プレリュード
ことの始まり
気だるい暑さと、周囲の雑音が邪魔で、僕はとても倒れそうだった。
耐え切れず、イヤホンを耳にさす。が、流れている音楽さえも、今の僕にとってはうざったい存在でしかなかった。雑音と、熱気ばかりの駅のホームは、電車から降りてきた人達でごった返している。なぜ、こんな状況になっているんだろう。早く帰りたい。
そんなことしか頭は考えることが出来なかった。
遡ること、数時間前。僕は部活が終わったので、そそくさと帰ろうとしていた。片付けなどは1年生に任せればいいし、3年生はもう引退しているので、僕ら2年が最上級生だからだ。
「嶋田、もう帰るのか?少し、やって欲しいことがあるんだが…。頼んでもいいか?後で、アイスでも奢ってやるからさ」
先生の強い頼みに断わりきれず、はい、と返事をしてしまった。まぁ、アイスも貰えるしいいか、と思ったが、その仕事とは、過酷な物だった。
「とりあえず、このダンボール箱を全部、資料室に入れて置いてくれないか?順番は適当でいいから。終わったら、鍵を閉めて俺んとこ来い」
「これ、全部、すか…」
今、僕が見ているのは、あり得ない光景だった。ダンボール箱は、見た感じ、20箱程度ありそうだった。しかも、全てかなりの重さで、いくら剣道部副部長の僕でも大変そうなことが見てとれた。
「吾妻高校 剣道部 副部長 嶋田 浩太、頑張れよ!」
僕は、ダンボール箱移動係をすることになった。
出会い
資料室が暑すぎる。汗がだらだらと垂れてくる。僕は、ため息をつきながら汗を拭った。窓が一つしかないこの部屋は、いくら全開にしても風の一つも入ってこなかった。重いダンボールを運びながら、初めて入った資料室を見渡してみた。一面見渡す限りの進路資料と、少しばかりの古書、それに、僕が運んだ9個のダンボール箱があって、資料室はただの物置と化していた。僕は10個目のダンボール箱を持ちながら、外で練習している野球部の声に耳を傾けた。…が、違和感があった。野球部の掛け声と共に、少しのメロディーが聞こえた気がする。吹奏楽部だろうか…。だか、時刻は6時をまわっており、吹奏楽部達はもう帰っている頃だ。空耳かな、と思った矢先、また、メロディーが聞こえてきた。今度ははっきりと。
「ピアノだ…」
ピアノの美しい旋律が聞こえてくる。何の曲だかは知らないが、この暑さを忘れる程、僕は聞き入っていた。度素人でも分かるほど、その腕前は見事なものだった。
曲が終盤に差し掛かるうちに、弾いている人が誰かが気になり始めた。ちょうど、ダンボール箱達は、残り4個になっていた。ピアノの音色は音楽室から聞こえている。早く片付けて、弾いている人が知りたかった。
ようやく運び終わって、僕はアイスのことなど忘れて、鍵を閉め、そのまま音楽室へ向かった。まだ、ピアノはなり続けている。一階の資料室から、階段を駆け上がり、三階の音楽室まで行く頃には、僕の体力は暑さと走ったせいで微塵も残っていなかった。それでも、その先の人物が知りたいという思いが強く、息を切らしながら、音楽室のドアにあるガラスを覗きこむ。
見た瞬間、息を飲んだ。それは、1人の少女がピアノを弾いている姿だった。それだけでは何の変哲もない光景だろうが、とにかく、少女は美しかった。
僕は、無意識のうちに音楽室へ入って行った。すると、それに気づいたのか、彼女は弾くのをやめてしまった。
「誰、ですか?」
彼女は、僕に話しかけた。その声もまた、凛としていて、可憐だった。
「あ、勝手に入ってごめん。僕、嶋田浩太。2-1です。君は?」
「黒田 白雪、です。名前、変ですよね。あ、私、2-6です」
しらゆき、さん。白雪なのに、黒田なんだ。僕は微笑んで問いかけた。
「ピアノ、上手いね。それ、何の曲?」
「ショパンの、ノクターンです。あの、あんまり、こっち見ないで下さい」
僕が白雪のことを見つめ過ぎていたせいか、そう言われしまった。
「私の目、変なんです」
そういって俯いていた顔をあげた。僕は、初めて、彼女の顔の違和感に気づいた。
