『-D-game』

こんにちは。

EDWARD JEKYLLです。

この度は、僕の小説を手に取って頂き、ありがとうございます。“手に取って”と言うのは、少し語弊があるかもしれませんが、その辺はお気になさらず。
と、言う事で『-D-game』
まずは、貴方を僕の世界へ、いざなってさしあげましょう。

プロローグ

読者へ


この世界には、絶対にやってはいけない禁断のゲームが、幾つもある事を貴方はご存知だろうか。これから、ここに記すものは、その中のほんの一部でしかない。

面白半分で手を染めれば、もう二度とこのゲームが巻き起こす“死の連鎖”から抜け出せる事は無いだろう。






プロローグ


闇に包まれた学校。

昼間のジリジリと照り付ける太陽によって焼かれた校内は、もう冷えていてもいい時間帯なのに、かなりムシムシしている。湿気の多い、体にまとわり付いて来る風を振り払いながら、少年はただ薄暗い廊下を歩いていた。

誰かに着けられている。

さっきから、ずっと。

途端に全身の皮膚が粟立つのを感じ、少年は立ち止まった。

辺りが冷気に包まれる。

少年は、しばらく闇を見詰めたまま黙っていたが、不意に口を開いた。

「気が付いてるよ。さっきから、僕の後を付いて来てるの。何を求めてるの?僕に君を助ける力は無いよ。」

そう言って、ゆっくり後ろを振り返った。

そこには、一人の可愛らしい少女が立っていた。生地の薄い水色のワンピースを身に纏い、美しい金髪が肌の白さをいっそう際立たせている。

少女の向こう側が、ぼんやりと透けて見えるのは、気のせいだろうか。

「やっぱり、私が見えるのね?!」

少女は少し興奮気味に続けた。

「別に、貴方に助けてもらいたい訳じゃないわ。ただ……知ってもらいたいの。私がこの学校にいたって事を。この世界に生きてたって事をーー」

少年は、この声を聞き終わるか、終わらないかのうちに別の場所に居た。

ふと、先程の少女が目に留まる。声を掛けようと少し手を伸ばしたが、これは少女が見せている情景だと悟り、口を噤んだ。何やらウサギを抱いている様だったが、そのウサギは無残にも石で殴り殺されていた。耳の付け根の辺りから流れ出る血で、その毛が濡れている。少女はウサギをギュッと抱きしめ、必死に涙を堪えている様だった。

そこに、一人の女性がウサギ小屋に入って来た。黒いスーツを着て首から名札を下げている所からすると、ここの学校の教師なのだろう。

少し白髪の混じった長い髪を一つに束ね、金属の眼鏡を掛けた、見るからに怖そうな先生だ。

「アリアさん!」

教師は、小さな悲鳴とも取れる声で言った。

少女は後ろに先生が居た事に驚いたのか、体をびくっとさせ勢い良く振り返った。

「あなたがやったのね?!あなたが殺したのね。その石で。」

運悪く少女の直ぐ隣には、血の付いた石が転がっていた。

少女は、心臓が跳ね上がるのを感じた。このままでは、自分のせいにされてしまう。

「先生、違うわ。私は何もしてない。」

教師は少女の心を探るかの様に睨み付け、ジリジリと近づいていった。

「私に逆らうなんて、バカな子ね。本当の事を言いなさい!!私がやったと言えば済むのよ!!」

急に声を張り上げて怒鳴り散らした。どうやら、ヒステリーを起こしている様だ。

尚も近づいて来る先生から逃れようと、少女は何歩か後退るが、もう逃げ道は無くなっていた。直ぐ後ろには、ウサギ小屋を囲うフェンスがある。

「本当に何もしてません。」

少し涙声だ。

この時、この異形な教師の心は急激に、そして完全に狂気に喰い荒らされていた。

“殺してやりたい。”

今自分の目の前に立っている、美しい白雪姫の様な少女を、永遠の眠り姫にしてやりたい。

透き通る様な素肌。

血色の良い紅い唇。

首筋に浮かぶ血管。

全てをこの手で壊してやりたいーー。

スッと手が伸びて来て、首を捕らえたかと思うと、一瞬にして息が出来なくなった。体がフェンスに押し付けられる。自分の脈が酷い耳鳴りの様に、ギンギンと耳の奥で鳴り響く。

抱いていたウサギを取り落とし、その屍骸は不様に地面に叩き付けられ、数回転がった。

少女は首を絞める手が少しでも緩まないかと、必死に先生の腕を掴んだが、まだ小学校低学年の彼女の抵抗は、大人にとって痛くも痒くも無いものだった。

少年は目の前で起こっている出来事から、目を背けたいと言う衝動に駆られていた。もう、見ていたくなかった。少女がこの情景を見せている以上は、この後どうなるのか分かっていたからだ。しかし、“背けないで”そう彼女の心の叫びが聞こえた気がした。

“これが、現実よーー”

そう、真実を分かってあげられるのは、僕しか居ないのだ。

「アリア!!これでもまだ、私がやったと言えないの!?」

教師は、さらに首をきつく絞める。

こうなったらもう、少女の息が切れるのも時間の問題だった。苦しそうに喘いでいる少女の顔は、見る見る真っ青になっていく。

先生が霞みに沈み始めた。

「せんせ…苦しい…信じて……私……ない……」

それを言い終わるや否や、少女の体は力なく崩れ落ちた。

一つの儚い命が、一瞬にして霧の様に消えた証だった。

教師は荒く肩を上下させ、地面に転がる少女の遺体をしばらく睨み付けていたが、徐々に自分の犯した罪の重さに気付き始めたのか、ざっと辺りを見回した。誰も居ない事を確認し、素早く少女を背中に乗せてから、出入り口に向かう。

途中、教師はウサギの屍骸を蹴り飛ばし、怒りと悲しみの念に、身を沈めていた僕の体を擦り抜けて行ったが、表情一つ変わる事はなかった。

少年は、その教師に付いて行く事にした。と言うより、付いて行かなければいけない気がした。

「まったく。バカな子ね。私の言う通りにしていれば、こんな事にはならなかったのに。」

少女を背負い校舎に向かう間、この様な事をブツブツ言いって、微かにニヤ付いた様に見えたのは、ただの目の錯覚だろう。

教師が向かった先は、入り口のタイガーロープに“工事中”と書かれた張り紙のある女子トイレだった。遺体を個室に投げ込み、掃除用のゴム手袋をして、タイガーロープを無理矢理剥がし取る。それを少女の手に握らせ、数箇所触らせた。彼女の指紋を付けるためだ。さらに、そのロープで少女の首をきつく絞め直した後、先生は洋式のトイレに入り、工事中により丸見えになっている天井の梁に、先程のロープを吊るした。

おそらく、少女の首を絞め直したのは、手形の死斑が出るのを恐れたからであろう。

教師は、ここまでをほんの数分間でやって退けた。

少女は、あたかもそこで自殺していたかの様に、また、素敵な部屋に最後の飾り付けをするかの様にロープに掛けられた。

そして、殺人犯がその遺体を眺め、残酷な笑みを浮かべながらトイレを後にしたのは、もう目の錯覚では無くなっていた。

少年はどうしたら良いのか分からず、この遺体が数時間後には、見るに耐えない姿に変わっているのだろうと、想像するとも無く思い描いていた。

ーー血走った目玉は飛び出し、舌はだらりと下に垂れ、重力により引っ張られた手足は異常な程伸びている……。

思わず吐き気を覚えた少年は、その鮮明な映像を遮断しようと頭を振り、ふっと我に返った。

そこは、暗く蒸し暑い学校の廊下だった。

少女の姿も消えている。

辺りは、静寂に包まれていた。

唯一聞こえる音と言えば、外に集まった冷たい風が教室や廊下の窓を叩き、隙間があれば入り込もうとする不気味な音だけだ。

もしかしたら、この風に肌が粟立つのを感じ、音を聞く事が出来るのは、この少年だけなのかもしれないーー。

ー1ー

ー1ー
あれは、僕がまだ小学生の頃だったーー。


そっと耳元で、

「お前なんか、死ねばいいのに……」

本当に、本当に微かだったが、確かにそう聞こえた。

反射的に後ろを振り返る。

その瞬間、バケツいっぱいに汲んだ水を顔にぶっ掛けられた。

「うわっ!」

一瞬、何が起こったのか分からなかったが、直ぐに笑い声が聞こえ状況を掴んだ。

顔に掛けられた水を、黒いシャツの袖で拭ってから目を開けると、四人の男子が腹を抱えて大笑いをしていた。

思わずムッとした表情をすると、ますます笑う。

ひとしきり笑った後、

「漣のバーカ!!引っ掛かった、引っ掛かった!」

と、捨て台詞を残して、行ってしまった。

爆笑の余韻を口に含みながら、去っていく四人の後ろ姿を見送りながら、僕は小さく溜め息をついた。が、まだ水を掛けられたのが外であった事に感謝をしていた。少し前に教室で掛けられた時には、アイツ等の変わりに僕が掃除をする羽目になっていたからだ。

