産休革命
産休を申請した石井美波に、永井部長は目を白黒させた。
「石井さんは…独身やったなあ?あ、もしかして結婚決まった?できちゃった婚か」
「独身ですが、結婚の予定はないです。あ、妊娠の予定もないです。多分これからも」
美波が平静とそう言うので永井部長は益々目を白黒させた。美波はもう38歳になるので、おそらくこの先も妊娠する事はないだろう。独身であれば尚更。
「産休は…妊娠している女性の為の制度やから…」
「永井部長、労働基準法によると、産休を取得する為の条件として、女性である事以外は記載されていません。だから、妊娠していなくても要求出来るのではないでしょうか?」
「ん〜そんな事例は見た事ないし、医師の診断書は提出して貰わなあかんよ」
医師の診断書、と聞かされて美波は戸惑った。女性である事以外の条件は記載されていなかったので、妊娠していない自分でも認められるかもしれないと思った自分が甘かったと痛感した。
「どうしたんや、何か長期の休みが必要か?お母さんの事でか?」
永井部長は優しく、まぁ立ってんと座りや、と椅子を勧めてくれた。
美波の母親は、以前からパーキンソン病を患っていて、半年前に面倒を見ていた美波の父親が心不全で急死してからはずっと介護施設に入所していた。最近では病状があまり思わしくなく、美波は出来るだけ母親の側にいたいと望んでいたのだか、有給休暇も父親の葬儀等で使い果たしてしまっていた。
「お母さんの事やったら、介護休暇申請したらどうや?最長三ヶ月は取れるはずや」
「それも調べたんですが介護施設に入所していると、適応外になるんです」
「そうか、そうなんか。それは私も知らんかったな…よう調べてるね」
永井部長はうんうん、と頷く。
「石井さんの気持ちは分かるけどな…妊娠してへんのに産休は無理やなぁ。社長も怒るで」
「…そうですよね。分かってたんですけど…変な事を言って申し訳ありません…」
「まぁ未来を担う子供を産んで育てる為の制度やから、未来を担う子供を産んで育ててくれた人の為に使うんも、私は個人的にはえぇと思うけどな」
その言葉に美波は救われた。もう多分子供を産む事は多分ない自分が、人生に一度、産休制度を使っても良いのではないか?そう思う事は間違っているのか?と自問自答していたからだ。
自分という未来を産んで育ててくれた人の為に、産休制度を使ってもいいですよね?
けれどそれが認められないであろう事は美波にも想像がついていた。
「産休は無理やけど、長期休暇貰えるように私から社長に頼んどくわ。二ヶ月くらいやったら、まあ何とかなるやろ」
「…部長、ありがとうございます。本当に申し訳ありません…」美波は深々と永井部長にお辞儀をした。
「謝らんでええよ。産休制度も介護休暇もなんや使えんもんばっかりで…ええように改正してくれるように、私から首相に頼んどくわな」
そう言って、永井部長はがはは、と笑った。
産休革命