彼女の目は、右目は普通の澄んだ黒色。だが、左目は、色素の薄い茶色だったのだ。
名前をつけたら
動物のオッドアイは見たことがあったが、人間のオッドアイは初めてだ。それでも、白雪は美しい。そのことには変わりない。きっと、コンプレックスなんだろう。
「全然、変じゃないさ。綺麗だと思うよ」
「綺麗、ですか?そ、そんなこと言われたの初めて…」
白雪は、名前のように透き通った白い肌を真っ赤に染めて、またうつむいてしまった。
「うん、ピアノを弾いているときも、凄く。き、綺麗だった」
僕の方にもその恥ずかしさが移り、たどたどしくなってしまった。自分でも、くさいセリフだとは思うが、その言葉しか頭に思い浮かばなかったのだ。
「あ、ありがと。あの…、私、そろそろ…」
「あぁ、ごめんね。あの、さ。僕と友達になってくれない?」
かなり、唐突なことを言った。でも、今言わないともう二度と白雪に会えないような気がしたのだ。白雪は、一瞬驚いた表情をしてから、微笑んだ。
「よろしくお願いします。浩太くん。私、明日もこの時間、ここでピアノ弾いてますので。よかったら遊びに来てください。1人では寂しいので」
「うん、よろしくね、白雪」
僕がそう言うと、白雪はまた満面の笑みをみせた。
僕は音楽室を出ると、先生に鍵を渡した。
「おー、お疲れ。ありがとうな。アイス、食うか?それより、お前どうした?ぼーっとしてるぞ。しっかりしろ」
「あ、アイスは結構です。じゃあ、僕、帰りますんで」
「お、おう。悪かったな」
僕は、無意識のうちに自転車に乗り、駅にむかった。
心臓が、破裂しそうだ。まだバクバクしている。その、動悸はなんだろう。苦しいだけじゃなくて、暖かい。僕は、どうしたんだろう。
切ないけど、どこかもどかしくて心地いい。この感情は何だろうか。
僕は一心不乱に自転車を漕いだ。
…この気持ちに名前をつけるとしたら。
これは、そう。きっと。恋だ。
黒田白雪
そして、現在にいたる。僕は少し田舎に住んでいるので、電車があまり通っていない。6時30分のものに乗ろうと思ったが、雑用を頼まれたので7時40分のに乗るしかない。現在の時刻は…7時である。あと、40分か…。変な気持ちなのにこれ以上うるさい駅にいたくない。耳から入るもの全てが邪魔だ。脳内では、白雪のピアノと凛とした声が廻っているというのに。あの声、ピアノの音色だけをずっと聞いていたかった。少しばかり余韻に浸っているとき、気づいた。そうだ。なぜ電話番号やメールアドレスを聞かなかったのだ。これでは放課後しか白雪に会う手段がないではないか。焦りまくって、テンパった僕は、思い出した。
『2-6です』
そうだ、同じ学年だった。敬語を使われていたので気がつかなかった。…会いに行こうか。でも友達になったばかりなのに教室に行くのは変か。でも、放課後まで会えないし。嫌われないようにしないと。ここまで考えてふと、気づいた。
…恋をすると、僕はこんなにも臆病なのか。今まで一目惚れはしたことがない。それ以前に、気になる程度だけで、こんなに人を好きになったのは初めてだった。
そうか、初恋、か。なんか、恥ずかしいな。
自然に口角が上がってしまった。思わず笑みが零れた。好きになるって幸せだ。
だけど、この気持ちはまだ伝えられるはずがない。気持ちも不安定で、第一、僕は白雪のことを何も知らないのだ。そうだ、明日は白雪のことをいっぱい聞こう。
そんなことを思っているうちに、やっと、電車が来てくれた。
学校に登校した僕は、まず最初に友達の森永に話しかけた。
「おはよ、あのさ。黒田白雪って知ってる?6組の」
「しらゆき?さあ?わからないな。何かで有名なのか?」
森永は学年一の情報通だ。それなのに白雪を知らないとは。
「オッドアイでさ、ピアノが上手いんだ。本当に知らないのか?」
「人間がオッドアイとか、お前、おかしくなったか?あのな、ネコとかはオッドアイはあるけど、人間にはないぞ?大丈夫か?」