最近、こんな事ばかりだ。

いや、最近どころではない。

いつもだ。

小さい頃からずっとーー。

ー2ー

ー2ー

「漣のヤツ、こないだのテストまた1位だったんだろ?」

田口駿は、隣を歩く川口涼太に話しかけた。

「そうなんだよ!!毎回毎回、僕が二位でアイツが1位。僕はこんなに勉強してるのに、塾だって毎日行ってる。今日、友樹の家に泊まるのを許されたのも、そのご褒美みたいなもんなんだから!それに比べてアイツは、塾にも行ってないし勉強だって全然してないじゃないか!!挙句の果てにクラスを抜け出してばっかで、授業もろくに受けてない!!それにーー」

「まぁまぁ、そう怒んなって。人間、テストの点だけじゃないだろ?」

機関銃の様に捲し立てていた涼太の言葉を、遮る様に駿が言った。

「違う。頭が良ければ何だって出来る。金もいっぱい貰えるし、仕事に困る事だってない……。金さえあれば何だって出来るんだよ?!駿みたいなバカには分かんないんだ。」

涼太はわざと、最後の一文を強調した。

「ハァーッ?!!テメー、今俺の事バカ呼ばわりしたろ!!もっかい言ってみろ。次は無いと思え。」

駿は、今直ぐにでも殴ってやる、とばかりに指の骨をボキボキ鳴らしている。

「バーー」

涼太がバカと言いかけた時、頭に強烈な痛みが走るのを感じた。“やりやがったな、このクソヤロウ”と言って殴り返してやりたい所だったが、痛みの余り殴られた部分を手で押さえる事で精一杯で、口をパクパクさせるだけだった。

「そう言えばさぁ、前に友樹の家に遊びに行った時、友樹の自慢だけで終わっちまったよな。」

涼太はやっとの思いで声を出し、もう殴られる事の無い様に願いながら、話題を変えた。

「あぁ、あの時はきつかったな。四時間近く友樹の自慢話だったよな。」

「良くあんなに話す事があると思うよ。」

涼太が溜め息混じりに言った。その溜め息は、友樹の自慢話に対するものと、駿が既に殴った事を忘れている事に対するものと両方だった。

「でもよぉ、友樹の家はいいよなぁ。金持ちだし、父ちゃんはホストで超イケメンだし、母ちゃんはモデルで若くてメッチャ美人だし。これじゃあ友樹もカッコ良くなる訳だよなぁ。」

駿が羨ましげに言った。それに対して、涼太が軽く睨み付けている事に、駿は気が付かなかった。

「お前、友樹が羨ましいのか?!」

涼太は鼻で笑いながら続けた。

「確かに友樹はカッコイイけど、ホストやモデルは良いとは思わないね。そんなもんは、バカで他に仕事の無いヤツがやるんだよ。」

「そうかぁ?俺は、一概にそうとは言えねぇと思うけどな。」

馬鹿げた事を言っている駿に対して、涼太はまた“駿みたいなバカには分かんないんだ。”と言いそうになったが、まだ頭がズキズキしているのを思い出し、慌ててそれを呑み込んだ。

「おい、涼太。何ボサーッとしてんだよ。友樹の家に着いたぞ。」

「あっ…うん。ーー相変わらず友樹の家はでけぇな。」

改めて涼太は、聳え立つ豪邸を見た。

フランスの貴族が、昔住んでいた城を一回り小さくした様なそれは、映画に出て来そうな程素晴らしかった。

少しすると、目の前の頑丈な風と天使をモチーフとした門が、静かに開いた。きっと、駿がインターホンを押し、藤原友樹が中からカメラで確認した上に、開けたのだろう。友樹はいつも、インターホンでの受け答えはしないのだ。

二人が、開かれた豪華な門を潜り少し歩いた後、最初に目にしたものは、ゴシック彫刻の施された大きな噴水だった。真ん中の一番高い所で両手を広げ、天を仰いでいるのはゼウスだろうか。その下にはゼウスを取り囲む様に、アルテミスやヘラなどの妻達がそれぞれの子供をあやしながら、彼の呼び起こした水を浴びている。それは、沢山の光を呼び、プリズムの様な輝きを放ちながら、幾多も形を変え、ひらひらと舞い踊っている。まるで、ゼウスが光をも弄んでいる様だ。

駿や涼太は、美術作品をこよなく愛する評論家の様な感性を持ってはいなかったが、この噴水を美しいと思わない程、鈍感ではなかった。

次に二人が通されたのは、隅々まで手入れがされて美しく、本当に家の敷地なのかと疑う程広い庭だった。つる薔薇のアーチからは木漏れ日が差し込み、何とも言えない柔らかな空気に満ちている。また、赤い薔薇が青葉に良く映え、辺りに高貴な香りを漂わせている。その甘い香りに魅了され、迷い込んで来た蝶や蜜蜂などの虫達を見ると、不思議な国のアリスの世界へ来てしまったかの様に思われる。

二人はそれまた大きく、豪華な扉の前に立った。それを待ち受けて居たかの様に、重そうな扉が開き、この家にそぐわぬホストの様な髪型の友樹が、二人を招き入れた。

「やあ、二人とも俺の家の素晴らしい庭は、満喫出来たかな?」

二人はその言葉をほとんど無視して、最高に広いリビングへ向かった。

「なぁ、これ見てよ。」

友樹は懲りずに、写真が大量に飾ってある壁を指差して続けた。

「こっちは、俺のお父さん。店で人気ナンバーワンの超イケメンホストで、テレビにも出た事あるんだぜ。それと、これがお母さん。超美人モデルで、コンテストは総なめ。もちろん、テレビにだって、しょっちゅう出てる。すげぇだろ?!俺様も将来は、V系バンドのヴォーカルで、女の子にキャーキャーだろうな。」

まだ自慢話をしようとしている友樹に、二人は空返事をした。少しでもまともな言葉を返せば、話が二倍三倍と等比数列の様に、延びて行くからだ。

“ピンポーン”

インターホンが鳴った。

二人は、これで友樹の自慢話から解放されると、ホッとしていた。

インターホンの画面を見ると、石橋竜が何かの本を読みながら立っていた。いつも通り、友樹がそれを確認して門を開ける。しばらくして、友樹が竜を招き入れる声が聞こえた。

「竜、それ、何読んでんだよ。」

興味無さそうに言った。

「“シックスセンス”です。僕は、これが大好き何です。」

竜は、本から視線を離さずに言った。

「また、そんなもん読んでんのかよ。ったく……幽霊なんて存在しねぇよ。」

呆れているのか、馬鹿にしているのか、どっちとも言えない言い方だ。

「います!いますよ!!じゃあ、何で漣君は幽霊が見えるんですか?存在しないのに見えるのは、おかしいじゃないですか!!」

竜は、やっと本から目を離して言った。幽霊の話になると、いつもムキになって怒るのだ。

「だから、俺がいつも、アイツは変だって言ってんだろ?」

友樹はそんな話はどうでも良いとばかりに、また両親の自慢をペラペラと話し始めた。

駿と涼太の二人は、そんなやり取りを横目に見ながら、リビングの高価そうな机の上に、大量の小包が置いてあるのを見つけた。しかもそれは、袋の種類が全部バラバラで二山に分かれている。

