Taxi
よく後ろを振り返って さぁ何が見える?
✳︎物語の始まり
今日も空は灰色に覆われている。見ているこっちまでどんよりしてくるようなので意識をヘッドフォンから流れる音楽へ移す。友達が勝手に携帯電話に入れたもので、今時の恋愛ソングである。正直私にはいい曲なのかどうなのかはよくわからないのだが。それよりも、明日から始まる定期試験の勉強をするため、早く帰らなければ。
✳︎タクシー
冬はやはり寒いなぁとしみじみ思いながら歩く道は夕方であるせいか車通りも人通りも少ない。そのせいで余計に寒く感じるのだろうか。
ふと前を見ると1台のタクシー。さっきまでいなかったような。気にせず通り過ぎようとしたが「…?」何かが気になった。タクシーを見ると−あなたの行きたいところへお連れします−の文字。運転席には優しそうなおじいさん、そして後部座席には大きな犬が一匹。私は何かに導かれるように、開けられたドアの中へ。
✳︎ここではない、どこかへ
犬はふさふさの毛並みをもつゴールデンレトリバー。にこにこしてずっと私の方を見てくる。おじいさんは何も言わず、ただ優しそうな目をして運転する。「あの…どこへ行くんですか?」暖かな沈黙に耐えられなくなった私はおじいさんに尋ねる。「あなたはどこへ行きたいのですか?」深みのある優しい声が返ってきた。そしておじいさんは続ける。「あなたの行きたいところへわたしはお連れしますよ。」私はこのタクシーに乗ろうと思って乗ったのでは無いのだが。行きたいところも思いつかない…そう思ったが答えはするりと私の口から滑り出た。「ここではない、どこかへ。」
✳︎雪
しばらくしてタクシーが着いたのはとある雪原だった。「ここは…?」おじいさんは私の問いかけには答えず、ただ静かにタクシーのドアを開けた。ゴールデンレトリバーがするりとタクシーから降り真っ白い雪の中へふさふさと走ってゆく。わぉん、と大きく鳴き雪の中を転がり始めた。その様子はまるで私においで、と言っているようで、私は雪が冷たいということも忘れタクシーから飛び出した。雪に足を取られながら必死でゴールデンレトリバーのもとへ。飛びついて、転がって、全身すっかり雪だらけだ。しかし、不思議と寒さも冷たさも感じなかった。ただ、何故か涙が溢れて、零れて、止まらない。たくさんの感情が私に襲いかかってきた。そんな私をゴールデンレトリバーは優しく見守っていてくれた。
✳︎想い
タクシーに戻るとおじいさんが暖かいココアをいれてくれた。この狭いタクシーの一体どこからココアが…。ココアはとても甘くてとても優しい味がした。「落ち着かれましたか。」おじいさんの優しい問いかけ。そして私はぽつりぽつりと話し始める。自分の家族のこと、学校のこと、友達のこと、定期試験のこと、受験のこと、そして将来のことを。おじいさんは時々頷きながら辛抱強く私の話を聞いてくれた。話をしながら、私は何故さっき泣いたのかわかった気がした。きっと私は、たくさんのものを抱えこみすぎたのだ。ひとつひとつの些細なことを私の中で大きく大きく膨らませて、自分はこんなにも大変な問題を抱えているのだと自分に言い聞かせ、周りに主張していたのだ。そして思った。人は、自分はもっと自分に正直に生きるべきだと。自分に嘘をつき続けていたらきっといつか壊れてしまう。そしてそれには誰かの優しさも、自分自身の優しさも必要なのだと。
✳︎物語の終わり
明るい光で目が覚めると、自分の部屋だった。昨日のできごとは全て夢だったのだろうか、そう思い制服を見ると湿っている。もしや…と思いポケットを探ると、やはり雪で水没したであろう携帯電話。しかも今日から定期試験である。勉強もしていない。最悪だ。でも、何だか気持ちは晴れ晴れしていた。今日はジャージで行こう。携帯電話は新しいものを買おう。定期試験は…どうにかしよう。
あのタクシーにはもう会えないかもしれない、そんな気がした。きっとどこかで私みたいな人を乗せてどこかへ行き、暖かいココアを飲みながら話を聞いているのだろう。そう、思った。
Taxi
お読みいただいた方、ありがとうございます。
今作、Taxiが初の小説ということでかなり拙い内容だと思います。
何か少しでも心に残るものがあれば幸いです。