森永は僕を馬鹿にするように嘲笑った。そして、僕の肩に手をおく。
「まあ、調べろって言うなら調べてやるぜ」
まるで、そんなやついないだろうけどな、と言っているかのように。それでも、白雪の事が知りたくて、僕は森永に頼んでしまった。
「おい、浩太」
森永に話しかけられたのは、7時間目が終わったときだった。これから掃除に行くところだったのに…。
「黒田白雪、だっけ?そんなやついないぞ」
…何を言っているんだろう。僕は薄笑いを浮かべた。
「森永、お前、何言ってるんだ?」
「本当だって!さっき、6組に行ってきたんだけどさ、オッドアイのやつなんていなかったぜ?あと、俺の友達に名簿見せてもらったら、白雪なんてどこにも書いてなかった」
うそ、だろ?訳がわからない。僕は森永の手を無理矢理引いて、6組へ向かった。
…6組の教室を覗く。掃除前なので、教室の中はざわついていた。僕は昨日見た、白雪の姿を探す。が、白雪の姿はどこにも見当たらなかった。
真実と進展
「嘘だろ…。そんなわけ…っ」
「浩太、とりあえず掃除行こうぜ」
頭の中が完全にフリーズしている。もう、何も考えられなかった。
今日、放課後にその真相を聞くしかない。
竹刀を振っても、メンを入れても、頭は白雪のことでいっぱいだった。
「おい、浩太、集中しろ」
顧問にそういわれても曖昧な返事しかできなかった。ついには、部長にまで怒られてしまった。僕は、何をやっているんだろう。ダメだ。しっかりしなくちゃ。放課後、会えるんだから。そう思うだけで、集中が回復した。やっぱり、恋は僕をダメにしてしまうのか。
僕は道着を大急ぎで片付けた。もう少しで竹刀を忘れるところだったが。僕は道場を出ると、その足でそのまま音楽室に向かった。幸い、ピアノの音は鳴っていて、白雪がいることを表していた。僕は急いで階段を駆け上がる。音楽室の前までくると、呼吸を整えて、ドアノブを回した。
「白雪」
僕は気づいたら名前を読んでいた。白雪はピアノを弾くのを辞め、息がまだ整っていない僕を見て、微笑んだ。
「浩太くん、こんにちは。来てくれたんですね」
胸が高鳴った。締め付けられるような感覚がする。きっと、僕の頬は緩みっぱなしだろう。
「白雪、今日はどうして教室にいなかったの?」
まずい。今、これを聞いてはいけない…、のに。
「あ…。す、すみません。あの、私、実は…」
白雪の顔から笑顔が消えた。そして、また下をむいてしまった。
「あ、いや。言いたくないなら言わなくてもいいんだ。今日は、白雪のことが知りたかっただけなんだ。変なこと言ってごめん」
最悪だ。初対面に等しい、しかも女の子に辛い思いをさせるなんて。僕は、最低だ…。僕もうつむいてしまうと、白雪は慌てふためいた様子で話始めた。
「ちゃんと言わなかった私が悪いですから!顔をあげて下さい。あの、私、学校に行ってないんです。持病、というか、少し行けない理由がありまして…。それでも放課後にピアノを弾きにだけ来てるんです。先生方が、出席扱いにして下さるそうで。ずっと、一人だったんです。だから、浩太くんにお友達になっていただいて嬉しいんですよ?」
そう言うと、ふふ、と笑みをこぼした。
「ピアノもそんなに上手くないんですけどね。弾いてると違う自分に成れる気がするんです。浩太くんもそんな経験あるでしょう?」
「うん、竹刀振ってるときが気持ちいいんだ。メン入れたり、技を決めるともっと楽しい」
白雪は、分かります。と言って、僕の肩に手をおいた。
「だから、顔上げて下さい。浩太くんがしょんぼりしてると、私もしょんぼりしちゃいますから」
そう言われて、顔を上げると白雪は笑った。それは、おとぎ話からそのまま出てきたような、本当にお姫様みたいな笑顔だった。
「白雪、携帯持ってる?」
僕は唐突に聞いた。
「あ、私も聞こうと思ったんですよ!メールアドレスと電話番号」
白雪は、そばにあった紙にさらさらと書くと、僕に渡してくれた。僕はすぐさま登録し、自分のも白雪に送る。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