「友樹。これ、何だよ。」

駿は袋の山を指差して言った。

「あぁ。それ、バレンタインのチョコだよ。右の山はモテモテの俺様が貰ったやつだ。全部で31個もあった。」

カッコ付けて笑って見せた。

友樹は確かにカッコ良く、学校中の女子から大人気なのだ。

「じゃあ、左のは何だよ。」

「それは、漣の貰ったチョコ。机と、ロッカーと、下駄箱に入ってた。でも、全部で30個。俺様にはあと一歩、届かなかったって訳だ。」

漣も女子から隠れた人気があるのは確かだ。

「友樹。オマエ…それじゃあ……漣のを一つ残らず全部奪って来たのかよ?!」

駿は、驚いた様に声を少し大きくした。

「知らなかったのか?俺、一年の頃からやってるけど。アイツが女の子から隠れた人気があるの、知ってたからな。」

「でも、誰かに見られてたらどうすんだよ。オマエの人気はガタ落ちだぞ。」

「大丈夫、大丈夫。誰にも見られちゃいないよ。」

「でもよぉ、今八月だぜ?!何ヶ月ここに放置してんだよ!しかも、貰ったんなら食えよ。」

涼太が割って入って来た。

「俺、手作りとか食わない主義だからさ。だって、俺様超絶イケメンだから、誰かに憎まれて毒とか盛られたら、終わりじゃん。」

友樹は至って真面目な表情で続けた。

「食いたきゃ食えば?まっ、この暑さで溶けてるだろうけど。」

と言っても、友樹の家はどこもかしこも冷房が効いていて、かなり快適だった。

その後は、皆で高性能ゲームをしたりして遊んだ。友樹の家には各ゲーム会社から、試作品が届くので一般家庭には無いゲームが沢山置いてあるのだ。

「おい、もうこんな時間だぜ。風呂入りに行こうよ。」

ふっと、時計を見た友樹が言った。既に、十二時を過ぎている。

「いいね。行こう行こう。」

と、竜、涼太は立ち上がったが、駿は全くの無視。これまた試作品の高性能パソコンを、いじくり回している。

「おい、駿!聞いてんのかよ!!せっかく俺様の最高級バスタイムに、さそってやってんのに。」

「あぁ。俺、後でで良い。」

駿は、友樹を見ずに言った。

「あーぁ。こんなヤツほっといて、俺達だけで入ろうぜ。」

少しふてくさった様に友樹が言い返したが、駿は珍しく食って掛かって来なかった。

それから三十分間、竜や友樹達三人が風呂から上がって来るまで、駿はパソコン画面から目を離さなかった。

「駿、まだそんなのいじってたのか?俺がいつだって貸してやるから、さっさと風呂入って来ちまえよ。」

友樹はもう、怒りと言うより呆れの方が先に来ている様だった。

しかし、駿はそれを無視して言った。

「おい、これ、見てみろよ。」

まだ、タオルを首や頭から掛けたままの三人が、パソコン画面に近づいた。

そこには、何かのシミュレーションの様なものが映っていて、グレーの人の形をしたものが、五人で円を作っていた。

「何だよ、これ。これがどうしたんだよ。」

友樹が詰まらなさそうに、髪を拭きながら言った。

「こっこれ……今流行のゲームですよ!!僕やってみたかったんです。」

竜は、いつに無く興奮しながら続けた。

「このゲームは、今小学生の間で大流行していて、色々な事件が起きているんです。それに、午前零時ぴったりに検索しないと出てきませんし、毎日出る訳じゃ無いんです。駿君ナイスです。」

そう言って竜は、駿に親指を立てて見せた。

「オマエに言われる筋合いは無い。」

駿はぶっきらぼうに言って、自分の直ぐ隣に立てられている親指を払い除けた。

「でもよぉ、そんなゲームがあるのに俺様の家に届かないのっておかしくね?」

友樹が不満そうに言った。

「これは、その辺のヴァーチャルなゲームと違って、自分の体を使ってやるゲームなんです。それに、一部のオカルトマニアから広まったものなので、友樹君が知らなかったのも、無理無いと思います。ちょっと良いですか?」

竜は、空間に浮かんでいる光で出来たキーボードを自分の方に向け、ゲームの詳細を全てコピーした。

「あっ!何勝手にコピーしてんだよ!」

慌てて友樹が、声を上げた。

「このページは、いつ出て来るか分からないんです。また見れるようにコピーしておいた方が、絶対良いです。」

竜はそう言って、今開いてあったページを消し、また同じものを検索した。

「見てください。さっさと同じものを検索したのに、午前零時ぴったりじゃ無いので、“闇のゲーム”として出て来るんです。このゲームによる被害が、綴られています。」

そこには、ゲームを行った形跡があるだけで、“ゲームが成功した”と言う証言も、遺体も、何も出て来ないのだが、現場を見ると、確実に死者が出ている。などと言う文章と共に、実際の現場の写真も数枚アップされていた。

「この現場で、死体が出て来ないのは、あり得なくないか?」

涼太が、その写真を見て、少し顔をしかめながら言った。

現場の写真には、おそらく死亡した人物のものだと思われる血や肉片、さらには脳みそまでが広範囲にわたって飛び散っていた。

「だから、裏では闇のゲームと呼ばれているんです。これは、霊の力を使ってやるゲームなんです。だから、必ずしも成功するとは限らない。成功した証言が無いのは、あまり知られていませんが、暗黙の了解で、ゲームが成功した時には、“そのゲームでの記憶を全て消す”と言うのがあるからだと思います。」

「また霊の話かよ。そんなゲーム、成功する訳ねぇよ。」

友樹が、もう、うんざりだ、とばかりに言った。

「でも……面白そうだな。」

「だな。」

駿と涼太の意見が、一致した。

途端に竜の顔が輝く。

「じゃっ決まりですね。」

「おい、何勝手にやるとか決めちゃってんだよ。」

「なんだよ。友樹はやらねぇのか?!ケツの穴の小せぇ男だな。」

既にやる気満々の駿が、友樹を挑発した。

「はぁ?!バカにすんじゃねぇ!俺様だってやる時はやるぜ!!」

「言ったな?!オマエ、ぜってぇ辞めんじゃねぇぞ。」

「あぁ。あたりめぇだ。」

「あの、お取り込み中失礼しますが、このゲーム五人限定で、一人足りないのですが、どうなされますか?僕は、漣君を入れるのが得策かと……」

竜は、二人の会話に割って入った事と、漣を提案した事で殴られるのではないかと、恐る恐る聞いた。

「あぁ?!」

案の定、二人は声を揃えて威嚇した。

「何で俺達のゲームに、漣みたいな部外者を入れなきゃなんねぇんだよ!理由を説明しろよ。理由を!!」

駿が、顔を竜におもいっきり近づけて捲し立てた為に、竜は駿の唾を嫌と言うほど浴びる羽目となった。

「えぇっと……。理由はですね。この様な霊的な力を借りて行うものは、霊感の強い方が一人でも居ると、成功しやすいからです。」

「うん。漣を怖がらせるって考え方をすれば、入れるのも悪くないと思わない?」

駿と友樹が言い返す前に、涼太が言った。

涼太は、右手の中指で眼鏡を上げる仕草をしたまま、考え事をしている様だ。

「そうか!そう考えれば、漣を入れるのも悪くないな。なぁ?」

「そうだな。アイツの怖じ気付いた顔も、見たいしな!」

駿と友樹が、すっかり機嫌を直して賛成した。

涼太は、“単純な奴等だ”と思ったが、決して口には出さなかった。僕の計算では、このゲームは成功率が高く、かなり危険だ。それなのにコイツ等は、そんな事にも気付かないで、やる気満々。僕には、自殺行為としか思えない。

