 十叶に庇われたまま、因幡は茫然と小さく声を漏らす。
 何が起こったのかわからない。振り上げられたカッターナイフがコマ送りの様で。次の瞬間、十叶に庇われて何もわからなくなって。そして、鼓膜が破れそうな大きな音が鳴り響いた。重いボーリングのボールをいくつも床にたたき落したような、大きくて乱暴な音。
 そして、静寂。どこからともなく軋むような音と遠くに風の音だけが響いている。

「……機動。三日月と因幡を頼む。あとは僕が何とかする」

 ……粘つく機械油と、どこか鉄の様な臭い。舞い上がった土煙が静寂に横たわる。
 因幡は、恐る恐る顔を上げる。男がどうなったかは十叶の体で隠れて見えない。そのままゆっくりと十叶の顔を見上げる。首だけで振り返り、背後の男がいた方を睨み付ける十叶の横顔はいつも通りだ。いつも通りの、はずだった。
 十叶は、うっすらと嗤っていた。

 感情の無い目で。口元だけを微かに三日月の形に緩め、嗤っていた。
 それはゾッとするほど昏い笑み。見た者全てを凍り付かせて余りある、悪意に満ちた笑みだった。

「と……十叶、くん?」
「全員こっちは見るな。因幡は二人と一緒にまっすぐに家に帰れ。いいか、今日お前らはここに居なかった」

 そう言って十叶は因幡の背を押して機動の方に歩かせる。後ろを振り返るべきか、因幡は逡巡して足を止める。だが振り返れば何かが変わってしまいそうで。何かが終わってしまいそうで。

 現場から大分離れた大通り。まだ明るいその場所まで歩いて、ようやく三人は歩みを止める。
 行き交う人々はビル街の影で何があったかなんて全く知らない様子で行き交っている。赤く染まりつつある窓ガラスが痛いほどに輝いていて、目的も無くさかなが泳いでいるビジョン。赤い色水の氷が溶けるように、徐々に三人の間の沈黙が氷解しつつあった。

「……とりあえず二人とも送ってく。十叶は……あいつなら、きっとうまくやってくれるさ」

 機動はやっとのことでそれだけ言うと、青い顔をした三日月と因幡を連れて再び歩き出す。
 ……そう。今思えば、これがすべての始まりだった。
 これはとある日常の終わりの始まりのお話。

僕が君と誰かを殺して終わらせた話に関する件について。

キャスト

機動 達也(きどう たつや)
三日月 夜空(みかづき よぞら)
因幡 兎姫(いなば とき)
十叶 積希(とがの つみき)

エキストラ(その他)

僕が君と誰かを殺して終わらせた話に関する件について。

終わる日常に関する件について。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-07-08

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