practice(122)
百二十二
つな渡り師やブランコ乗りのような,練習時間もこうして高い位置で過ごす彼らからはよく見えなかったが,新入りの見習いがその両手でどうにか地面につけずにいる洗い物用のバケツには水に住まう何かが居るらしい。「噛む?噛む?」と甲高く聞く柔軟な曲芸師から始まった興味と関心の質問は数人いるピエロ希望者や調教師,整備終わりで暇を持て余して歩いていたバイク乗りやアンケート用紙の束を抱えた広告担当者までわらわらと見習いとバケツの周りに集めている。がらんがらんの観客席でライトアップの向きを支持をしていた副団長と猫の髭と無関心もくすぐりだしているようで,
『あれはなんだ?』
と大きい照明のおこぼれに預かる舞台から離れた後方座席の薄暗いところから,副団長は実際に目があった彼らの誰かに聞いているが,練習のために所定の場所で控えている彼らの誰も分からないのだから答えようがない。さあ?と,合図を送ってみても副団長は視線を彼から逸らしてくれないのだから,副団長は彼らにこうも言っているらしい,と彼らのうち数人は理解した。
「まあ,あれで怒鳴ったりしないから,いいんだけどね。」
と,誰が言ったのかは彼らにあとから聞いても分からないまま,用を足して戻ってきた彼らの現エースどのの姿を認めた。手首の柔軟をこなしながら,こちらへと登る梯子に向かって歩いていた彼はやはり,つむじと鼻先が向く珍しいサークルに興味と関心を引かれて段々と立ち止まり,復帰してきたばかりの男の曲芸師の肩に手をかけて話しかけながら見習いとバケツが重そうに佇んでいるはずの中心へと首を伸ばして,暫く見ていた。それを見届けるつな渡り師やブランコ乗りの彼らは鉄柵を掴み,それがない部分へ足を伸ばし,少なくとも二人はチョークを指につけていた。擦っているのは一人である。踵を返して彼が登ってくるまで,彼らは静かにサーカスの内部を見下ろしていた。
最後一人といえる鉄柵のスペースに立って彼が言うには,
「練習しよう。話はそれからだ。」
と綱を渡る順番,あるいは反対側に控える彼らの仲間(同じように興味と関心は引かれていた)にブランコを掴んでそちらに跳ぶという合図を送り,自らもチョークを指につけてまだまだ回っては来ないであろう,その来るべき順番に備えていた。
副団長は仕事をこなしつつ,猫は前脚を伸ばしつつ。
「せめてヒントは?」
と小声で聞かれるたびに,彼は
「泳いでた。狭そうだったけど。」
と答えていた。つな渡りの最中にバランスを崩しやすかったドニーがバランスを崩すことなく,また相性が悪いと考えられていたステフとミヅゴシがブランコを初めて成功させ,それを見ていた曲芸師やら記録係といった団員のみんなが拍手を送り,新入りの見習いがバケツを置いて,副団長ががらがらの観客席から数名の技術スタッフとともにこちらに向かって一段一段と降りて来ていた。
スポットライトはきらきらとしていた。潜ったようだった。彼らの誰かがそう言っている。
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