「じゃあ、僕の意見に皆、賛成ですね。」

竜が嬉しそうに言った。

「はぁ?誰もお前の意見には、賛成してねぇよ。俺等は、涼太の意見に賛成したんだよ。」

竜は、また唾がかからないように駿から離れ、少し寂しそうな顔をして言った。

「分かってますよ。そんなこと。ただ、言ってみただけです。僕は、このゲームが行えるだけで充分なんですから。」

「おっ!もう二時じゃねぇか!じゃっ、明日は漣を何としても誘うからな。皆おやすみ。」

そう言って、ベッドルームへ行こうとした駿を、友樹がすかさず捕まえた。

「オマエ、風呂入れよ!汚ぇな!!」

ー3ー

ー3ー

翌日、僕が教室に居ると、ズカズカと音を立てて誰かが僕の席の前までやってきた。僕は、下を向いたまま顔を上げないでいた。

「オイ、漣!」

ーー駿君だ。

田口 駿。

昨日僕に、水をぶっ掛けたヤツの一人ーー。

いつもコイツなんだ。僕をからかって遊ぶのは……。

あの、四人組ーー。

「漣!聞いてんのか?」

その言葉でふっと我に返り、ゆっくりと顔を上げる。

「『-D-game』って知ってるか?」

“ディーゲーム”??何だそれ。新作のゲームか?

駿が、いつになく楽しそうに話しかけてくる。そんな時は危険だ。

「知らない。」

僕は出来るだけ、興味を持っている事がばれないように、言った。

ーーつもりだった。

駿が、鼻先でそれを笑い飛ばす。

「相変わらず、漣は嘘が下手だなぁ。興味持ってんのバレバレだぞ。」

「うるさい。」

「まぁまぁ。先ずは、これを読んでみろって。」

そう言って、一枚の紙を僕の机の上に置いた。

それを僕は、恐る恐る覗き込む。黒い紙が、二つ折りになっていて、表紙の部分に赤字で『-D-game』と書いてある。周りには、血を垂らした様な模様もあり、どうやら、パソコンで印刷したものらしい。インターネットか何かで、拾って来たのだろう。

ーー何だか、嫌な予感がする……。

「何?これ。」

「見れば分かるだろ?『Dゲーム』の説明書みてぇなもんだよ。」

と、尤もらしく言う。

「……。」

いや、分かんないから……。

そう思ったが、言わないでおいた。今言ったら、確実に殴られる。

「読めよ。」

駿が、二つ折りにされている紙を開く。

僕は、思わず息を呑み、身を乗り出してしまった。

紙の中も表紙と同じような感じで、文字が沢山書かれている。


『-D-game』

これは、“死”のゲームです。

必ず儀式を行ってから始めてください。

このゲームは、霊力を使って行うゲームですので、必ずしも成功するとは限りません。ご了承ください。


では、ゲームのルールを説明します。

一、参加出来る人数は、五人限定です。

二、ゲームは、午前二時ぴったりに始まるようにしてください。

三、場所は、お寺の前。

四、ゲームが終わるまでの間は、目を開けないでください。

五、ゲームを始める前に、儀式を行ってください。

六、以上のルールを必ず守ってください。


ここまで読んだ所で、僕の好奇心は、一気に『Dゲーム』に引き付けられた。

「それで?」

と、駿が少し大きめの前歯を見せて、ニヤついた。

「えっ?」

わざと、とぼけて見せる。

「バァーカ。そのくらい察しろ!今のは明らかに、“やるんだろ”って言う顔じゃねぇか。まったく、鈍いヤツだ。」

そう言って、僕の脳天に拳骨を食らわした。

「痛っ!」

駿は、そんな言葉なんて、どうでもいい、とばかりに無視して続けた。

「なぁ、漣だったらやるよな。俺達四人じゃ一人足りねぇんだよ。それに、お前……見えるんだろ。」

珍しく、語尾のトーンを下げた。

「有名だぞ。宏谷漣は幽霊が見える。その……気持ち悪いヤツだって。」

「……。」

「知らなかったのか?」

ーー知らない訳が無い。そのくらいの噂、僕の耳にだって入って来ている。

「そんなでたらめな噂、誰から聞いたんだよ。」

僕は呆れたふりをして、頬杖をついた。

「誰から聞いたもクソもねぇよ。この学校のヤツなら誰だって知ってる。この前も、夜の学校で俺達には見えない何かと話してたって……。」

「ばかばかしい。そんなもんは、ただの噂だよ。そもそも、僕がそんな風に見えるか?ヴァンパイアとか、悪魔みたいに、目の色が赤とか言うなら分かるよ?けど、僕はそんなんじゃない。そう思わない?」

「思わない。」

ーー即答……。

「だって、お前の肌の色、異常なほど白いし、目の色だって確かに赤じゃねぇけど、銀っぽいし。それに、髪の毛の色なんか、銀色っつうかグレーみてぇな色してんじゃん。まっ俺は、幽霊だの怪奇現象だの何だのって言うもんは、信じねぇけどな。」

ーーまた、その話か……。



「ねぇねぇ、お母さん。あの子、何であんな髪の毛の色なの?目の色も何か変だよ。」

「やめなさい。あんな狼みたいな子供、見ちゃだめよ。」

「……。あの子、狼の子なの?」

「そうよ。だから、髪の毛の色も、目の色も、肌の色も、普通じゃないのよ。きっと、言葉もまともに話せないわ。あなたは、そんな風になりたくないでしょ?」

「うん。」

親子が、僕を指差しながら話しているのが、視界に入った。

こんな事は慣れている。そう思いながらも、歩調を速めた。早く二人の目の前から、消え去りたかった。

ーー幼稚園。

そこは、僕にとって地獄の様な場所だった。

小さい子供は、純粋なだけに残酷だーー。

僕が“たんぽぽぐみ”の教室に入った途端、辺りがざわめき始める。

悲鳴。

悲鳴。

悲鳴。

次々に上がる、耳を劈く様な悲鳴。思わず両手で耳を塞ぐ。

「狼人間は出て行け!」

「私達、食べられちゃうの?」

一人が芝居っぽく泣き始める。

「狼人間は出て行け!」

そう叫びながら、皆でお飯事の道具を投げ付けて来る。いつもの事だ。

僕は仕方なく教室を後にする。

「♪狼なんか、怖くない!怖くない!怖くない!……。」

僕が居なくなった教室からは、高らかな歌声が聞こえて来る。これも、いつもの事。慣れている。僕は、逃げる様にして園庭の隅に隠れた。

「いつもの事。いつもの事……。いつもの事……。」

暗示を掛ける様に、何度も何度も繰り返す。それでも抑えられない。溢れる様に、込み上げて来る物がある。僕は、唇をきつく噛み締めたーー。



ーー口の中に、鉄錆びの様な血の味が広がり、思い出したくもない過去から引き戻された。

「これは病気だって、前に言わなかった?」

そう言って、自分の髪の毛を摘まみ上げる。

「分かってるよ。色なんちゃらかんちゃら症だろ。」

「色素欠乏症。」

「そうそう、それそれ。って、そんな事はどうだっていいんだよ。話が大分反れちまったじゃねぇか。やるんだろ。つうか、やれ。」

そうだった。こんな脳みそお天気なヤツと付き合っていたら、本題を忘れてしまった。

「しょうがな……。」

僕が言いかけた途端に、駿が反応した。

「本当だな!3日後の午前一時半までに、学校の裏の寺に集合だからな。忘れんなよ。」

「ちょっと!」

一方的に言葉を浴びせて、行ってしまおうとする駿を呼び止めた。

「何だよ。」

露骨に嫌な顔をする。

「一つ、約束して欲しい。」

僕は少し、遠慮がちに言った。

「言ってみろ。」

「君達四人と、僕以外には、誰も連れて来ないで欲しい。」

「今更そんな事言ってんのか?Dゲームは五人限定、四人でも六人でもできねぇ。だから、他のヤツを連れて来る必要がねぇんだよ。分かるか?やっぱお前は、何考えてるか分かんねぇな。」

