人魚姫

人魚姫

私の想いが、言葉が、泡になって上の方へとのぼっていく。
ここは海の底で、
さながら私は地上の王子様に恋をした、悲しい物語の主人公、
人魚姫のようだ。

午前5時半。
いつものように起きる。
「おはよ」
「おはよう」
心の中で彼の声がする。
「よく眠れた?」
「うーん、あんまりかな」
彼の友達にも挨拶をする。
「うぃっす」
「うぃすうぃっす」
「思い出した?」
「え、何が?」



去年交通事故に遭ってから、ここ5年の記憶が私にはない。
誰とどう過ごしていたのかもわからないし、
彼氏がいたのかもわからない。
記憶が18歳のままで止まっているので、
高校時代の友人はわかる。
彼氏はいなかった。
・・・多分。


なにか、引っかかる。
引っかかる人がいる。
でもその人はすごく有名な人で、
凡人な私のことを知っているわけがなくて。
でも、気になる。

「思い出せ」

まただ。頭の中で声がする。
彼の声を聞いていると懐かしいなにかが甦ってくるような、
こないような。
なんだか不思議な気持ち。
最初は混乱していた頭だけど、
じき慣れた。

「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」

声が心に届く。
違う。
絶対に、違う。
でもなんでだろう。
ずっと前から彼のことを知っているような気になるのは。
最近毎日泣いているのは、
私が忘れてしまったであろう彼氏の存在が気になるからだ。
それともいなかったのだろうか。
・・・・わからない。
本当に、わからない。

私が事故に遭ったのは4月。
車にぽんとはねられた私は、
頭を強打したものの他に目立った傷も特に無く、
でも記憶をなくした。
目の前で泣いている初老の男女。
これ、多分お父さんとお母さんなんだろうな。

「光奈・・・・・」

そっか私の名前はみなというのか。
その瞬間頭の中で高校時代までの人生が
オーバーラップして、
私は記憶を取り戻した。
でも、なんだか変なのだ。
なんだかしっくりこなのだ。

「光奈」
「みなちー!」
「光奈ちゃんっ!」

色んな声が頭の中に響く。

「俺のこと、忘れたの?光奈」

俺って誰だろう。
わからない。
ほんとにほんとにほんとに、
わからない。
タバコをゆっくりとふかす。
空に彼を思い描いてみる。
違う。
私じゃない。
違う。
彼じゃない。

だってあまりにも、そんなこと、
夢物語過ぎるじゃあないか。



人魚姫

人魚姫

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-08

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND