SS20 小さな宇宙
無限に広がる大宇宙。しかしそれは外から見ると小さな物に過ぎなかった。
無限に広がる大宇宙。
そこには数え切れない星々が煌めき、小さな球体の上に誕生した生命たちが、幾度も主役を交替させながら喜怒哀楽を繰り返してきた。
……しかしそんな賑やかな時代も今は昔。
***
「ああ、そろそろ終わりだね」
フラスコの中身を眺めながらピータンは呟いた。
隣にいたラバトスがパラパラと実験要綱の紙を捲りながら、「そうだね」と相槌を打つ。
実際視線の先では、所々黒く穴の開いた空間を、青白い気体が火花を散らしながら渦巻いて、徐々に一点に向かって収束していた。
その勢いは加速の度を深め、やがて超強化ガラス製のフラスコを白く照らし出し始める。
その時手を叩いたプラッツェルが生徒の注目を引き寄せた。
「そろそろ実験の最終段階です。物質の本質、温度が極限まで上がった粒子の動きをよく観察して下さい。
目を守る為に防護眼鏡を着用して、フラスコがしっかり固定されているか再度確認するように」
早速言われた通りに全員が手を動かした。
実験器具から伸びた太いコードの束が接続されたモニタには、温度、密度、エネルギー分布などの計測データの数字が目まぐるしく動いている。
それらを睨みながらも、事象を逃さず観測しなければならない。
S大学量子工学科、三年生の実習は佳境を迎えていた。
毎年何名かが怪我をするこの危険な実験はしかし、量子力学の基礎という点以外にも、大きなエネルギーを扱う上での心構えを得る為に代々必修とされてきた。
ピータンがあまりの眩しさに思わず手を翳して顔を覆った。
同じように手を翳した生徒たちから悲鳴が上がる。
「すげぇ!」「目が痛い!!」
小さなフラスコ自体が強烈な光と熱を発し、教室中を真っ白に染めた。
あまりの熱さに一歩また一歩と後ずさる生徒たちが恐怖を感じ始めた頃、耳をつんざく轟音と共に白球が弾け、一瞬で収束したかと思うと、ガラスの中身が残らず消失した。
静寂の戻った実験机の上に、しゃがみ込んでいた生徒たちも恐る恐る顔を出した。
プラッツェルはそんな彼らの様子をじっと見詰め続けていた。
毎年腰が引ける生徒たちの行動は変わらない。
しかしそうでなくてはいけないのだ。
例え目に見えないものでも、些細な慢心が如何に重大な結果を齎(もたら)すか、身を以って感じて貰うのが今回の目的なのだから……。
***
無限に広がる大宇宙。
それはビッククランチというイベントで終わりを告げた。
だがフラスコの中に流れた無限の時間も悲喜こもごもの事象も生徒たちには何の関係もない。
彼らにとってはただの授業の一環に過ぎなかった。
彼らは今、レポートを書き上げる為に黙々と鉛筆を走らせている。
喉元過ぎれば何とやら。先の恐怖はじきに彼らの雑談の恰好のネタになってしまうだろう。
しかし心に刻み込まれたそれは、これからの勉学の礎となるに違いない。
今日の実験は子供の遊びみたいな物だったが、実際に扱うエネルギーはあまりに巨大だ。
プラッツェルは彼らの様子を見てひとつふたつ頷くと、今回のレポートは全て満点にしようと決めた。
SS20 小さな宇宙