ーー嫌な予感がした。それを僕の体が、全身で感じ取っている。他の人をこのゲームに巻き込んではいけない、そう思った。

ふと視線を感じ、そっちの方を向くと教室のドアの所に、数人の女の子達が固まってこっちを見ていた。

その中の一人と目が合った途端、周りにいた子達が“キャー”と悲鳴を上げて走り去って行ってしまった。

僕と目が合った子も、しばらく僕を見ていたが、廊下に隠れていた女の子に手を引かれ、階段の方に逃げて行く。

あの子と目が合った時、僕の心臓が大きく波打ったのは、なぜだろうか?きっと、僕は女の子と目を合わせる事が、ほとんど無いからだろう。いや、“ほとんど”ではない。“全く”と言って良い程だ。

教室に入らないで、ドアの所で溜まっていたと言う事は、溜まっていた子、またはその中の数人が他クラス、もしくは他学年なのだろう。

僕の学校では、クラスで何か盗難などが起きた時に、人物を特定出来る様、他クラスには入ってはいけない事となっているのだ。

それに、悲鳴を上げながら逃げていったのは、霊が見える変な奴がいると言う噂を聞き付けて、興味本位に見に来た人だからだろう。

漣はそんな事を考えながら、さっき女の子達がいた場所をぼんやりと眺めていた。

ー4ー

ー4ー

鳴海梨佳は、五年三組の教室のドアの影から、例の四人組と話している宏谷漣を見詰めていた。

「梨佳。また漣の事見てるの?」

大竹さりなが、後ろから声を掛けて来た。

さりなとは、三年間の友達。どこへ行っても可愛くて有名で、誰とでも仲良くしてくれる子だ。

「あっ……あぁ、さりなちゃん。うん。まあね。」

梨佳は、少し恥ずかしそうに言った。

「それで?どうなの?あれから。バレンタインにチョコ渡したんでしょ?」

「うん……。」

梨佳は、さりなの事が羨ましかった。男子から、モテモテだからではない。さりなの様に特別可愛かったら、少しは漣に振り向いてもらえるかもしれない、と思ったからだ。

梨佳が、その質問に詳しく答える前に、さりなの友達かつ、漣ファンの子達が三人程集まって来た。

梨佳とは、全く面識が無かった。

「よっ!さりな。あぁ!漣君だぁ!!カッコイイ!!」

「えっ?!とれどれ?ちょっと、さりなどいて!あっホントだぁ!!」

「いやぁ!ヤバイィ!!カッコカワイイって感じだよねぇ。」

「可愛いすぎて死んじゃう。」

「あんなにカッコイイのに、全然カッコ付けてないし?どっかの誰かさんと違って。」

三人の内の一人が、さりなに向かって皮肉っぽく言った。

さりなは、学校一格好良いとされている友樹に、告白された事があるのだ。

「言ったでしょ?確かに告られたけど、断ったって。ウチ、アイツの事そんなに良いと思ってないし。」

さりなは腕を組ながら、そっぽを向いて言った。

「あっ!四人組、いなくなったよ。ちょっと、そこのアンタ。漣君に話し掛けて来なさいよ。」

「そうだよ。アンタもどうせ、漣君ファンなんでしょ?!」

梨佳は、教室と廊下のギリギリのラインに立っていたのだが、後ろから三人に急に押されて、教室の中へ転ぶ様な形で入った。

“何するの?”

そう言い掛けた時だった。

漣が、ふっと梨佳を見たのだ。

梨佳は漣と目が合った瞬間、顔から全身へ真っ赤になって行くのが分かった。それと、遠くで何人かの悲鳴と走り去る足音が聞こえる。

恥ずかしくて、目を逸らしたいのに逸らせない。

ずっと、このまま見ていたい。

まるで、時が止まってしまったかの様に、梨佳はそこから一歩も動けなかった。

すると、誰かが梨佳の手を引っ張って、階段の踊り場の方へ連れて行った。

「梨佳?大丈夫?」

さりなが、梨佳を踊り場の隅に座らせながら言った。

「うん……。さりなちゃん、ありがとう。私、あそこで倒れる所だった。」

「まったく。目が合っただけで、直ぐそれなんだから。で?どうなの?返事は無いの?」

さりなは、梨佳の隣に座りながら言った。

「うん……。私がチョコを入れに行った時にはもう、机の中もロッカーの中も下駄箱の中も、ぜーんぶいっぱいで溢れ返ってたし……。あんなに漣君ファンがいるんだもん。私なんかムリだよ。」

「ムリじゃないよ!梨佳だって、学校の可愛い子ランキングに入ってるの知らないの?清楚キャラで、可愛いって言われてるんだよ?!」

膝を抱えて、うつむく梨佳の顔を除き込みながら言った。

「へ?そっそんなの、嘘に決まってる……。だって私、シャイだし無口だし……さりなちゃんみたいに友達も沢山いないしーー」

「梨佳?“学校の裏サイト”見たこと無いでしょ?!」

「裏サイト??そんなのあるの?」

「やっぱり。今度、見てごらん。ちゃんと、可愛い子ランキング“二位”ってなってるから。」

「ホントに??私が二位なの??」

きっと、一位はさりなちゃんだ。そんな事、聞かなくても分かる。だけど、だけど……。さりなちゃんの次に私が!?

「うん!!」

「……。」

目の前でニコニコ笑っているさりなの言葉が、信じられなかった。私が二位だなんて……。

「だから、もっと自分に自信持って!梨佳なら大丈夫。ね?少なくともウチは、そう信じてるから。」

そう言ってさりなは、梨佳をギュッと抱き寄せた。

「あっありがとう。」

時々私は、こんなさりなちゃんに惚れてしまいそうになる。ボーイッシュでカッコカワイイからかもしれない。

でも、これが漣君だったら……きっと私は、気絶しているだろう。

「ねぇ?さりなちゃん?そのランキングって、他にもあるの?」

「あるよ。“巨乳ランキング”とかね。」

さりなは、悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。

「男子の考えてる事なんか、そんなもんだよね。まっ、漣は興味無さそうだけど。」

梨佳も同じように笑い返した。

「そうだね。」

「あっ、そうだ。ウチね、梨佳に聞いて欲しい事があるんだ。これから話す事は、二人だけの秘密だからね?良い?」

さりなは人差し指を立てて、梨佳の唇にそっと押し当てた。

「うん。分かった。」

「あのね。ウチ、こないだのバレンタインの日に、学校に用事があって朝早くに行ったの。そしたら、たぶん友樹だと思うんだけど、そいつが漣の机とかロッカーとか、あさってて…漣のチョコを全部ランドセルに詰め込んでたの……見ちゃったんだ。」

「……。」

「だからね、毎年漣から返事が返って来る人が誰もいないのは、そもそも漣が手紙とかチョコ自体を、受け取って無いから何じゃないかって……。」

ー5ー

ー5ー

宏谷漣は一人花束を持って、闇に包まれた廊下を歩いていた。

あの日と同じ様に、校舎内はまだムシムシしている。

漣は、あの女の子の遺体が吊るされていたトイレに向かっていた。

7階の奥。

人があまり来ない所にあるトイレだ。あの事件があったからであろう。今では、使用禁止となっている。

ここは、突き当たりに屋上へ出る扉があるだけで、漣も初めて来る場所だった。そのくらい、7階は使われていないのだ。

生徒は屋上への出入りを禁止されているし、事情があって入りたい時は、先生の許可を得て、さらに先生付き添いでなくては入らせてもらえないのだから、こんな所にトイレを作る意味があったのか、と言った感じだ。

