今朝の出来事
離れの玄関先に置いてあるデッキチェアに腰掛けて
初老の男、松村隆治とその娘である澪が静かに話をしている。
6:10am
松村家の朝は早い。
さきほど食べた朝食の余韻に浸りながら、澪は「今日の音楽」
をネットで検索しているところだ。
「今日は何聴きたい?」
「お父さんの趣味でいいならフォークソングだな」
隆治はそう答える。
「えー美濃屋英吉と萩本洋子とかそんなんでしょ?
やだよ」
そういって澪は自分のお気に入りであるラッパーグループ
リングイネの「今日という日」を流し始める。
「・・・変わった音楽だね」
「ヒップホップとロックの融合だよ。まじ渋い!」
そう言って澪は履いていたゴム草履を芝生に投げ出す。
リングイネの曲が終わる。
「どうだった?お父さん」
「なかなか・・・歌詞がよく聞き取れなかったけど、
いい曲だね。メロディーがいい」
「あってないようなもんだけどね」
そう澪は答えるとおもむろに鞄を探りタバコに火を点ける。
「なんかさぁ、今の音楽業界っつうか、トップ10に入る曲、
おままごとみたいにしか聞こえないんだけど」
「そうだね」
「おままごとっていうか学芸会?なんとかならんかねぇ」
「今みたいに10代の人生も知らないような女の子達が
シーンの中心にいては日本の音楽はダメになってしまうよ。
20代から30代の、人生を知ってそれをそのまま歌詞に
できてしまうような人が中心でないとね」
「なるほど」
「お父さんはフォークソングで育ったからもう新しい音楽は
耳が受け付けないけど、それは各世代で共通しているのかもね」
「?どういうこと?」
タバコの煙をくゆらせながら、澪が尋ねる。
「お父さんはこの年になったら民謡とか、そういったものを
聴くようになるのかなぁ、なんて若い頃から思ってたんだ。
だけどそうならなかった。お父さんより上の世代の人は
演歌で育ったから今でも演歌が大好きなんだよ。
僕はあの世界観が苦手だけどね。
それと同じで、澪もポップスが好きなままおばあちゃんに
なるんだよ」
「わかるー!だって私最近の境界線の果てまでとかゴーイングなんちゃらとか、
全然興味ないもん」
「でもそれだって若い人たちには支持されているんだろう?」
「そう境界線は10代の子が好きってよく聞くよ」
「そうやって、みんな好きな音楽を聴きながら、
それに人生を照らし合わせて生きていくんだ。
だから中身も意味もないような女の子たちの歌は、
その場限りの打ち上げ花火みたいなものなんだよ」
「でも私彼女たち好きだけど?自ら聴きはしないけど」
「それでいいんだよ。どこかで誰かに支持されていれば
彼女たちは輝き続ける」
「ちょっとー2人ともこっちきて手伝ってちょうだい!」
母屋の玄関から母が顔を出しそう呼びかける。
「行こうか」
「はーい」
そう元気よく返事をして澪は勢いよく椅子から立ち上がる。
完
今朝の出来事