また、白雪と仲が深まった。
「僕も嬉しいよ、ありがとう」
白雪の可憐な笑顔に誘われて、僕も笑った。
幸せ
僕は今日で沢山白雪について知ることが出来た。まず、ピアノは4歳からやっていること。小さいころにはコンクールで優勝したことが何回もあるらしい。母親がピアノをやっていて、父親がトランペットをやっているという、音楽家族だそうだ。なるほど。道理で上手い訳である。次に、家族構成を教えて貰った。母親、父親、それに猫を飼っているそうだ。白雪は猫を溺愛していた。会話が猫の話に移ると、饒舌になる程だ。白雪曰く、目に入れても痛くないらしい。そんな話をしていると、あっという間に白雪が帰る時間になってしまった。
「今日も楽しかったです。ありがとうございました」
白雪はそう言うと、深々と頭を下げた。
「そんな、お礼なんていいよ。僕も楽しかったし、ほら、頭上げて」
僕が慌てふためいた様子で言うと、白雪は顔をあげた。
「この目のせいで、友達がいなかったんです。ずっと。親にも化け物扱いされて。だから、お話をするのがこんなにも楽しいとは思いませんでした。浩太くん、ありがとう」
白雪は、涙ぐんでいた。ああ、この子はそんなにも辛い目にあっていたんだ。もう少し早く出会っていれば、僕が支えてあげられたのに。
「白雪、この世界には楽しいことも辛いことも山ほどあるんだよ。ここで質問だ。日本には、登り坂と下り坂、どっちが多いと思う?」
「え?えーと…、下り坂、でしょうか?」
白雪は、何を言っているのかわからない様子で答えた。
「正解は、どちらも同じだ。ある方向から見れば、登り坂。また、別の方向からみれば、下り坂になる。世界はね、見方を変えるだけで違う面に気がつくんだ。その、違う面が見えた瞬間が、幸せだ。僕は、白雪と出会って幸せだよ。何故か、それはね、僕の見方が変わったからだ。白雪、君は僕と出会って幸せ?」
「はい。幸せです」
白雪はそう言って、いつものように笑った。その両方の目には涙が溜まっていた。
次の日から、白雪は姿を現さなくなるということを、まだ、この頃の僕は知らなかった。
存在
僕はいつものように防具を速攻で片付け、足早に道場をでた。連絡先を交換してからというもの、大抵僕からメールをしているのだが、とにかく白雪は返信が遅かった。別に請求しているわけではないし、向こうにも事情があるのだろうから気にはしていないが、とても不安になった。もしかして嫌われたのでは無いかと不安になるのである。それらの真相も含め、今日も楽しい会話をしようと思った。
階段を登っているとき、違和感を感じた。
「音が…聞こえない」
独りでに呟いてみる。いつも聞こえる筈のピアノの音が聞こえなかったのだ。きっと休憩しているのだろうと思った。高鳴る鼓動と胸騒ぎを押さえつけ、冷静を装ってみた。
音楽室の前までくると、呼吸を整え、ついでにガラスで髪型を整え、ドアを開けた。
僕の胸騒ぎは的中していた。そこに、白雪の姿がなかったのだ。グランドピアノの蓋も閉じられ、楽譜すらも置かれていなかった。何より、白雪がいないのだ。僕はとても不安になった。白雪に何かあったのだろうか。とても心配だ。僕は、荷物を音楽室の床に放り投げ、職員室に向かう。
「先生!黒田、黒田白雪は今日来てないんですか?」
息を切らしながら先生に尋ねた。僕のあまりの形相に、先生は驚いていたが、さも当たり前のように言った。
「黒田白雪?誰だ、それ?」
僕は耳を疑った。嘘だろ。またしらばっくれる気か。みんなして酷いな。僕は焦りながら言う。
「2-6の黒田白雪ですよ。事情があって不登校の。いつも音楽室でピアノを弾いているでしょう。だから、出席扱いにしてるんじゃないんですか?」
「そんな生徒、いないぞ?」
先生の言葉が信じられなかった。もう、頭がおかしくなりそうだった。それと同時に頭に血が上って、僕は先生に食ってかかった。