しかし、そこは漣が少女に映像で見せられたものと、ほとんど変わっていなかった。

唯一変わっている事と言えば、入り口のタイガーロープに貼ってある張り紙が、“工事中”から“立ち入り禁止”となっている事と、ひどく古びている事くらいだ。

漣は“立ち入り禁止”の警告を無視して、トイレの中へと足を踏み入れた。

ーー冷気が立ち込めている。

そこで、改めて懐中電灯を持って来て良かったと思った。中は真っ暗で、窓は付いているものの、裏の寺の木によって月明かりが遮断されてしまっている。

漣は懐中電灯のスイッチを入れ、中を見渡した。床には割れた鏡や剥がした天井が散らばっていて、歩く度にギシギシと不気味な音を立てているし、個室のドアも蝶番が錆びて、外れかかっている物や、既に床に倒れ込んでいる物もある。さらに、壁には皹が入っていてシミだらけな上に、蜘蛛の巣が幾つも掛かっていて、そこの住人の代わりに埃が集っていた。

それらが余計に、このトイレを不気味に見せているのかもしれない。

まさに、廃墟を歩いているようだ。

漣は昔、廃墟に行った時の事を少しだけ思い出していた。

ーーまるで、そこの空間だけが、時の流れに取り残されてしまったかの様だった。

ここも同じ。

あの時のまま、誰の目にも触れずに、ただひっそりとこの場所に佇んでいるのだ。

漣は、一番奥の洋式トイレの前まで来ると、ドアが壊れていない事を残念に思った。壊れているどころか、きっちりと閉まっている。

このドアを開けたら、あの情景と同じ様に少女の遺体があって、腐敗した変わり果てた姿で、ここにまだ吊るされているのではないか、と言う恐ろしい感覚に襲われたからだ。

漣は、恐る恐るドアノブに手を伸ばした。伸ばした手が震えているのは、寒さからなのか恐怖からなのかは、分からない。

心臓の鼓動が、急にうるさくなった気がする。

そっとドアノブに手を掛け、大きく深呼吸をした。そして、ドアをゆっくりと押し開ける。半分ほど開いた所で、漣は目を瞑り、開けた事を後悔した。

見てしまったのだ。

強烈な鼻を刺す臭い。

腐敗し、赤黒く変色した足。

眼窩から外れ、視神経だけで繋がっている目玉は、干からびて原形を留めていない。

性別も分からないほど腐食している顔は、苦痛で歪められている。

ちょうど、その時だった。

「来てくれたの?」

真後ろから少女の途切れた声が聞こえ、漣は背中に氷を付けられたかの様に、ビクッと体を動かし振り返ったが、床に落ちていた廃材に足を取られ、ドアに寄り掛かる様にして尻餅を付いた。

傍には、取り落とした花束と懐中電灯が転がっている。

漣は肩を上下させながら、片手で口を押さえていた。大声を出さない為ではない。もともと激しく波打っていた心臓が、さらに暴れだしたせいで、とっさに口から出て来るのを防ぐ為だった。

「おっ驚かさないでよ……。」

「ごめんなさい。驚かすつもりは無かったの。」

今まで輝いていたアリアの顔が、少ししょんぼりしてしまった。

「それより、その光、何とかしてもらえる?眩しいわ。」

目を細めながら言った。

懐中電灯の光のせいで、アリアの体が半分程消えてしまっていた。

「あっ……ごめん。」

漣はそう言って懐中電灯を付けたまま、下に伏せて立てておいた。

ふと、先程の鼻を刺す臭いが消えている事に気が付き、漣は勇気を出して、遺体が掛かっていた場所に目をやった。

しかし、そこには壊れかかった洋式の便器があるだけだった。

あれは、何だったのだろうか。ただの僕の作り出した幻影だったのか、それともアリアが見せていたものなのか。どちらにせよ、あれがアリアである事に変わりは無いのだが……。

「どうかしたの?」

僕がそんな事を考えながら、誰もいない空間を眺めていたせいか、アリアが声を掛けて来た。

「何でも無いよ。」

漣は立ち上がり、かぶった埃を払ってから、アリアに微笑みかけた。

「もう時間みたい。」

そう言って、アリアも漣に微笑み返した。

よく見ると、アリアの体が薄くなって来ている。アリアは漣の傍まで来ると、そっと手を取り、包み込む様に握り締めた。

不思議と、アリアの手は暖かかった。

「漣?私ね、漣に会えて本当に良かった。あなたに会ってから、初めてここにいる事が苦じゃ無くなったの。今までは、すごく寂しかった。孤独だった。誰も私に気付いてくれないし……。当たり前よね。だって私、あの先生に存在自体消されてしまったんだもの。だから、あなたと話が出来た時は、自分が信じられなかったわ。それに……嬉しかった。私の存在を分かってくれる人が、まだいたんだって……。漣、助けてくれて、ありがとう。」

「僕も君と同じ様なものさ……。助けになれて良かった。アリアはこの学校で、この世界で、ちゃんと生きていたんだよ。僕はそれを知ってる。ね?真実も現実も全て。」

「うん。」

アリアの体は、もうほとんど消えてしまっていて、手のぬくもりだけが、二人を繋ぎ止めていた。

アリアの口元が“バイバイ”そう動いて微笑んだ。僕の耳に、もうその声は届かなかった。

漣は、床に転がっていた花束を拾い上げて、洋式トイレの蓋の上にのせ、そこにしゃがみこんで手を合わせた。迷う事無く天に昇れる様に、ただそれだけを願った。

そして、最後に“元気でね”と呟いて立ち上がった。

その時、残っていた二枚の鏡が大きな音を立てて砕け散った。

せっかく穏やかに、規則正しく動いていた心臓が、また飛び跳ね、漣は慌てて鏡のある出入り口の方を凝視した。

もう暗闇に目は慣れていたが、何も見えない。ぼんやりと砕けた破片が、浮かんでいるだけだ。どんなに耳を澄ましても、聞こえて来るのは自分の荒い呼吸の音と、心臓の鼓動くらいだ。いや、それらがうるさすぎて、聞こえないだけなのかもしれない。

しばらく息を呑んで見つめていると、どこからとも無く、アリアの無邪気な笑い声が聞こえて来た。漣はホッとして“最後まで驚かしてくれるな”と思いながらも、懐中電灯を持ち出入り口へと歩いて行った。

懐中電灯のスイッチは、あえて切っておいた。もしかしたら、アリアが見えるかもしれないと思ったからだ。

漣は鏡の前まで来て、粉々に砕け散ったのを見つけ、“随分派手にやったね”とつぶやいた。

「また来るよ。」

その言葉を最後に、漣はトイレを後にした。

ーー今まで纏わり付いていた風が、スーッと離れていくのを漣は何と無く寂しく感じていたのだった。

ー6ー

ー6ー

蒸し暑い。

まったく、夜中だというのに昼間の暑さがまだ残っている。

あの、妙なゲームの話を聞かされてから、既に三日が経っていた。

午前一時二十分。

約束の時間まで、あと十分。僕はアリアとの小さな思い出を心に飾りながら、学校を後にし、裏の寺に向かっていた。

みすぼらしいボロボロの寺と共に、異常なほど長い階段が見えた。その階段を息を切らしながら、一段一段登っていく。

登っている途中で僕は妙な胸騒ぎを覚えた。そいつが何なのかは分からない。しかし、途轍も無く悪い事が起きる様な予感がしたのだ。

その、“そいつ”が何物なのかを考えていると、いつものあの感覚に襲われた。

いつの間にか、辺りに冷気が立ち込め、頭身の毛も太る感覚に陥ったのだ。今まで掻いていた汗が、嘘の様に消え、不気味な悪寒を覚えた。

一日に何度もこの感覚を味わうのは、決して気持ちの良い事ではない。足を止めて少し休みたかったが、そんな事をしたら奴等に全てを喰い尽くされてしまう様な気がして、残り十段程の階段を登り続けた。

