すばらしき宇宙生活(2)
ニ 地上の世界
さて、話を元に戻そう。何が見えたかな。どこかで見たような物が積み重なって転がっているだろう?
そう、それらは全部、僕たち人間が出したゴミ。ゴミの山だ。ゴミの海だ。ゴミの谷だ。ゴミの自然がいっぱいだ。もちろん、僕たちだけが出したゴミじゃない。僕たちのご先祖様、そう、君たちも出し続けたゴミだ。
君たちも知っているとおり、昔の人たちは、燃やせるゴミは焼却し、燃えないゴミは大きな穴を掘り、埋め立てして処分していた。時には、そのゴミを利用して、夢の島という希望の埋め立て地を海に作ったりした、
だけど、ゴミを出す量は相変わらず増え続けたため、焼却場はパンク状態。ゴミを積んで満載したトラックは、朝一番から夜遅くまで焼却場に行列をなしている。
埋め立て処分場も、作った当初は深い穴だったのに、今は、盛り上がって、山となっている。上へ、上へ積んでも、次から次へと転がり落ちるありさま。今のゴミを片付けるだけで手いっぱい。ゴミの収集も処分もできないほどに追い込まれたわけだ。
それにも関わらず、それぞれの家や会社、店舗、工場からは相変わらずゴミが排出される。人々は、仕方がないので、自分の家以外、そう道路にゴミを捨て始めた。自分の敷地から、自分の見える範囲から、外に追い出したら満足なんだ。後始末なんか知ったことじゃない。誰かがやってくれる。誰かがしろ、だ。
最初の頃は、それでも、どこか遠くの家の前の片隅や電信柱の下に置く謙虚な心を持っていたけれど、ゴミを放るのは毎日のことなので、面倒くさくなり、こっそりと隣の家に置くようになった(もちろん、自分家の前にも他人からゴミは置かれたわけだけど、それはお互いさまだ。だけど、お互いさまと思わないのが、人間の人間たるゆえんだ。これは、君たちご先祖様から引き継いだDNAのせいかな?)が、当然、そんなことでは追いつかなくなり、今度はお構いなしにどんどんと自分の家の前の道路にもゴミを放り出すようになった。ゴミはどんどんと高くなり、山のように積もっていく。
ゴミがあるため、人々は、道路が使えなくなったし、ゴミの臭いも強烈だ。気分が悪くなり病院に入院する人も増えた、いざ、救急車が呼ばれても、道路にはゴミが山積みされており、現場に到着できなくなった。
そのため、一方でゴミを捨てながら、一方で家を一階ずつ上に建て増しして、ゴミから逃れようとした。家だけじゃない。道路だって、道路の上に道路が作られた。電車の線路も同じだ。
ゴミが増えれば、家が高くなり、家が高くなれば、ゴミを捨てられる場所が生まれ、更にゴミを放り出す。家の階層とゴミの山のイタチごっこ。それが繰り返されるうちに、普通の家でも十階建ては珍しくなくなった。
もちろん、住まいとして使えるのは、九階と十階の二階部分だけ。残りの一階から八階までは、ゴミで覆われている地下室みたいなものだ。かくれんぼ遊びをしていて、誤って地下室に迷い込めば、ゴミから出される有毒ガスなどのせいで、二度と地上には出てこれらなくなってしまう。それこそ、本当に、お隠れになってしまうわけだ。
そのうちに、十階建ての家も、もうすぐゴミで埋まりそうになった。九階部分、つまり、住まいとしては一階部分から外を見ると、屋根から雪降ろしをした後のように、ゴミが家の周りを取り囲んでいる。
窓でも開けようならば、ゴミの雪崩現象が起き、部屋の中に流れ込んできそうだ。それならば、九階部分を住居としてはあきらめ、十階部分の上に、更に一階部分を建て増しすべきかどうか、人々は考えた。
だけど、もう、建物は継ぎ足し、継ぎ足しを重ねてきたため、家の中を少し歩いただけでもゆらゆら揺れだし、揺れれば揺れたでよけいに大揺れして、船酔いならぬ家酔い状態。大人たちは、ビール一杯でも、お酒に酔えるので、経済的だとか、クルージングみたいで、人生の航海ができるとか喜ぶ人もいたけれど、ほとんどの人は、ブーイングの嵐。(そう、ある出来事に対して、必ず、二つ以上の異なる意見が出る。何かを言わないと気が済まないのだ。これも、君たちご先祖様からのDNAのおかげだ)
「こんなところで、住めるか」と怒りの声が渦巻きだした。それに、建物は、構造計算上、もうこれ以上、上階に継ぎ足すことは不可能になった。人々は、今度は家を地面から空中に浮かせることを思いついた。そう、ここからが、空飛ぶ家のはじまり、はじまり。
最初の空飛ぶ家は、以前の地面から百メートルぐらいの高さに位置していたが、相変わらずゴミが投げ出されるため、少しずつ、少しずつ高度を上げ、今では、千メートルの高さにまで到達した。
それでも、家の下を覗けば、遥か彼方の地平線ではなく、真下の空飛ぶ電車の軌道の近くにまで、ゴミが迫ってきている。風の強い日には、ゴミが吹き上がり、庭に飛び込んでくることもある。庭に散らかったゴミは、ほうきを使って、また、庭の下、空の下に履き出される。ひゅーと落ちていくゴミ。そのゴミを下から、ビューと押し上げる上昇気流。
行き場のないゴミたちは、ドラム式洗濯機の中の洗濯物のように、空中を回転し続ける。でも、人間は、洗濯物がベランダなどに干されるようには、ゴミの行き先を教えてあげない。とまどうゴミたちは、ひゅーなり、ビューなりと嘆きの声を上げながら、空を放浪し続けている。おかげで、ひゅーとビューは、僕たちの耳に慣れ親しみ、子守り歌であり、校歌でもある。
すばらしき宇宙生活(2)