「もう一度名簿を見てください!今までのあのピアノの音色は一体誰だと言うんです!」
「嶋田、落ち着け。名簿、何度も確認したが黒田という生徒はおろか、2-6はぴったり42人、全員登校している。この学年に不登校児などいない」
僕は、その場に崩れ落ちた。どうなっているんだ。嘘だろ。ありえない。これはドッキリか?そうだ、白雪が僕にしたイタズラだ。僕は、ふらふらと職員室をでた。そして、再び音楽室に戻った。
僕は床に放り投げたカバンの中から、携帯電話を取りだした。電源を落としていたため、付け直さなければならなかった。その行為すらも時間の無駄だと感じた。とにかく、白雪の安否が知りたい。大急ぎで電話帳を開いた。
そこには、黒田白雪、などという項目は存在していなかった。消えないようにあんなに厳重に保護までしたのに。毎日確認していたのに。無かった。白雪という存在がこの世から消滅してしまったかのようだった。
その時、音楽室の窓から風が吹き込んで来た。おそらく、掃除の際に閉め忘れたのであろう、カーテンがパタパタと揺れ、まわりのプリント類を吹き飛ばしていった。
そのプリントの中に、楽譜が混ざっていた。題名を見てみると、それは、毎日白雪が弾いていた、リストの「プレリュード」だった。どうしてこんなところにあるんだろう、と思った。もしかしたら、白雪は今日はこなかっただけかもしれない。微かな希望に胸を膨らませ、無事であることを祈った。僕は、白雪の楽譜をしばらく眺めていた。
すると、太陽の光にすかされ、楽譜の裏側に何か書いてあるようだった。僕は、ピアノの椅子に座って、それを読んだ。
プレリュード
嶋田浩太くんへ
突然いなくなってごめんなさい。浩太くんの事が嫌いになった訳では無いんです。直接言えなかったことをここに書きたいと思います。今まで、嘘ばかりついてごめんなさい。真実をお話しします。私は、この世の人間ではありません。訳がわからないと思うでしょう。でも、きっと浩太くんなら信じてくれると願います。私は、毎日聞こえるピアノの音色に惹かれてこの世にやってきました。どういうことかと言うと、音楽の時間などに聞こえる、ピアノの音色が気になったからです。私も、弾いてみたい。そう思いました。だから、神様にお願いしたんです。一週間だけ、人間にしてくださいって。そうしたら、叶えてくれました。優しい神様で良かったです。そして、人間になって、色んな初めてを経験しました。憧れのピアノが弾けたこと。リストの「プレリュード」に出会えたこと。そして、何より。浩太くんと友達になれたことです。浩太くんは、色んなことを教えてくれました。とっても嬉しかったです。それと同時に、私の気持ちも変わりました。ただ、お話が楽しい、だけではありませんでした。私は、いつの間にか浩太くんが、好きになっていました。恋愛感情として。私は、初めての経験に胸が押し潰れそうでした。こんなにも、人間を、男性を、愛しいと思うことは浩太くんが初めてです。私の初恋が浩太くんで良かったです。最後にもう一度言います。
浩太くん、好きです。大好きです。今までありがとう。さよなら。
私が、何者かはすぐにわかるとおもいます。だんだん字もかけなくなってきました。ごめんね。またあおう
ゆき より
僕は、読み終えて涙が出た。そうか、白雪は人間じゃなかったのか。だから、色々おかしかったのか。
「白雪、僕も好きだよ。大好き。ありがとう。また、会おうね」
そう呟いて、僕はまた、涙をこぼした。
学校を出て、駅に向かう。相変わらずの煩さで、気が滅入りそうだった。だけど、もう不快な感じはしない。今はスッキリした気分だ。僕が、駅のホームに入ろうとした、その時。
「ゆきー!逃げないの!」
小学生らしき女の子が、白い猫を抱いていた。猫の名前、ゆき、って言うのか…。あれ?ゆき、白雪だ。そうか、白雪は猫だったんだ。僕は、その白猫をちらりと見た。その、白猫の目は、黒色と茶色のオッドアイだった。
プレリュード