「漣。おせぇぞ。」

木に寄り掛かって呼吸を整えていた僕は、いきなり掛けられた声に、驚いて飛びのいた。

「何だよ、駿。ビックリするじゃないか。」

「お前、もしかして……。Dゲームを目の前にしてビビッてんのか?」

「まさか。」

普通じゃない両目を隠す為の、長い前髪を手櫛で整えながら言った。

「だよな。んじゃ、全員揃った所だし、儀式を始めようではないか。」

そう言って、徐にその辺りに転がっていた木の棒を拾い上げ、鳥居を潜った直ぐの所に大きな円を書き始めた。僕は、それをただ何も考えずに、眺めていた。

儀式の準備が出来たようだ。さっきと違っている所と言えば、大きな円のど真ん中に、大文字の“D”と書いてある事と、その円周上にちょうど人一人入れる位の大きさの円が、五つ書いてある事くらいだ。

「皆、こっちの小さい方の円に入れ。順番は何でもいい。」

駿の命令に皆、何も言わずに従った。

ーー儀式、開始。

「よし、次は俺から反時計回りに、この人形に血を捧げてもらう。」

駿は、“D”と書いてある上に、黒いビニール袋を敷く様に横たわる不気味な日本人形を指差した。それから直ぐに、日本人形の所へ歩み寄り、ポケットからサバイバルナイフを取り出す。そして、ゆっくりと折りたたまれている刃を開き、それを手の平に“グッ”と押し付け、引いた。それと同時に、ナイフの刃を伝って、駿の血がポタポタと人形の顔の上に滴り落ちた。

駿は元の円に戻り、隣の竜にナイフを渡した。竜も駿と同じ様に、左手にナイフを押し付けて素早く引き、直ぐ横の友樹に回した。友樹はナイフを受け取り、人形の前に進み出たものの、かなり躊躇っている様だ。

僕は、こんな状況を見せられいるにも関わらず、何の感情も抱かなかった。

ーー不思議だ。

普通だったら“痛そう”とか、“僕はやりたくない”とか思ってもいいはずなのに……。今は頭が“ボーッ”として何も考えられない。

“他の人もそうなのだろうか”と思い、一人一人の顔を駿から順に眺めていく。

死んだような目で日本人形を見つめている。

……と言うよりか、空を眺めていると言った方が良いかもしれない。

ナイフはもう既に、僕の隣まで回ってきていた。

ふと、血を捧げている人を見た。フリルの付いたピンク色のスカート……。栗毛色の……長い髪……。おっ女?!

なぜ?

どうして?

どうしてここに女の子が居る?

頭がうまく回らない。考えれば考える程、回らなくなる……。

まさか!

そう思い、もう一度一人一人の顔に目を凝らす。駿……。竜……。友樹……。

!?

ーー鳴海……さん?

……やっぱり。

僕が一番恐れていた事態が、起きてしまった。
四人組の一人が欠けたのだ。だから、駿が代わりを呼び出した。

鳴海 梨佳をーー。

階段の所で感じた妙な胸騒ぎは、この事だったのかもしれない。

確か、鳴海さんとは一度だけ、同じクラスになった事がある。三年生の時だったか、あまり良く覚えていない。と、言うのも、僕はほとんどクラスに居なかったからだ。毎年そうなのだが、あの年は特別居場所が無かった。あの時からだ。自分の見たもの、感じたもの、聞いたもの、全てを人に話さなくなったのはーー。


「あっ、先生。宏谷漣が居ません。」

給食の時間、今気が付きましたとばかりに、一人の生徒が言った。

「あらっ!気が付かなかったわ。」

朝の会で出欠をとるとき、僕の名前だけいつも呼ばれない。先生にまで、空気扱いされていた。だから、本当は朝から居ない事に気付いているのに、わざと先生は探しに行かなかったのだ。

「まったく。宏谷君はいつもどこか居なくなっちゃうんだから。先生が探しに行って来るから、皆は先に“いただきます”しててね。」

「はぁい。」

生徒の元気の良い返事を背中に浴びながら、先生は教室を出て行った。

宏谷漣がクラスから抜け出した時に、隠れて居る場所は大体分かっている。七階の踊り場か、外の非常階段だ。あの子は常に、人目を避けている。きっと、いじめられているからだろう。

先生は七階の踊り場で、一人膝を抱えてうつむいている小柄な少年、漣を見つけた。

細い白銀の髪の毛が、吹いてもいない風になびいている。

「またこんな所にいたの?勝手にクラス抜け出したらダメって、何回言ったら分かるのよ!」

漣はゆっくりと顔を上げ、髪の毛と同じ色の悲しみと闇が沈んだ冷たい瞳で、まだ若い先生を真っ直ぐに見据えた。

「アンタに何が分かる。」

こんな狼人間みたいな奴に、真っ向から見詰められると、悪寒がしてならない。先生は直ぐに漣から目を逸らした。

「被害者ぶってんじゃないわよ。クラスではいじめられ、廊下を歩けば後ろ指を指される。それが嫌で、そこから逃げたくて、人が来ない所でじっとしているんでしょ?何が“僕はいじめられてる”だ!いじめなんて、いじめる側が百パーセント悪い訳じゃない。いじめられる側にも何か非があるからやられるの!アンタはそれを全く分かってない。大体、何でアンタが周りの子に嫌がらせを受けるか、分かってないでしょ。世の中に存在しないものをあたかも自分には特別な能力があって、そいつらが見えるみたいな事を言うからよ!!分かった?!そんな事を口に出さなければ、クラスに居られなくなる程酷いいじめにもあわずにすんだの!!大嘘つきは嫌われるのよ!!」

漣は、まくし立てている先生を未だ見据えていた。半分睨み付けていると言った方が良いかもしれない。もう、“嘘なんかじゃない!!”と、言う気にもなれなかった。相手にするだけ無駄だ。確かに僕はいじめられているが、そこから逃げたくてここに居る訳じゃない。いじめなんてものは、僕にとって日常茶飯事だ。だから別に、被害者ぶってる訳でもないし、特別な人間ぶってる訳でもない。僕はただ、静かに冷たい闇に沈む自分と、向き合いたいだけだ。お前は生きていて良い人間なんだと、手を取り合い無理矢理分からせて、早まらない様にさせたいだけだ。いっそのこと、僕の事を全く分かっていない、この人間の目の前で、自殺を謀ったって構わない。でも、僕は知っている。死後の世界を。自殺の苦しみを……。

皆はよく、死を選べば今の苦しみから解放されると思っているけど、そんなのは真っ赤な嘘だ。楽になれるのはほんの一瞬で、死んだ後も生きていた時の苦しみを味わい続け、天に昇る道も無く、この世をさまよい続けるしかないのだ。

だから、僕はあんな奴の為に、あんなクソみたいな人間を苦しませるだけの為に、自分の命を引き換えにして、今の苦しみを背負い続けたくない。アイツの魂は、天秤に掛ける資格も無い。

でも、一つだけ、分からせる為に教えてやっても良いかもしれない。

「アンタの母さんがこう言ってる。“金に困ってるなら、実家の金庫の裏を見ると良い。そいつで金庫が開くから、中のもんを売れば、幾らかまとまった金になるだろうよ。”だって。」

