ハンバーグ

1

「ぼくのすきなたべものは、おかあさんのつくってくれるハンバーグです。おいしくつくってくれるおかあさんが、だいすきです」
 こんなつまらない作文を発表した。嘘で塗り固められた作文。これを、クソババァのこなかった授業参観で、皮肉的に読み上げた。
 この日一番の拍手を貰った。

2

 僕の家には、お父さんがいない。
 僕が四歳くらいの時に、他界した。
 四歳のころなんて、あまり記憶にない。そもそも父は仕事が忙しく、顔を合わせた時間が、そう長くなかった。
 そしてそれから、六年。
 お父さんがいた時より、いない時のほうが長くなってしまった。いないことでいじめられそうなこともあったが、そんなときは笑って「いてもいなくても何も変わんねえよ」なんていう。
 そう、何も変わらない。
 クソババァを除いては。

3

 今日の夜ご飯は、皮肉に皮肉で返されたのか、ハンバーグだった。皮肉と挽肉でさらにもうひとつうまいこと言えそうだが、しかしこのハンバーグは美味くなかった。
 冷凍食品。
 今日も変わらず、冷凍食品。
「いただきます」
 僕はぽつりとつぶやく。作ってくれた人に感謝していただきますをしよう、と先生に言われたことがあるが、この場合は誰に感謝すれば良いものか。間違いなく、そのあいさつすらせず、暗い顔で、機械的に肉を口に運ぶババァにするものではない。
 しかたなく僕も無言で食べ進める。テレビもついていないこの食事の時間が、僕にとっては、一番憂鬱な時である。箸が皿に当たる音。時計が動く音。それだけがこの空間で唯一存在感を持っていた。
 しかし、この日は、
「そう、ね。ハンバーグ。ハンバーグね」
 と、クソババァが、なにかをつぶやいた。
「ハンバーグ。そう、あの時あなたは、ハンバーグを、好きで、私は、食べて……」
 ひたすら、文にならない何かを繰り返す。僕は気持ちが悪い、と思うより先に、驚きを浮かべていた。ハンバーグ。何かがひっかかる。そもそも、僕はなぜ好きな食べ物にハンバーグなんて選んだんだ――?
「ううっ、私が悪かった、悪かったの……」
 そうして最後には泣き崩れてしまった。なんなのだろうか。しかし、ババァのこの不気味な行動に違和感がなく、むしろ僕まで何か悲しみのようなものを抱いてしまいそうになる。
 しかたがないのでモヤモヤを抱えたまま、適当に食事をすませ、一人だけさっさと寝ることにした。まあ、ババァのことだ。明日になればまた陰鬱な顔で仕事に行くだろう、と、楽観的な考えをしながら眠りについた。

 その後、そのババァは自殺した。
 僕は、その死体を見て全て思い出し、大泣きした。

4

 お葬式が行われた。
 母には親戚や友人はそう多くなく、ひっそりと行われた。
「辛かったろうなあ、お前のお父さんがあんな目にあったのを思い出しちゃったんだろうなあ」
 僕はそんな祖父の言葉に何も返さず、ただ黙祷を捧げた。最後にお母さんに何もしてあげられなかったことが心苦しかった。涙をこらえることなんて、できなかった。
「ぼくのすきなたべものは、お父さんのつくってくれたハンバーグです。おいしくつくってくれたお父さんが、だいすきでした。僕も、お母さんも」
 僕はお父さんのことだけじゃなく、お母さんがクソババァになった理由すら忘れていた。苦しみを背負っていたのは、僕だけじゃなかったのに。
 こうして、僕達一家は崩壊した。
「お父さんの、せいで」

*

 私はもうだめだった。あの日から、人を見るだけでもあの光景を思い出してしまう。食べ物ならなおさらだ。息子のために、すでに調理されたものを解凍し、心を無にして体に流しこむようにしている。息子には最低限の栄養を取らせないと。お金もないし、もう、こうするしかなかったのだ。
 そう、あの日。

 連続無差別殺人事件。
 私は、その犯人を追っていた。
 警察官のなかでも高い位に位置していた私は、この事件を追う最先端に立たされていた。
 そして、犯人を見つけた。
 といっても、推理で、ではない。
 たまたま、見てしまったのだ。
 人間を、切って、裂いて、引きちぎって、分解して、解体して、粉々にして、ばらばらにして、そして喜ぶ犯人の姿を。
 最愛の、夫の姿を。

「ハンバーグ、好きだったわね。あなた、よく、楽しそうに作ってた。おいしいハンバーグを、醜い笑みで、作ってた。そうね、あなたは人間の肉も、そうやって挽肉みたいにしたかったのかしらね」
 私は部下に夫を逮捕させた。夫は、
「息子の成長、最後まで見たかった。だが、息子を息子として見るので、肉として見ないようにするので、精一杯だった」
 そう言い残し、死刑された。
 そして私は警察をやめて、適当な工場で、機械的に働いた。
 でも。
 もう終わりにするわ。
 ごめんね。でも私は息子より、あんな夫のそばを選んでしまうのね。今からそっちに行くわね。

 さようなら。

 私は、夫が無差別に人間をそうしていたように、自分の体を、切って、裂いて、引きちぎって、分解して、解体して、粉々にして、ばらばらにして、そして悲しんだ。

ハンバーグ

ハンバーグ

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-28

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