罪人
罪人
1
「もうちょっと、目を大きくしてもらいたいんです」
午後2時過ぎ。薄いピンク色に設えられたその診察室で
神田優花は切実な瞳を初老の医師佐々木に向けていた。
「前回の手術は・・・3月ですな。もう十分大きな
瞳をされているとわたしは思いますよ?」
「もっと・・・もっと大きな目がいいんです」
そう言う優花の瞳は、確かに佐々木の言う通り、
大きく、そして少し不自然に見開いていた。
「お願いです。先生。もっと二重の幅を大きくしてください」
「前回のオペ日から考えてできなくもないですが・・・
この瞳をどこまで大きくされたいんですかな。
ちょっと具体的に教えてください」
そう言って佐々木はマウスを操作し優花の顔を拡大表示する。
「もっと、こう、なんて言うんですか?
二重の幅を広く・・・歌手のMIRAIみたいな感じで・・・」
「どうしてもされたいですか」
やや諦めがちな物言いで佐々木が尋ねる。
「はい!ありがとうございます!」
「では来週のご都合のよい日に決めましょうか」
「今すぐはできないんですか?」
「それは色々な問題があって無理ですな。
ま、焦らず、ゆっくり考えて連絡してください」
「いえ、絶対にやります。金曜日の午後に半休を取るので
その日でお願いします」
「本当に、やりますか?」
「やります!ありがとう先生!」
そう言って今にも優花は佐々木に飛びかからんばかりの
ジェスチャーで感謝を表現する。
「では、金曜の午後2時からで。その日は・・・もうあなたなら
わかっているか」
「はーい!わかってまーす!!」
元気よく優花はそう答える。
「じゃ、失礼しまーす」
そう言って優花はコツコツと10センチはあるヒールを
鳴らしながら待合室に消えていく。
「4日金曜の午後。神田優花さん」
そう佐々木は看護師に伝えると次の患者を呼ぶように
違う看護師に指示する。
「じゃ、神田、優花さん、来週の2時にお待ちしてますね。
注意事項を書いた紙、これと一緒にしますので、ああ封筒ね、
はい、どうぞ」
「ありがとうございましたぁ」
金を払い終わり意気揚々と優花はそのクリニックをあとにする。
午後9時。
控え室で私服に着替えている看護師や受付の女が雑談に花を咲かせている。
「見た?あれ」
「やばいっしょ。目玉ぎょーんだよ」
「ああなるともう止められないよね。来週のオペ楽しみだね」
「もっとひどくなるのに、金払う。意味不」
「あはは。もう麻痺しちゃってんだよ」
「怖いよね。本人あれで、綺麗なつもりなんだろうね」
2
もう誰とも会いたくない。
会えるわけがない。
あの医者、絶対に殺してやる。
泣きはらした顔で優花は近くに置いてあった手鏡で自分の顔を見る。
大きく見開いた不自然な瞳。
ひきつれたような二重のライン。
こんな顔で、これからどうやって生きていくのだろう。
友達には恥ずかしくて絶対会えない。
会社にももう行けない。
もう外にも出られない。
止まっていた涙がまたじわじわと溢れてくる。
どうしてこうなった?
どうしてこうなった?
これからどう生きていけばいい?
スタイルもよくて顔も可愛いのが私なのに!
こんなんじゃ男は誰も相手にしてくれない。
デジタル時計は午前4時を表示している。
「誰か・・・誰か助けて・・・・」
そう蚊の鳴くような声でつぶやくやいなや
優花は枕に突っぷして大声を出して泣き始めた。
完
罪人