長い沈黙が流れた。

空気までもが、動く事を拒んでいる様だ。

「なっ何でたらめな事言ってんのよ。お母さんはもう、五年前に亡くなっているのよ!」

「そうだよ。もう死んでるから、僕がアンタの母さんの思いを伝える事が出来るんだ。別に、信じなくても良いけど?僕の仕事はもう終った。」

大人びた表情の漣は、手櫛で前髪を整えながら、先生の横を通り過ぎて行った。

「待って!」

先生は、階段を下りかけていた漣の背中に、呼び掛けた。

「おっお母さんは…他に何か……言ってた?」

かなり動揺している様だ。

漣は振り返らずに、うつむき加減で言った。

「幽霊なんか信じないんだろ?アンタには、何も分からないよ。」

ー7ー

ー7ー

「漣を入れた事で、ゲームの成功率が上がりましたね!」

竜が賽銭箱の前で、駿と友樹に向かって楽しげに言った。

「んなもん、成功しねぇよ。」

すかさず、友樹が言い返す。

「でもよぉ。万一成功したら、この中の誰かが死ぬんだぜ?オマエは何としても成功させてぇみたいだけど、それでも良いのかよ。」

駿が割って入って来た。

「こんなに素晴らしい現象の中で死ねるなんて、僕は嬉しいです。たとえ、そのゲームが始まる前の儀式がどんなに辛くても、耐えられます。それに、誰かが死んだとしても、その時その場にいた人の記憶は全て消されてしまうので、特に気にする事は無いと思います。」

「そう言うもんだっーー」

「おい。ちょっと待て。今、辛い儀式がどうのこうのって言ったよな?それに、記憶が消されるってどう言う事だよ!そんなもん、聞いてねぇよ!」

駿は、“そう言う問題かよ”と言おうとした所を友樹に遮られ、思いっきり睨み付けてやった。

しかし、ムカついた理由はそれだけでは無い。漣以外の人間、つまり、四人組には友樹の家でコピーしたDゲームの詳細を読ませているのだ。それに、そこには載っていない暗黙の了解についても、友樹の家で竜が説明してくれている。

「オマエ、読まなかったのかよ。」

駿が苛立たしげに言った。

「知らねぇよ。んなもん、めんどくさくて読んでられっか。」

「オマエなぁ……。まぁ良い。よく聞けよ?俺達がこれからやろうとしてるゲームは、始めに儀式っつうもんをやんなきゃなんねぇんだ。その儀式は、簡単に説明すると、人形に一人一人の血を捧げるんだ。サバイバルナイフを回すから、それで少し血が滴るくらい手を切ればいい。それだけだ。簡単だろ?」

「はぁぁ!?何が“簡単だろ?”だ!俺様の世界一カッコイイ体に傷を付けるだって?!冗談じゃない!俺はお前らみたいなクズと違って、将来偉大な人間になるんだよ!!」

「オマエ。今更やめんのかよ。ここまで来て怖じ気づいたのかよ。そんなの男じゃねぇぞ!」

「俺は怖じ気づいたなんて、一言も言ってねぇ。ただ、体に傷を付けるのだけはごめんだって言ったんだよ!」

「儀式を辞退する事には変わりねぇよ。そんな男だったとはね、俺の人選ミスだったよ。」

駿が冷たく言い放った。

「あぁ!!もう!分かった。分かったよ。やりゃあいんだろ?やりゃあ。」

友樹は、心の小さな男だと言われるのを酷く嫌うのだ。

「で?記憶が消されるってのは何なんだよ。」

「はぁ?!オマエ、人の話ちゃんと聞けよな。友樹の家で遊んだ時に、竜が話してたじゃねぇか。Dゲームが成功した時だけ、Dゲームメンバー全員のゲームでの記憶が消されるんだよ。」

「ふーん。」

ちょうどその時、駿のケータイが音を立てた。自分達の声以外は、それまで何も聞こえなかったせいで、そこにいた三人とも驚いて飛び退いた。

「だっ誰だよ……。こんな時間に……。」

駿は恐る恐る、ズボンのポケットからケータイを取り出した。

今も手の中で音を立ているケータイ画面には、こう表示されていた。

ーー川口 涼太。

ー8ー

ー8ー

午前0時。

もう直ぐ、この家から脱獄する時間だ。

ここから寺まで、二十分もあればたどり着ける。

涼太は、もう寝たと言う設定で自分の部屋の窓から、家の裏に出て寺に向かうと言う計画を企てていた。

父親は優しい人だが、医者で救命救急の現場に立っている為、二十四時間体制でほとんど家に帰ってこない。その代わり、母親は専業主婦で買い物に行く時以外は、家で過ごしている。しかし、この母親がかなり厳しく、十二時過ぎに友達と会う約束をしている何て言った日には、殺されかねない。現に昔、今僕が通っている小学校の先生をやっていた頃、自分のクラスの女子生徒を一人殺しているのだから。その事は、自分の権力で握り潰したらしいが……。考えただけでも恐ろしい。きっと、僕のお父さんは、この事を知らないんだ。

パジャマに着替えた涼太は、リビングのソファーで本を読んでいるお母さんの元へ向かった。

「お母さん。僕、もう寝るね。」

「あら、今日は早いのね。ちゃんと、今日の勉強は終わらしたの?」

「うん。何だか疲れちゃって。今日のノルマは終わらせてあるよ。」

「そう。じゃあ、おやすみ。後で見に行きますからね。」

母は厳しく言った。

「おやすみ。」

そう言って、涼太は自分の部屋に戻ると、すぐさま私服に着替え、準備してあったカバンを引っ掴みベッドの上に乗って、あらかじめ開けてあった窓の桟に足を掛けた。ふと、部屋の電気を消し忘れていた事に気が付いた。戻って消すべきか、このまま行くべきか。しかし、このまま電気が付いていたら、帰ってくる前に、抜け出した事がばれてしまう。

急いで電気を消し、もう一度窓の桟に足を掛け直した時、涼太の部屋のドアが開いた。

母親が入って来たのだ。

“危ない!捕まる!!”

そう思いながらも、外に飛び出したが、襟首を捕まれ、逃げられなくなってしまった。そのまま髪の毛と服を掴まれて、自分が今逃げた所から部屋に引き戻された。

「涼太!!やっぱり脱走しようと思ってたのね!?いつも一時まで起きてるアンタが、十二時に寝るなんておかしいと思ったのよ!!」

髪の毛を引っ張られ、いつもの押入れにぶち込まれた。ここは、物心付いた時から入れられている場所で、鍵が掛かるのだ。当然、中からは開かない。お母さんの機嫌が直って、僕が反省の色を見せない限り、一生出してもらえない。

涼太はケータイをポケットの中に入れておいた事を幸運に思った。押入れに入れられる時、カバンを取り上げられてしまっていたからだ。お母さんは、僕を痛め付ける為にここへ入れるから、軽く三日間は水も食べ物ももらえない。カバンに食糧が入っていたら、閉じ込める意味が無くなってしまうからだ。

涼太は急いで、暗闇で眩しく光る電話帳の画面から、田口駿の表示を探していた。

“あった!”

電話マークをタッチして、駿に電話を掛ける。

妙に呼び出し音が長い気がする。

“アイツ……。何してやがる。頼むから、早く出てくれ。”

そう思いながら、外の音に耳を澄ます。ケータイを持っているのがばれてしまったら、これも取り上げられてしまう。

外では、母親がヒステリーを起こして怒鳴り散らしている。

“どうした?”

駿の声が聞こえた。

「駿。悪いがあまり長くは話せない。母親にバレたら大変な事になる。」

涼太は、駿に母親の怒鳴り散らしている声が、聞こえていない事を願った。

“涼太。オマエ、脱獄に失敗したんだろ。”

「あぁ……。ご名答。」

“やっぱりな……。じゃっ、幸運を祈るよ。”

「あぁ。そっちもな。」

『-D-game』

『-D-game』

特殊能力を持った不思議な少年、宏谷漣はあるクラスメイトに誘われ、謎のゲームに巻き込まれてしまう。そこから始まった死の連鎖。次々と漣の周りから人が消えていきーー。 いじめや、自殺など、現代における問題を交えたスプラッタホラー。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-07-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. ー1ー
  3. ー2ー
  4. ー3ー
  5. ー4ー
  6. ー5ー
  7. ー6ー
  8. ー7ー
  9. ー8ー