すばらしき宇宙生活(1)

一 空飛ぶ家

 ちょっと未来のこと。
 僕の先祖である、君たちは、地面に家やマンションを建て、商店街を作り、田んぼでお米を、畑で野菜を栽培して生活していた。人口が増え、活用できる土地がなくなると、地下に電車走らせたり、地上高く高速道路を作ったり、海を埋め立て、工場などを建設した。
 工場からは、テレビや洗濯機などの電化製品や、燃費や居住性の優れた自動車、カラフルな色彩のカーテンや絨毯など、生活する上で、魅力的な商品が次々と生まれた。
 人々は、まだ使えるにも関わらず、デザインが古くさいだとか、色が褪せたとか、隣の家の人が新しい製品持っているからなど、と勝手な理由をつけ、これまで愛用してきた製品を何のためらいもなく捨て、機能を十分に使いこなしきれないにも関わらず、機能が多い方が優れていると思い込んで、新製品に手にした。新しい欲望は新たな製品を生み、新しい製品が新たな欲望を生んだ。
 その後、便利な生活がより一層、便利になり、不自由から自由を獲得すると、君たちの子孫は、地面を離れ、空中に住むようになった。そう、家を空中に浮かべたのだ。空飛ぶ家だ。住まいを地上の楽園から天上の楽園へと移動させたわけだ。これには、大きな理由があるけれど、それは、後で説明しよう。
 僕の家は、今、地上から千メートルの高さに浮かんでいる。もちろん、いきなり千メートルの高さに住むようになったわけでない。バベルの塔を、ピラミッドの階段を、富士山の登山道を、一歩、一歩登るように、時には滑り落ちながら、また、何かから逃れるかのように、今の高さになったわけだ。
 千メートルの高さだと、人々は空を飛ぶ乗り物に使って生活している。空飛ぶ乗り物といっても多彩だ。空飛ぶ車もあれば、空飛ぶ自転車もある。自転車に乗れない小さい子供のために、空飛ぶ三輪車だってある。空飛ぶ靴に、空飛ぶサンダル。空飛ぶ草鞋に、空飛ぶ下駄だってある。残念ながら、カランコロンと音はしない。赤ちゃん用に空飛ぶベビーカーや空飛ぶゆりかごだってある。昔読んだおとぎ話じゃないけれど、空飛ぶ絨毯だってある。もう、おまじないをかけなくても、精霊の力を借りなくても、空を飛ぶことができるわけだ。
 僕は、「お隣に回覧板を持っていって」と夕食を作っているお母さんから頼まれれば、空飛ぶ靴を履いて、隣の家のポストに投げ込む。日曜日の朝、まだベッドで横になっているお父さんから、「食パンを買ってきてくれ。菓子パンでもいいぞ」と頼まれれば、空飛ぶ自転車のペダルを漕いで近所のパン屋に向かう。そう、空飛ぶお使いだ。
 塾に行くときは、お気に入りの空飛ぶスニーカーを履き、近くの空飛ぶ駅から、空飛ぶ電車に乗る。塾は、僕の住んでいる駅から三つ目の駅の改札口の側にある。
 天気がいい日は、空飛ぶ自転車で直接行くことだってある。雨が降る日は、空飛ぶ傘をくるくる回しながら行くこともある、だけど、上昇気流が強い日は、どこに飛ばされるかわからないから、両親の空飛ぶ車で送ってもらうこともある。
「空を飛べるなんて、何て気持ちいいことだろう。素晴らしいことだろう。うらやましいことだろう」と君たち過去の人間は思うかもしれない。昔から、人は空に憧れて生きてきたからだ。
 鳥のように自由に空を飛びたい。その気持ちから、紙飛行機を飛ばし、風船を膨らまし、凧を揚げ、気球に乗り、飛行機を操縦し、ロケットで宇宙に向かった。そして今、空飛ぶ家に住むようになった。人間の強い意思が強固だったため、見えない希望が石のように形となったわけだ。
 だけど、空を飛ぶことや空での生活は、全然、うらやましいことじゃないんだ。実は、僕たちは、空中でないと生活ができなくなっただけなんだ。地上で生活ができないから、空中に浮かんだんだ。
 それは、どういうことだって?ほら、証拠を見せよう。空飛ぶ家の塀から空の下を見てごらん。落ちないように少しだけ顔を出して。大丈夫、心配しないで。君のズボンのベルトを掴んでおいてあげるよ。何、よく見えないって。ずっとずっと下のほうだよ。望遠鏡や双眼鏡を貸そうか?君たち、昔の子どもは、テレビゲームやパソコンをやりすぎで、目が悪くなったということを歴史の教科書で習ったよ。
 もちろん、僕だって、テレビも観るし、パソコンも使う。それ以上に、空に住む人間は、遠くばかり見つめているから、遠くを見つめないと生きていけないから、視力は、昔の君たちよりもずっと進化しているんだ。
じゃあ、視力はいくらだって?何を隠そう、僕の視力は、五・〇だよ。ほら、遥か彼方に見える空飛ぶ自動車やバス、トラックも、陸上を走っていた乗り物よりもスピードがずっと速いから、あっという間に、目の前にやって来る。その時点で見つけても、逃げられず、跳ねられてしまう。だから、視力がよくないと、この空の世界では生きていけないんだ。いや、生き残れないんだ。
 君の目が特別だって?そんなことはないよ。学校での視力検査では、視力が五・〇以下だと眼鏡をかけないといけないとお医者さんから指導を受ける、だから、僕は、毎日、夜になると、部屋から遥か彼方の宇宙の星を見つめて、視力がよくなるように、目を鍛えているんだ。もちろん、住んでいる高さが千メートルだから、昔の君たちよりも、近くに星が見えるけれどね。
 それじゃあ、おちおち、家の外に出られないんじゃないかだって?心配ご無用。乗り物は、昔のように、縦・横しかない二次元の道路じゃなく、高さもある三次元の空中道路を走る(飛ぶ?)から、思ったほど、交通事故は少ないんだ。昔で言えば、高速道路が何層にも重なっていると想像して欲しい。
 また、空中では、きちんと、人が歩く(飛ぶ?)歩道と乗り物専用の道路とは別々に分かれている。万が一、車同士が衝突しそうになっても、自動制御装置が働いて、ぶつかることはないんだ。
 それじゃあ、目が近視でもいいんじゃないかだって。それは甘いよ。いくら機械が全てを制御してくれると言っても、百パーセント完全、完璧じゃない。最後は、人間の力、自分の力が頼りになるんだ。それは、昔も同じだろう?

すばらしき宇宙生活(1)

すばらしき宇宙生活(1)

一 空飛ぶ家

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-28

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